「ライ病ってなに?」 「顔や手がだんだん腐って落ちていくんだ。熱さも感じなくなるから、炎の中に腐った手を入れても熱くないんだよ。」 40年以上前、幼いわたしと父親との会話です。父親はライ患者の登場してくる、何か通俗映画を見ての知識で、顔の形の崩れて腐った人が、ろうそくの炎の中に手をかざしながら迫ってくる場面を私に語って聞かせました。なにかおどろおどろしい、呪われた病気であるらしい。父親はこの程度の認識でしかありませんでした。私自身もきちんとハンセン病について学ぶ機会はありませんでした。ごくたまに報じられる療養所のドキュメントをテレビで見たことはあったかもしれません。また松本清張の小説「砂の器」を読んだり、映画を見たりした経験はありました。それが私のハンセン病に関する知識のすべてでした。 しかし、現代的な意味での「人権課題」としてとらえる識見を、わたしは持っていなかった事を率直に認めねばなりません。ハンセン病は自分には関係のない病気と私は思いこんでいました。「思いこんでいた」は正確ではないかもしれません。「考えもしなかった」の方が正しいかもしれません。 2001年ハンセン病がメディアに注目されるようになりました。 戦前から戦後、90年の隔離政策の中で、社会から封じ込められ、静かに忘れ去られようとしていた人々が、自ら声をあげたのです。テレビのブラウン管に、後遺症が明らかに分かる顔をさらして、日本社会に問いかけたのです。これは日本列島に住むものにとって、衝撃を与えてくれました。彼らの姿を見て、わたしは、真剣にハンセン病のことを学びなおしてみようという気持ちになりました。 ハンセン病とはハンセン病について学びなおしてみると、父親から教わった私の「ライ病観」はまったくの偏見に基づくものであることが分かってきます。 ハンセン病は結核菌によく似たライ菌によって起こる感染症です。体温の低い皮膚の下の神経細胞に住み着きます。体温の低いところとは、顔や手など、外気に露出したところです。神経細胞が冒されるので、痛さや熱さを感じなくなります。「ろうそくの炎の中に手を入れても熱くない」のはそのためで、「手が腐った」からではなかったのです。感覚をなくすため手をけがしたり、そのために二次的に感染・化膿をおこし手を落としてしまうということが真相です。 また、ライ菌は感染力はきわめて弱く、また菌自体は全く毒性を持っていないので、感染したからといってライ菌自身の毒性で死に至ることはありません。 特に衛生状態や、栄養状態の悪くなる飢饉や戦争などの時代に発生する事はあっても、現代のように衛生観念や、栄養観念も発達した時代ではあらたな発生はきわめて希です。 それに1941年にすでに特効薬のプロミンも開発されていますので、仮に発病したとしても、後遺症が残るほど病状が進む前に完治できます。 なんだ、怖い病気ではないじゃんか! 正しい知識を持つこと、これが差別や偏見を克服する道だということを再認識せざるを得ません。 |