About

「シリーズ この人にきく」第1回目は、2010年6月に『幸せになる資本主義』(朝日新聞社刊)を執筆した田端博邦さんです。

「幸せ」と「資本主義」——なんともミスマッチな言葉のタイトルに、私たち読者はおもわず引きつけられます。「幸せ」とは、私たちの身近にあってほしい・関心の高い言葉です。その一方で「資本主義」は、遠い・無関係な言葉、とふだんから思っているからでしょう。

でも、著者の田端さんは、”時代の節目を迎えつつあるいま、ふつうに働き・生活する人たちにこそ、「資本主義」について考えてほしい” と語りかけます。

そこで、Labor Now TVでは、田端さんにやさしく解説してもらおうと、9つのパートに分けて質問をしました。ふだんの生活のなかで、疑問に感じていることについても聞きました。

しばし日常の喧噪から離れて、Labor Now TVからの”語りかけ”に考えをめぐらせる——そんなひとときを過ごすのはいかがですか?

今回の収録は、田端さんが企画委員として活動する「社会運動ユニオニズム研究会」の協力のもと、2010年8月23日の公開研究会でおこなわれました。聞き手は、高須裕彦さん(一橋大学大学院社会学研究科フェアレイバー研究教育センター)です。



Biography

田端博邦 Hirokuni Tabata

1943年生まれ。1972年早稲田大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。東京大学社会科学研究所助手を経て、同教授。2006年3月に退職。専門は労働法で、比較労使関係法や比較福祉国家論などを中心に研究する。

著作紹介

『幸せになる資本主義』朝日新聞出版 (2010/6)

大学を含む教育費と住宅費は、日本の平均的なサラリーマン家計の二大支出項目である。しかし、こうした費用を個人が私的に負担しなければならない、という考え方は、世界的に見れば必ずしも当たり前のことではないのである。(本文より)






『グローバリゼーションと労働世界の変容—労使関係の国際比較』旬報社 (2007/11)

労働組合は、今日でもなお、労働者の固有の立場、あるいは生活し、労働する人間の立場に立つ、自主的な独立組織なのです。このような労働組合の存在は、グローバリゼーションやネオリベラリズムの台頭によって変動する世界や日本社会のあり方をよりダイナミックなものにする可能性があるという意味で、もっと注目されてよいでしょう。(本文より)



*関係論文
 タイトルをクリックすればPDFファイルをダウンロードできます。










活動紹介

「社会運動ユニオニズム研究会」とは


一橋大学フェアレイバー研究教育センターのプロジェクトのひとつ。現在、田端さんを含む企画委員(ほかに若手研究者や組合活動家など)を中心に研究活動を行っている。テーマは、社会運動ユニオニズムの日米比較をはじめ、主に労働運動や地域運動のほか、政治・経済問題など多岐にわたる。


社会運動ユニオニズム研究会のサイト
LinkIconhttp://socialmovementunionism.blogspot.com/


一橋大学大学院社会学研究科フェアレイバー研究教育センターのサイト
LinkIconhttp://www.fair-labor.soc.hit-u.ac.jp/














Video 資本主義について語ろう

1.この本を書いたいきさつ

古典を読んで考えよう

この本の執筆のきっかけになったのは2008年11月、NHK「視点・論点」への出演だった。2008年9月15日のリーマンショックの直後であったため、視点・論点を見た編集者は「世界金融危機と雇用」というような依頼をしてきた。

出版社の依頼の趣旨は、会社員が電車のなかで読めるような、わかりやすい本だった。そのような本を書いたことがなかったので、果たして書けるかどうか不安だったが、実際には3か月で書き上げた。

いろいろな本を引用して書いているが、ほとんど記憶で書いているので、あまりあてにならないことが多いのではないかと思うので、ぜひ注意して読んでください(笑)。 

ロックをはじめとする古典の本を挙げているのにはねらいがある。それは、原典にさかのぼって読んでもらいたいからである。そのことで、自分自身で考えてもらいたい。これが私の強い希望である。

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2.NHK「視点・論点」の要旨

世界史の転換点に立つ

GDPにおける公的支出の割合を先進国のなかで比較してみると、3つのグループに分けられる。ヨーロッパ諸国を中間にして、アメリカや日本が少ないのに対して、高いのは北欧である。

公的支出の割合は、労働組合のあり方にリンクする。つまり、労働組合のあり方を示す組織率が高いほど、公的支出も高くなる。社会のあり方と、労働組合(運動)のあり方には、強い相関関係があるのではないか——。

リーマンショック以後、このような日本の社会は変わり得るのではないか、新自由主義の支配する世界は変わるのではないか、現在は、世界史の大きな転換点に入りつつあるのではないか、と考えた。

NHK「視点・論点」での田端報告「『競争社会』と『連帯社会』」の内容(文字データ、2008年11月24日)
LinkIconhttp://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/400/14084.html

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3.2つの資本主義〜ネオアメリカ型とライン型

日本の資本主義はどっち?

資本主義に異なる型がある——これは学問の世界の常識である。よく言われるのは2つの型である。ひとつは、協調的・社会的市場経済のタイプの資本主義で、それに対して、自由主義的市場経済のタイプの資本主義である。

ミシェル・アルベール(仏)が論じたネオアメリカ型とライン型の区別は、学問的に厳密ではないが、本質をついていると考える。

教育の項目をみると、ネオアメリカ型では、市場財と混合財に加えて、アメリカにも義務教育があるために、非市場財に及んでいるが、市場財の部分が非常に目立つ。

それに対して、ライン型(ヨーロッパ)の資本主義では、市場財の部分が非常に小さいのがわかる。つまり、教育は社会的な営みであるために、公共的に供給されるべきである、という考え方に基づいているからである。

では、日本の資本主義は、どちらの型に入るのだろうか?

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4.日本の現状をどうみるのか?       

日本の雇用システムは社会的資本主義ではない

典型的な自由主義的資本主義のアメリカでは、”employment at will”(随意雇用原則)――つまり、使用者は自由に雇い、自由に解雇できる、というのが原則である。

このような市場的な雇用システムに比べると、日本は雇用保障の固い社会的資本主義に近い雇用システムである、と世界の学者はみなしている。

日本の固い雇用保障といわれる雇用システムは、つまるところ企業、それも中堅や大企業のなかだけで存在するものである。景気変動に耐えられない下請企業や中小・零細企業では、雇用保障など言ってはいられない。

これに対してヨーロッパでは、社会や産業をベースにした雇用保障がある。

日本の雇用システムは社会的資本主義ではない、とわたしは考える。

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5.ネオリベラリズムとは何か?

資本主義の社会的制約からの解放

アメリカのセオドア・ルーズベルト(共和党大統領・任期1901~1909)は次のように語っていた。”大規模ビジネスの特殊利益が、自らの利益のために、政府と人と政策を支配し、腐敗させている。我々は、この特殊利益を政治から排除しなければならない”

現代の資本主義とは、1920年から70年代までを指し、裸の市場経済に”たが”をはめた資本主義といえる。アメリカを含めて、”社会的資本主義”の時代と言えるだろう。わたしの専門である労働法が成立するのはこの時代である。

ここ30年間にわたって世界を席巻してきた”ネオリベラリズム”とは、資本主義にとっての社会的制約からの解放をめざすもの、とわたしは考える。

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6.世界金融危機に対して
世界はどのように転換しようとしているのか?

環境と両立する経済システムづくりへ

ネオリベラリズムの30年間は、世界史のひとつの時代を形成した。それはつまり、いまが歴史の変わる時期ともいえる。

金融危機は、行きすぎた市場化の結果ではないか、とわたしはみている。これだけの打撃を受けると、ふたたびネオリベラリズムの時代に戻ることは難しいのではないか。これまでとは違った時代に入っていくに違いない。

では、どのような時代がやってくるのか? それは、まだわからない。新しい時代が始まり、歴史がつくられていく。それは、われわれがどのように行動するのか、に依っている。

ただ、客観的にいえることは、これまでの経験からケインズ主義的な経済制御の考え方が中心になっていくのではないか。また、環境と両立するような新しい経済システムをつくっていくことが、これからの時代の鍵になっていくだろう。

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7.日本はどのような社会をめざすのか?

一人ひとりが考えること

世界は変わりつつあるとみていたが、日本の政権交代はわたしにとって予想外のできごとだった。

高校の授業料の無償化や子ども手当という制度は、新聞では叩かれているが、基本的な考え方を変えるものである。高校の授業料の無償化は、世界の常識である。

日本でも、基本的なものが少しずつ変わりつつある、といえる。しかし、マスコミの報道をみると、なにがどのように変わりつつあるのかを、充分に認識していないのではないか——。これがわたしの一番の心配である。

どのような社会をつくっていくべきなのか、この本にわたしの考え方を著した。さらに、一人ひとりが考え、自分の意見をもつことが、日本の社会にとって重要であると思う。

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8.労働組合の役割とは何か?

労働勢力は決定的な意味をもつ

ふつうの会社員が電車のなかで読める本、というのが編集方針だった。そのため、労働組合のことを正面から書くことにためらい、この本では書かなかった。というのは、今の日本では組合に入っている人は少なく、マスコミでは悪玉として取り上げられているからだ。

構造的にいうと、労働組合や労働運動は大きな役割を担っている。労働勢力が社会全体に対してどのような力を発揮できるのか、これは今後の日本社会のあり方を考えるうで重要である。

労働組合はすでに古いという議論もあるが、おそらく決定的な意味を持っているだろう。この会場に組合の方がいたら、労働組合に社会的な視点をもってほしい。

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9.”自己責任論”への反論

社会責任で公正な労働処遇を

なぜ正社員や正職員になる努力をしなかったのか?——非正規ではたらく人々の窮状を報告する場で、よく聞かれる質問である。今も日本社会に根強く存在する”自己責任論”である。

努力をすれば、すべての人が正社員や正職員になれるのか?——答えは否である。どんなに努力をしても、正社員や正職員になれない人が、必ず出る。それは、社会や雇う側が、正社員や正職員を限定しているからである。正社員や正職員になれないしくみになっているからである。そのために個人の自己責任では解決できない。

すべての人は、労働に釣り合う処遇を受けられる。これは社会責任である。

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この人にきく〜田端博邦
資本主義について語ろう
2010年10月制作
撮影・編集:青野恵美子(Labor Now)