(仮称)自立支援センター (暫定実施) 設置計画の白紙撤回を求める陳情


要旨

(一) 東京都が新宿区北新宿四丁目に設置しようとしている (仮称)自立支援 センター (暫定実施) 計画に対し,新宿区は当該野宿労働者,当該住民の反対 の声を尊重し,また,当計画が従前の新宿区の「路上生活者対策」に関する立 場とは相違するものであることから,白紙撤回を東京都に強く申し入れること.

(二) 新宿区は「路上生活者対策」における「都区一体」の対策枠組みを再度 確認し,都区協議を再開させながら,多くの野宿労働者が納得し,野宿生活か ら脱せられ,以降も安定した生活が送られるような諸施策を講ずるため努力す ること.

理由

(一)

さる四月三十日付読売新聞紙上 において,私たちに関する重大な施策が突然 発表された.北新宿四丁目にある元新宿看護専門学校内体育館を改修し「自立 支援センター(暫定実施)」を早くて六月から開設すると都が決定したという ものである.報道 および,五月十日「住民説明会」において配られた東京都資 料によれば,入所対象者は「新宿駅西口広場等の環境整備にともない」同地域 から排除される野宿者,入所人員は約八十名,入所期間は原則一ヵ月,入所中 は健康相談,就労相談など「自立支援」を行なうとされている.

私たちに関する重大な施策が私たちの預かり知らぬところで決められ,私た ちの頭越しにマスコミで突如発表されるという事態の中,私たちは急遽可能な かぎりの調査を行なった.その結果によると元新宿看護専門学校跡地は消防庁 と警視庁が現在利用しており,校舎部分は警視庁が「秘密の施設」(校舎利用 者が私たちの問いにそう答えた)として利用しているという.敷地には看板す らなく,監視カメラが二台も設置されるという,異様な雰囲気の校舎の裏側に 体育館があり,校舎を通り抜けなければ体育館には入れないという構造であっ た.しかも計画案によれば体育館周辺に三メーターものフェンスをこれから設 置するという.警察関連施設の中に「自立支援センター」を設け,とにかく入 所者を管理していこうという発想は,野宿者の人権を尊重していく発想とは対 局の発想であり,野宿者の立場にたった施策とはとうてい言い難い.この設置 予定場所を直接見た当該野宿者は口々に「刑務所みたいな収容所」だと表現し ている.

更に私たちはこの計画に対し,五月二日新宿区生活福祉課今野課長との交渉 を持ち区のかかわりの程を問いただした.そこで再び私たちを驚かせたことは, この「暫定施設」に新宿区は何も関与していないということであった.「東京 都が責任をもって行なう単独事業」が今回の「暫定施設」であり,今野課長で すら「マスコミ発表以上の詳しい内容はまだ把握していないし,都からも説明 がない」と当惑している様子であった.地元区への説明すら事前に正式にして いないのだから,当然北新宿などの地元住民に対しても十全な説明があったわ けがなく,事実 十日の「住民説明会」は怒号が飛び交う大荒れの事態となり, その後地元町内会,商店会,PTA 等による設置反対組織まで結成された.入 れられようとしている当該野宿者はもとより,地元区である新宿区,そして 「施設」予定地の北新宿などの地元住民,及び地元選出の都議会議員,区議会 議員,何と東京都はこれら関係者を全てカヤの外に置き常識的な手続や根回し すらせず,勝手に「施設」設置を決定してしまったのである.いかなる公共施 設であろうとも,それが設置されるときは,関係者とよく話し合い,関係者と の合意のもとに行なうのが民主的なルールである.当該野宿者や施設予定地周 辺の住民の生活にとって多大なる影響を及ぼす恐れのある施設を,いくら都が 単独でやるからといって勝手に進められて良い筈がない.ルールすら守らない 東京都の稚拙なやり方に対し,既に,当該野宿者,及び地元住民の反対運動が 展開されており,東京都がこのまま設置を強行するならば双方からの批判の声 は更に強まる事であろう.

さて,新宿区の「路上生活者対策」の立場は既に四月十五日の私たちとの交 渉の中で永木総務課長が明言されたよう『昨年検討報告された 「路上生活者対策報告書」 に基づき,都区が一体となり足並みを揃えながら,路上生活者の人 格を尊重した対策を進めていく』というものがあった筈である.また,昨年十 一月の区長会総会で確認されたことは「自立支援センターが立ち上がるまでの 間都区協議のうえ暫定的に自立支援センターを実施する」であった筈である (一九九六年十一月二十二日付都政新報).しかし,その後の報道によれば 「暫定実施案」は都区協議が不調に終り「難航」し「断念」したと言われてい た筈である.

それを何故,今,東京都が「路上生活者対策」の大前提でもある「都区一体」 の枠組みを自ら壊し,単独で「暫定実施案」を打ち出したのか? 私たちにはと うてい理解しがたい.(東京都は西口問題が緊急性を要するからと説明をして いるようだが,緊急性の中身は何等説明されていない.「路上生活者対策」と いうからには都内三千五百名と言われている人々を対象に一律に対策を講じな ければならない事は言うまでもない.しかも,対策の枠組みを変更する理由は 何等存在しないし,都区協議が不調であったなら諦めずに粘り強く協議をして いけば良いだけの話である)

そもそも「路上生活者対策」とは「施策の体形や主体の形成がまだ不十分で ある」(報告書 十ページ)から「関係機関がきめ細やかに連絡・調整を行ない つつ,事業を実施」( 報告書十七ページ)する必要があるとされていた.都が 区の意向を無視して施策を単独事業として行なうことなど 「報告書」に基づく ならばとうてい有り得ない話であり,そんなことが起こったら対策が混乱, または二重化する恐れもある.新宿区内一ケ所の「暫定実施」,しかも新宿区 は預かり知らずとなれば,法外施設故に入所基準が曖昧である以上,就職支度 金に三万円も現金が渡されるとあれば現金目当てに入所希望者が殺到する,新 宿区内に都内野宿者が大挙移動してくることも予想され,今日の問題が更に深 刻化,新宿区への負担が増加するであろうことは容易に想像できる.しかも, 今回の「暫定実施」で言われている支援策は 昨年失敗に終わった芝浦臨時保護施設 に準じたものでしかなく,失敗の反省に基づく施策の充実 (新宿区も都区 協議の中で一貫して問題にしていたとりわけ就労斡旋の問題) は何等期待され 得ない.すなわち野宿者の「自立」にはほとんど結び付かず,芝浦施設同様野 宿者を再生産させる施設にしかならないことは火を見るより明らかだというこ とである.そうなれば現在東京都が警察と連携しながら行なっている「環境整 備」と称する西口広場からの野宿者排除政策の中,この施設から出された人々 は再び新宿駅周辺には戻れず,新宿区内の公園や住宅街の中に野宿者があふれ かえるという事態が予想される.これは大袈裟な危惧ではなく,事実 昨年一月二十四日強制排除事件の顛末 (失敗) を客観的に判断すれば自らこのような結 果になるのは,誰しも理解し得る事である.四号街路から,地下広場にトコロ テン式に押し出された野宿者が今度は区内の住宅地や公園に分散する事態へと 東京都の場当たり的な施策は結果として導きだして行くのである.

新宿区としても当然このような事態は望んでいない筈である.このような事 態になってしまったら,「路上生活者問題」もまた今以上に複雑化し,泥沼的 な状態になるどころか,地元区民に多大なる負担をかけてしまう結果となる. 東京都がいくら責任を取ると言ったところでその失敗のツケは重く地元区にの しかかってしまう事であろう.

東京都の場当たり的かつ性急な「対策」の見切り発車は,このように失敗の 可能性が極めて高い代物であり,結果として地元区に問題を押しつけられるこ とが十分に予想される.

新宿区はこれまでの立場からしても,特別区の事情,主張すら顧みず,協議 が暗証に乗り上げれば,突如単独で「暫定実施」を決定する東京都のまさにご 都合主義としかいいようのない姿勢に強く抗議すべきであると考える.当該野 宿者,地域住民の反対の声を地元区として真摯に受け止め,東京都に対し,計 画の白紙撤回を強く求めるようお願いしたい.

(二)

昨年報告された 「路上生活者対策報告書」では,「路上生活者問題」を「成 熟社会の大都市問題」としてとらえ,「行政の努力は,路上生活を長引かせた り固定化するものではなく,路上生活者の自立を支援したり施設等で保護した りすることに傾けなくてはならない」とし,更に「路上生活者対策は東京都と 二十三区が一体となって取り組まなければならない課題である」との対策の枠 組みも規定した.

この報告書に基づき,昨年八月十六日,都区の関係部長級による「推進会議」 が発足し,以降,「路上生活者対策」を推進すべく都区協議が頻繁に行なわれ てきたと私たちは聞いている.新宿区の関係者も当然ながら責任をもちこの都 区協議には出席していた筈である.しかし,この協議は決裂し「センター暫定 実施案」は都区では設置の合意を得なかった.もちろん,「都区一体」である という枠組みを順守するとすれば,ここで「暫定実施」を断念し,来年三月開 設予定の「本格実施」に全力を傾けるというのが本来の姿である.しかし,何 故か都は「暫定実施」を単独で行なうと,地元区と事前の協議もせず勝手に場 所の設定までして発表してしまった.これが,今回の事態の顛末であると思わ れる.

東京都は二十三区への背信行為とも言える重大なルール違反を行なったので あり,当然,この協議の一方の主体である新宿区はこれに抗議し,白紙撤回を 要求すると同時に,対策の枠組みを再度確認させ,都区協議の枠に東京都を戻 さなければならないと考える.「路上生活者対策」を本当に成功させたいとい う責任ある立場を新宿区が取るのであれば,都の独断専行を批判するにとどま らず,真に有効な「対策」を実行するため都区協議の枠組みの中で,例え時間 がかかろうとも粘り強く東京都の関係者と徹底的に論議すべきである.

本年三月六日,東京地方裁判所は 昨年の強制排除の際逮捕・起訴された二名 の被告人の刑事裁判において無罪の判決を下し,同時に「行政には,一人でも 多くの路上生活者が路上生活から脱することができるように,就労の機会をで きる限り提供するとともに福祉を充実させるための適切な諸施策を講ずること が強く期待される」と,異例の勧告を行なった.東京都が行なった強制排除策 が法的に正しかったのか否かについては,今後上級審において更に審議される であろうが,その問題より,裁判所が示したこの人道的な勧告の趣旨こそ,こ の問題にかかわる行政が真剣に受け止めなければならない事だと考える.

昨年,東京都による力づくでの排除を受けて以降,新宿の野宿者の状況は日々 悪化し続け,新宿区生活福祉課の必死の努力にも関わらず,この冬二十五名も の人々が路上や病院で死亡するという事態に立ち至っている (新宿区統計). また,心ない少年たちや通行人によって野宿者が揶揄,差別,襲撃の的とされ, その種の一方的な暴力事件は一向に後を断たない.他方,建築・土木などの日 雇市場は相変らず冷えきったままで,五十代,六十代の労働者はまっさきに就 労から排除され,例え仕事に付けたとしても,その不安定な就労形態の中,ア パートすら借りられず,野宿生活から脱する機会すらもてない.

私たちが野宿生活から脱するには,適切な住居と安定した就労など抜本的な 支援策こそ提供されなくてはならない.その場限りの対策をいくら続けていて も,結局はもとの生活に戻るだけである.大卒でさえ就労難の時代に,三千五 百人もの五十代,六十代の野宿者が職安紹介で (しかも住み込みという条件で) 安定した仕事に就けると考えるほうが現実離れした発想であり,また,これま での居住対策も,二週間であるとか,一ヵ月であるとか,一律に期限を区切っ た短期間の宿泊援護しか行なわず,しかも力任せの排除策と一体となり,反強 制的に収容されるというものでしかなかった.すなわち適切ではない施策しか 行なっていない結果として,以前として野宿者が一向に減らない,逆に増加し ているということにつながっていると考えられる.

適切かつ有効な施策が遅れている点にこそ,この問題の根っこはある.しか し,解決が長引くからと言って東京都のように業を煮やし,抜本的な解決にも ならない「臭いものには蓋」式の場当たり的な施策を強行するという短絡的な 発想を取ってしまったら,問題は更に複雑化し,それまでの努力も無に帰して しまう.問題の真の解決のためにも,民主的かつ非強制的手段で,多くの野宿 者が納得するような施策を出さなければならないだろう.

新宿区は野宿者が納得し,野宿者が真に野宿生活から脱せられ,以降も安定 した生活が送れるような適切な諸施策を,都区協議を再開し「都区一体」とな り実施されるよう努力していただきたい.

一九九七年六月五日
新宿区議会議長殿