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 第143号(2003年2月28日発行)

 特措法違憲訴訟 控訴審 判決(4)

 2002年10月31日

(2)争点2について
 改正特措法15条及び同法附則2項が憲法に違反するか否かについての各当事者の主張は、第一審原告知花関係及び第2事件原告ら関係に共通なので以下、これらについて併せて検討する。
ア 改正特措法15条及び附則2項が憲法41条に違反するとの主張について
 第一審原告らは、改正特措法15条1項及び同法附則2項の規定は、一般性、抽象性を有しない点で憲法41条の定める「立法」に該当せず、同条に違反する旨主張するが、採用することができない。その理由は次のとおりである。
(ア)まず、同法15条1項は、@駐留軍の用に供するため所有者若しくは関係人との合意又はこの法律の規定により使用されている土地等で引き続き駐留軍の用に供するためその使用について内閣総理大臣が同法5条の規定による認定をしたもの(認定土地等)について、Aその使用期間の末日以前に収用委員会に対して裁決の申請等をした場合で、B当該使用期間の末日以前に必要な権利を取得するための手続が完了しないときについて、防衛施設局長が損失の補償のための担保を提供した上で、当該使用期間の末日の翌日から、当該認定土地等についての明渡裁決において定められる明渡しの期限までの間、引き続き、当該土地を暫定使用できる旨を規定したものであって、上記@ないしBの要件に該当する場合について一般的抽象的に規定したものであることは、その文言上明らかであるから、同条項が特定の個人や団体についてのみ適用される個別的法律であるということはできない。この点に関し、第一審原告らは、 在日米軍基地の現状からすれば、改正特措法15条1項が適用されるのは、現実には沖縄県のいわゆる未契約地主らの所有する土地に限定されることが明らかであって、今回のような、使用期間の末日以前に必要な権利を取得するための手続が完了しないという事態が生じる可能性は極めて低いから、結局、同法15条1項が適用されるのは第2事件原告らを含む平成9年5月15日以降の契約を拒否した約3000人の地主らに限られる、と主張する。しかしながら、現状では在日米軍基地が沖縄県に集中している結果、現時点において改正特措法15条1項の適用が問題となりうるのは沖縄県内に存在する土地に限られるとしても、そのことのみから直ちに、同条項が一般性を有しない個別的法律であるということはできないし、また、使用期間の末日以前に必要な権利を取得するための手続が完了しないという事態が将来にわたって生じる可能性がないということもできないから、この点に関する第一審原告らの主張は、採用することができない。

(イ)また、同法附則2項前段は、同法15条から17条までの規定について、@改正特措法の施行の目前において既に旧特措法5条の規定による認定があった土地について、A防衛施設局長がその使用期間の末日以前に裁決の申請等をしていた場合についてもこれらの規定が適用されると規定するが、これは、同法15条から17条までの規定を前提としてそれらの条項が上記@及びAの場合にも適用される旨定めたものに過ぎず、同法附則2項前段によって特定の個人又は団体のみに格別の負担ないし制約を課したものではないから、同法附則2項前段は、同法15条から17条までの規定と一体をなすものと解すべきであって、同法附則2項前段のみを取り出して、同項に該当するのが第一審原告らを含む約3000人に限られることを理由に、同項の規定が特定の個人や団体についてのみ適用される個別的法律であるということはできない。さらに、同法附則2項後段は、同項前段に該当する場合のうち、同法施行日において従前の使用期間が満了しているにかかわらず必要な権利を取得するための手続が完了していない土地等については、同法15条1項中「当該使用期間の末日以前」とあるのを「改正特措法の施行の目前」と、「当該使用期間の末日の翌日」とあるのを「当該担保を提供した日の翌日」とそれぞれ読み替える旨を定めた読替規定に過ぎず、同法附則2項後段によって特定の個人又は団体のみに格別の負担ないし制約を課したものではないから、同条項をもって、改正特措法が特定の個人や団体についてのみ適用される個別的法律であるということもできない。
イ 改正特措法15条及び同法附則2項が憲法29条に違反するとの主張について
(ア)「公共のために用いる」ものか否かについて 
 第一審原告らは、憲法29条3項にいう「公共のために用ひる」といえるためには、収用委員会等の中立公正な機関によって事前に当該土地の提供が「適正かつ合理的」(改正特措法3条)であるか否かの判断がされることが必要であって、そのような判断を経ないで土地を暫定使用することが公共性の要件を満たす場合があるとしても、それは暫定使用につき緊急性が存在する場合に限られるところ、そのような緊急性は認められないから、同法15条1項及び同法附則2項は、憲法29条3項に定める公共性の要件を満たしておらず、同条項に違反する旨主張するが、採用することができない。
 その理由は次のとおりである。
 日米安全保障条約6条、日米地位協定2条1項の定めるところによれば、我が国は、日米地位協定25条に定める合同委員会を通じて締結される日米両国間の協定によって合意された施設及び区域を駐留軍の用に供すべき条約上の義務を負うものと解される。我が国が、その締結した条約を誠実に遵守すべきことは明らかであるが(憲法98条2項)、日米安全保障条約に基づく上記義務を履行するために必要な土地等をすべて所有者との合意に基づき取得できるとは限らないのであって、これができない場合に、当該土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であることを要件として(改正特措法3条)、これを強制的に使用し又は収用することは、条約上の義務を履行するために必要であり、かつ、その合理性も認められるのであって、私有財産を公共のために用いることにほかならないものというべきである(最高裁判所平成8年8月28日大法廷判決・民集50巻7号19 52頁参照)。そして、改正特措法3条ないし5条(旧特措法3条ないし5条と同一である。)によれば、駐留軍の用に供するため土地等を使用しようとする場合には、防衛施設局長から内閣総理大臣に対して使用認定申請を行い、内閣総理大臣において、同法3条に規定する「その土地等を駐留軍の用に供することが適正且つ合理的であるとき」の要件に該当するか否かを判断した上で、これに該当すると認めたときに使用認定を行うものと規定され、当該土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であるか否かの判断は内閣総理大臣に委ねられている。これは、その使用認定に当たっては、我が国の安全と極東における国際の平和と安全の維持にかかわる国際情勢、駐留軍による当該土地等の必要性の有無、程度、当該土地等を駐留軍の用に供することによってその所有者や周辺地域の住民などにもたらされる負担や被害の程度、代替すべき土地等の提供の可能性等諸般の事情を総合考慮してなされるべき政治的、外交的判断を要するだけでなく、駐留軍基地にかかわる専門技術的な判断を要することも明らかであることから、その判断を専ら内閣総理大臣の政策的、技術的な裁量に委ねることとしたものであり、十分な合理性を有するものというべきである。そうすると、第一審原告らが主張するように、内閣総理大臣が駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であると判断して使用認定をした土地等について、暫定使用権を発生させるために収用委員会等の第三者機関がさらにその提供が適正かつ合理的(改正特措法3条)であるか否かについて判断することが必要であると解することはできないし、また、そのような判断がない限り同法15条1項及び同法附則2項に基づく土地の暫定使用が憲法29条3項にいう「公共のために用ひる」に該当しないとの第一審原告らの主張も採用することができない。
(イ)「正当な補償」の下になされているか否かについて
 第一審原告らは、憲法29条3項にいう「正当な補償」は事前になされる必要があると主張するが、採用することはできない。その理由は次のとおりである。
 憲法29条3項は、「正当な補償」と規定しているのみであって、補償の時期については何ら言及していないから、補償が財産の供与に先立ち又はこれと交換的に同時に履行されるべきことについては、憲法の保障するところではないから(最高裁判所昭和24年7月13日大法廷判決・刑集3巻8号1286頁参照)、補償が財産の供与に先立って行われないからといって直ちに憲法29条3項に違反するということはできない。
 改正特措法は、同法15条1項に基づいて土地を暫定使用するためにはあらかじめ損失の補償のための担保を提供する必要があること(15条1項)、損失の補償のための担保の提供は、自己の見積もった損失補償額を暫定使用期間の6月ごとにあらかじめ供託して行わなければならず、その見積額は当該土地等の暫定使用前直近の使用にかかる賃借料若しくは使用料又は補償金の6月分を下回ってはならないこと(15条2項)、土地所有者等は、暫定使用の開始後は、請求により損失の補償の内払として担保を取得することができること(15条4項)をそれぞれ規定し、また、暫定使用によって当該土地等の所有者及び関係人が受ける損失については、土地収用法の定める規定に準じて補償しなければならず、この場合において、損失の補償は、暫定使用の時期の価格によって算定しなければならないと規定するとともに(16条1項)、収用委員会が認定土地等について明渡裁決をする場合において、明渡しの期限までの間に暫定使用の期間があるときは、当該明渡裁決において、併せて暫定使用による損失の補償を裁決しなければならないとし(16条2項)、その払渡しは、権利取得裁決及び明渡裁決により定められた権利取得の時期までにしなければならないと規定している(14条により準用される土地収用法95条1項、1 00条)。これらの規定からすると、改正特措法による補償は、当該土地等を暫定使用する時点において成立すると考えられる価格に基づき合理的に算出される使用価値相当額であると認められ、憲法29条3項の「正当な補償」ということができる。
ウ 改正特措法15条及び同法附則2項が憲法31条に違反するとの主張について第一審原告らは、改正特措法15条及び同法附則2項は、土地所有者に対して「事前の告知、弁解、防御の機会」を保障していない点、中立的で公正な機関によって判断されることが保障されていない点、行政手続内部において事後の不服申立手続が認められていない点において適正手続を欠き、憲法31条に反すると主張するが、いずれも採用することはできない。その理由は次のとおりである。
(ア)憲法31条は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではなく、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量した結果、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えることが必要と解すべき場合も存在しうるものというべきである(最高裁判所平成4年7月1日大法廷判決・民集46 巻5号437頁参照)。
 しかしながら、改正特措法15条1項及び同法附則2項は、何らかの行政処分その他これに類する手続によって相手方の権利ないし利益を制約しうることを定めたものではなく、同条項に規定する要件に該当する場合には暫定使用権が発生することを一般的に定めたものであって、同所定の要件を満たす場合には当然に暫定使用権が発生し、この要件を満たさない場合には暫定使用権が発生しないこととなるのであるから、この場合に行政庁による何らかの判断ないし行為が介入する余地はない。すなわち、暫定使用権の発生により不利益を受ける相手方が事前に告知、弁解、防御の機会を与えられたとしても、これによって同法15条1項及び同法附則2項の適用の有無ないしその効果が左右される余地は全くないのであるから、そもそも、事前に告知、弁解、防御の機会を与える必要があると解すべき前提を欠くものといわなければならない。
 もっとも、第一審原告らの主張は、同法15条1項及び同法附則2項に規定する要件に該当する場合に当然に暫定使用権が発生するものとすること自体が憲法31条に違反するとの趣旨と解されなくはない。しかしながら、暫定使用権を発生させるか否かを収用委員会その他中立的な第三者機関に判断させるべきであるとの第一審原告らの主張は、後記(イ)のとおり、採用することができない。また、改正特措法15条1項及び同法附則2項が適用されるためには当該土地等につき内閣総理大臣により同法5条による認定がされていることが前提となっているから、当該土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であるか否かについて既に内閣総理大臣による判断がされていること、内閣総理大臣による使用認定が効力を失ったときには、同法15条1項に基づく暫定使用権は当然に消滅するものとされていること(同法15条1項ただし書2号)、内閣総理大臣の同法5条による認定は、土地の所有者及び関係人の意見書を添付した上でなされた防衛施設局長から内閣総理大臣に対する認定申請によってなされるものとされ(同法4条)、この時点で所有者及び関係人には当該土地等を駐留軍の用に供することにつき意見を述べる機会が与えられていること、使用認定を行うに当たり内閣総理大臣がその裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用した違法がある場合には、使用認定によって自己の権利ないし法的利益を侵害された者は、当該使用認定に対する取消訴訟を提起してその瑕疵の有無を争うことも可能であることなどに徴すれば、暫定使用権を発生させるか否かについて、改めて内閣総理大臣による判断を必要としていないとしても、土地等の所有者又は関係人の権利保護に欠けるということはできず、改正特措法が同法所定の一定の場合に暫定使用権を発生させるものとした規定が適正手続を保障した憲法31条の趣旨に反するということはできない。
(イ)第一審原告らは、また、暫定使用権を発生させるか否かにつき中立的で公正な機関によって判断されないことをもって憲法31条に違反すると主張する。
 しかしながら、当該土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であるか否かについての判断は、国際情勢、駐留軍による当該土地等の必要性の有無、程度、所有者や周辺地域の住民などにもたらされる負担や被害の程度、代替すべき土地等の提供の可能性等諸般の事情を総合考慮してなされるべきものであって、極めて政治的、外交的、専門技術的な判断を要する事柄であることから、専ら内閣総理大臣の政策的、技術的な裁量に委ねることとされている(改正特措法5条)ことは、上記イの(ア)で説示したとおりである。したがって、収用委員会その他の第三者機関に上記のような政治的、外交的、専門技術的な判断を行わせることは予定されておらず、また、相当でないことも明らかであるから、この点についての第一審原告らの主張は、採用することができない。
(ウ)第一審原告らは、さらに、事後の不服申立手続がないことが憲法31条に違反すると主張する。しかしながら、改正特措法15条1項及び同法附則2項に基づく暫定使用権は、同条項所定の要件が充足されたときには当然に発生する法定の使用権原であり、行政庁その 他の機関の判断、処分によって発生するものではないから、不服申立の対象がそもそも存在しない(防衛施設局長のする供託行為は、暫定使用権発生要件の1つを充足するためにされる事実行為に過ぎず、その行為自体の効力として直ちに暫定使用権が発生するものではないから、これを不服申立の対象とすることもできない。)。同条項所定の要件が充たされていないとすれば、そもそも暫定使用権は発生しないのであるから、土地所有者としては、同条項に基づく暫定使用権が存在しないことを前提として土地明渡等を訴求することが可能であるし、いったん発生した暫定使用権がその後に消滅した場合(裁決の申請等について却下の裁決があったときや同法5条の規定による使用認定が効力を失ったとき等。同法15条1項ただし書き1号、2号)にも、これを主張して裁判所の判断を得ることが可能であるから、行政機関内部における不服申立手続が設けられていないことをもって憲法31条に違反するということはできない。
エ 改正特措法15条及び同法附則2項が法の不遡及原則に反し、憲法31条及び憲法3 9条に違反するとの主張について
(ア)第一審原告らは、法律の不遡及も憲法31条により保障されていると主張するが、そもそも、憲法31条が法律の遡及適用を禁止したものと解することはできない。また、第一審原告らは、立法前に存在した事実(改正特措法施行前の防衛施設局長による使用裁決申請行為)を理由として私人の権利を剥奪ないし制限することは、法的安定性を阻害し、実質的に法律の不遡及原則に反するもので許されないと主張するけれども、私人の権利を制限する法律を立法する場合に、当該法律効果を発生させるための要件又はその適用範囲を立法の時点で既に存在する事実の有無にかからしめることが当然に法的安定性を阻害するとか、法の不遡及原則に反するということはできず、第一審原告らの上記主張は、理由がない。
(イ)第一審原告らは、さらに、憲法39条が法律の遡及を禁止しているとも主張するが、憲法39条は、民事法規の不遡及まで保障するものではないし(最高裁判所昭和24年5月18日大法廷判決・民集3巻6号199頁参照)、そもそも、改正特措法15条及び同法附則2項に基づく暫定使用権は、改正特措法の施行後に担保を供託することによって将来的に発生するものであって、法律の遡及効を認めたものではない。第一審原告らは、旧特措法に基づく使用認定、裁決の申請等の申請の事実に対して改正特措法15条から17条までの規定を適用することが不遡及原則に反するかのようにも主張するが、旧特措法に基づいてされた使用認定、裁決の申請等が改正特措法下でも有効に存続していることを前提として、これらの事実の存在を改正特措法による暫定使用権発生の要件とすることは、何ら憲法に違反するものではなく、第一審原告らの上記主張は、独自の見解に基づくものであって、採用することができない。
オ 憲法95条違反の有無について
 第一審原告らは、改正特措法15条1項及び同法附則2項は事実上沖縄県だけに適用される法律であると主張するけれども、在日米軍施設の多くが沖縄県内に集中している現状の下においては同条項が実際上沖縄県内に存する在日米軍の施設及び区域の土地に適用されることが多いということはできても、将来沖縄県以外の地域に存する在日米軍の施設及び区域の土地に適用される可能性がないとはいえないから、同条項が沖縄県のみに適用される特別法であることを前提に憲法95条違反であるとする第一審原告らの主張は、その前提を欠き、採用することができない。
 カ 以上に検討したとおり、改正特措法が憲法に違反するとの第一審原告らの主張は、いずれも理由がない。したがって、本件第1土地についての平成9年4月25日(改正特措法に基づく暫定使用権の発生日)から平成10年9月2日(使用裁決による権利取得日の前日)までの第一審被告による占有は、暫定使用権に基づく適法な占有であって、争点2について第一審原告知花の主張は理由がない。
(3)争点3について
 争点2についての判断のとおり、改正特措法15条1項及び同法附則2項は、いずれも憲法に違反するものではないから、争点3についての第一審原告知花の主張は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がない。
(4)争点4について
 本件第1土地についての賃貸借契約が期間満了により終了した結果、平成8年4月1日から平成9年4月24日までの間の第一審被告による本件第1土地の占有が権原なくされたものであったことは、第一審原告知花と第一審被告との間で争いがなく、本件第1土地の所有者である第一審原告知花が上記期間中に本件第1土地に立ち入ろうとしたのに対し、第一審被告が本件第1土地周辺にフェンスを設置し、施設職員及び機動隊員を配置して第一審原告知花による立入りを阻止したことは、前記1(1)に認定したとおりである。第一審原告知花は、第一審被告による上記立入り妨害行為は第一審原告知花の正当な権利行使を妨害し、その人格権を侵害したものであるから、第一審被告は、民法709条又は国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うと主張する。しかしながら、本件第1土地の賃貸借契約期間が満了して第一審被告がその占有権原を失ったとしても、第一審被告が本件第1土地を返還することなく現に占有を継続している以上、その占有が違法との評価を受けるものであったとしても、たといその所有者であっても、差し迫った必要性もないのに占有者の意に反して本件第1土地に立ち入ることは、いわゆる自力救済として法により認められる権利行使を逸脱するものというべきであるから、これに対し、占有者である第一審被告が第一審原告知花による立入りを阻止するために必要な限度で有形力を行使することは、国家賠償法上違法となるものではないというべきである(公権力の行使に関わることであるから、民法709条の問題は生じない。)。第一審原告知花は、平成8年4月1日、本件仮処分を申し立てたものであるが、その申立書(甲第101号証)及び疎明資料とされた第一審原告知花作成の陳述書(甲第11号証)によると、同人は本件仮処分を申し立てる準備を整えた上で、上記立入りをしようとしたものであることが推認されるところ、本件仮処分申立事件の帰趨を待つことなく本件第1土地への立入を行わなければならない差し迫った事情があったとの事実は証拠上認められない。他方、第一審被告は、本件第1土地周辺にフェンスを設置し、施設職員及び機動隊員を配置して第一審原告知花による立入りを阻止しているが、それらの行為が第一審原告知花による立入を阻止するために必要な限度を逸脱して違法であるということはできず、他に、第一審被告が立入り阻止のために国家賠償法上違法と評価すべき行為を行ったことを認めるに足りる証拠はない。
 したがって、争点4についての第一審原告知花の主張は採用することができず、第一審被告の上記立入阻止行為を理由とする損害賠償の請求は、争点7について判断するまでもなく、理由がない。
(5)争点5について
 以上のとおり、第一審被告による平成8年4月1日(従前の賃貸借契約による使用期間終了日の翌日)から平成9年4月24日(改正特措法に基づく暫定使用権の発生日の前日)までの本件第1土地の占有は、国家賠償法上違法であって、第一審被告は、同法1条1項に基づき、上記期間中の占有により第一審原告知花に生じた損害を賠償する責任を負うというべきである。
ア 賃料相当損害金について
 乙第33号証によれば、上記期間中の賃料相当損害額としては、47万9671円が相当であると認められる。
イ 慰謝料について
 第一審原告知花は、第一審被告の違法行為によって財産的損害の賠償のみでは回復しきれない精神的苦痛を被ったと主張するけれども、第一審被告が上記期間中無権原で本件第1土地の占有使用を継続したことによって第一審原告知花の思想、信条の自由が侵害されたと認めることも法的保護の対象となる「期待権」が侵害されたと認めることもできない。また、第一審原告知花は、改正特措法を成立させて暫定使用権を発生させたり、第一審原告知花による立入りを実力で阻止したことなどの第一審被告の一連の行為の態様をも勘案すべきであると主張するけれども、上記のとおり、改正特措法を成立させたこと及び第一審原告知花による立入りを実力で阻止したことは、いずれも違法と評価することができないものであるから、これらの事実を慰謝料請求の根拠とすることは、その前提を欠く。そして、第一審原告知花の思想・信条、人生観等及びこれらに基づく活動歴、その他第一審原告知花が主張する諸事情を勘案しても、また、本件において取り調べた一切の証拠を総合考慮しても、第一審被告が上記期間中本件第1土地を占有したことにより、第一審原告知花に財産的損害の賠償によっては回復しきれない精神的損害が生じたと認めることはできない。
 したがって、慰謝料についての第一審原告知花の主張は、理由がない。
ウ 本件仮処分申立て関連費用等について
 第一審原告知花は、本件仮処分の申立てに関連して支出した弁護士費用、内容証明郵便料金及び鑑定意見書作成費用も第一審被告の違法行為により被った損害であると主張するが、そもそも仮処分は、本案についての権利関係を疎明に基づいて暫定的に定めるものにすぎず、 終局的な権利関係は本案訴訟において最終的に確定させることが予定されており、その意味で実体上の権利を実現するために必須の手続であるとは言い難く、本件において、本件仮処分を申し立てなければ第一審原告知花の権利の実現が不可能ないし著しく困難になったとは認められないから、上記弁護士費用及び鑑定意見書作成費用は、第一審被告の無権原占有と相当因果関係のある損害とはいえず、内容証明郵便料金についても、第一審原告知花の権利を実現させるに当然必要とされるものとはいえないから、相当因果関係のある損害とはいえない。また、本件訴訟の弁護士費用については、後に述べるとおり、第一審原告知花の第一審被告に対する上記アの損害賠償請求権は既に消滅しており、第一審原告知花の本訴請求は、結局いずれも理由がないものとして棄却すべきであるから、本件訴訟の弁護士費用が第一審被告による本件第1土地の使用権原なき占有と相当因果関係を有すると認めることはできない。
(6)争点6について
 改正特措法附則3項によれば、防衛施設局長は、同法附則2項後段の土地等(改正特措法施行日において従前の使用期間が満了しているにもかかわらず必要な権利を取得するための手続が完了していない土地等)の暫定使用を開始した場合においては、その従前の使用期間の末日の翌日から暫定使用を開始した目の前日までの間の当該土地等の使用によってその所有者が通常受ける損失を補償するものと規定する。同項の規定の趣旨は、同法附則2項後段の土地等について暫定使用が開始された場合、当該土地等の所有者は、暫定使用が開始された日以降の通常受ける損失については、同法16条1項、同法附則2項後段により補償の対象となるのに対し、従前の使用期間の末日の翌日から暫定使用を開始した目の前日までの間の使用については、文言上同法16条1項、同法附則2項後段による補償の対象に含まれないこととなるが、この間についても、同様に、当該土地等の使用によってその所有者が通常受ける損失を補償するのが相当であると考えられることから、特に法律によって当該土地等の所有者が第一審被告に対する損失補償請求権を有することを定めたものと解するのが相当である。すなわち、同法附則3項に基づく損失補償請求権は、同項に規定する要件が充足された場合に、当該土地等の使用が国家賠償法上違法であるか否かにかかわらず、改正特措法附則3項によって認められた請求権であり、防衛施設局長による当該土地等の使用が国家賠償法上違法であって当該土地等の所有者が同法1条1項に基づく損害賠償請求権を有する場合には、これと改正特措法附則3項に基づく損失補償請求権とが併存するものと解するのが相当である。そして、同項に基づく損失補償請求権は、上記のとおり、従前の使用期間の末日の翌日から暫定使用を開始した目の前日までの間、那覇防衛施設局長が当該土地等の使用を継続した結果、当該土地等の所有者が通常その使用収益を妨げられたことにより通常受ける損失を補償することを目的とするものであって、当該土地等の使用が国家賠償法上違法である場合にその所有者が通常受ける損害を賠償することを目的とする損害賠償請求権と、その当事者、基礎となる原因関係、目的において同一であるから、両請求権は、相互に補完し合う関係にあって、一方が消滅すれば他方もその目的を達して消滅するものというべきである。
 これを本件についてみるに、乙第33、34号証によれば、那覇防衛施設局長は、改正特措法附則3項に基づき、平成8年4月1日から平成9年4月24日までの間の本件第1土地の使用によって第一審原告知花が通常受ける損失を補償するため、同法附則4項の規定に基づき、上記期間の損失補償金を見積もった上、第一審原告知花との間で協議しようとしたが、協議が調わなかったため、平成9年10月23日、沖縄県収用委員会に対し、同法附則5項及び土地収用法94条2項の規定に基づき改正特措法附則3項の規定による損失の補償に関する裁決を申請したこと、同委員会は、平成10年5月19日、上記期間中の損失補償額を47万9671円、損失補償をすべき時期を同年7月3日とする旨の裁決をしたこと、那覇防衛施設局長は、上記裁決にかかる補償金を払い渡すため、同年6月19日、第一審原告知花に対し、同人の住所において、同補償金につき現実の提供をしたが、同人はその受領を拒否したこと、そこで、那覇防衛施設局長は、同月22日、那覇地方法務局沖縄支局供託官に対し、上記補償金47万9671円を供託したことの各事実を認めることができる。これらの事実によれば、第一審原告知花の第一審被告(那覇防衛施設局長)に対する改正特措法附則第3項に基づく損失補償請求権は、第一審原告知花の受領拒絶を原因とする上記供託により消滅したものであって、これに伴い、第一審原告知花の第一審被告に対する上記期間中の本件第1土地の使用を理由とする国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求権もまた、その目的を達して消滅したものというべきである。争点6についての第一審被告の主張は、理由がある。
 この点に関し、第一審原告知花は、改正特措法附則3項が、第一審被告による占有使用の適法・違法を問わずに損失補償することを認め、これによって被害者の加害者に対する損害賠償請求権が消滅すると解するとすれば、不法行為の被害者が加害者の責任を明確にし、加害者を法的に非難することのできる権利ないし法的利益を侵害するものであって、基本的人権を保障した憲法に違反する、と主張する。しかしながら、不法行為の被害者が加害者を法的に非難することのできる権利ないし利益が憲法によって保証された基本的人権の一内容であると解することはできないから、第一審原告知花の上記主張は、その前提を欠き、採用することができない。

3 第2事件原告ら関係の争点について
 争点2に対する判断において説示したとおり(上記2(2))、改正特措法15条、同法附則2項が憲法に違反して無効であるとの第2事件原告らの主張は、いずれも採用することができないから、争点8に関する第2事件原告らの主張は採用することができず、争点9に関する第2事件原告らの主張は、前提を欠く。したがって、第2事件原告らの本訴請求は、争点10につき判断するまでもなく、理由がない。

4 以上の認定及び判断の結果によれば、第一審原告らの請求は、いずれも理由がないからこれを棄却すべきである。よって、原判決中、第一審原告知花の請求のうち、本件第1土地につき平成8年4月1日から平成9年4月24日までの間の賃料相当損害金の請求を認容した部分は不当であるから、第一審被告の本件控訴に基づきこれを取り消した上、上記取消部分に つき第一審原告知花の請求を棄却することとし、原判決中、当裁判所の上記判断と同旨のその余の部分は相当であって、第一審原告らの本件控訴は理由がないから、これをいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

福岡高等裁判所那覇支部
                      裁判長裁判官  渡 邊    等
                         裁判官  松 下    潔
                         裁判官  増 森  珠 美