人権擁護法案
次期国会での審議に向けて
○ さる3月8日に閣議決定され、4月24日に参議院で代表質問が行われた人権擁護法案は、今国会で実質的に審議されず、継続審議となる見通しである。この法案は個人情報保護法案とともにいわゆる「メディア規制法案」と位置づけられ、多くの批判を招いた。確かに、メディアによる人権侵害を特別救済の対象とし、同法案で新設予定の「人権委員会」(以下、委員会)に勧告・公表など強い権限を付与するのは大いに問題であり、われわれも一貫してこれに反対してきた。しかし、この側面のみを強調すると、法案の本質的な問題点は見失なわれる。 ○ 法案は人権侵害の被害を救済・予防し、人権尊重理念の啓発を目的とする。このため第1に人権侵害を一般的に禁止し、第2に人権救済機関として委員会を新設し、第3に委員会が実施する人権救済手続などを規定する。なお、第1の規定は日本初の一般的差別禁止規定で、差別禁止法体系整備の出発点となり、画期的である。 日本社会には被差別部落出身者・アイヌ民族・外国人への就職・結婚差別、児童虐待、DV、障害者差別等々、さまざまな人権侵害が存在する。こうした侵害を受けた者は、国の制度では人権擁護行政や人権擁護委員制度などの行政救済、さらには裁判所による司法救済を求めてきた。しかし、法務省による人権擁護行政は市民からあまり信頼されず、また裁判は時間と費用がかかり、人権侵害を受けた者は泣き寝入りしがちだった。 そこで人権施策の見直しのため人権擁護推進審議会が設置され、昨年5月の人権救済答申で「人権委員会」の新設が提言された。この答申をうけて法務省が立法化をすすめたのが法案である。 ○ 不当な人権侵害・差別を受けた者を「安(く)・簡(易に)・早(く)」実効的に救済するため、諸国では政府から独立した人権救済機関を設置しつつあり、委員会の新設は大いに歓迎される。しかし、法案やこれが予定する委員会は以下の根本的問題を抱えており、次期国会で抜本的に修正すべきである。 ○ 第1に、法案は委員会の組織的独立性を確保していない。委員会は法務省の外局とされ、同省人権擁護局が委員会事務局に改組される。法務事務官が事務局を担うため、同省が管理する刑務所・拘置所・入管施設内での公権力人権侵害の被害者が十分に救済されるとは到底期待できない。このさい委員会は総合調整機能を持つ内閣府の外局とし、法務省所管とすることは絶対に避けるべきである。 第2に、法案は中央にのみ委員会を置き、地方に委員会を置かないこととしている。自治体が人権委員会の救済手続に関与できる余地はほとんど無く、また地方事務局の事務を地方法務局長に委任することを認める規定が置かれるなど、集権的な事務運営を行うことが予想される。このような中央集権的なシステムは、分権化の推進という時代の要請や、人権問題の実情に適合していない。人権問題は、人々の日常生活の中で、その土地の地域性や慣習、歴史などを背景として生じる場合が多い。このような人権問題を効果的に解決していくためには、各都道府県及び政令市ごとに人権委員会を設置し、独立した救済権限を与えるべきである。 第3に、法案は公権力による人権侵害を軽視している。私人間の人権侵害と公権力人権侵害については調査・救済両面で同じ手続が予定されている。しかし、権力性や密室性が強い公権力人権侵害は、基本的に対等な私人間で起きる人権侵害とは異質である。これに関しては、委員会による拘禁施設への無条件立入調査権限など、行政機関に対する特別の調査・救済手続を整備する必要がある。法律の構成上も、両者の手続を明確に分けて規定すべきである。 第4に、メディアによる人権侵害に関しては、委員会に勧告・公表など強い権限が付与される特別救済の対象から外すべきである。法案ではプライバシー侵害・過剰取材の要件や判断基準が明確でなく、人権委員会の恣意的な判断で、メディアに圧力が加えられる危険性が否定できないからである。 第5に、法案では委員会の政策提言機能が不十分である。委員会は首相や国会への意見提出権を規定している。しかし、政府から真に独立した存在となるためには、委員会に明確な政策提言機能を持たせ、委員会が提言した場合には、その名宛人である行政機関の長や国会は、提言への応答義務と説明責任があることを明記すべきである ○ 以上に法案の主要な問題点を指摘した。法案は抜本的な修正のうえ次期国会に再提出されるべきである。人権フォーラム21は、次期国会における人権擁護法案の抜本的修正に向けて、引き続き政策提言活動を続ける所存である。 →「差別禁止法」をはじめ人権法体系の整備に向け、積極的に議論を巻き起こそう! →人種差別禁止法案(村上試案) |
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