申し入れ書
渋谷区路上生活者問題連絡会関係各位
ようやく長く厳しかった冬が終わった.行政や社会から見捨てられ続けてきた
野宿者達は,この冬,「仲間の生命は仲間自身の手で守る」ことをもって生き
抜いてきた.今回の越冬闘争は,渋谷,代々木公園などの野宿者と,「渋谷・
原宿 生命と権利をかちとる会 (いのけん)」などの支援者とがしっかりとむす
びついて立ち上げた「97-98 渋谷・原宿
冬をのりきろう!実行委員会 (冬のり 実)」を軸に取り組まれ,仲間同士の団結の力を武器にすることで冬をのりき
ることができたのである.我々は,渋谷の地において,―大の仲間の野垂れ死
にを許さなかったことを,胸を張って報告する.
そしてこの春,「冬のり実」をさらに発展させ,当事者である野宿の仲間の利
益に立ちきった運動体として「渋谷・野宿者の生活と居住権をかちとる自由連
合 (のじれん)」の結成をここに宣言する.今後,渋谷から全都の野宿の仲間
の希望ある未来を切り開く当事者団体として,行政との話し合いにあたり,そ
の第 1 弾として以下申し入れをする.
1 野宿者の路上脱却のために生活保護を積極的に適用し,最後までフォローす
ること.
3 月 13 日,なぎさ寮,27
日,さくら寮の閉鎖に伴い,都区の越冬対策が終
了した.野宿者たちは,厳寒期を生き抜く一つの手段として積極的に利用して
きたが,2 か所約 400 人という枠は常時パンク状態である.施設の設備,待
遇や医療,就労などのケアにしても若干の改善がみられるものの,まだまだ不
十分であり,現状に追いついてはいない.そもそも生活や医療,住宅や就労と
いった野宿者への対策は,生活保護行政の範疇に含めて考えるべきものであり,
法外の緊急越冬対策は人道的措置として意義があるが,抜本的な対策にはなり
得ない.行政が野宿者問題の解決として,彼,彼女達の路上生活の脱却を掲げ
るならば,「その最低限度の生活を保障するとともに,その自立を助長するこ
とを目的 (第 1 条)」とした生活保護法との整合性の中で実施すべきである.
現行制度や施設の圧倒的不足という制約に切り縮めず,野宿者が真に路上の劣
悪な環境から脱することのでき得る福祉政策の柔軟で即応性のある活用が,以
前にも増して「実施機関」に求められている.
越冬期,渋谷福祉が例年に増して要保護者に生活保護を適用し,その後も保護
を継続していることは,高く評価している.しかるに
2 月上旬,東京都児童 会館の軒下から締め出された
2 人の野宿者に対し,要保護状態で路上脱却の
意志が顕著にあったにもかかわらず,門前払いにしたことは,現場の窓口とし
ての責任を放棄したものであると言わざるを得ない.福祉に鋭く問われている
ことは,路上において生きるべき選択肢を奪われた現状を深く認識し,よりよ
い人生に向けて機会を提示し,きめ細かに支援していくことであり,そしてそ
れは野宿者本人の生き死にはおろか,未来を左右することなのである.今後,
路上脱却の一歩として,適切な生活保護の適用を図り,現状に即した福祉政策
を実行していただきたい.
2 銀扇閣の設備,待遇を早急に改善させると同時に,他区の簡易宿泊所の利用
も追求すること.
3 月 27 日,さくら寮から 13
人が,渋谷唯一の簡易宿泊所「銀扇閣」に移っ
た.渋谷福祉を通じて宿泊している生活保護受給者は,一気に
20 人近くに膨 れ上がる.「銀扇閣」は,旅館にして劣悪な設備や環境で野宿者の中でも悪名
が鳴り響いているところであり,我々は,越冬前をはじめ再三再四,その待遇
の改善を行政に求めていた.ところが福祉は管轄が保健所であるからと逃げ,
保健所は旅館業法を盾に,「うちではできないから福祉に言ってくれ」という.
年が明けてから環境衛生課長は,「毛布を余分に出させるようにした」と明言
したが,館内では何等その旨告知をしておらず,依然として多くの受給者が貧
弱な布団にくるまり凍えていたのである.
そんな中 2 月 10 日,宿泊していた65歳の労働者が,風邪から肺炎をこじら
せ,救急車搬送後病院で死亡するという事態が起こった.高齢の受給者が風邪
で何日も寝込み,何も口にできなかったという話も聞く.そのようなところか
ら渋谷をはじめ各区の福祉は,ただでさえ病気で健康状態の良くない受給者を
通院させ,行政の施設が空くまでとどめているのである.冬の地獄が去ったと
はいえ,夏の地獄が待つている.現に 9
か月もじっと耐え抜いている受給者
もいる.「銀扇閣」がいやで保護を受けたくない野宿者や,退所して保護を打
ち切られた受給者は後を絶たず,「銀扇閣」宿泊が保護の条件となっているよ
うな現状はあまりにも酷である.路上から脱却の第一関門が,「銀扇閣」のよ
うな宿泊所であるならば,受給者の生活や健康に適した設備や環境を整えさせ
なければならない.もはや福祉にしても保健所にしてもお互い責任の押しつけ
は許されず,連係し速やかに対処していただきたい.また福祉も「銀扇閣」―
本にこだわらず,他区の宿泊所の開拓を積極的に実施してもらいたい.そうす
ることで選択肢が広がり,生活保護が野宿者にとって有効な路上脱却の機会に
なり得るのである.
3 渋谷区のあらゆる場所において撤去,追い出しという強制手段を金輪際中止
すること.
3 月 26 日,国道 246 号が一ド下において,建設省代々木出張所と渋谷警察
署合同の撤去が行われた.もはや野宿者を路上から追い立てることが,「路上
生活者問題」の解決につながらないということは,社会的常識とさえ言ってよ
い.にもかかわらず渋谷においては,いまだにこの排除の論理がまかり通って
いる.越冬前の営団地下鉄による炊き出し締め出し攻撃や児童会館の2度にわ
たるフェンス設置と,旧態依然とした排除・追い出しが続いた.
土木部管理課長は,「この厳寒期,撤去などとても考えられない」と言い切っ
た.この言葉は,公園や道路における野宿者の追い出しは,野宿者をさらに劣
悪な環境に追い込み,何等問題の解決にならないということを渋谷区が認識し
たと我々は受け取っている.仮に住民の苦情とやらで,撤去を行わざるを得な
い場合,当事者と納得のいくまで話し合い,生活保護など当事者の選択肢とし
て路上脱却を前提とした対策を講じるべきである.野宿者の荷物やダンボール
は決してゴミではないということは,去年 3
月,新宿西口強制排除をめぐる 無罪判決によって鋭く指摘されている.今後,対策なき問答無用の撤去,排除
は,絶対に行わないよう再度確認したい.
4 「自立支援センター」を区内に設置することを検討し,東京都との調整,地
元佳民の合意をはかるなど早期開設に向けて,具体的に始動すること.
2 月 7 日,新宿西口ダンボール村の 4 人の犠牲者を出した火災は,渋谷にお
いても決して対岸の火事ではない.東京都は,事態に即応し,被災者対策とし
て 172 人をなぎさ寮に入所させた.4 月から新宿区内
2 か所に自立支援セン ターを設置し,路上脱却に向けて具体的な施策として一歩を踏み出したことは,
我々としても歓迎したい.しかし今後それが新宿における地域対策として限定
されたものであり続けるならば,全都 3700 人 (都発表)
もの野宿者の未来は 閉ざされたままである.排除の受け皿ではなく,当事者とよく話し合いながら
路上脱却の道を決めていくことを確認したからこそ,新宿の野宿者は,納得し
て入所したのである.現行の生活保護制度では余りにもハ−ドルが高い.その
補完として「自立支援センター」は現状の中で有効な施策であると考える.今
その枠を全都に向けて拡大していくにしても,場所の調整や地元住民への説得
など東京都と各区が足並みを揃え,推進していかない限り実現しない.渋谷区
内において去年のこの時期に比べて確実に野宿者は数十人増えている.これか
らさらに増え続けるであろう.行政として後手後手にまわるよりも,積極的に
「自立支援センター」早期開設に向けて,渋谷区として本腰をあげて取り組む
べきである.
5 渋谷区内における野宿者の状況を具体的に把握するため調査すること.同時
に,食糧,生活,仕事などの保障について,柔軟に対応すること.
我々は行政に対して何も「夢物語を全部かなえてくれ」と言っているのではな
い.渋谷区は渋谷区で独自にこの問題の解決に向けて能力を持ち合わせている
と思うからこそ,当事者団体として申し入れをしているのである.例えば日常
的な胃袋の問題,生活の問題,仕事の問題など,制度や予算の制約に切り縮め
ないで,できるところから実現して行けばよいのである.具体的には,カップ
麺の支給,シャワーの設備改善,自区内の公園清掃など特別就労対策が挙げら
れる.そうしたひとつひとつがひいては,野宿者の希望ある未来につながり,
本人が望む形め路上からの脱却,行政のいう「自立」につながるのである.劣
悪な生活環境から一刻も早く抜け出たいのは,誰よりも野宿者自身であること
を忘れてはならない.
6 今後,当事者団体であるのじれんと適宜,協議の場を設け,何事も話し合い
によって解決させていくこと.
野宿者をめぐる状況は大きく変わってきている.渋谷区はこの問題に今以上前
向きに取り組むかどうかが,行政の責任として間われているのである.そのこ
とを深く認識し,この問題の解決に向けて,今後,当事者である我々と真剣に
話し合い,具体的な形として実行に移してもらいたい.
以上
1998年3月30日
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