●マイナンバーカードの普及に躍起の政府
誕生した菅政権が最重要課題として、デジタル庁を新設しマイナンバーカードの普及促進を一気呵成に進めることを表明したことで、マイナンバーカードの普及と利活用が焦点になっている。
武田総務大臣は10月27日の閣議後記者会見で、都道府県知事と市区町村長宛てに、マイナンバーカードの普及拡大に向けた一層の取組を要請する大臣書簡を送ったことを発表した。12月にはカードの未取得者8000万人程度にQRコード付きの交付申請書を改めて送ることが報じられている。
書簡では「申請促進」と「交付体制の強化」の両面から取組を強化するため、政府の広報や未取得者へのQRコード付き交付申請書の個別送付に呼応して、商業施設等での出張申請受付や申請サポートを積極的に実施すること、申請数の倍増を前提に交付窓口や人員の増強や土日交付の更なる実施を行うための市町村の交付円滑化計画の改訂などを要請したとのことだ。
さらに10月30日の総務大臣閣議後記者会見では、各種団体や民間企業などに更なる普及を働きかけるべく、副大臣、政務官、事務方による「マイナンバーカード普及促進チーム」が発足し、各種団体や企業などに直接訪問するなどの取組を推進するとしている。
この取組を報じた共同通信には1日で200件以上のコメントが寄せられているが、ほとんどが政府の取組を批判するものだった。いわく「運転免許証や保険証と一体化したらこわくて持ち歩けない」「セキュリティが万全と言う金融機関の個人情報でさえじゃじゃ漏れの今、秘密漏洩があった時に誰が責任をとるか」「支配欲と悪意による管理社会に活用されるだけ、国民はわかっている」「政府が行うデジタルは不具合続きで信用が置けない」「カード普及にいくら税金使ったのか、費用対効果を公表して」「作成するメリットが無いので作らないだけ」「携帯電話を買う際に身分証明にマイナンバーカード出したけど断られた」「裏面のマイナンバー表示をやめてほしい。そうしないと持って歩けない」「カード1枚の発行に4ヶ月もかかってはどうしようもありません」「住基カード持ってた、二の舞になりそう」「無理矢理作らせようとする姿勢に引いてしまい余計に作りたくなくなる」「なぜ企業に依頼するのか? 国民は企業の奴隷ではない」等々。
●低迷が続いたマイナンバーカードの交付
2016年1月に交付が始まったマイナンバーカードは、 番号通知カードと一緒に申請書が送られて申請しなければいけないと誤解されたためもあり、当初は2016年3月までに約1千万枚の申請があった。
そのため申請しても受け取りにこない住民も多く、2017年9月と2018年2月に横浜市で保管していた交付前のマイナンバーカードの紛失事件が発覚し、総務省は督促しても90日受け取りにこないカードは廃棄する通知を2017年10月18日に出す状態だった(新型コロナ流行で扱いは修正)。
その後は毎月20~30万枚程度の交付と低迷していた。低迷の理由は内閣府の世論調査によれば、取得する必要が感じられなかったことと個人情報の漏えいや紛失・盗難の心配が大きい。
●行き詰まっていたマイナンバーカードの普及策
政府はマイナンバーカードを使った証明書類のコンビニ交付や子育て事務の電子申請を利便性の目玉として、マイナンバーカードを普及させようとしてきた。しかしどちらも普及は頭打ちになっている。
コンビニのマルチコピー機で証明書(住民票の写し、印鑑登録証明、税、戸籍等)を交付できる市町村は、政府が財政支援を続けても2020年11月1日現在で761市区町村と半分にも満たない。費用対効果が疑問視されているためだ。
比較的普及した都市部の市区町村では、コンビニ交付の代わりに従来あった証明書自動交付機が撤去された結果、逆に役所の窓口に来所する住民が増えて「進む証明書交付機の撤去 進まぬ個人番号カード交付 窓口混み「本末転倒」」(東京新聞2018年12月28日朝刊)という状態になった。
自動交付機を廃止して不便にすることで、コンビニ交付に移行させてマイナンバーカードを取得せざるをえないようにしようという、「利便性向上」とは逆行する政策だ。
子育て事務の電子申請も普及が広がらない(「新型コロナ危機に便乗してデジタル変革推進の骨太方針」の「 ●対面業務は、住民と行政の貴重な接点 」参照)。
●2023年3月までにほとんどの住民がカード所持!?
普及に焦る政府は、2019年6月4日のデジタル・ガバメント閣僚会議で「マイナンバーカードの普及とマイナンバーの利活用の促進に関する方針」を決定した。
2023年3月までにほとんどの住民のカード保有を目指して、マイナポイントとマイナンバーカードの健康保険証利用を中心にマイナンバーカードの普及を図ろうとしている。
そのために公務員に2020年3月までにマイナンバーカードを申請するよう強く迫ったり、自治体に「交付円滑化計画」の策定を求めたりしてきた。しかし2020年3月末でも交付枚数2033万枚、交付率16%に低迷し、公務員の申請・取得率も国家公務員が58.2%、地方公務員一般職が34.8%にとどまっていた。
●お金がらみで増えるマイナンバーカードの交付
そんなマイナンバーカードの交付が、最近増加している。
総務省は2020年3月から、毎月1日時点の交付状況を公表している(右図参照)。申請から交付まで1ヶ月以上かかることを考慮すると、5月1日開始の特別定額給付金のオンライン申請と7月1日開始のマイナポイント申込みが、申請増加の理由であることがわかる。
27億円の税金を使って連日テレビでマイナポイントやマイナンバーカードのCMが流されている。10月下旬には新聞折り込み広告で、マイナンバーカード交付申請書付きのマイナポイントチラシまで配布している。なりふり構わずに5000円を餌に普及させようとしている。
しかし10月1日現在のマイナンバーカードの交付率は20.5%、交付枚数は26,105,646枚にとどまる。来年3月末に利用終了のマイナポイントは、4000万人分の予算にもかかわらず10月25日までに約800万人しか申し込んでいない。いずれも政府の目標には、遠く及ばない。
●マイナンバーカードは何のために作られたか?
そもそもマイナンバーカード(個人番号カード)は、「番号の付番」と「情報連携」とともにマイナンバー制度に不可欠な「本人確認」の仕組みとして作られた。
政府はアメリカの社会保障番号などのように番号の記入だけで手続きを可能にすると、他人が成りすまして口座を作ったり還付金を詐取したりする事件が多発すると説明し、マイナンバーの記入の際には成りすましを防ぐため、本人確認(身元確認と番号確認)の書類の提示が番号法第16条で義務化された。
マイナンバーカードはその本人確認用に作られた(番号法逐条解説34~37頁参照)が、本人確認は通知カード+免許証など他の書類でもできるので、マイナンバーカードがなくても支障はなく、すべての住民に保有させる必要はない。
ところが政府は、デジタル化推進のためにマイナンバーカードを普及させようと、通知カードの発行を2020年5月25日に廃止し「個人番号通知書」の送付に変えた。「個人番号通知書」は番号確認の書類としては使えない。これも利便性を低下させることで、マイナンバーカードの取得を強いる政策だ。
なおすでに所持している通知カードは、氏名や住所等の変更がなければそのまま番号確認書類として使い続けることができる。
●本来の目的と違うマイナンバーカードの利用拡大
今、菅政権がデジタル化の要としてマイナンバーカードの普及促進を一気に進めようとしているのは、この本来の目的であるマイナンバー記入の際の「本人確認」とは違う利用のためだ。
この説明図のうち顔写真付き身分証以外の利用拡大は、すべてマイナンバーカードのICチップ(半導体集積回路)に内蔵されている公的個人認証制度の電子証明書(の発行番号=シリアル番号)を、マイナンバーの代わりに個人の識別特定に利用するものだ。
マイナンバー制度を作ったときの説明とはまったく違う利用拡大が進められているが、その仕組みはあまり周知されていない。
5月に一人10万円の特別定額給付金のオンライン申請が話題になるまでは、マイナンバーカードの電子証明書といわれても、税申告でe-Taxを利用している人以外は何のことかわからなかったのではないか。
マイナンバーカードの取得理由の大部分は、上記内閣府の世論調査を見ても「顔写真付き身分証明書が必要」「会社や役所からマイナンバーの提示を求められたから」で、電子証明書の利用とは関係なかった。
●公的個人認証サービスの「電子証明書」って何?
公的個人認証とは簡単に言うと電子的な印鑑登録・印鑑証明の仕組みで、一人一つの電子証明書を発行することで電子署名を行い 、本人であることの認証と改ざんの防止をする仕組みだ。
2002年12月に住基ネットの利用拡大とともに「電子署名に係る地方公共団体の認証業務に関する法律」が成立し、2004年1月29日から公的個人認証サービス (JPKI)が始まった。
電子証明書の失効情報を住基ネットから提供し、電子証明書の格納を住基カード・マイナンバーカードに限定することで、住基ネットと密接に関係づけられているが、住基ネットと公的個人認証制度は別の制度だ。当初は別の組織が管理していたが、マイナンバー制度の開始とともに今は両方とも地方公共団体情報システム機構(J-LIS)が管理している(地方公共団体情報システム機構パンフレット参照)。
電子証明書の有効期間は5年間(発行日から5回目の誕生日まで)で、原則10年間のマイナンバーカードの有効期間と異なる。2016年1月からマイナンバーカードの交付が始まっているため、今年2020年から電子証明書の更新が始まっている。そのタイミングで特別定額給付金のオンライン申請を実施したために、さらに混乱を招いた。
なお電子証明書をマイナンバーカードに入れるかどうかは選択できる。電子証明書の悪用が心配なら、申請の際に電子証明書不要の欄にチェックを入れると電子証明書は内蔵されず、「顔写真付き身分証明書」としてだけ使うことができる。電子証明書は、必要になれば後から追加で内蔵できる。
●マイナンバー制度開始で利用者証明用が新設
もともとは電子申請の際の本人証明と改ざん防止に使う「署名用電子証明書」だったが、マイナンバー法の成立とともに公的個人認証法が改正され、民間利用が可能になるとともに、新たにネットでログインする際などに本人であることの証明のみに使う「利用者証明用電子証明書」が新設された。
●電子証明書のシリアル番号の脱法的利用
問題は、電子証明書の管理のための発行番号(シリアル番号)を、個人を識別特定するコードとして転用しようとしていることだ。政府の説明資料(下図)を読むと、マイナンバーは法令で利用が規制されているので、その代わりに利用が限定されず幅広く使える電子証明書の発行番号を使おう、という「脱法的意図」が感じられる。
マイナンバー制度の元となった「社会保障・税番号大綱」では、「公的個人認証サービスの電子証明書のシリアル番号について、住民票コードと同様の告知要求制限を設けることとし、当該シリアル番号の告知要求制限の具体的な方法その他の保護措置についても引き続き検討していく」(47頁)となっていたが、保護措置も明らかでないまま利用が拡大している。
このような利用拡大をされると、不安が募るばかりだ。
電子証明書の発行番号は、5年毎に電子証明書を更新すると変わるため、そのままでは個人の生涯にわたる追跡管理には使えない。そのため発行番号を世代管理して追跡可能にする仕組みを、地方公共団体情報システム機構が「利用者証明用電子証明書の新旧シリアル番号の紐づけサービス」 として提供している(「オンライン資格確認等システムに関する運用等の整理案(概要)(令和元年6月版)」109~110頁参照)。
詳しくは若干説明が古くなっているが、 2016年7月13日に行われた共通番号いらないネットの学習会 「マイナンバー(共通番号) 不安だらけの情報連携」の
6 公的個人認証・個人番号カードを使った情報連携
7 公的個人認証を使った情報連携の問題点
を参照してほしい。
●「マイナンバーとカードの混同」キャンペーンの危険性
政府は盛んに「マイナンバーとマイナンバーカードの混同」を問題にしている。
その意図は、説明(右図)に滲み出ているように、「マイナンバーのことは怖くても、マイナンバーカードは怖がらずに取得してほしい」ということだ。
しかしそう宣伝する政府が、マイナンバーカードの電子証明書の発行番号をマイナンバーの代わりに個人識別に使うという「混同」をしている。この混同をカモフラージュしたいというのが、キャンペーンの意図だろう。
●マイナンバーカードは安全ではない
マイナンバーカードの「危険性」については、共通番号いらないネットのリーフレットNo8の2頁で、
・落としても大丈夫?
マイナンバーの漏えいは防げない!
・個人情報は盗まれない?
紛失・盗難で個人情報が丸見えに!
・なりすまし詐欺はできない?
すでに他人の不正取得や偽造が発生!
・住民サービスのためのカード?
常時携帯させて住民管理に利用!
などを指摘している。
政府は「マイナンバーカードの安全性は万全」と宣伝しているが、「マイナンバーを見られても悪用は困難」と、困難だというだけで「悪用できない」とは言っていない。
政府の担当者は、マイナンバーそのものが他人に知られても「直ちに」被害は受けないが、マイナンバーを多くの人が知ってしまう状態になるとプロファイリングの危険性があるから提供を制限している、と説明してきた。(たとえばマイナンバーカードの保険証利用を審議した2019年5月9日第198回国会参議院厚生労働委員会での 向井治紀内閣官房内閣審議官の説明)
マイナンバーカードの不正取得や偽造の発生例やマイナポータルから個人情報が漏えいする危険性については、7月9日のスタッフブログ「マイナンバーカードを使った オンライン申請でなりすまし」で紹介した。
政府は「なりすましはできません」と言うが、すでにマイナンバーカードを使って他人になりすまして、銀行口座を作ったりオンライン申請で特別定額給付金を詐取する事件が発生しているのだ。
お金で利益誘導しなければ普及しないようでは、マイナンバーカードの制度設計は失敗している。
※2020年11月8日追記