陳述書(VAWW-NET ジャパン)

             
2001年10月3日
原告 VAWW-NET ジャパン
(「戦争と女性への暴力)日本ネットワ−ク)
                      副代表 西野瑠美子

東京地方裁判所民事第5部合議B御中

 去る1月30日に放映されたNHK ETVシリ−ズ2001「戦争をどう裁くか」の二夜、「問われる戦時性暴力」で取り上げられた女性国際戦犯法廷の主催団体の一つであり、この番組制作に全面的に取材協力をしてきたVAWW-NETジャパンを代表して、なぜ、提訴したのか、私たちの気持ちを述べさせていただきます。

 女性国際戦犯法廷は昨年12月8日から東京九段会館で開催されましたが、それを1カ月余り遡る10月24日、私たちは、番組制作会社ドキュメンタリ−・ジャパンのプロデュサ−とディレクタ−から女性国際戦犯法廷を一月に放映予定しているETV2001シリ−ズで取り上げたいので、取材に協力してもらえないかと相談を受けました。

 そこで番組提案票を見せられ説明された企画のねらいは、@番組では対談を盛り込み、戦時性暴力が現在まで抱えてきた問題を浮き彫りにさせる、Aそのなかで戦時性暴力を裁くためのしくみを明らかにし、B問われた罪とどのように向き合っていけばいいのかを徹底考察するというものでした。

 また、番組の内容としては、@12月8日から12日まで東京で開かれる女性国際戦犯法廷をつぶさに追い、スタジオでの対談をはさみながら、半世紀後に戦時性暴力を問うことの意味を考える、A被害から半世紀以上たった今、世界中のブレ−ンを結集する国際法廷がどのようにつくられ、B実際に進められていくのか、また、C国際世論が戦時性暴力にどのような審判を下すのかを見届けるなかで、D「何が問われてきたのか?」を見据えたい、というものでした。これらは私たちが受け取った番組提案票に記載されているものです。

 制作会社からの口頭説明では、四夜のシリ−ズにしたいこと、「慰安婦」制度を裁くため、「法廷」までに女性たちによりどのように準備されていくのかなども取材したいことも話されました。

 この説明を受けて、私たちは、説明された企画のねらいも番組の内容も、責任者処罰の歴史的意義を提言する「法廷」の趣旨に添うものであり、このような趣旨の下で作られた番組が放映されることにより、より多くの人々に戦時性暴力を裁くことの意味を国際的潮流の中に位置づけて伝えることができると思い、大きな期待から、番組制作のための取材に全面協力することを決定したのです。

 私たちは、ドキュメンタリ−ジャパンが提示した企画方針の下で「法廷」がより正確にありのままに伝えられるよう取材協力を惜しまず、又、数々の便宜をも図ってきました。

 まず第一に、「法廷」当日は国内外のメディア143社305名が二階席で取材していましたが、ドキュメンタリ−ジャパンについては事前に「法廷」の正面に位置する会場一階の中央にテレビカメラを設置することを許可しました。

 第二に、「法廷」当日は他のメディアへの考慮から、ドキュメンタリ−ジャパンのみに他のメディアには認めなかった関係者のオレンジ色の腕章をつけることを許可し、移動して撮影するよう配慮さえしました。この腕章をつけていれば、自由に会場内を自由に歩くことができたのです。

 第三に、了承した企画には「法廷が、どのように作られていくのか」という準備段階を追うとありましたので、VAWW-NETジャパン内部の重要な運営委員会の会議の様子を撮影することを許可しました。話の内容は勿論、顔を出すことについては不安もありましたが、しかし、撮影を了承したのは何より被告らに対する信頼によるもので、民衆法廷が女性たちの議論により作られて行く過程をありのままに伝えることに意味と意義をとらえていたからに他なりません。

 第四に、放映される番組に間違いがあってはいけないと、「法廷」までは決して公開することのなかった起訴状や証拠(宣誓供述書)書類、参加者名簿など、丸秘文書の提供さえ行いました。

 第五に、「法廷」の非公開リハ−サルの立ち会いも許可しました。

 これらは一例ですが、私たちは被告らを信用し、信頼していたからこそ全面的に取材協力をしてきたのです。

 しかし、1月30日に放映された番組は、そのように被告らを信頼し、全面的な取材協力を惜しまなかった私たちが期待していたもの、すなわち私たちが取材要請を受けた段階で聞かされていた趣旨とはかけ離れた内容であり、「法廷」の基本的情報提供すらなく、驚いたことに「法廷」を否定的ニュアンスで紹介し、「法廷」の主催者や「慰安婦」被害者を傷つける内容になっていました。

 私たちは放映された番組に憤りを感じ、NHKに対して、一体、なぜこのような番組になったのか説明してほしいと、番組についての見解と公開質問状(2月6日付)や抗議文(3月2日付け)、事実経過の確認(3月2日付け)を送付しましたが、これまで得られたNHKからの回答(2月13日付)は私たちの疑問に応えるものではなく、「NHKは放送法の規定に基づいて公正な番組作りに努めており、今後も、みなさまからのご意見を踏まえ、公共放送としての使命達成のために努力する所存」であり「理解してほしい」というもので、取材協力者の信頼を裏切る責任放棄の居直りとしか思えないものでした。

 この間、松井代表が島崎素彦NHKエンタ−プライズ21制作本部スペシャル番組部長と同取締役政策本部担当座間味朝雄氏と会い(2月2日)、松井、西野、東海林事務局長らVAWW-NET ジャパンの五名が、NHKの吉岡民夫教養番組部長(当時)と遠藤絢一番組制作局主幹(当時)に会い(2月21日)ましたが、そこでも私たちの質問については「回答した通りだ」として、誠意ある態度はみられませんでした。このようなNHKの態度に対して、女性国際戦犯法廷国際実行委員会(日本と被害国、国際諮問委員会で構成される)は2月24日付けでNHKに対して抗議声明をファックスで送付しましたが、これに対しても何の反応もありませんでした。

 私たちはこのままでは国際実行委員会や「慰安婦」被害者、「法廷」を支持してくれている多くの市民に対して申し訳が立たず、自ら調査を進め、新聞・雑誌の記事などを手がかりに3月2日、再びVAWW-NETジャパンの抗議声明と共に事実経過を記した文書を直接NHKに出向いて吉岡氏、遠藤氏に手渡しました。私たちは事実経過の確認について回答を求めましたが、その後、私たちに届いた回答書(3月27日付)は「私どもが了解できる内容ではない」「2月13日付けの文書で答えた通りだ」という、たった四行のそっけないものでした。同日夜、私たちはドキュメンタリ−・ジャパン代表取締役広瀬涼二氏らと会見しましたが、そこにNHK番組制作局主幹の遠藤氏が同行してきたのです。遠藤氏は同行した理由について、「三者は一体だ」と説明しました。遠藤氏が同席していたためか、広瀬氏には問題の核心に触れようとする態度さえ見られませんでした。

 このように被告らの私たちに対する対応は、取材協力者の苦痛を省みようともしない高慢ささえ感じられ、私たちの苦痛は深くなるばかりでした。

 私たちは、番組改竄事件をうやむやにしたまま終わらせることはできません。何より番組が改竄されたことにより私たちが受けた苦痛は何ら出口のない状況に閉じ込められたままですし、多くの人々により指摘されている改竄の背景に何があったのかという疑問は、何一つ解消されてはいません。

 もし、NHKが、放映されたような趣旨の番組に企画を変更したのであれば、当然、私たちに対して方針変更の説明をすべきでした。NHKは私たちとの会見で、「方針は一貫して変わっていない」と主張しましたが、そうであれば、私たちに取材協力を求めた時に説明した内容は虚偽のものであり、取材依頼そのものが私たちを騙した詐欺行為であったということになります。遠藤氏が言明したように私たちにとって三者は一体の存在であり、取材要請時の説明は三者の合意であると、私たちは受け止めています。

 NHKが方針変更を私たちに説明したならば、あるいは、協力要請の時に正確に説明していれば、私たちには、協力を拒否する、或いは取材を受けない選択肢もあったのです。 

 放映までの期間、NHK側は私たちに説明をする機会は十分あったはずです。説明を怠ったことは、私たちの自己決定権をも侵害するものです。NHKは「放送倫理指針」において、「取材相手には、取材の意図、内容や取材結果の取り扱いを正確に伝える、取材の許諾を得るために、番組のテ−マや取材趣旨を歪めて伝えたり、あいまいにしてはならない」と謳っています。そればかりか「制作過程で、あらかじめ取材相手に伝えていた目的や内容に変更が生じた場合は、改めて取材相手に説明しなければならない」とはっきり掲げています。

 番組改竄により、「法廷」そのものが隠され、その結果、「法廷」主催者・関係者のみならず「慰安婦」被害女性たちの名誉を傷つけ、視聴者に取り返しのつかない誤解を与え、市民の知る権利が侵害されました。私たちの信頼を裏切り、なおかつ説明義務さえ果そうとしないNHKの姿勢は、公共放送としてのあり方を問うものです。

 私たちが、番組改竄により受けた侵害に対して被告らの責任を求めるのは、何一つ、真実を明らかにしようとしない被告らの姿勢に「なぜ、そこまで隠すのか」という不信感と違和感があるからですが、一方、メディア規制の流れに危機感が増大している今日、市民社会で保障されるべき知る権利や言論・表現の自由、メディアの報道の自由が保障される制作現場であってほしいという願いもあります。

 この番組改竄事件のNHKの責任が曖昧にされることになれば、それこそ同じような被害や事件が再発することは予想に難くありません。女性国際戦犯法廷は、被害者が周縁化されてきた不正義を正すため、正義の実現を目指して開かれたものでした。

 私たちが何より望んでいるのは、この裁判で真相を明らかにしてほしいということです。被取材者の信頼を裏切り、何の説明さえしなくてもいいという前例が作られないことを、強く望みます。

以上

戻る