●預貯金口座へのマイナンバー付番の案が提示
11月27日、デジタル・ガバメント閣僚会議のマイナンバー制度及び国と地方のデジタル基盤抜本改善ワーキンググループ第5回に、預貯金口座付番についての内閣官房の案が示された。メディアが口座へのマイナンバーひも付けの義務化は見送りと報じているように、国民が番号を金融機関に告知する義務は規定しないとしている。
口座への付番義務付けなどできないことは、私たちもこのブログや10月24日の学習会などで指摘してきたし、メディアも指摘し、政府の事務方トップの向井治紀番号制度推進室長も11月4日にマイナンバー・口座ひもづけ「義務化へ罰則は無理筋」と講演していた。
義務付けについては、自民党PT提言は政府に全口座への付番義務づけの検討を求め、高市前総務大臣は振り込み用の一人一口座の付番義務づけを主張するなど、自民党内でも意見が分かれていたが、自民党の義務化への執念をとりあえず断念させたのは世論の勝利だ。
●問題だらけの内閣官房の口座付番案
この会議の配布資料は
資料1: 内閣官房説明資料(PDF/1,033KB)
資料2: 事務局説明資料(非公表)
となっており、なぜか「事務局説明資料」が非公開だ。 公開されている内閣官房の資料が「イメージ」であることを考えると、具体的な制度設計が煮詰まっていないと思われるが、内閣官房説明資料をみるかぎりでも問題だらけで、義務化されなかったからよかったでは済まない。
今回政府がやろうとしているのは、国民が自らの判断で、公金受取のための口座登録と、保有する口座へのマイナンバー付番の同意を行うことにより、
(1)様々な給付金を、簡単 な手続で受け取れるようにする
(2)災害時・相続時に、通帳を紛失したり、口座がわからなくても、口座の所在を確認できるようにする
ことだ。
そのための制度として
(1)マイナンバー付きの公金受取口座を国に登録する制度を創設する。
(2)相続の発生や災害に備え 、あらかじめ口座へのマイナンバーの付番の同意を得たうえで、預金保険機構が、本人の既にマイナンバー付番された口座以外の口座に付番する サービスを創設する 。
(3)相続発生時、災害時に、本人がマイナンバーを提示すれば 、マイナンバーで付番しておいた口座の所在を確認できる制度を創設する。
としている。
●給付遅れは振込口座情報の申告のためか?
制度をつくる理由として内閣官房説明資料では
「今般の新型コロナウィルス対策の給付金においては、個人が振込口座情報を申告する必要があったため、申請者や、確認作業を行う職員の負担となり、迅速な給付のボトルネックとなった。また、マイナンバーを利用することができず、照合作業が非効率なものとなった。」
と、振込口座申告が迅速な給付のボトルネックになったと説明している。
しかし一人10万円の特別定額給付金の給付の混乱の主要な原因は
1)マイナンバーカードが普及せず、電子証明書やマイナポータルが知られていない中での、安易なオンライン申請の推奨
2)2016年のマイナンバーカード交付などたびたびトラブルを起こしている地方公共団体情報システム機構のシステムの準備不足
3)現場の事務を知らない内閣府が急ごしらえで作ったオンライン申請システムによる市町村の過重な事務負担
だった。
政府も2020年7月17日閣議決定の「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」では、特別定額給付金の課題として
「申請だけでなく給付に至るまでの手続全体のデジタル化、マイナンバーの活用に係る制度的制約、マイナンバーカードの普及等の課題がある。
また、デジタル対応が可能となっているにもかかわらず、実運用するための準備不足や、対面・書面を前提とした行政運営により、デジタルが活用されず、迅速な給付等に支障が出たケースもある。」(5頁)
と述べていて、振込口座の申告のことは特に書いていない。
●マイナンバーを利用できず非効率になったのか?
また今回の内閣官房説明資料では、
「マイナンバーを利用することができず、照合作業が非効率なものとなった。」
と書いているが、上記「世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」では、デジタル対応が可能となっているにもかかわらず、準備不足等でデジタルが活用されず迅速な給付等に支障が出たと、自治体の「デジタル対応」の遅れに責任転嫁するようなことを書いている。
これは具体的には、オンライン申請に使う電子証明書のシリアル番号によって照合作業を可能にしたのに対応できなかった自治体がある、ということだ(「住民行政の窓」(日本加除出版)2020年7月号 内閣官房番号制度担当室笹野参事官の「マイナポータルを通じた特別定額給付金のオンライン申請について」参照)。
このような個人識別特定に電子証明書のシリアル番号を使うことには疑義があるが、マイナンバーを利用できなかったから照合作業が非効率になったという内閣官房説明資料は、この説明とも矛盾する。
問題の原因を正しく認識(反省)しなければ、間違った対策になる。
●どこで口座ひも付け情報を管理するのか?
マイナンバー付きの公金受取口座を国に登録する制度を創設するということだが、どこがどのようにマイナンバーと口座情報のひも付けデータを管理するのか。
公金受取口座の登録の仕組みについて、内閣官房説明資料では下図だけを示しているが、マイナポータルのところに公金受取口座情報となっている。 向井番号制度推進室長は11月4日の講演で「マイナポータルに登録をしてもらう」と言っている。マイナポータルを使って登録するだけなのか、マイナポータルで口座情報を管理するのか、まったく意味が異なる。制度設計が不明だ。
マイナポータルはセキュリティ上の理由もあり、表示した情報は利用者参照後に自動的に消去するなどあくまで一時的な個人情報の置き場とされている( 「情報提供等記録開示システムの運営に関する事務全項目評価書 」p.7-9(2015年5月個人情報保護委員会Webサイトで公開、現在は更新されこの図は載っていない)参照 )。
もしマイナポータルで公金受取口座情報を継続的に記録することになると、マイナンバーの制度設計の大きな変更になり、マイナンバー制度の危険性が増大する。
●どうやって登録口座情報を更新し利用するか?
さらにいらないネットの10月24日学習会でも論議されたように、
・最新の口座登録情報へメンテナンスをどの機関がどのように行うか
・登録口座情報と本人が申請書に記載した口座情報が異なる場合、かえって余計な照合事務が増える
などの課題がある。
現在、休眠口座も含むが一人平均10口座くらい持っている。そのどれを公金振込先口座とするかは、さまざまな事情による。年金等の振込口座と普段使いの口座を分けている人も多いだろうし、この夏のドコモ口座による預貯金の流出事件を受けて、リスク分散のために口座を分けた人もいるだろう。 給与振込手数料軽減のために、転職するたびに勤務先から口座を指定されて開設している人もいる。
振込先口座は常に変わると思わなければならず、 「一生ものの口座を登録する」(高市前総務大臣発言)などということはできない。最新の振込先口座を確認し更新していないと、誤った給付につながる。メンテナンスの仕組みが重要だ。
また今回の内閣官房案のように多目的に使おうとすると、各給付で指定している口座のどれを「公金受取口座」として登録するかが問題だ。 公金受取口座を一本化すると、リスク分散ができなくなるなど日常生活に支障がでる場合もある。
また緊急時給付金の申請に記載した口座と、公金受取口座が相違した場合、かえってその照合・確認に時間がかかることになる。事務の円滑化にも誤入力の 減少にもならない。
●口座情報だけでなく、さまざまな個人情報を照合
内閣官房説明資料の2頁の図では、 緊急時給付金はじめ幅広い公金を番号(マイナンバー)利用事務として、給付金等の申請の際に情報提供ネットワークシステムを介して所得、世帯、各種資格、各種給付実績などの個人情報を国や自治体から提供することになっている。
マイナンバーにしろ電子証明書のシリアル番号にしろ、個人を特定するもので世帯情報はわからない。今回の特別定額給付金のような世帯単位の給付では使えない代物だ。そのため世帯関係などの確認のために、給付金等を申請するたびに情報提供ネットワークシステムを使って個人情報が提供され、個人情報を丸裸にすることが計画されている。
いまでも情報連携の対象事務として法定されている手当や生活保護等の給付要件確認のために情報提供ネットワークシステムの利用は可能だが、情報提供ネットワークシステムでは、一件一件照会先機関と照会事務を入力して提供を受けることになる。
特別定額給付金のような短期集中で大量の事務を処理する真っ最中に、いちいち情報提供ネットワークシステムに照会する作業をしていては、さらに事務が遅れる(パンクする)ことになる。
●金融機関に「国民に番号の提供を求める義務」
内閣官房説明資料の3頁の図にあるように、「国民が番号を金融機関に告知する義務」は規定しないことになっている。
ただ現在は
「金融機関はガイドライン(全銀協作成)により、番号の取得に向けて、預貯金口座付番の案内を行うことが期待されているものの、対応は各金融機関の判断に委ねられている。」
のが、新たに
「金融機関が口座開設時等に国民に番号の提供を求める義務を規定する」
に変わる。
現在でも金融機関窓口でのマイナンバー提供についてのトラブルが絶えないが、金融機関側に提供を求める義務を規定することで確実にマイナンバー提供の圧力は強まり、トラブルは増加する。
●業務拡大する預金保険機構の悪用をどう防ぐか?
内閣官房説明資料では預金保険機構の機能を拡大し
・金融機関やマイナポータルにマイナンバーを登録すると、預金保険機構を介してその他の金融機関の口座にも付番 (3頁図)
・相続時に金融機関で法定相続人の確認とマイナンバーカードによる本人確認をすると、預金保険機構が各金融機関に口座があるかを調べてマイナポータルで回答(下図)
となっている。
11月28日の朝日新聞では、
「預金保険機構が各金融機関に同一人物の口座がないかを探し、マイナンバーとひもづける。同機構は金融機関の破綻(はたん)時に、口座情報を集めて名寄せする仕事などを担っているが、法律で業務範囲を広げる方向だ。」
と報じているが、同一人物かどうかをどうやって調べ確認するのか不明だ。
誤って別人を認識したり、同一人物を別人に認識したり、ということをどうやって防ぐのか。そもそも氏名、住所、生年月日等の照合では正確に同一人物か確認できないから、というのがマイナンバー付番の理由であり、これでは矛盾している。
このように金融機関口座データを集約する機関になる預金保険機構は、サイトを見ると、金融機関破綻時の預金者保護(ペイオフ)だけでなく、不良債権回収・責任追及や特定回収困難債権の買取り、休眠預金等活用法などの仕事もしている。
金融機関破綻時の預金者保護については、2015年番号利用拡大法で預金保険機構がマイナンバーを利用可能になっているが、それはペイオフ時にマイナンバーを付番してある口座の名寄せのためだ。
預金保険機構の業務が拡大すると、不良債権回収など目的外に口座情報の照会などを不正利用することをどうやって防止するのか、あらたな口座付番の危険性が生まれる。
●給付のための口座はどうあるべきか
振込口座の確認は、特別定額給付金の迅速な給付に手間取った主要な原因ではないが、中にはオンライン申請でも郵送申請でも口座記載内容と資料の不整合が原因になったケースもあった。
共通番号いらないネットは、マイナンバー制度に反対するさまざまな個人・団体のゆるやかな連絡会で、給付方法の代案を示すような集まりではないが、 10月24日学習会での議論を紹介する。
迅速に給付したというアメリカ等と同様に給付するためには、企業が源泉徴収-年末調整を行う 日本の仕組みをやめて、アメリカ等と同様に皆が確定申告するようにして、国税当局が還付金口座を把握していればできる(10月24日学習会の山崎資料)。
しかしそうすると企業にやらせている税の事務を国税庁・税務署がやらなければいけなくなるため、政府はやろうとしない。
急ぎ問われているのはコロナ禍での今後の緊急の給付(あるかわからないが)の仕方であり、であれば市区町村が特別定額給付金と同様の給付を行うのが現実的だ。そうすると特別定額給付金の給付のときに使用した口座情報を、一定期間(コロナ禍が落ち着くまで)限定で市区町村に登録し、再度の給付の際の確認資料にする、という方法が考えられる。マイナンバーとのひも付けは必要ない。
特別定額給付金の際も、受取口座が住民税等の引落しや児童手当等の受給に現に使用している口座であれば、市町村がすでに口座情報を把握しているので挙証資料として口座の写しを添付しなくていいことになっていた。
重要なのは、誰に何を給付するかという制度設計だ。ひとり親世帯臨時特別給付金などでは、すでに対象者も口座もわかっているので本人申請不要で給付されている(コロナ禍で収入が減少したなどの人は申請)。
何にでも使える給付口座の登録をと考えると、結局、中途半端で使えない口座になってしまう。
●石川県の給付金詐欺事件の全貌を明らかに
給付の仕組みの検討にあたって、重要なことが何点かある。
まず7月に明らかになった、 石川県能登町で発生した特別定額給付金のオンライン申請の詐欺事件の詳細を公表し、再発防止策を明らかにすることだ。
このブログの
(1)マイナンバーカードを使った オンライン申請でなりすまし
(2)オンライン申請システムの不備が、なりすましの原因?
で、当時明らかになった情報で事件の概要を紹介してきた。
続報として11月25日に金沢地裁で懲役2年6月、執行猶予4年の判決が言い渡されたことを、NHKニュースや毎日新聞が報じている。
すでに裁判になり捜査中ではないのに、国も町もこの事件について公表していない。なぜ成り済まし申請で給付が可能だったのか、申請システム(マイナポータル)にどのような欠陥があったのか、その詳細を明らかにし再発防止策が公表されないかぎり、ふたたび同様にオンライン申請をすることなど許されない。
●困窮している人に給付できる仕組みに
特別定額給付金のもっとも重大な問題は、給付が「遅かった」ことではなく、もっとも困窮している人たちに給付できなかったことだ。住民登録が給付要件とされたために、自治体の努力で柔軟な扱いがされたとはいえ、最終的に住民登録がない「ホームレス」の人等が給付を受けられなかった。
また世帯単位の給付にこだわったため、DV被害者等を危険に晒した。個人単位の給付でなければならない。
これらの問題の解決策こそ、国は真っ先に検討すべきだ。
マイナンバー制度は、住民登録-住基ネットを基礎に作られている。政府のデジタル化方針で、マイナンバーの申請やマイナンバーカードの所持が給付の要件になれば、ますます給付から排除されていく人が出てくる。マイナンバー制度は「真に手を差しのべるべき者」を見つけ出して給付を充実するという名目ではじまったが、むしろ選別・排除の道具になりかねない。
●システムづくりには現場の知恵を
特別定額給付金のオンライン申請を中止する市町村が相次いだ中で、マイナンバーカードを使わずに電子申請ができる「郵送ハイブリッド」と呼ぶ方式を工夫した兵庫県加古川市の事例が話題になったように、給付事務の実際のわからない国の役人が考えるより、実務のわかる自治体の創意工夫に学んだ方が効果的だ。
加古川市のシステムはサイボウズの『kintone』により作られたとのことだが、サイボウズの青野慶久代表取締役は
「加古川市が上手くいったのは、担当職員の方が、申請する人がどこで間違える可能性が高いのかを、あらかじめ把握していたことだと思います。・・・現場の担当者の方が、ユーザーの目線に立ってシステムを作る、これが最も大事なんだと思います」
と指摘している。
特別定額給付金は、マイナンバーカードを普及させる思惑により、4月20日に給付が決定し5月1日からオンライン申請を受け付けるという無理な日程を強いられた。システム作りをした内閣府を責めるのは酷な面があるが、この轍をくりかえさないよう、現場が作業しやすい仕組みを考えるべきだ。
●内閣官房案での法案提出はやめよ!
今後のスケジュールは、2020年度(2021年度?)に法案を提出して、2021~2022年度に施行準備をして、2021年度から緊急時の給付事務へのマイナンバー利用開始を想定し、2022年度途中から口座登録を開始するとしている。この工程では、当面しているコロナ禍での給付には間に合わない。
このような案で仕組みを作れば、ますます現場は混乱させられる。預貯金口座にマイナンバーを付番するという思惑に振り回されずに、現実的な給付の仕組みを考えるべきだ。