十一月一日,渋谷勤労福祉会館で,いのけんセミナー「ホームレスにとっての 福祉」が開催され,約三十人が参加しました.セミナーでは,冒頭にいのけん メンバーと渋谷の仲間による寸劇「ある日の福祉行動」が披露され,その後, 杉並南福祉事務所ケースワーカーの渡辺秀明さんの話を中心に,渋谷・新宿で 野宿をしている当事者の実体験に基づく話も交えながら,「野宿者にとっての 福祉とは?」「福祉にとって野宿者とは?」というテーマで議論が展開しまし た.以下は当日,メインスピーカーとしてお話ししてくださった渡辺さんによ る投稿です.
いのけんのK岩さんから「あなたのほかにも多くの福祉事務所の職員の方が参 加しますから,気軽に来てみてください」という甘言に惑わされ,気軽な気持 ちで会場に赴いたところ,福祉事務所の職員はわたしひとりだった.題名は忘 れてしまったが,中国の文化大革命を扱った映画で,ある男性が人民裁判の場 に引きずり出され立ちすくむシーンがあったのだが,いまの私はその男性と同 じ心情を共有しうるのではないか,と思わずにはおれなかった.
開会とともに寸劇が始まる.とある福祉事務所の窓口.具合が悪く生活保護申 請に訪れたセンパイ.支援者や野宿している仲間が付き添っている.相談員は ぞんざいな態度でセンパイの事情を聞いていく.野宿するに至る前に働いてい た会社を辞めるに至ったことに話しが及んだとき,その辞めた理由が人間関係 であったことがセンパイの口から発せられたとき,相談員はこういうのである. 「あんたねぇ,我慢が足りないんじゃないの.オレなんか肋骨折ったときでも さらし巻いて出勤したんだよ.フツーの人はね,みんな我慢するんですよ.フ ツーの人はね.」そもそも過去に福祉事務所で嫌な体験をしているそのセンパ イは,このコトバを聞いた瞬間,席を立とうとする.後ろで一部始終を見守っ ていた仲間たちはあまりにひどい対応に,口々にこの相談員が行ってきた過去 の悪行,例えばそれは来所した野宿者に応急援護で交通費を渡し他の福祉事務 所に追いやったりという,を糾弾し始める.騒ぎが収拾できそうにないことを その場の雰囲気で察した相談員は,しぶしぶながらこのセンパイの保護申請を 受理する.というストーリーであった.
これまでいのけんや新宿連絡会が福祉行動で経験してきた実例を集めて作った という,この寸劇のあまりのリアルさに,とりわけ相談員役を演じたKさんの 迫真に迫る演技に,思わず同じ職場にいる某相談員の顔を思い浮かべてしまい 苦笑してしまった.「ちょっと遅れるけど,必ず参加しますから」といってい た同じ区のK相談員はセミナーがおわりのころアリバイ的に参加してくれたが, 彼が命名した,いわゆる「トンコ問題」が寸劇の背景にある福祉事務所の野宿 者に対する差別的対応と深く関わっていることが話題となった.トンコ.あま り聞き慣れないコトバだが,福祉事務所ではよく使う言葉である.例えば,生 活保護を受給している野宿者がドヤや病院,施設から連絡もなく失踪してしまっ たり,福祉事務所の職員からすれば訳もなく保護を辞退したとき,職員は「ト ンコした」というコトバを使う.とんずら,というコトバからきたものだと思 われる.
会場に参加している「トンコ経験者」の方の話しも交えフリーディスカッショ ンをするなかで,やはり福祉事務所の職員があまりにも野宿者の置かれている 状況やそうせざるを得なかった経緯を知らないこと,また理解しようとしてい ない現状が指摘された.当たり前なことだが,野宿者に対する社会的偏見から 職員もまた自由になれていない状況をどう変えていけるかが論議された.
最近,ある更正施設の職員と話していて,このことにたいして一致した結論が ある.あまりにも皮肉な現実なのだが,運動の側からはひどいといわれている 新宿区や台東区の福祉が東京都内の福祉事務所のなかでは一番まともな対応を している,ということである.もちろん,良心的に対応している個々の職員の 存在を忘れているわけではないのだが,こうした全体状況をどう変えていける かが,ひとつの大きな課題であることには間違いない.時間に余裕があれば, ひとつ「トンコ問題研究会」略して「トン問研」を作ってみたいと思っている のだが.