特措法違憲訴訟 控訴審 判決(3)
2002年10月31日
オ 争点5
(第一審原告知花の主張)
(ア)賃料相当損害金
従前の賃貸借契約の期間満了の日の翌日である平成8年4月1日から第一審被告が担保を提供した日である平成9年4月24日までの賃料相当額は47万9671円である。
(イ)慰籍料
第一審被告は、平成8年4月1日から平成9年4月24日までの間は、まったくの無権原にもかかわらず本件第1土地の不法占拠を継続し、その間、憲法に違反する無効な改正特措法を成立させて暫定使用権なるものを創設し、それを根拠にして平成9年4月25日から平成10年9月12日まで不法占拠を継続し、本件第1土地を、戦争遂行の目的・機能を有することを基本的任務として存在する軍事基地用地として駐留軍に提供して使用させた。
第一審原告知花は、「戦争につながる一切のものを断固として拒否する」ことを強固な思想及び信条として確立し、自らの生き方・人生観の中核にすえて活動・生活をしている者であり、かかる不法占拠及び軍事基地としての提供によって、「戦争につながる軍事基地には自己所有地 を一切提供しない」という思想及び信条を侵害され、多大な精神的苦痛を被った。
また、当時なされていた新たな使用裁決手続の進捗状況からは、従前の使用権原の期間満了前に新たな使用裁決がなされることは不可能であり、第一審原告知花は、その期間満了によって、自己所有地が返還されることを強く期待した。そして、かかる期待は、所有権者として当然のものであるのみならず、本件第1土地の特異な歴史を踏まえると、期待権として法的保護を受けるべき実質を有するものであった。しかるに第一審被告は、当初は警察権力による物理的強制力をもって立入り及び明け渡しを拒み、その後は創設した暫定使用権をもって立入り及び明け渡しを拒んで、その所有地を強制使用し、第一審原告知花の上記期待権を侵害し、第一審原告知花に多大な精神的苦痛を与えた。
確かに、一般的には、財産上の損害が賠償されれば精神上の苦痛も慰謝されるから、財産上の損害賠償のほかに特に精神上の損害賠償を認める必要はないとされているが、侵害された財産と被害者とが精神的に特殊なつながりがあって、財産上の価額の賠償だけでは、被害者の精神上の苦痛が慰籍されないと認められるような場合には、財産上の損害賠償とは別に精神上の損害賠償が許されると解される。第一審原告知花は、その思想信条に基づいて先祖伝来の土地を守り、米軍基地に提供したくないと考えて長年に渡り土地返還闘争を重ね、本件第1土地に対して特殊な精神的なつながりを有している上、絶え間ない土地の強制使用という権力的対応の中で、やっと法的に土地返還を請求しうる数少ない法的期待を侵害されたものである。加えて、不法行為形態は、精神的損害を発生させる重要な要素となると考えられるところ、前記のとおり、第一審被告国は、本件第1土地についての賃貸借期間終了日の翌日である平成8年4月1日、警察権力による物理的強制力をもって同土地への立入り及び明け渡しを拒み、その後、第一審原告知花の土地所有権を侵害する目的で改正特措法を立法し、国家権力が総力をあげて、特定の限定された第一審原告知花の所有権を侵害したものであり、第一審原告知花には、賃料相当損害金だけでは償いきれない精神的損害が存する。
このように、第一審被告による不法占拠及び国会議員による違憲立法行為によって、第一審原告知花は、多大な精神的苦痛を被ったものであり、第一審原告知花の精神的苦痛を慰藉するには、200万円(内訳@平成8年4月1日から平成9年4月24日までの不法占拠に対する慰謝料100万円、A平成9年4月25日から平成10年9月2日までの不法占拠及び違憲な立法行為に対する慰謝料100万円)をもって相当とする。
なお、第一審原告知花は、前記オの(賃料相当損害金)、後記(ウ)(本件仮処分申立て関連費用等)及び国(本件訴訟の弁護士費用)の損害とともに、@のうちの84万円8
780円を一部請求し、前記オ(ア)、後記(ウ)及び(エ)の損害が認められない場合には、認められなかった分について、@のその余の請求、次いでAの請求をする。
(ウ)本件仮処分の申立て関連費用等
i 弁護士費用 100万円
第一審被告職員(那覇防衛施設局職員)は、本件第1土地の貸貸借期間が終了したにもかかわらず、第一審原告知花の同土地への立入りを違法に妨害したため、第一審原告知花は前記のとおり、本件仮処分の申立て、ひいては弁護士費用の支出を余儀なくされた。そして、事案の性質及び実働弁護士数が20人を下らないということを考慮すると、弁護士費用として少なくとも100万円は必要である。
ii 内容証明郵便料金 1220円
第一審被告の不法行為又は違法行為(不法占拠及び立入妨害)は、平成8年3月12日当時には確実に予測できたから、同日、第一審原告知花が第一審被告(那覇防衛施設局)に対して送付した期間満了後の即時明渡及び立入り妨害禁止を求めることを内容とする内容証明郵便の費用は、第一審被告の不法行為又は違法行為と相当因果関係のある損害である。
iii 鑑定意見書作成費用 15万円
本件仮処分事件において、本件第1土地の返還により楚辺通信所の機能に支障が生じるか否かが重要な争点となり、この点に関する鑑定意見書は重要かつ不可欠な証拠方法であった。
(エ)(前記(ウ)iの弁護士費用と選択的に)本件訴訟の弁護士費用 100万円
(第一審被告の主張)
(ア)賃料相当損害金
平成8年4月1日から平成9年4月24日までの本件第1土地の使用料相当額が47万9671円であることは争わない。ただし、同損失補償額47万9671円の請求権については、後記カのとおり、第一審原告知花の受領拒絶を理由とする供託により消滅した。
(イ)慰謝料
前記のとおり、そもそも第一審被告による本件第1土地の占有に民法709条又は国家賠償法1条1項にいう違法は認められない。
たとえ財産権侵害によって精神上の苦痛を受けたとしても、その苦痛は、その財産的損害が回復されれば慰籍されるのが原則であり、それでもなお慰謝され得ない精神上の苦痛を受けたと認めるべき特別の事情がある場合に限って、慰謝料請求が認められるべきである。本件では、第一審原告知花所有の本件第1土地についての平成8年4月1日から平成9年4月24日までの占有に関してみても、使用権原の欠缺は一時的であり、長年にわたって継続してきた占有が継続しただけであって、新たな使用が開始されたわけではないから、例外的に慰籍料請求を認めるべき特別の事情は認められない。さらに、憲法19条が保障する「思想及び良心の自由」とは、内心の自由を意味し、それを「侵してはならない」とは、「人はどのような思想及び良心を持とうとも、自由であり、国家は、それを制限したり、禁止したりすることは許されない意である」と解すべきところ、本件では、第一審被告において原告らの思想・良心の在り方を制限したり、禁止した事実はなく、思想・良心の自由の侵害は認められない。加えて、原告の主張する期待権なるものは、実定法上の根拠を欠くものであり、法的保護に値するものとは解されない。
(ウ)本件仮処分の申立て関係費用
本件仮処分の申立ては、第一審被告職員による立入り拒否行為の 前になされており、第一審原告知花が本件第1土地への立入り拒否行為によって生じたと主張する各損害は、第一審被告職員による立入り拒否行為以前に支出され、または支出が決定されていたものであるから、立入り拒否行為との間に条件関係は認められない。
さらに、本件仮処分の申立ては、前記(争点1についての第一審被告の主張(イ))の事情に加え、本件第1土地の経済的合理性がある利用の困難性からは権利檻用に該当するというべきである。また、債権者たる第一審原告知花に仮の地位を定めなければならないほどの必要性は認められない上、第3者(駐留軍)による妨害禁止を求めた点については履行の確保が図れないもので、いずれにしても申立てが認容される可能性は低かったから、そのための費用相当額との相当因果関係は否定されるべきである。
カ 争点6
(第一審被告の主張)
防衛施設局長は、改正特措法附則3項に基づき、平成8年4月1日から平成9年4月2 4日までの間の使用権原を欠く本件第1土地の使用によって第一審原告知花が通常受ける損失を補償するため、同法附則4項の規定に基づき、第一審原告知花との間で協議したが、協議が調わなかったため、平成9年10月23日、沖縄県収用委員会に対し、改正特措法附則5項及び土地収用法94条2項の規定に基づき、裁決を申請した。そして、同委員会は、平成10年5月19日、当該期間中の損失補償額を47万9671円、損失補償をすべき時期を同年7月3日とする旨の裁決をした。そのため、那覇防衛施設局長は、上記裁決にかかる補償金を払い渡すため、同年6月19日、第一審原告知花に対し、同人の住所において同補償金につき、現実の提供をしたが、同人はその受領を拒否した。そこで、那覇防衛施設局長は、同月22日、那覇地方法務局沖縄支局に対し、上記補償金47万96
71円を供託した。したがって、当該期間中の占有についての第一春原告知花の請求権は、供託によって消滅した。
なお、使用権原を欠きながら従前の使用を継続した場合、所有者等が「通常受ける損失」を請求するための法的構成としては、不法行為に基づく損害賠償請求権、不当利得返還請求権、損失補償請求権等の見解があり得るところであるが、改正特措法附則3項ないし5項は、使用権原の有無、占有の適法性如何については何ら触れることなく、当該土地等の使用によって所有者が通常受ける損失を補償することとしたものである。したがって、不法行為に基づく損害賠償請求権が成立する場合でも、これと並立して同法附則3項に基づく損失補償請求権が成立するのであって、本件第1土地についても、前記期間中の土地使用について同法附則3項に基づき47万9671円の損失補償請求権が有効に成立し、存在したのであるから、那覇防衛施設局長による弁済供託は有効である。そして、民法70
9条又は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権と上記損失補償請求権とは、同一当事者間において、同一の原因に基づいて発生し、同一の損失を補償するものであるから、上記損失補償請求権が弁済供託によって消滅した場合には、損害賠償請求権についても、実質的に損害の填補があったものとして損益相殺的な調整が図られるべきであり、損害額から供託額が控除されるべきである。
(第一審原告知花の主張)
前記のとおり、第一審被告は、改正特措法附則3項に基づく損失補償として供託しているが、同法は違憲無効な法律であるから、上記弁済供託は有効な供託原因に基づくものではなく、無効であり、第一審原告知花の上記期間についての損害賠償請求権は消滅していない。
不法行為の被害者は、加害者の責任を明確にし、加害者を法的に非難する権利ないし法的利益を有するから、仮に、改正特措法附則3項が、第一審被告による占有使用の適法・違法を問わずに損失補償することを認め、これによって被害者の損害賠償請求権が消滅すると解するとすれば、被害者の前記権利ないし法的利益を侵害するものであって、基本的人権を保障した憲法に違反することになる。したがって、合憲的に同附則を解釈すべきであり、同附則による損失補償金の供託は、土地所有者の損害賠償請求権を失わせる損害の填補又は損益相殺的な調整が図られるものと解すべきではない。
キ 争点7
(第一審被告の主張)
第一審被告職員の立入り拒否行為は、平成8年4月1日の一時的な行為を問題とするもので、第一審被告による本件第1土地の間接占有という継続的かつ観念的な行為とは、損害賠償の発生原因となる行為が異なることから、訴訟物も異なるものと解すべきである。そして、第一審原告知花は、弁護士に依頼して同日には本件仮処分の申立てをし、既に同人主張の各費用を支出していたものであるから、遅くとも、同事件において和解が成立した平成8年4月26日から3年の経過をもって消滅時効の期間は経過するというべきである。しかるに、第一審原告知花は、平成13年2月19日付け「訴状訂正申立書」において、初めて本件仮処分の申立て関連費用についての損害の主張をするに至ったものである。第一審被告は、平成13年6月5日の原審第21回口頭弁論期日において、前記消滅時効を援用する旨の意思表示をした。
(第一審原告知花の主張)
立入妨害行為を理由とする損害賠償請求権が時効により消滅したとの第一審被告の主張は、争う。
(2)第2事件原告ら関係
ア 争点8
(第2事件原告らの主張)
争点2に関する第一審原告知花の主張のとおり、改正特措法15条及び同法附則2項は、憲法に違反する無効な法律であるから、これを根拠とする暫定使用権は発生せず、本件第2土地についての平成9年5月15日以降の第一審被告の占有は、不法占拠であって、民法709条又は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権が発生する。
(第一審被告の主張)
争点2に関する第一審被告の主張のとおり、改正特措法15条及び同法附則2項は、何ら憲法に違反するものではなく、同法に規定する暫定使用権に基づく第一審被告の占有は適法な占有である。
イ 争点9
(第2事件原告らの主張)
争点3に関する第一審原告知花の主張のとおり、改正特措法15条及び同法附則2項は、憲法に一義的明白に違反する法律であるから、同法の立法行為は国家賠償法上達法であって、国会議員には故意、過失がある。
(第一審被告の主張)
争点3に関する第一審被告の主張のとおり、改正特措法15条及び同法附則2項は、何ら憲法に違反するものではなく、立法行為には違法性はない。
ウ 争点10
(第2事件原告らの主張)
(ア)賃料相当損害金
i 従前の使用裁決による使用期間終了日の翌日である平成9年5月15日から、別紙物件目録記載2ないし7の各土地については平成14年5月8日まで、同目録記載8ないし11の各土地については平成13年12月13日まで(前記1の(7)ウ及びエの各使用裁決により暫定使用期間が終了した日まで)の分の賃料相当損害金の額は、別紙「第2事件原告らの賃料相当損害金」記載のとおりである。
なお、上記金額は、別紙物件目録記載8及び9の土地については、沖縄県収用委員会が実施した不動産鑑定による鑑定額(平成9年5月15日から平成10年5月14日分)を基礎に沖縄県軍用地地主会連合会・各市町村軍用地地主会作成の各施設毎の契約軍用地料の単価表のうち、普天間飛行場の「宅地」賃料の上昇率を用いて算出し、同目録記載10の土地については、主位的に同単価表のうち、キャンプ・シールズの「宅地」の賃料を用いて、予備的に同目録記載8及び9の土地と同様に鑑定額を基礎に同単価表のうち、キャンプ・シールズの「宅地」賃料の上昇率を用いて算出し、同目録記載2ないし7及び同目録記載11の土地については、同単価表の各施設の「宅地」の賃料を用いて算出した。
ii なお、第一審被告は、改正特措法15条及び同法附則2項に基づき・損失補償のための担保を供託しているが、前記のとおり、同法は憲法に違反する無効な法律であるから、第一審被告の弁済供託は有効な供託原因に基づくものではなく、無効であり、第2事件原告らの損害賠償請求権は一切消滅していない。
(イ)慰藉料
争点5に関する第一審原告知花の主張(イ)のとおり、第一審被告による不法占拠及び国会議員による違憲立法行為によって、第2事件原告らも、多大な精神的苦痛を被ったものであり、この精神的苦痛を慰籍するには、それぞれ100万円をもって相当とする。
(第一審被告の主張)
(ア)第一審被告は、本件第2土地につき、改正特措法に基づく暫定使用権を間断なく有しており、民法709条又は国家賠償法1条1項による賃料相当の損害は発生していない。(イ)争点5に関する第一審被告の主張(イ)のとおり、そもそも第一審被告の占有に民法709条又は国家賠償法1条1項にいう違法は認められないし、財産権侵害によって例外的に慰籍料請求を認めるべき特別の事情は認められない。
第3 当裁判所の判断
1 前記第2の1の各事実に、後掲各証拠を総合すると、改正特措法の制定等に至る経緯は次のとおりであると認められる(前記第2の1掲記の事実を含む。なお、証拠の摘示のない事実は、当事者間に争いがないか、弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。)。
(1)本件訴訟前の当事者間の交渉経緯
イ 第一審被告の機関である那覇防衛施設局長は、第一審原告知花に対し、同原告が本件第1土地を取得して以降、再三にわたって本件第1土地についての賃貸借契約の更新を求めた。しかし、第一審原告知花は、契約の更新に応じず、平成7年11月22日、第一審被告(那覇防衛施設局長)に対し、本件第1土地について新たな賃貸借契約を締結する意思はない旨表示するとともに、平成8年3月31日(賃貸借期間の満了日)経過後の土地返還を要求し、その後も第一審被告による使用が継続する場合は、あらゆる手段をもって所有地を取り戻すことを実行すると通告した(甲第7号証、乙第8号証)。そして、第一審原告知花は、平成8年3月13日到達の内容証明郵便をもって、第一審被告に対し、同年4月1日における本件第1土地の明渡し、同士地上の工作物の収去及び第一審原告知花による同土地への立入りを認めることを要求した(甲第8号証の1、2)。
ロ 第一審被告は、第一審原告知花からの本件第1土地の明渡し等の要求に対し、本件第1土地は、平成8年4月1日以降も駐留軍用地として使用する必要がある旨回答し、同年3月26日ころ、本件第1土地がその用地の一部として使用されている楚辺通信所に設置された高周波用アンテナ群の周囲にフェンスを設置し、警備員を配置した(甲第2号証、第9号証)。そして、第一審被告は、同年4月1日午後1時40分ころ、家族ら、弁護士及び支援団体役員とともに本件第1土地への立入りを要求した第一審原告知花に対し、立入りを拒否し、多数の施設職員及び機動隊員を配置して、これを阻止した(甲第16号証、第18号証、第110号証の1ないし12、第一審原告知花昌一)。
ハ そのため、第一審原告知花は、平成8年4月1日、那覇地方裁判所に対し、第一審原告知花を債権者とし、第一審被告を債務者として、本件仮処分を申し立てた。本件仮処分申立事件の第5回審尋期日において、同月26日、第一審原告知花と第一審被告との間で、債務者(第一審被告)は、債権者(第一審原告知花)に対して、平成8年6月末日までの期間内(日 米両国の祭日を除く。)に合計2回、1回について債権者及びその指定する29名以内の者が、債権者が那覇防衛施設局長に対する文書によって指定する日時(文書により通知した日から5日間以上経過した日で、午後1時から4時までの間の継続する2時間)に、本件第1土地に立入り同士地上にとどまることを認め、妨害しないことを約することを骨子とする和解が成立した(甲第102号証の2、第105号証)。
この和解成立を受けて、第一審被告は、同年5月14日及び同年6月22日、上記和解に基づき、第一審原告知花とその家族の同土地への立入りを認めたが、それ以外の立入りは認めていない(第一審原告知花昌一、弁論の全趣旨)。
(2)本件訴訟前における占有権原取得に向けての第一審被告の行為等
イ 第一審被告は、在日米軍の駐留軍施設及び区域の用地としてアメリカ合衆国に対し提供すべき楚辺通信所施設用地のうち、平成8年3月31日に従前の賃貸借契約による使用期間が満了する本件第1土地を含む民有地の所有者との間で、契約更新の交渉を進め、第一審原告知花以外の所有者全員との間で契約更新の承諾を得た。
ロ しかし、第一審原告知花からは契約更新の承諾を得ることができなかったので、第一審被告は旧特措法に基づく手続を進めることとし、那覇防衛施設局長は、平成7年4月1
7日、内閣総理大臣に対し、本件第1土地の旧特措法4条による使用認定を申請し、内閣総理大臣は同年5月9日、旧特措法5条に基づいて本件第1土地の使用認定をし、同日付け官報で告示した(乙第9号証、弁論の全趣旨)。
ハ 那覇防衛施設局長は、上記使用認定の告示、公告等に引き続き、本件第1土地について、使用裁決を申請するために土地調書及び物件調書を作成した上(旧特措法14条、土地収用法36条1項)、第一審原告知花に対し立会い及び署名押印を求めたが(土地収用法36条2項)、同人はこれを拒否した。そこで、那覇防衛施設局長は、旧特措法14条、土地収用法36条4項により読谷村長に対し、立会い並びに土地調書及び物件調書への署名押印を求めたが、同村長も立会い及び署名押印を拒否した。那覇防衛施設局長は、さらに、旧特措法14条、土地収用法36条5項に基づき、沖縄県知事に対し、同県の吏員を指名して立会い並びに土地調書及び物件調書への署名押印をさせることを求めたが、沖縄県知事は、署名等の代行には応じられない旨の回答をした。そこで、内閣総理大臣は、沖縄県知事に対し、平成11年法律第87号による改正前の地方自治法151条の2第1項に基づき、土地調書及び物件調書への署名等代行事務を執行するよう勧告をし、さらに、同条第2項に基づき、署名等代行事務を執行するよう命じたが、沖縄県知事は、同命令で定められた期限までに署名等代行事務を執行しなかった。そのため、内閣総理大臣は、平成7年12月7日、沖縄県知事を被告として、本件各土地を含む使用期間又は賃貸借期間の満了が近づいた各土地について、土地調書及び物件調書を作成する場合の立会人を指名し署名押印させることを求める職務執行命令訴訟を提起し(福岡高等裁判所那覇支部平成7年(行ケ)第3号)、平成8年3月25日、内閣総理大臣の請求を認容する判決が言い渡された。しかし、沖縄県知事が判決に定められた期限までに立会人を指名し、署名押印させなかったので、同月29日、内閣総理大臣は、沖縄県知事に対し、自らが沖縄県知事に代わって署名押印等の事務を行うこととした旨通知した上、その指名した者に立会い及び署名押印をさせた。なお、同訴訟は、平成8年8月28日、上告棄却により、内閣総理大臣の請求を認容した判決が確定した(最高裁判所平成8年(行ツ)第90号)。(乙第9、10号証、弁論の全趣旨)
ニ 次いで、那覇防衛施設局長は、平成8年3月29日、沖縄県収用委員会に対し、本件第1土地につき、旧特措法14条、土地収用法39条、47条の3、123条に基づく使用裁決の申請(権利取得裁決の申請及び明渡裁決の申立て)並びに緊急使用許可の申立てをした。そして、同年5月11日、緊急使用許可の申立ては不許可となったが、使用裁決の申請は受理された。ところが、読谷村長及び沖縄県知事は、旧特措法14条、土地収用法42条により行うべきこれら裁決手続に伴う所定の公告並びに使用裁決申請書類に係る縦覧の手続及び明渡裁決申立て書類に係る縦覧の手続を行わず、沖縄県知事も旧特措法1
4条、土地収用法42条、24条により行うべき上記各手続の代行も行わなかった。そのため、内閣総理大臣は、沖縄県知事を被告として、本件第1土地について上記各公告縦覧の手続を求める職務執行命令訴訟を提起した。なお、同訴訟は、平成8年9月13日、沖縄県知事が内閣総理大臣に対し、公告縦覧の手続を代行することとした旨通知し、同月1
8日から手続が開始されたため、同日、訴えの取下げにより終了した。
ホ 本件第2土地については、旧特措法により、昭和62年5月15日を権利取得日、使用期間を10年間とする沖縄県収用委員会の使用裁決に基づいて在日米軍用地として提供されていたが、那覇防衛施設局長は、使用期間が満了する平成9年5月14日の翌日以降も引き続き在日米軍用地として提供するため、旧特措法4条に基づき、内閣総理大臣に対して使用認定申請をし、内閣総理大臣は、平成7年5月9日、同法5条による使用認定をした。那覇防衛施設局長は、平成8年3月29日、本件第1土地と同様に本件第2土地 についても、旧特措法14条、土地収用法39条、47条の3に基づく使用裁決の申請(使用裁決及び明渡裁決の申立て)をした。
(3)改正特措法制定前の本件訴訟の推移
以上の経緯により、本件第1土地について原告との間で従前締結されていた賃貸借期間が満了した時点では、第一審被告が申し立てた使用裁決については沖縄県収用委員会に申請が受理されたにとどまり、緊急使用許可の申立ても不許可となったため、本件第1土地について第一審被告が使用権原を有しない状態となったので、第一審原告知花は、平成8年7月25日、本件第1土地の所有権に基づき、同士地上に設置された工作物の収去及び同土地の明渡並びに賃料相当損害金等の支払を求めて、那覇地方裁判所に本件訴訟を提起し、改正特措法の成立までの間に4回の口頭弁論期日が開かれた。
(4)改正特措法制定前の収用委員会における審理の状況
沖縄県収用委員会は、本件第1土地及び本件第2土地を含む約3000名の所有土地について、使用裁決手続の一環としての公開審理を進めることを決め、平成9年2月21日(第1回)、同年3月12日(第2回)及び同月27日(第3回)に公開審理が開催された。
(5)改正特措法の制定及びその後の本件訴訟の推移
平成9年4月17日、改正特措法が成立し、同月23日に平成9年法律第39号として公布され、同日施行された。那覇防衛施設局長は、本件第1土地及び本件第2土地について前記第2の1の(6)のとおり担保を供託し、沖縄県収用委員会は、平成10年5月1
9日、本件第1土地について、平成10年9月3日から平成13年3月31日までを使用期間とする使 用裁決をなすとともに、同期間の損失補償額を111万4230円、暫定使用期間(平成9年4月25日から平成10年9月2日まで)の損失補償額を64万31
11円と定めた。これを受けて第一審被告は、同年7月17日、第一審原告知花の指定した銀行預金口座にこの合計175万7341円を振り込んだ。そこで、第一審原告知花は、平成11年2月2日(原審第11回口頭弁論期日)、本件訴訟における本件第1土地の明渡請求を取り下げた。
2 第一審原告知花関係の争点について
(1)争点1について
ア 第一審被告が本件第1土地についての従前の賃貸借契約が平成8年3月31日の経過をもって期間満了によって終了した後も本件第1土地の占有を継続していることは、前記のとおりであるところ、第一審被告が本件第1土地につき改正特措法に基づく担保を提供したのは平成9年4月24日であるから、同土地について第一審被告が同法に基づく暫定使用権を取得したのは翌25日である(同法15条、同法附則2項)。したがって、第一審被告は、平成8年4月1日から平成9年4月24日までの間、占有権原なく本件第1土地を占有していたことになる。
イ そこで、まず、第一審被告の本件第1土地についての上記期間中の占有が国家賠償法1条1項の「公権力の行使」に該当するものとして国家賠償法の適用を受けるのか、それとも民法の不法行為規定の適用を受けるのかについて検討する。第一審被告は、従前、昭和51年12月20日本件第1土地の所有者であった知花昌助との間で締結した賃貸借契約(第一審原告知花は、平成6年6月1日賃貸人の地位を承継した。)に基づいて同土地の引渡しを受け、これを占有していたものであるから、第一審被告による本件第1土地の占有は、私経済作用 に付随する側面を有することは否定できない。しかしながら、第一審被告は、日米安全保障条約6条及び日米地位協定2条1項に基づいて、アメリカ合衆国に対し、駐留軍による本件第1土地の使用を許諾し、同土地を駐留軍に提供してこれを使用させることを目的として占有 (間接占有)していたものであることからすれば、第一審被告による本件第1土地の占有は、その取得の契機が民法上の賃貸借契約に基づくものであったとしても、純然たる私経済作用に尽きるものということはできず、公権力の行使としての側面を有するものというべきである。したがって、上記期間中の第一審被告による本件第1土地の占有は、公権力の行使に当たるものであって、国家賠償法1条1項の規定の適用を受けるものであると解するのが相当である。
ウ 次に、第一審被告による上記期間中の本件第1土地の占有が国家賠償法上の違法性を有するか否かについて検討する。一般に、公権力の行使は、国民の権利に対する侵害を当然に内包し、法の定める一定の要件と手続の下で国民の権利を侵害することが許容されているから、権利ないし法益の侵害があることをもって公権力の行使を直ちに違法とすることはできず、当該公権力の行使が権利ないし法的利益を侵害された当該国民に対して負担する職務上の法的義務に違背するか否かによって違法性の有無が判断されるべきであることは、第一審被告の主張するとおりである。しかしながら、我が国は、国会中心立法の原則を確立し、法律による行政の原理を保障した法治国家であるから、公権力の行使に当たる国の公務員が、個々の国民に対し、その所有する土地について、私法上の占有権原もなく、法令上の根拠もないのにこれを占有して所有者の使用収益を妨げる行為をしてはならないことは公務員の行為規範として当然のことであり、公務員がそのような職務上の法的義務を負担していることは自明の理であって、それにもかかわらず、これを占有して所有者の使用収益を妨げる行為は、当該所有者に対して負担する職務上の法的義務に違背してその権利を侵害するものと評価すべきものであって、国家賠償法上達法な行為というべきである。
これに対し、第一審被告は、上記期間中の本件第1土地の占有は、国として条約上の義務を履行するために必要であったものであり、高度の公共性、重要性を有していたことなどから、占有権原を欠いていても国家賠償法上違法ということはできないと主張する。しかしながら、公権力の行使は、法の定める一定の要件と手続に従って行われるべきものであり、その限りにおいて国民の権利ないし法的利益を侵害することが許容されているのであるから、条約上の義務を履行するために本件第1土地の占有を継続する高度の必要性、公共性が存在したことは認めうるとしても、そのことによって当然に、法令上の根拠なく国民の権利ないし法的利益を侵害する行為が違法でないことになるということはできず、この点についての第一審被告の主張は採用することができない。
第一審被告は、また、本件第1土地について沖縄県収用委員会に裁決申請手続をするに当たり読谷村長や沖縄県知事がその職務に違背して土地調書及び物件調書の作成に必要な立会い及び署名押印等を拒否したり、その後も使用裁決手続に伴う裁決申請書類に係る公告縦覧の手続及び明渡裁決申立書類に係る公告縦覧の手続を行わないなど、第一審被告にとって不測の事態が生じたために一時的に占有権原を取得できない状態が生じたものであって、那覇防衛施設局長及び内閣総理大臣は、使用権原取得のため最大限の努力をしており、職務上通常尽くすべき注意義務を尽くしていたから職務上の義務違反は認められず、違法ではないと主張する。しかしながら、第一審被告にとって、旧特措法及び土地収用法に定める手続に則って本件第1土地の占有権原を取得できないということが事前に予測困難な不測の事態であったとしても、そうであるからといって当然に、上記期間中の第一審被告による本件第1土地の占有が適法なものになるということはできない。また、本件において国家賠償法上違法と評価されるのは、私法上の占有権原も法令上の正当化すべき根拠もなく本件第1土地を占有した行為自体であって、那覇防衛施設局長又は内閣総理大臣が占有権原を取得すべき義務を怠ったという不作為を問題としているものではないから、那覇防衛施設局長又は内閣総理大臣が占有権原を取得するために努力を怠らなかったとしても、上記期間中における第一審被告による本件第1土地の占有が国家賠償法上違法であるとの上記判断を左右するものではない。この点についての第一審被告の主張も採用することができない。
エ さらに、第一審被告の当該所掌事務担当官である那覇防衛施設局長の故意・過失の有無について検討するに、土地の賃貸借契約は、土地の価値を一定の期間借主に利用させることを目的とする契約であるから、賃貸目的土地の返還約束は、賃貸借契約に不可欠の要素であるところ、那覇防衛施設局長(支出負担行為担当官)は、知花昌助との間で賃貸借期間を平成8年3月31日までとすることを合意して、本件第1土地の賃貸借契約を締結してその引渡しを受け、我が国がアメリカ合衆国に対して負う条約上の義務を履行するため、駐留軍用地として提供していたものである。そして、上記賃貸借契約は、平成8年3月31日の経過により賃貸借期間が満了したのであるから、那覇防衛施設局長は、同年4月1日に賃貸人知花昌助の特定承継人である第一審原告知花に対し、本件第1土地を返還すべき上記賃貸借契約上の義務があったということができる(知花昌助と第一審被告との間の昭和51年12月20日付け「土地建物等賃貸借契約書」〈乙第22号証の1〉の1
5条にも、第一審被告は契約終了の際、賃借物件を現状のまま知花昌助に返還する旨の約定が明記されている。)。したがって、那覇防衛施設局長としては、平成8年4月1日には、上記賃貸借契約に基づく本件第1土地の占有権原を失ったことを認識したと推認することができる。しかして、第一審被告が、同日以降についても本件第1土地について法令上の占有権原を取得すべく努力していたこと及びそれにもかかわらず、第一審被告にとって不測の事態が生じたために、平成9年4月24日まではこれが取得できない事態に立ち至ってしまったことは、第一審被告の主張するとおりであり、そうであるとすると、那覇防衛施設局長としては、法令に則って行政事務を行う担当官として、平成8年4月1日から平成9年4月24日までの間は、本件第1土地の占有を正当化する法令上の根拠も存しないことをも認識していたものと推認することができる。そうすると、第一審被告の公権力の行使に当たる公務員である那覇防衛施設局長は、本件第1土地について、私法上の占有権原もなく、法令上の正当化すべき根拠もないことを知り、かつ、これを占有することにより第一審原告知花の所有権を侵害することになることを知りながら、違法な占有をしていたものということができ、仮に、そのことを知らなかったとしても、知らなかったことについて過失があったというべきである。
オ したがって、第一審被告は、上記期間中の本件第1土地の占有について、国家賠償法1条1項に基づき、第一審原告知花に生じた損害を賠償する責任を負うというべきである。争点1についての第一審原告知花の主張は、理由がある。
特措法違憲訴訟 控訴審 判決(4)
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