性の起源や、現在なぜ多くの生物で性があるかについて、これが正解 という確定した見解はありません。しかし考えられる「説明」は出そろったようにもみえ、またどれか1つが正解で、そのほかは間違いというものでもなく、ひょっとしたら、以下に紹介した仮説すべて、あれもこれも正解かもしれません。
性によって子どもが作られることから、老化からの復活をイメージした19世紀の古典的な観念。
若返り説に対するワイズマンの批判「ないものを2倍しても、ひとつを作ることはできない。」
性の意味は増殖を可能にすることではない。なぜなら増殖は性ぬきでもできる。性は雌雄両系統の細胞原質(今の「遺伝子」のこと)を混ぜ合わせることによって、さまざまな環境に適応できる個体を作り出す。多様な子を作り出すので、新しく複雑な環境への適応できる。環境の激変にも対応できる。この変異説にもとづく性の役割に関する説明は、最もよく知られた説明で、高等学校の生物の教科書の中でも、多く採用されてきた。
まとめ:性とは遺伝子を混ぜ合わせること。 |
有性生殖とは、配偶子の合体などの方法で遺伝子を混合するシステムを指す。無性生殖は単純な分列など、親と同一な遺伝組成をもつ個体を作ること。(単為生殖も無性的な性に含めて考える。)
単為生殖とは受精を経ずに、卵が単独で発生する現象。多くの動植物で知られている。例えば、アメリカ西南部の砂漠に住むハシリトカゲ。このトカゲは雌しかいない。雌どうしで交尾のまねごとをし、産卵し繁殖する。このことは、生殖には必ずしも性が必要ではないことを物語っている。
メイナード・スミスは、性による生殖はコストがかかるので、無性的な生殖に比べて生存に不利であるとし、なぜいま多くの生物で性が見られるかということに疑問を投げかけ、以来、性は生物学上の重大な謎の1つとなり、論争の大きなテーマとなった。
性にかかるコスト(メイナード・スミス1987年1971年など)
まとめ:有性生殖より、無性的な生殖の方が、子孫をたくさん残せる。 |
性はある世代に新しい有利な遺伝子の組み合わせを生じさせるが、次の世代には減数分裂でバラバラにしてしまう。「変異説」では性の存在を説明できない。
性の起源と性の維持はきちんと分けて論じるべき。
有性生殖と単為生殖のような無性的な生殖を比べた場合、時間的に変化する環境のもとでは、有性生殖は素早く遺伝子の組み合わせを変えて、適応できる。しかし、環境の変化が止まってしまえば、両者の差はなくなり、性にかかるコストのため、繁殖率の勝る無性的な生殖の方が有利になる。
「無性生殖という戦略は、有性生殖という戦略に比べて生存闘争に対して有利であり、その有利さ、繁殖力は通常の有性生殖の二倍である。」
生物は短期的な繁殖成功により自然選択の競争に打ち勝っていくので、有性生殖が有利となる場面はきわめて限られたものとなる。有性生殖が有利になるためには、環境の変化はかなり早いものでなければならない。
まとめ:多くの生物で性が存在する理由は簡単には説明できない。 |
性と寄生虫・疾病との関係をしめすモデル(ハミルトン)
無性的な生殖は親と全く同じ遺伝子組成の子が生まれてくる。それに対して子は親の遺伝子の半分ずつを受け継ぎ、混ぜるので有性生殖では親と違う子が生まれてくる。絶えず変異し宿主を襲う寄生虫に対抗し、宿主も絶えず親と違う子どもを作り変異をし続けなければならない。
ハミルトン「性の本質とは、目下のところは役に立たなくても、将来再び利用できる見通しのある遺伝子を貯蔵しておくという点にある。性はこうした遺伝子を絶えず組み合わせに加えながら、それを不利にしている原因がどこかに行ってしまう日を待っているのである。」
生きていくために絶えず遺伝子の組み合わせを変えながら親と違う遺伝子組成の子をつくらなければならない、という考えを不思議の国のアリスの中に出てくるトランプの赤の女王の「この国じゃね、同じところにとどまってるにも、力いっぱい走り続けなければならないのよ」というせりふになぞらえて、赤の女王仮説と呼ぶ。疾病への抵抗体制に、永久に有効な理想型はない。一時的な隆盛と衰退がくり返される。ハミルトンの説はコンピューター上のシュミレートで成功したにすぎないが、これを示唆する実験や、観察データも存在する。
まとめ:性は親と違う子どもを作るので、寄生虫や病気と対抗できる。 |
放射線、紫外線、発ガン物質など、遺伝子を破壊する要因はいっぱいある。これに対抗するのが性だとする説がある。
性が遺伝子の損傷に対抗する役割をもつ。(リチャード・ミコッド1995)
両系統遺伝子をあわせて2セットの遺伝子を持っていれば、互いに破損している部分を補うことができる。また、壊れてしまった遺伝子を、相手からもらった遺伝子で減数分裂を行うとき修復してしまう。異系交配を伴う性は、有害突然変異の蓄積を妨げる。有性生殖によって、有害遺伝子の組み合わせを作ると、その個体は生存できないから、その遺伝子を捨てることになり有害遺伝子の頻度を減らすことができる。
まとめ:性は壊れた遺伝子をおぎなったり、修復したりする。 |
マーグリス「雌雄が異なるのは、絶えず変化する環境がもたらす不測の事態に対処するためではなく、祖先の単細胞生物の生存を可能にした一連の歴史的出来事が原因である。」「性が滅びずにつづいてきたのは、性が環境に適応していたからではなく、性と生殖が結びついた生物が繁殖したからである。」
以下マーグリスの説について説明する。
現在生きている細菌類は、さまざまな方法で遺伝子をやりとりする。2個体が接合管でつながり、プラスミドと呼ばれる遺伝子をやりとりする。ウイルスにより遺伝子をやりとりする。また損傷した遺伝子を修復する能力を持っている。(減数分裂はやらない)
35億年前、最初に発生した生物はモネラ類(細菌類)であった。当時地球上は酸素が無く、大気の上空にオゾン層が発達しないため、地表まで太陽の紫外線が降り注いでいた。紫外線はDNAを破壊する性質を持つので、原初の生物は絶えずDNAの破損に悩まされていたと考えられる。この破損したDNAを補修するための酵素、ならびに補修するためのバックアップとして、多の個体から受け取ったDNAを利用した。そのため細菌類は絶えず他の個体と遺伝子をやりとりする能力を身につけていった。
原生生物の中には、餌不足など環境が悪化すると二個体が互いに合体(共食い)をする。この「共食い」が、卵・精子の合体により新しい個体を作るタイプの性の直接の起源と考える。共食いして合体した細胞は染色体が倍加する。細胞の合体のたびに染色体が増えていくことになり、その生物の存在を危うくする。したがって、この倍加した染色体を元に戻さなければならない。
(1)そのためには2倍になった染色体数を半減させるためのシステムとして減数分裂が必要になる。減数分裂はさらに2つのことを解決する。(2)多細胞生物生物にとって、ひとそろいの損傷のない遺伝子を受け継ぐことは至上命令である。減数分裂の過程は、相同染色体の対合と分離によりひとそろいのゲノム(ゲノム:その生物をつくり出すひとそろいの遺伝子のこと)をきちんと受け継ぎ、(3)また両系統の遺伝子を照合、破損した部分の修復によって損傷のないゲノムを受け継ぎ、多細胞生物への道を歩むことになった。
つまり減数分裂を伴う性は、多細胞生物への進化道筋の中で避けて通れない歴史的な出来事ということができる。
原生生物で開始された性は、菌界、植物界、動物界に引き継がれた。この中で、生殖と完全に一体となった性を行うのは動物だけである。
マーグリス「自己維持が生殖の前提条件であること・・そして、生殖はあらゆる性に先立つものであり、有性過程の固有の一部ではなかった。細胞の合体という形での性は、直接に選択されてきたものではなかったから、『もし無性生殖が有性生殖よりもはるかに多数の子を生ずることができるとすれば、なぜ有性の動物が方がはるかに多いのか?』というのは正しい科学的な質問ではないことになる。多くの複雑な生物にとっては、そもそも無性という選択があり得なかった。」
マーグリスは、性の起源は生命の発生以来、複数の出来事が複合して動物や植物の性が生まれ、性は生殖と結びついてしまったため、何かの役に立っていなくても、やめることができなくなったシステムであるとした。
まとめ:「共食い」から始まった性は子どもを作ること(子孫 を残すこと)と結びついたため、何かの役に立っていなくても、やめられなくなってしまった。 |