3-6) 観光

(1) 観光の現状

 鮎川から海上を観光船で20分ほどのところに、古くから東北地方(特に東海
岸)の人々に信仰の島として親しまれてきた金華山がある。鮎川への観光客は
年50〜60万人台を上下しているが、そのほとんどは金華山参拝であるとされる。
金華山へは、鮎川のほかに石巻・女川からも船が出ているものの、定期便の便
数は圧倒的に鮎川発着便が多く(石巻便は最大 3往復、女川便は最大 4往復、
対して鮎川便は 4〜11月の観光シーズンには最大10往復である。定期便のほか
にチャーター船も存在する)、金華山観光・参拝の拠点として、安定した地位
を占めている。しかし、金華山観光・参拝は、夏季が多い季節営業観光であり、
また日帰り客が多いため、来訪者数のわりには利益は多くはないという。
 金華山以外の観光としては、好漁場を背景とした磯釣りや沖釣りがある。
 観光客向けのリストによると、牡鹿町内には全部で73軒のホテル・旅館・民
宿が存在する。うち18軒が鮎川地区(半島先端部を含む)に集中している。た
だし、鮎川浜にはさほど大規模な宿泊施設はなく、鮎川地区に2ヶ所ある大き
な宿泊施設は、いずれも鮎川市街地より数キロ離れた半島先端部の金華山対岸
にあたる山鳥地区にある(町営コバルト荘も山鳥にある大規模宿泊施設のひと
つである)。

 観光客の伸び悩みや宿泊者の減少傾向への歯止めとして、現在牡鹿町では、
いくつかのプロジェクトを推進している。ひとつには、「クジラ文化の町」を
売り物として観光客の集客をはかろうという「おしかホエールランド」などの
プロジェクトである。また、ほかに町営の国民宿舎コバルト荘(1971年開設、
1990年改修)やオートキャンプ場、半島先端部の御番所公園の整備などがある。
特にオートキャンプ場は非常に好評であり利用者も多いという。
 牡鹿町の観光に関する政策は、「季節観光地から通年観光地へ」「(金華山
への参拝に付随した)通過点から、滞在型リゾートへ」ということである。
 そういった目的を実現するために、これらの町営観光施設をまとめて第三セ
クター化し、更に魅力ある観光地を目指すための中核企業とする、という構想
もあるとのことである。

<資料・牡鹿町への観光客来訪数>
                1985    1986    1987    1988    1989    1990    1991
  --------------------------------------------------------------------
 観光客入込数  528000  495200  477800  452000  664000  512700  640100
 宿泊客        112000   94900   91600   67800   85000   73900   81300
 日帰り客      416000  400300  386200  384200  579000  438800  558800
                       (「町勢要覧 '92」より)

観光客来訪数 グラフイメージ156K

(2) おしかホエールランド

 おしかホエールランドは、鮎川港南側の、旧大洋漁業工場跡地に建設された
観光拠点である。大型のキャッチャーボートが揚陸展示されており、極めて目
立つランドマークとなっている。このおしかホエールランドは、1990年10月に
開館した。
 牡鹿町が作成した「『おしか・ホエールランド』概要」によると事業の目的
及び基本方針は以下のとおり。

| 1.事業の目的
| 
|  本町は、南三陸金華山国定公園に位置し、リアス式海岸特有の壮大な海
| 岸美と自然環境に恵まれている。特に、名勝金華山は、黄金山神社信仰の
| メッカとして名高い。また、鮎川港は沿岸捕鯨基地として全国的に知られ、
| 観光名勝の一因をなしていたが、国際的な制約により昭和63年 3月をもっ
| て商業捕鯨が全面禁止となり、約一世紀にわたって町の主要な産業基盤を
| なしてきた捕鯨を失いつつあります。
|  町は、これらを踏まえ、捕鯨産業の歴史的な資産を活用し、「鯨の町・
| 牡鹿町」の歴史文化を後世に伝承保存するとともに、観光客のニーズを先
| 取りした施設として「おしか・ホエールランド」を整備し、新しい牡鹿の
| イメージを形成することにより、通過型から通年型・滞在型観光への転換
| を図るものとする。
| 
| 2.事業計画の基本方針
| 
|  本町の立地条件を踏まえ、計画施設は、次の基本方針に沿ったものとす
| る。
| 
| (1) 鯨文化の保存と継承
| (2) 観光要所としてのポテンシャルアップ
| (3) 町のシンボルの創造
| (4) 新しい牡鹿町の創造

 おしかホエールランドは、旧町立鯨博物館を発展的に改組して作られたもの
である。
 旧鯨博物館は、1954年(昭和29年)に設立されたもので、その後1977年(昭
和52年)に鮎川港観光埠頭正面に移設された。この博物館は、骨格標本やホル
マリンづけの標本などを主な展示物とするもので、学術的資料の保存館として
はとにかく、観光施設としてはいまひとつ魅力に欠けるという指摘があった。
そこで、観光寄りに振った施設として計画されたのが、おしかホエールランド
である。
 牡鹿町開発委員会による当初の計画では、博物館と周辺の海洋生物の展示が
主であった(当初計画には、プールを作り、イルカショーなどを行うというも
のも含まれていたという)。しかし、アメリカ合衆国のモントレー水族館やロ
ンドン自然誌博物館などへの視察の成果などを加味した結果、映像展示や体験
展示などを主力とする日本には前例をみない「海と人間とのかかわりを改めて
構築する」ことを目的とした施設へと、計画は変更された。総工費は19億円余
りで、有料施設であるため原発交付金が使えないなどの制約があったことから、
町の一般会計及び活力あるふるさとづくり補助金(計 6億7000万円余)では不
足する約12億円分は起債によってまかなった。なお、町の年間予算は37億6900
万円であり(1993年実績)、牡鹿町にとっておしかホエールランドの創設と運
営は、極めて大きな事業であるといえる。。
 おしかホエールランドは、初年より単年度黒字を記録し、2000年前後には借
入金の償却も終了する見込みであるという。

 この施設の展示構成は以下のとおり。

(a) エントランスホール

 吹き抜けの空間に、実物大のザトウクジラの模型などが吊るしてある空間。
ビデオによる海棲生物の展示や、水槽を設置しての牡鹿近辺の海棲生物の展示
もある。

(b) 第一展示室「くじらは昔陸を歩いた?」

 トンネル様の展示室の壁に、原始的な哺乳類からの進化の課程をパネル展示。
左側には人類への進化の様子が、右側にはクジラへの進化の様子が、おおむね
左右で時代がシンクロするよう並行して展示されている。

(c) 第二展示室「地球を回遊する大旅行家。」

 左側には、パネルと映像によるクジラの回遊に関する展示。ザトウクジラの
キャラクターが各種のクジラの回遊について説明するというもの。
 右側には、クジラの種類説明及び、インタラクティヴ方式によるクジラクイ
ズ装置。

(d) 廊下

 円形の廊下の外側壁面にはクジラの写真、内側壁面には水産庁の捕鯨再開を
訴えるパネル。

(e) 第三展示室「くじらになった気分です。」

 頭上には骨格標本(全長17メートル)。体験展示として、エコロケーション
の原理を用いた距離測定・水圧体感・クジラの遊泳速度とボートでの競争・ク
ジラの肺活量の解説装置などがある。また、室内には、クジラの歌(鳴声)が
流されている。

(f) 収蔵展示室・生態標本室

 第三展示室の奥に、行き止まりの部屋が2室あり、左に収蔵展示室、右に生
態標本室がある。収蔵展示室には、捕鯨用具や南極海捕鯨船団の模型などが展
示されている。生態標本室には、ホルマリンづけの実物標本が展示されている。
 この2室は、順路からはずれた配置となっている。

(g) ホエールシアター

 潜水艦を摸した内装の映画館(ビデオプロジェクタ上映)。映画は2本ある
ようだが、観光のハイシーズンの子供が多い時期には子供向けのアニメーショ
ン「愛と冒険の旅。黄金のモーリーを捜せ」を、それ以外の時期には実写映像
による「ホエールファンタジー」が上映されている。
 「ホエールファンタジー」は、クジラの採餌の様子など生態やホェールウォ
ッチングの映像などによって構成されたもの。また、アラスカ沖での氷に閉じ
込められたコククジラ救出作戦などの紹介もある。「クジラと人間とのいい関
係は、いまはじまったばかり」というのがしめくくりのフレーズ。

(h) キャッチャーボートの実物展示

 揚陸されたキャッチャーボート「第16利丸」。船内の一部にははいることが
できる。

(i) ホエールギャラリー

 捕鯨船の模型やマッコウクジラの顎骨などを展示。ラウンジや売店を併設。

 おしかホエールランドには、捕鯨の継続や再開を主張する展示は、ほとんど
みられない。これは、この施設が観光立地をめざす牡鹿町の新しいチャレンジ
のための観光施設として設計されたということが理由であるという。
 町民にホエールランドに対する意見を聞いたところ、「今よりももっとレジ
ャー寄りの施設にするべきだ」「捕鯨の町からクジラ文化の町へと脱皮しよう
という意志のシンボル」といった、現路線に対して肯定的な声と、「ものたり
ない。鯨博物館の時代の方がよかった」といった否定的な声とにわかれた。ほ
かに、まるっきり無関心で「行ったことはないし、見にいく気もない」という
人々もいた。

 ホエールランドは、捕鯨を基幹産業としてきた鮎川が、捕鯨を過去のものと
し、観光資源としてクジラを生かそうとする新しい生き方の模索をしているこ
とを意味するものとして、注目に値する。
 また、観光地の展示施設としても、すでに開設以来6年を経過しているにも
かかわらず、観光地の展示施設にありがちな古びた印象がなく、しっかりとし
たメンテナンスがなされており、またよく計算された展示がなされていること
など、熱意が感じられる。15人のスタッフの努力に敬意を表したい。
 なお、観光産業にたずさわるある町民からは、現在のホエールランドには、
テーマ展などの企画が弱く、リピータ需要を確保できないという問題点がある
という指摘があった。そのせいか入館者数は下降気味となっている。
 牡鹿町では、今後、常設展示の充実やテーマ展の開催などを行って弱点を克
服し、おしかホエールランドをより集客力のある観光拠点として大切に育てて
いきたいとの意向があるという。

<資料・おしかホエールランド入場者数>
  年度         1990      1991    1992    1993    1994    1995
  --------------------------------------------------------------
  入館者数     58984(*1) 151701  112625  107024   86622  約80000
                     *1 1990年度は10/6開館以降の人数
                         (牡鹿町調べ)
ホエールランド入場者数 グラフイメージ152K

 なお、ホエールランドの新設によって廃館となった旧鯨博物館の建物には、
現在日本鯨類研究所の鮎川分室が置かれている。この分室は、1992年に旧鯨博
物館の廃館に伴い設置が決まったもので、地上2階地下1階延べ床面積1000平
方メートル。将来鯨研が行う生物調査・研究の機能が統合されるという構想が
あるが、1996年春の時点では、まだ本格的な活動は開始していない模様。
 その調査・研究セクションの移転に伴い、この分室が捕鯨推進のための広報
拠点化する可能性もある。

 【写真】
  おしかホエールランド。看板(ayu21.gif)、外観(ayu22.gif,ayu23.gif)及
  びエントランスホールの吹き抜け部分の空間を遊泳する鯨類の実物大モッ
  クアップ(ayu24.gif)。
ホエールランド イメージ87K ホエールランド イメージ89K

ホエールランド イメージ88K ホエールランド イメージ86K 

  旧鯨博物館外観(ayu025.gif)及び内部(ayu026.gif)。旧展示ホールには、
  骨格標本などが一部残されているほか、鯨祭のための道具類などが置かれ
  ている。
旧博物館 イメージ100K 旧博物館 イメージ92K

(3) ホエールロードほか

 ほかにも、クジラを観光資源として活用しようという動きはあり、模索が続
けられている。

 たとえば西海岸の道を通って鮎川浜にはいる直前にはゲートが置かれている
が、そのゲートには左右にクジラを摸した飾りが設置されており、観光客を歓
迎している。
 金華山などに向かう船が出港する埠頭にも、同様にクジラのマスコットが取
り付けられている。このゲートは、1971年に初代が設置され、その後25年目の
1996年に、老朽化したため建て替えられたもの。古いゲートもクジラをデザイ
ンしたものであったという。

 また、鮎川町の中心地から鮎川港のそばを抜けてホエールランドに至る全長
約 350メートルの「ホエールロード」も目立つ存在である(1992年着工、1993
年完成。整備費用は約 2億2000万円)。
 ホエールロードには、クジラの石像が泳ぐ池(訪問時には止まっていたが、
クジラの潮吹きを摸した噴水であるという)や、さまざまな種類のクジラのイ
ラストと説明が書かれた敷石が設置されており、「クジラ文化の町」を観光の
目玉にしようという意気込みが感じられる。

 【写真】
  町の入口のゲート。ゲートでも鯨が観光客を歓迎(ayu27.gif,ayu28.gif)。
町の入口 イメージ96K 町の入り口 イメージ77K

  港の埠頭にも鯨が飾られたゲートがある(ayu29.gif)。
町の入り口 イメージ82K

  ホエールロードの入口(ayu30.gif)、鯨が泳ぐ池(ayu31.gif)。またところ
  どころに説明が描かれたタイトルが埋め込まれている(ayu32.gif)。
町の風景 イメージ92K 町の風景 イメージ82K

町の風景 イメージ72K

  更に、町のあちこちにクジラのマスコットなどがちりばめられている。写
  真は鮎川漁港のそばにある橋の欄干(ayu33.gif)。
町の風景 イメージ65K

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