“個人攻撃”なぜの嵐

----------------------------------------------------------------

目の前に A さんがいる.さっそくきいてみよう.

なぜここにねてるのですか.「仕事がねぇからだよ.あったらこんなとこにい るかよ」.ではなぜ仕事がないですか.「50(才)すぎてると仕事ねぇんだよ」. ではなぜ 50 才すぎると仕事がないのですか.「今,若いのしか使わないよ.ど こもビルなんて建ててないだろ」.つまり不景気になると首を切られる.一般 の企業では,不景気だからといってそう簡単に首をされるものではない.なぜ 切られたのですか.「日雇いだからだよ.簡単にやめされされんだよ」.なぜ そんな仕事をするのですか.「他にないんだよ」.なぜそういうのが他にない のですか.「今までずっと建築やってきたから.他の仕事なんてできねぇよ」. 確かに今,この社会で目の前の A さんを店員で雇うという人は少ないだろう. 「他の仕事たって,住所がなくちゃどこも雇ってくんないよ」.ではなぜ住所 があるときに,別の仕事に移らなかったのですか.「住所があるっても,会社 の寮だからねぇ,会社やめたら追い出されちゃうんだよ」.なぜ貯金とかしな かったんですか.「昔は景気が良かったから,仕事なんていくらでもあたんだ よ.今日全部金を使っても,また明日働きゃ確実に金が入る.貯金しようなん て思わなかったなぁ.まさかこんなふうになるなんて思ってなかったからよ」. 景気が良かった頃とは,70 年代初頭であったり 85 年以後のカラ景気の頃であっ たりする.しかし 70 年代には石油危機という大不況があったではないか.なぜ あの時に学ばなかったのですか.「あの頃は不況といっても今ほど仕事がなく ならなかった.野宿したことはあったけど,ずーっとするってことはなかった よ」.なぜあの頃は不況なのに仕事があったのですか.「今は建築もほとんど 機械化されて,ごく一部しか人手を使わなくなったんだよ」.これは直接きい た話しではないがかっては多くの日雇いが働いていた港湾の仕事も,今ではすっ かり機械化されて需要はほとんどないらしい.じゃでもなぜこの仕事を始めた んですか.これは本当に各人各様であり,あまり言いたくない部分でもあり, 私も多くの経験談をきいたわけではない.ただ多くの人に共通しているのは, 初めから日雇いをしていないことだ.別の仕事を経由してここにたどりついて いる.再度 A さんにきいてみよう.なぜ前の仕事をやめたんですか.「給料が 安くてよ.上の奴がきびしいんだよ.運送助手を 2 年ほどやってたんだけどさ, どうらもがまんできなくなってけんかしてとび出してきたんだ.そん時は夏で さ,ねる場所もなくて新宿の京王百貨店の前の道路でねてたらさ,手配師が声 かけてきてよ,馬場に行ってみろって,それからだよ.こんな暮らしするよう になったのは」.私なら,その日のね場所も確保せずに無計画にけんかでやめ るようなことはできない.なぜそんな無計画なことをしたのか---.ききたい が,あまり親しくないので,ここでなぜの嵐をきりあげよう.

では B さんにき いてみる.そもそもなぜこの仕事を始めたんですか.「なぜっておれは出稼ぎ だから.土木や建築の仕事さがして,青森から来たんだ」.でも働きに東京に 来たのに,なぜ野宿してるんですか.「約束の現場行ったら「仕事ない」って 言われたんだ.で仕方ないからここに来て寝てんだ.もう 60 才だしな」.ひど いですね.で,なぜ 60 才にもなって出稼ぎなんかするんですか.田んぼとかり んご畑とか持ってないんですか.「鯵ケ沢っていう漁師町に家があるんだけど, 田も畑も持ってねぇ.漁業しかない町で,昔はイワシやニシンがたくさんとれ たけど,今はヤリイカぐらいしかとれなくって,漁業じゃ食っていけない.長 男だけ漁師で働いてる.最近家建てて,住宅金融公庫から,借りてんの.月に 4〜5万払わねばなんねえんで,たいへんだもの」.なぜ仕事もないのに家なん か建てちゃったんですか---,とききたいけど,やめておこう.推察するに, 景気が良かったときに出稼ぎの収入をあてにして,月賦を組んだのかもしれな い.では別のことをきいてみよう.なぜ津軽に戻らないんですか.「だって家 のほうでは働いてると思ってるんだよ.それに帰っても仕事がないんだもの」. ないんだものって言っても,ここでもないでしょう.「探すよ」.でももう 60 才でしょ.「だって探さなきゃ」.彼は農閑期に出稼ぎをする農家ではなく, 田を持っていないので年中出稼ぎをする労働者だ.2ヶ月ほどして彼はいなく なった.

では C さんにもきいてみよう.なぜ建築の仕事をやり始めたんですか. 「おれは 25 才で家を建てたんだ.一国一城の主だよ」.ええ.それがなぜ---. 「証券関係の会社に務めておったんだが,競馬をするために仕事を休み出すよ うになって,会社をやめてしまった.おれのこと目をかけてくれる人がおって, 全国の競馬場をその人に連れられて飛びまわったんだ.そのうち家も出た.そ れからは全国あちこちの現場をまわっているよ.最初は名古屋の寄せ場で仕事 を探した」.でもなぜ仕事を休むまでして競馬をやり出したんですか.その問 いには答えてくれなかった.ではなぜ家に帰らないんですか.これは会うとき どきによって答えが違う.「今さら帰れないよ」と「60 才になったら帰る.い つでも帰れるんだ」である.

「なぜの嵐」で個人攻撃をしていると,行きつく 答えが 2 通りあるような気がする.もちろんどの部分になぜの焦点を当てるか によって方向も違ってくるが,一つは対人関係,主に家庭関係で,もう一つは 社会,具体的には行政との関係や企業との関係であるような気がする.なぜこ んな弱っているのに路上で寝ているんですか.「いや,福祉が相手してくんな いのよ」.なぜ福祉が相手をしてくれないかは,その人にきいてもあずかり知 らぬことだ.

注: これらの話は,すべてなぜの嵐によって得た事実です.また“個人攻撃”は 細心の注意を払って行ないました.

いのけん通信第 13 号(Nov. 23, 1996)
(c) 1996 石山泰人,渋谷・原宿 生命と権利をかちとる会
inoken@jca.ax.apc.org

$Date: 1997/08/12 14:52:27 $ 更新

index 13 号 目次
up いのけん通信
Home いのけん ホームページ