子どもと教科書全国ネット21代表
戦後歴史教科書の戦争記述の変遷
今晩は。ご紹介いただいた俵です。大変短い時間なので、できるだけ要約してお話したいと思います。日本の教科書は戦後長いこと政府文部省の教科書検定によって戦争の事実を書けないというということが続きました。まず、南京大虐殺事件(以下、南京事件とします)の記述を中心に戦後の歴史教科書の変遷を辿ってみます。南京事件は、戦後すぐ46年に文部省が発行した小学校、中学校の教科書および高等学校の教科書には南京事件が書かれていました。これらは東京裁判で南京事件を国民が知る前に書かれていた教科書です。ところがその後、教科書偏向攻撃が行われ、検定が強化される中で、50年代後半になると幾つかの南京事件を書いていた検定教科書は全部消えていきました。南京事件は70年代半ばからまた少しずつ書かれるようになるわけですが、全部の教科書で書かれるということでいえば、中学校の教科書で84年版、高等学校の日本史で85年版、小学校の教科書で92年版ということになります。そういう意味では、すべての子供が南京事件を学ぶことができないという時代が戦後40年近くあったということになります。80年代半ばから家永教科書裁判、あるいは82年の国際的批判によって、ずいぶん改善されていきました。今、南京事件について紹介しましたが、このような形で教科書が戦争の事実を載せるという形になってきたのです。
「歴史・検討委員会」から「新しい歴史教科書をつく会」へ、教科書攻撃の流れ
これに対して96年の夏から教科書に「従軍慰安婦」や南京事件を記述するということは自虐史観だとか、反日的だとかいうことで、それを教科書から削除しろという攻撃が始まりました。これが始まったのは96年ですが、これを準備したのは自民党です。93年に自民党は、自民党の手で「大東亜戦争」を総括するという目的のために、「歴史・検討委員会」というのを設置しました。93年の秋から95年の2月までに20回の委員会が行われました。この委員会にはもと総理大臣の橋本龍太郎さんそして現総理大臣の森喜朗さんも委員として参加しました。この「歴史・検討委員会」が出した結論の中で、南京事件の問題、今の教科書の問題に関して、大事なことが4つあります。一つは、あの戦争は侵略戦争ではなかった、アジア解放の戦争だった、ということです。二つ目は、南京大虐殺や「従軍慰安婦」はすべてでっちあげである、日本は戦争犯罪を犯かしていない。これが二つ目の結論です。三つ目は、そういうありもしないことを教科書に書いているというということは問題であるから、それを教科書から削除させるための新しい教科書のたたかいが必要だ、ということです。四つ目は、侵略戦争ではなかった、南京や「慰安婦」はでっちあげである、戦争犯罪を犯かしていない、こういう戦争認識、歴史認識を日本人の共通の認識、常識にする必要がある。そのために国民運動が必要である。国民運動でそういう共通認識を築き上げるのに、自民党が前面にでると変に誤解されるので、学者にやらせて、自民党は資金その他でバックアップをする。この4点を総括の中で明確に述べています。これが96年からの教科書に対する攻撃という形で展開をされるということになった、という風に私は考えています。
この攻撃は96年の7月から始まったわけですが、極右勢力が街宣車で教科書会社に押し掛け、あるいは脅迫状が山をなすほどに送られてくるというな状況が半年以上続きました。そういった中で、攻撃する人たち、小林よしのりさんとか、藤岡信勝さんとか、西尾幹二さんとかという人たちが、今の教科書を攻撃するだけでなくて、自分たちで教科書をつくるために「新しい歴史教科書をつくる会」というのを発足させるという記者会見を、12月2日に行って、97年の1月31日にこの会が発足しました。この攻撃が始まって4年以上が経つのですが、この攻撃は現在どういう状況にあるでしょうか。「つくる会」は現在、会員は1万人以上になっています。全国47都道府県に48の支部を設置しています。東京だけは23区と多摩地区に二つの支部を作って、東京支部、西東京支部と呼んでいますので、全部で48支部があるわけです。この支部を動かして昨年刊行した『国民の歴史』というのを使いながら、これも相当あちこちとただでばらまいたわけですが、自民党が提起した歴史認識を変えるための歴史学習運動というのを国民運動と呼んで展開をしているわけです。彼らに対して、自民党はもちろん全面的にバックアップしていますし、財界人が沢山賛同者になって名を連ねています。こういう中で、この会の昨年の決算報告を見ると、収入は4億2千万円という膨大な金額に上り、豊富な資金を使って、こういう運動を展開していることがわかります。
この会が、ついにこの4月に中学校の歴史教科書と公民の教科書を作成して文部省に検定を申請しました。その問題については、皆さんにお配りした資料に、歴史教科書は何が問題なのか、公民の教科書は何が問題なのか、ということをまとめておりますので、ぜひそれを参考にしていただきたいと思います。
南京大虐殺否定の背景
ところで、今日南京事件を否定する勢力がなぜかくも南京事件に集中しているのでしょうか。否定派の論調は、96年、97年当時は「慰安婦」に集中していましたけれど、今は南京事件に集中しています。日本会議という改憲派の右派組織があり、そこの副会長をしている小堀桂一郎さんという、元東大教授で、今明星大学の教授をしている方がいます。86年に高等学校の日本史の教科書で、「新編日本史」という、"皇国史観教科書"とか"天皇の教科書"と、当時、いわれた教科書の編集責任者が小堀さんです。この方が、今年1月、日本会議の機関誌で、「いわゆる従軍慰安婦問題など一連の反日攻撃の中心には南京事件があるわけです。ですから、南京事件の虚構性を叩きつぶすことによって、他は従属的に征伐することができると思うのです。」という風に語っています。彼らが、こういう視点から南京事件を否定するために、南京事件攻撃をしているのだと思います。この否定派は、こともあろうに「日本南京学会」というのを発足させました(10月28日、亜細亜大学で設立総会;編者注)。つまり彼らの否定論を、学会という名前を使うことによって、権威づけることをやろうとしているわけです。役員名簿に連ねている名前を見ると札付きの否定派がずらりと並んでいます。
ところで、この「つくる会」の教科書は今、検定中ですが、検定を通ると私たちはみています。それは、文部省が自民党のものすごい圧力を受けて、文部省自身もこれを通すという形で、小学校、中学校の社会科については他の教科書よりもハードルを低くして検定を行うという状況が生まれています。ですから、これは検定を通るという風に私たちは見ています。また、通ったあとは、来年の夏に7,8月にどの教科書を採択するかということが行われます。採択とは学校現場で使う教科書を決めることです。そこで彼らの教科書を全国で10%、15万冊以上使わせるという目標を立て、教育委員会に対して自分たちの教科書を使わせるよう働きかけるように、今各地方議会に誓願や陳情を繰り返しています。すでに東京23区のうち13区で彼らの誓願が採択されるという事態にまできています。彼らは採択から教師の影響力を排除するために、こういう活動をしているわけです。事態はそういう意味では容易ならざる事態になってきています。
ところで、彼らの運動はどういうものでしょうか。この8月19、20日に教科書採択の活動を進めるために、支部の支部長や役員を東京に集めて全国活動者会議というのを、よく我々市民団体がよくやるやり方ですが、やったのです。最近出た彼らの会報には、その全体会議のことをこういう風に書いています。その全体会議では「まず国家(ママ)が斉唱され、議場は厳粛な雰囲気に包まれました。各人が運動の目的を、国家(ママ)斉唱をとおして再確認したようでした。」つまり、会場には「日の丸」は当然掲げてあるのですが、「君が代」を全員で歌うことによって自分たちの運動の目的が確認されるという、こういう運動だということです。こういう教科書が今作られようとしているわけです。彼らの教科書では南京事件は東京裁判のところで取り上げられており、お配りした資料にも書いてありますが、南京の人口は20万人だった、だから30万人もの人を殺せるはずがないというようなことを堂々と教科書に書いているわけです。この他にも事件には疑問点が多くて今も論争が続いている、と書いています。真偽が疑わしい話だという風に南京事件のことを書いている、こういう教科書を今作っているのです。
歴史教科書記述の改悪を許してはならない
さて、もう時間が無くなりました。皆さんのお手元の資料に私たちの会が出した声明が中に入っています。こういう攻撃の中で中学校の歴史教科書を出していた7つの会社があり、それらの会社が教科書を検定に出していますが、その教科書が非常に改悪をされています。中には、80年当時、20年前に逆戻りしたような教科書がでています。資料で、南京事件について新旧の比較をしていますが、「慰安婦」についても、今まで7社が書いていたのですが、ちゃんとした形で書いているのは一社だけです。4社は全部削除しました。三光作戦も5社が書いていたのが1社になってしまいました。そういう形で改悪が行われているわけです。声明に書いていますように、これは実は政府が圧力をかけて出版社に、そういう風にさせたという事実が明らかになっています。日本政府というのはそう言う風なことをやって、それでいわば"天皇中心の神の国"をめざすような、「つくる会」の教科書を現場に使わせようとしているわけです。時間が来ましたのでこれで終わります。
国家主義に基づく歴史教育に反対する運動を盛り上げよう
「つくる会」の教科書は、「歴史は科学ではない物語だ、歴史は民族によって異なる」、と言いきっております。要するに非常に偏狭なナショナリズム、国家主義を植え付けようとしています。私は、21世紀の日本はとりわけアジアの人たちとの共生というのがどうしても必要だと思うのです。その道を進むのか、孤立した排外主義的な国になっていくのか、今がその分かれ目だと思います。そういう意味では、こういう「つくる会」のような教科書を1冊たりとも学校現場に持ち込ませてはならないというふうに思います。これは日本にとって破滅への道だと思います。彼らは自分たちの運動が、日本再生のためのラストチャンスだと言っています。それは全く逆で、正に日本を破滅の道へ突き進ませる、そういう子どもを育てよう、もっとはっきり言えば「戦争ができる国」を目指して、その「戦争が出来る国」のための、国民意識の統合を、「日の丸・君が代」の強制とか、歴史教育を通じてやろうとしているのが、この運動だと思います。
私は、先日韓国に呼ばれて、日本の状況を報告したのですが、その時、韓国の人たちに、「日本は今どうなっているんだ」、「こういう動きに対して日本の学者はどうしているんだ」、「日本のマスコミはどうしているんだ」、「日本の市民はどうしているんだ」、「日本の青年や学生はどうしているんだ」ということを、私はどこでも訊かれました。私たちはこういう動きに対して本当に今立ち上がらなければいけないと思っています。
私は自分が事務局長をしている、「教科書ネット21」の全国的なネットワークが「つくる会」に対抗するために、一番適切な組織だというふうに考えています。ご存じの方もいると思いますが、実は私は教科書会社に努めていましたけれど、今年の3月に停年まで2年残して退職して、この運動に全力を挙げています。皆さんのお手元に、「教科書ネット21」のリーフレットが入っていると思いますが、一緒に活動いただける方は是非ご参加いただいて、こういう「つくる会」やそれを取り巻く、南京事件を否定し、歴史を偽造し、改ざんする、そのような勢力を日本から無くしていく、その目的ために一緒にがんばれればいいなと思っています。以上です。
(本論文は、2000年10月28日、南大塚ホールで開催された「南京虐殺をみんなのものに」東京集会報告集に収載されており、俵 義文氏の了解を得て掲載させていただきました。ノーモア南京の会事務局)
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