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「平和と和解の実現に向けて−すべての暴力の克服」
第35総会期(2003-2006) テーマ

日本キリスト教協議会の歩み(1948〜99)
1948年
5月17日、日本基督教協議会(NCC)組織総会を日本基督教団本部にて開催。※事務局記録には、「再組織会」となっている。
・NCC文書事業部発足。
1953年
「日本基督教教育協議会」(JCCE)、NCC教会学校事業部となる。
1956年
NCC第9回総会(3月22−23日)は、在日大韓基督教会の加盟に関して韓国から来た教師の教籍問題などを取り上げ、2日間にわたる議論の後NCC加盟を承認。
1959年
・NCC主催「宣教百年記念大会」(11月1〜7日、東京都体育館)開催。
・NCC第12回総会は、「皇太子ご成婚記念に聖書を送る」動議を可決。 ※同総会で、伊勢神宮国家護持断固反対を決議。(東アジア・キリスト教協議会EACC創立総会)
1960年
諸宗教研究センタ−設置。第13回総会は、靖国神社国家保護に反対する建議案を可決。
1962年
韓国NCCの招待により親善使節団の派遣と、韓国NCC代表を招待することを決定。※この件に関して「隣国との交わりを回復しWCC及びEACC(後にCCAと改称)との関係上一層緊密な連絡の必要あり」などと説明されている(第2バチカン公会議〜1965年)
1963年
韓国教会友好使節団来日。
1965年
国際問題委員会は、「韓国NCCより発表された日韓会談に関する見解書については、研究の結果、正式に応答する必要がないと認めた。」
※国際問題委員会は、韓国NCCの呼びかけをまったく無視した。 NCCは、日キ教団大村勇議長(NCC副議長)の韓国訪問時にNCCのあいさつ状を託した。大村氏は、「日本の政府及び国民が犯した数々の政治的人権上の罪悪につき日本教会は深く悔い改め、心から謝罪したい」と表明した。
1966年
1964年に開催された日韓NCC主催「日韓信徒代表協議会」の決議により「日韓関係委員会」を設置。
・NCC文書事業部、財団法人「キリスト教文書センタ−」を設立。
1967年
・日本宣教協力協議会を開催(東山荘)、各派協力の一環としての万博参加、機構改革を提言。
・NCC少数民族問題委員会、都市産業伝道委員会を発足。 初のカトリック一致促進委員会とNCCの合同祈祷会が聖オルバン教会にて開催、出席200名。 (日キ教団「第二次大戦下における日本基督教団の責任についての告白」を議長名で発表。)
1968年
韓国NCCの招待により親善使節団の派遣と、韓国NCC代表を招待することを決定。※この件に関して「隣国との交わりを回復しWCC及びEACC(後にCCAと改称)との関係上一層緊密な連絡の必要あり」などと説明されている(第2バチカン公会議〜1965年)
1969年
・出入国管理法案に反対する要望書を首相などに提出。
・機構改正により、宣教、教育、奉仕の3部門と視聴覚、文書の2つの事業部からなる新しい機構が出発。「国際・社会問題研究会」の設置。
・日米NCC[日米安保と日米両国の関わり−アジアの平和、日米キリスト者会議」を開催。
・千鳥ケ淵平和祈祷会NCC主催となる。
1970年
・NCC教会教育事業部、NCC機構改革により教育部と名称変更。
・宗教研究所改組大綱承認。
1971年
・NCC少数民族問題委員会、朴鍾碵さんの日立就職差別撤廃訴訟支援を決める
・韓国NCC「日本キリスト者の靖国神社国家管理に反対する運動を支持する声明書」を発表。
1973年
・第1回日韓NCC教会協議会ソウルで開催。主題「アジアの平和」。
・「少数民族問題委員会」は、青年層から在日朝鮮人を少数民族ととらえるのは誤りであるとの指摘を受け、「在日外国人の人権委員会」に名称を変更。
1974年
「韓国問題キリスト者緊急会議」、有志の会として発足(代表 中嶋正昭)第25回総会は、宣教部と奉仕部を統合し、視聴覚事業部を独立させるなどの機構改革を行った。視聴覚事業部は、財団法人「基督教視聴覚センター」として特別加盟団体となった。
1976年
「韓国のキリスト者に連帯する決議」を採択。部落差別問題委員会を設置。
1977年
・NCC教育部創立70周年記念キリスト教教育大会(東洋英和女学院)を開催。
・東ドイツ教会関係委員会を設置。
1978年
「核問題研究会」設立。
1979年
「障害者と教会問題委員会」設置。「平和問題研究会」が発足。「宣教協議会」(2月5−7日熱海)開催。主題「御国が来ますように−80年代の宣教に向かって」
1980年
「宣教協議会」(12月1−3日天城山荘)開催。 主題「アジアの『富める国』日本における宣教」
1981年
国際障害者年声明を採択。
1982年
・第28回総会「キリスト教アジア資料センタ−」設立を承認。
・日米加三国初のNCC宗教協力協議会の開催(天城山荘)。
1983年
・第1回訪中団が、上海、蘇州、南京の教会などを訪問。共同コミュニケを発表。
・「第1回日比教会協議会」を開催。
1984年
戦後初の公式な中国教会を代表する代表団一行十人がNCCの招きで来日、共同声明を発表。
1985年
・第29回総会、「外国人登録法改正と指紋押捺拒否者支援」を決議。
・靖国神社公式参拝反対の立場を「世界のキリスト者に訴える声明」を発表、WCCなどに送付。
1987年
・米国NCCと共催で少数者人権ワ−クショップを開催。
・宗教研究所改組大綱承認。
1988年
「朝鮮半島の平和統一と日本」のシンポジウムを開催、NCC声明発表。
1989年
大嘗祭反対の声明。全国署名運動を開始。NCC大嘗祭問題署名センターが活動を開始。
1990年
NCC大嘗祭問題署名センタ−、カトリック正義と平和協議会、日本福音同盟の三者は、大嘗祭についての署名簿を海部首相に提出。
1991年
・第31回総会で、「従軍慰安婦問題の取組を推進」を決議。
・常議員会、湾岸戦争に反対を表明。
1992年
・NCC平和・人権ヒロシマセンタ−発会、委員会として位置づける。
・第3回常議員会で、20あった委員会を11にまとめた委員会統廃合案を可決。
1995年
・敗戦50年にあたり、「『戦後50年』の時にあたっての議長声明」(1月)、常議員会による「日本の戦争責任に関する日本キリスト教協議会声明」(5月)を発表。11月3日には、「戦後50年を考える東京集会」(日キ教団阿佐ケ谷教会)を開催。
・常議員会(9月21日)は、NCC平和・人権センタ−に対するNCC側の支援体制の不十分さによって、センタ−活動の停止と委員会の廃止を決議
・ドイツ元大統領ワイッゼッカ−夫妻を囲む歓迎会(日キ教団信濃町教会)をNCC主催で行う。
・阪神・淡路大震災に対して、海外のNCC関係教会より救援金をいただく。NCCは、特に外国人に対する救援活動をするキリスト教関係団体に救援金を分配。
・国家の宗教活動への介入として「宗教法人法改正」に反対を表明。
1996年
・13年ぶりに第2回NCC訪中団14名を派遣、改めて日本の教会が日本軍の中国侵略に協力したことを謝罪。
・北朝鮮の洪水被害に対して2名(江戸、大津)を平壌へ派遣、救援募金を届けた。
・「NCC国際協力センタ−」(仮称)設置検討のために協議会開催。
1997年
・「朝鮮食糧支援緊急委員会」を設置。北朝鮮食糧不足に対してトウモロコシ、食用油などを送り、5名のNCC訪問団を派遣した。
・WCC議長アラムl世NCCを訪問。
1998年
・NCC宣教会議開催。
・NCC設立50周年感謝礼拝・感謝会開催
・日米NCC協議会開催
1999年
・「新ガイドライン」と有事法制化に反対!宗教者たちの「平和を求める」集い開催 国会包囲デモおよび集会開催。
・「ストップ戦争法! 5.21全国大集会」を労組、市民団体らと共催。5万人デモをした。
・第2回中国教会代表団訪日
・チェルノブイリ災害問題プロジェクトと教育部が共催し、スタディ−ツア−を組む。
・第7回日・比NCC協議会を「グロ−バリゼ−ションに抗して−女性・民衆・教会」を主題に開催。
・第3回日・韓NCC女性委員会交流プログラム開催。
・WCC総幹事コンラッド・ライザー訪日


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