混乱するマイナンバーの口座への付番理由とその狙い (3)

●3年後の見直し規定は義務化を意味しない

 2015年9月3日に成立し9月9日に施行された番号利用拡大法では 、預貯金口座へのマイナンバーの付番について、付番開始(=2018年1月1日)後3年を目途に、預貯金口座に対する付番状況等を踏まえて、必要があると認めるときは、 その結果に基づいて、国民の理解を得つつ、所要の措置を講ずると、附則で規定していた。
 番号利用拡大法を審議した第189国会では、この「所要の措置」は付番の義務化を意味しておらず、利用状況を見て検討していくものだと答弁されていた。

○山口国務大臣
 今回御審議をいただいております改正法案における預貯金付番に関する規定の見直しがございますが、これは、改正法附則十二条第四項におきましては、預貯金付番の規定の施行後三年をめどとして、預貯金者等から適切にマイナンバーの提供を受ける方策及び改正後のマイナンバー法の施行状況について検討を加えて、必要があると認めるときは、その結果に基づいて、国民の理解を得つつ、所要の措置を講ずることというふうなことになっております。
 三年後、どういうふうな見直しをするかでありますが、少なくとも、現時点では全く予断は持っておりません。この法案が成立をすれば、この規定に基づいて、その後、検討されていくものであろうと思います。
2015年5月15日 第189回国会衆議院内閣委員会 宮本(徹)委員に対する答弁

●「国民の理解」を得られない施行の状況

 ではマイナンバー法の施行状況はどうなっているのか。マイナンバーカードの交付率が交付開始4年半がすぎても17.5% (2020年7月1日現在)にとどまっていることに示されるように、まったく「国民の理解」は得られていない。
 「預貯金口座への付番状況」も、1%に満たない ( 2020年6月1日毎日新聞朝刊)。これでは税務調査や資力調査にマイナンバーは使えない。

 マイナンバー制度を推進してきた榎並利博富士通総研経済研究所主席研究員と須藤修東京大学教授は、昨年5月2日の日経新聞で下記のように 、もっとも行政事務の効率化が期待された地方税事務でも、自治体の現場に確認するとまったくマイナンバーが活用されていない実態を紹介している。だからマイナンバー記載の徹底をという趣旨だが、「国民の理解」が得られない付番を強要しても、利便性向上にも効率化にもつながらない。

 「ここで確認したいのは(3)の「行政の効率化」に役立っているかである。特に地方自治体の地方税業務ではマイナンバーを使った課税資料と住民の自動マッチングで大きな効果が見込める。ただし、不動産や自動車・軽自動車における登記・登録ではマイナンバーが使えないため、地方税で効果が期待できるのは住民税である。
 しかし自治体の現場に確認すると、マイナンバーによる自動マッチングは実施されておらず、従来の業務プロセスのままだ。マイナンバーが記載された電子データは全体の3割程度のため、自動マッチングしてもかえって手間がかかってしまうからだ。
 税務署から送付される確定申告書の写しは電子化されているが、マイナンバーが記録されているのは3~4割しかない。また情報漏えい問題の影響で、日本年金機構からの年金支払報告書にはマイナンバーがない。民間企業からの給与支払報告書の電子化は6~7割程度、かつマイナンバーが入っているのはその3~4割だ。紙の場合には何と1~2割しかマイナンバーが記載されていない。」
「マイナンバー現状と課題(上) 記載徹底、国民理解カギ」( 2019年5月2日日本経済新聞朝刊より引用)

●税務・資力調査はどのように行われているか

 2015年法改正での預貯金口座へのマイナンバー付番の目的は、税務調査と社会保障の資力調査のための金融資産情報の把握だった。
 この調査をデジタル化して省力化・迅速化する検討が行われている。2019年11月18日のIT総合戦略本部デジタル・ガバメント分科会などの合同会議で、「 金融機関×行政機関のデジタル化に向けた取組の方向性の取りまとめ 」がされている。

 その「取りまとめ」によれば、現状は年間約6000万件の照会・回答がされている。照会元としては地方税関係が6割弱、国税関係が約1割、ついで生活保護、国民健康保険の順番で、照会先としては銀行等が約7割強、生命保険会社が約3割弱、ついで損害保険会社、証券会社となっている。
 照会は書面で行われ、照会元は調査対象者の情報を記入した書面を、返信封筒を同封して金融機関に郵送している。照会内容は口座の有無、残高や契約内容、過去の取引履歴、契約時の申込書や本人確認などの書類が主な内容となっている(下図参照)。 

(「金融機関×行政機関のデジタル化に向けた取組の方向性の取りまとめ 」2頁)

●税務調査・資力調査のデジタル化・一括化の動き

 この照会・回答を、民間事業者を使ってデジタル化しようとしている。
 現状は金融機関にとって照会文書の形式や内容がバラバラで、手書きで補記されているものもあり確認が煩雑化している。本人特定のための情報もバラバラで、回答の郵送も人手がかかる。照会されても該当者がいなくて無駄になる作業が多い。照会する行政機関も、複数の金融機関に郵送したり回答をデータ化する負担があり、回答が長期化すると業務に支障がでるなどの課題が上げられている。
 そのため照会・回答業務を原則デジタル化し、民間のサービスを間にはさむことで、調査を効率化しようという計画だ。しかし行政も金融機関も民間事業者も、デジタルで照会・回答する業務フローの検討や、個人情報保護・セキュリティ、費用対効果など検討課題が多く、工程表では2022年度までかけて検討することになっている。

取りまとめ」概要版より

●マイナンバーで金融資産情報把握を効率化

 この照会・回答のデジタル化は、「デジタル・ガバメント実行計画」や「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」などの閣議決定に基づき検討されている。
 昨年6月4日の「マイナンバーカードの普及とマイナンバーの利活用の促進に関する方針」でも、マイナンバーの利活用の推進の一つとして「行政機関と金融機関の間のオンライン・ワンストップ化を検討」が入っていた。
 預貯金口座など金融資産にマイナンバーを付番することで、 課題となっている本人特定を効率化して、金融資産情報を正確・迅速に把握することが期待されているのだろう。


取りまとめ」概要版より

●調査の一括化はプライバシーを侵害しないか

 しかし調査といっても税務調査と、本人の同意書を添付して照会する生活保護など社会保障の資力調査と、捜査関係事項照会書によって照会する警察など、調査の性質も法的根拠も調査に必要な要件も異なる。それを省力化・迅速化のためだと一括して照会可能にすることは、人権侵害のおそれがある。
 口座へのマイナンバー付番の目的は税務調査と資力調査のため、と説明されていたにもかかわらず、犯罪捜査での照会も同じシステムで一括して行おうとしていることも、立法趣旨に反する。
 またきわめてプライバシー性の高い金融資産情報の把握を、民間事業者を使って行っていいのか。税務調査にしても資力調査にしても、私たちは納税義務の履行や社会保障サービスを受けるために調査を受けざるをえない立場にある。選択して利用可能な民間手続きと同じには扱えない。

●総務大臣が付番義務化についての検討を依頼

 2020年1月17日の記者会見で高市総務大臣(マイナンバー制度担当)は、預貯金口座に対するマイナンバーの付番の義務化について、財務省、金融庁において実現に向けた検討をするよう依頼したことを明らかにし、メディアでも報じられた。

 これに対して銀行協会の高島会長は2月13日の記者会見で、マイナンバーの付番が義務化された場合、銀行界にどのようなメリット・デメリットがあるのかの問いに、特段のメリットもデメリットもないが、義務化の具体的内容に応じた事務的負担が問題と答えている。休眠口座などを含めて全口座への付番義務化は、事務的に負担が大きいだけでメリットはない、という含みではないか。

 マイナンバーに関して、2018年1月に施行された改正番号法等により、預貯金口座への付番は、お客さまのお考え次第、任意というかたちで頂戴するオペレーションはすでに始まっており、銀行は口座開設あるいは住所変更などのお手続きを受け付ける際に、お客さまにマイナンバーの届け出についてもご協力をお願いしている。・・・・
 預貯金口座の付番が義務化されたとしても、現状、マイナンバーの利用範囲は、社会保障・税・災害対策の分野における行政手続等に限定されている。したがって、銀行内部の手続等には利用できないわけで、特段、銀行にとって、あるいは金融機関にとってのメリットはないということになる。
 半面、申しあげたとおり、各銀行は現在も、あくまで任意だが、マイナンバーの届け出を受け付けて、それを登録するというプロセスはすでにやっているので、そのためのシステムの対応もすでに終わっている。義務化の内容に応じて、既存の口座の名寄せの負担をどうしていくのかという問題が出てくるが、それ以外は特段デメリットもない。したがって、義務化の具体的な内容に応じた、事務的な負担をどう考えるかという論点が残ってくるだろうとは思う。・・・
( 銀行協会高島会長の2月13日の記者会見より )

 その後、口座への付番義務化について、めだった関係省庁の検討の動きは報じられていなかったところに、新型コロナ対策の特別定額給付金10万円の給付でマイナンバーカードを使ったオンライン申請で大混乱が起き、「給付のための口座の付番」という形で議論が沸き起こってきた。(2020年7月31日追記)

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