8 月 21 日,渋谷駅の南口を走る国道 246 号線のトンネル内自転車置場で, 建設省代々木出張所・警察がそこに住む野宿者の人たちに対して強制撤去作 業を行いました.それに関して,私たちいのけんは,渋谷野宿者有志・新宿 連絡会と合同で,9 月 18 日,10 月 13 日,11 月 10 日の 3 回にわたっ て,建設省代々木出張所と交渉を持ちました.交渉は現在も継続中ですが, ここで簡単な中間報告を行いたいと思います.
私たちが今回,建設省に交渉を申し入れたのは,主に二つの理由からでした. (1)建設省による撤去はこれまで,二週間前の予告,一週間前の期日指定,撤 去,という手続きによって行われてきました.たしかにそこに暮らしていた 人たちはどこかから許可をもらっていたわけではない.しかし,そこにいた のは「人」です.自転車ではない.ましてや,誰一人好きこのんでそこを生 活の場としているわけでもない.そこで暮らすようになったのは,実に人そ れぞれ,様々な理由があってのことです.社会的な問題も大きい.行政にも 責任があることです.だとすれば,問答無用の強制撤去ではなく,どこかに 人に対する配慮というものがあってもいいのではないでしょうか.(2)今回の 撤去では,撤去作業の様子を写真に撮影した私たちのメンバーの一人が,撤 去作業をしていた集団の中の一員 (私服警官) に暴行され,けがをし,持ち 物を壊されました.行政の行為を写真に収めただけで,何の妨害もしていな いのに,なぜ殴られたりしなければならないのか.そうまでして隠さなけれ ばならないようなことをやっているのか.
私たちは,そうした理由に基づいて,人権配慮と撤去の中止,傷害事件の犯 人の特定を求めて申入書を提出しましたが,それに対する建設省の回答は次 のようなものでした.(1) については,「道路管理者」の責務としてやってい るので,撤去は中止しない.二週間の猶予が人権配慮である.(2) 建設省は警 察とは関係ない.また,そのような人物も知らない.つまり,建設省として の問題は何もなかったと言うのです.彼らは,野宿者の生活保障は基本的に 福祉の問題なのだから,言いたいことがあれば福祉へ行くべきだというので すが,しかし,自分たちの強制撤去が野宿している人たちにどれほど大きな 影響を与えているかについては全く自覚がないし,知ろうとしていない.こ れには,野宿しているセンパイたちからはもちろん,交渉に参加した私たち のメンバーからも非常に強い批判がでました.その結果,都合 3 回の交渉を 経て,私たちは次のことを争点とし,また成果として勝ち取ることができま した.
建設省代々木出張所はこれまで,246 号線ガード下の強制撤去作業を「浮 浪者ゴミ除去」と称してやってきました.「人権配慮が必要だと言っておき ながら,われわれを浮浪者と呼び,ゴミと一緒にするとは何ごとか!」これ に対するセンパイたちの怒りは相当なものだったと思います.結局,代々木 出張所所長はこれに関して,差別的な用語であり,これを使用したのは不適 切だったことを謝罪し,二度とこうした用語を使わないことを,建設省とし て約束しました.このことは本省の方にも連絡されており,全国的に周知徹 底されるとのことです.
交渉の始めにこうした事実が明らかにされたことは,彼らが必要だと言って いる野宿者への人権配慮・生活保障,そのための関係機関との連絡がどの程 度のものか,彼らがどれほど真剣にそうした問題に取り組む覚悟をもってい るか,そうしたことに対するこちら側の期待と信頼を,始めから大きく損ね ることになりました.
また,ほとんど狐につままれた気分になる話ですが,私たちが建設省に対し て一生懸命主張していたことは,実はすでに,日本政府が世界に向けて賛同 の意を表明していたことでした.というのも,国連人権委員会は 1993 年 に「強制撤去に関する決議」 なるものを採択していたのですが,日本政府も それに賛同していたのです.その決議の内容は次のようなものです.(1)強制 撤去は,路上生活者の生活を悪化させるだけのものであり,いわゆる「不法 占拠者」に対しても,強制撤去は行われるべきではないこと,(2)そうした 「不法占拠」状態を解決する最終的な責任は行政にあること,などです.私 たちは,日本政府がすでに賛同して我が身に引き受けたことを,実際に実行 するよう要求して,そして,はねつけられていたのでした.理由は,決議は 条約と違って法的拘束力を持たないからということでした.それなら,決議 に賛同することの意味はどこにあるのか?「決議の精神を尊重する」という その態度をできる限り現実化させること,そのような形で責任をとらせるほ かありませんでした.
建設省の任務は「道路管理」であり,野宿者の生活保障問題なら福祉へ行っ てくれ.これは一見もっともで致し方ない意見のようにも見えますが,しか しやはり実情から隔たるものです.
そもそも,野宿者問題は横断的な課題であり,ある一つの部署に全ての責任 を負わせられる性質のものではありません.たとえば,建設省なり区役所の 土木課は「道路管理」「公園管理」の名目の下に強制撤去を繰り返す.追い 出された野宿者がその後どうなるかなどということは夢にも考えることがな い.しかし,そのことで福祉に行っても,「撤去はうちの管轄でないから口 出しはできない」と言われるだけです.「うちの仕事は撤去」と「うちの管 轄でないから放置」との間で野宿者はこれまでずっと居場所を追われ続けて きたのです.
これに対して私たちが求めたのは,当然のことですが,連絡協議機関の設置 です.それぞれが「うちの管轄じゃない」「口出しできない」などと自分の 権限に閉じこもっていたのでは,野宿者の生活環境は永遠に変わらない.や はり,撤去の必要性とそこに住む人たちに及ぼす影響を直接考量して撤去の 是非そのものを判断できるような協議機関が絶対に必要です.そして私たち は渋谷区の福祉に対しても以前から同じことを求めてきましたが,建設省や 区役所土木部と福祉間の「協議」の中身は「○○日に撤去しますから」とい う電話連絡一本のみというのが現状で,実質的な協議は依然として行われて いません.今回も,建設省は相変わらずの後ろ向きで,「呼びかけられれば 参加する」という消極的な姿勢を保持しています.
さらに,横断的な協議機関以前に,それぞれの管轄内でできる人権配慮すら なされていないという現実があります.建設省は一連の交渉の中で,「人権 配慮は必要だと思っている」「国連決議の精神は尊重したい」等と述べてお り,また,これまでの撤去のやり方が「人権配慮」という点から不十分であ り,何らかの対策が必要であることを認めもしたのですが,しかし実際にで てきた「改善策」は,「警告文の説明を詳しくする」「荷物の保管場所を明 示する」「人がその場に居合わせれば話をする」といった小手先のみの修正 に終わっており,はじめに撤去ありきという姿勢そのものは全く問われない のです.
そしてこれに対しては,人権配慮というのは何よりも「人を人として扱う」 ことであり,撤去の対象となる人たちときちんと話し合うことがなければ, 人権配慮とは言えないといった批判などがありました.結局,強制撤去の決 定前に対象となる人たちと話し合う場を設定すべきこと,その場で撤去の必 要性・範囲等につき説明を行い,当事者からも意見を聴取すべきこと,一方 的な強制撤去は極力回避すべきこと,などを認めさせ,次回の交渉でその詳 細を詰める予定です.
今回の一連の交渉では,建設省がこれまでいかに人権意識なく撤去を繰り返 してきていたかということがはっきりと確認されました.おそらく彼らは, 自分たちが「管理」する道路の上に人が暮らしているという事実をこれまで 考えたことすらなかったのだろうと思います.その意味で「路上」から反撃 が来るなどというのは,彼らにとっては青天の霹靂だったでしょう.建設省 は「浮浪者ゴミ除去」という差別的な言葉の使用について謝罪しましたが, しかしこうした意識に裏付けられた撤去作業のあり方を具体的に見直そうと する姿勢はありません.おそらく今後は,建設省交渉での一定の成果を基に, 福祉などへの働きかけを強めていくことになるでしょう.寒きが厳しくなる これからの時期には,撤去問題や生活保護問題をより一層緊密な結びつきの 上で考える必要が出てくるからです.こうした事柄については,また次の機 会に報告したいと思います.今後とも,ご注目・ご支援よろしくお願いしま す.