「改正」米軍用地特措法違憲訴訟
訴 状
原 告 有 銘 政 夫
(以下略)
右原告ら訴訟代理人 別紙訴訟代理人目録記載のとおり
〒一〇〇−〇〇一三 東京都千代田区霞が関一丁目一番一号
被 告 国
右代表者 法務大臣 中村 正三郎
訴訟物の価格 金 円
貼用印紙の額 金 円
請 求 の 趣 旨
一 被告は、別紙「物件目録及び損害金目録」記載の土地につき、賃借権、使用権、その他これを占有すべき正権原を有しないことを確認する。
二 被告は、原告らに対し、一九九七年五月一五日から各支払い済みに至るまで一年につき次の割合による金員を支払え。
三 被告は、原告らに対し、それぞれ金一〇〇万円及びこれに対する一九九七年五月一五日から各支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
四 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
請 求 の 原 因
第一 当事者
一 原告らは、いずれも米軍基地内に土地を所有し、復帰前に米軍によって土地を強奪され、土地を強制的に米軍基地として使用されてきたものであり、復帰後は、被告国との賃貸借契約締結を拒否し、土地の返還及び米軍基地の撤去を求めて長年闘ってきている「反戦地主」である。
二 被告国は、日米安保条約上の義務を履行すると称して、復帰後もさまざまな理由をつけて原告ら所有の土地を地主に返還せず、日米地位協定に基づき右土地を米軍に提供しているものである。
第二 土地所有
原告らは、別紙「物件目録及び損害金目録」記載の土地(以下、本件各土地という)を同目録記載の基地内に各々所有している。
第三 使用裁決に定められた使用期間の満了
一 本件各土地については、沖縄県収用委員会が米軍用地特措法に基づき一九八七年(昭和六二年)二月二四日になした強制使用裁決が存在する。同裁決は、使用期間を権利取得の日から一〇年、権利取得日を一九八七年五月一五日と定めている。
よって、一九九七年(平成九年)五月一四日の経過により、右使用期間は満了した。(なお、本件訴訟においては、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」を「米軍用地特措法」と略称する)
二 右使用期間の満了により、被告国は、右使用裁決に基づく強制使用権を失うこととなった。
第四 違憲立法
一 米軍用地特措法の一部「改正」と本件各土地への適用
1 被告国は、使用期間の満了により、一九九七年五月一五日以降、本件各土地に対する強制使用権を失い、不法占有という事態に陥ることが明らか(に)なったことから、同事態を解消するため急遽、一九九七年四月二三日「米軍用地特措法の一部を改正する法律」(法律第三九号、以下「改正」法という)を制定公布し、同「改正」法は即日施行された。
2 右「改正」法は、従前の米軍用地特措法に「第一五条」「第一六条」「第一七条」の三条を加えるものであるが、同一五条は、次のような内容を持つものである。
「第十五条 防衛施設局長は、駐留軍の用に供するため所有者若しくは関係人との合意又はこの法律の規定により使用されている土地等で引き続き駐留軍の用に供するためその使用について第五条の規定による認定があったもの(以下「認定土地等」という。)について、その使用期間の末日以前に前条の規定により適用される土地収用法第三九条第一項の規定による裁決の申請及び前条の規定により適用される同法第四七条の二第三項の規定による明渡し裁決の申立て(以下「裁決の申請等」という。)をした場合で、当該使用期間の末日以前に必要な権利を取得するための手続が完了しないときは、損失の保障のための担保を提供して、当該使用期間の末日の翌日から、当該認定土地等についての明渡裁決において定められる明渡しの期限までの間、引き続き、これを使用することができる。ただし、次の各号に掲げる場合においては、その使用の期間は、当該各号に定める日までとする。
一 裁決の申請等について却下の裁決があったとき
前条の規定により適用される土地収用法第百三十条第二項に規定する期間の末日(当該裁決について同日までに防衛施設局長から審査請求があったときは、当該審査請求に対し却下又は棄却の裁決があった日)
二 当該認定土地等に係る第五条の規定による使用の認定が効力を失ったとき
当該認定が効力を失った日
2 省略
3 省略
4 省略
5 省
6 省略
7 省略
3 右「改正」法附則2は、この「改正」法の施行前に「改正」前の米軍用地特措法により使用されている土地等について同法五条の使用認定があった土地について、防衛施設局長がその使用期間の末日以前に「改正」前米軍用地特措法に基づく権利取得裁決申請及び明渡裁決申立をしていた場合についても、「改正」により新たに加えられた一五条ないし一七条の規定を適用する旨、規定している。
4 「改正」法附則2により一五条ないし一七条が本件各土地にも適用されることとなった結果、被告国は、本件各土地につき明渡裁決において定められる明渡日までの間、又は一五条一項本文但し書において定める日までの間、暫定的に本件各土地につき使用権を取得することとなった。
二 「改正」法は違憲無効
1 「改正」法一五条の違憲無効性
(一) 「改正」法一五条は、憲法二九条の財産権保障に違反する。
憲法二九条一項は「財産権は、これを侵してはならない」と財産権の不可侵性を定めている。そして同条三項の「私有財産は正当な補償の下にこれを公共のために用いることができる」との規定を受けて、土地収用法が制定されている。
使用期限が切れたら、土地をただちに所有者に返還するのは法治国家として当然のことである。「土地の使用期限が切れても返還しなくてもよい」との今回の「改正」法は、憲法二九条一項の財産権の保障を乱暴にも踏みにじるものである。
今仮に、米軍用地のための土地の強制使用が認められるとしても、そのためには、憲法二九条三項の規定を受けて収用委員会の使用裁決が必要とされているのである。
収用委員会の裁決がなくても、ましてや本件事実のごとく却下裁決が現になされたにもかかわらず、強制使用を認める今回の「改正」法は、憲法の財産権の保障を頭から否定するものに他ならない。
(二) 「改正」法は憲法三一条の適正手続保障に違反する。
憲法三一条が、行政手続においても適用されることは確定した判例である(最高裁平成四年七月一日判決)。そして、憲法三一条によって具体的には、告知と聴聞の機会を与えられる権利、事後の不服申立手続の存在、中立機関による事前の裁定、手続継続による期待権のそれぞれが保障されている。しかし、「改正」法は右憲法三一条に真っ向から反するものである。
「改正」法においては、収用委員会の裁決を経ることなく、内閣総理大臣の使用認定、防衛施設局長の裁決申請、担保提供等の一方的行為がなされれば、地主に対する事前の告知・聴聞の機会を与えることなく強制使用が可能となる。権利主張の機会が事前に全く与えられないまま、内閣総理大臣及び防衛施設局長の意思のみで、自己所有の土地を自己が使用できないだけでなく、自己の望まない方法で使用されてしまうのである。
また、内閣総理大臣の使用認定、防衛施設局長の裁決申請、担保提供等がなされれば一方的に暫定使用権原が発生し、その適法性を争う手段が全く存在していないばかりか、中立機関による事前の裁定も存在しない。起業者から独立した第三者機関である収用委員会が、国民の権利主張を聞いた上で、公正・中立な立場で審理・裁決をしてこそ、中立機関による事前の裁定がなされたと言えるのであるが、「改正」法は、収用委員会の審査を全く経ることなしに防衛施設局長の裁決申請と、その後の担保提供(さらには本件の場合建設大臣への審査請求)という一方当事者の手続のみで強制使用を可能としているのである。
以上により、「改正」法は、憲法三一条が保障する各種原則に、二重三重に違反する。
(三) 「改正」法は憲法四一条の立法概念を逸脱する。
憲法四一条は「国会は、国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である。」と規定している。右の「立法」とは、受範者が不特定多数であるという性格(一般性)、かつ、規制の対象となる場合ないし事件が不特定多数であるという性格(抽象性)を有する法規範の定立であると解されている。一般的・抽象的法規範に基づく具体的な権力作用の行使は、誰にも平等に適用され、行政府の恣意的意思の支配を排除することになって、まさに、日本国憲法の標榜する実質的法治主義の思想に適合的だとされるのである(芦部信喜「憲法」新版、岩波書店、二六四頁)。
しかし、「改正」法が、本件土地を含む原告ら所有の土地について、不法占拠を回避することを唯一の目的として制定された法律であることは、各種マスコミ報道や衆議院の「日米安保保障条約の実施に伴う土地使用等に関する特別委員会」等における国会審理での久間防衛庁長官(当時)の答弁によっても明らかである。
「改正」法は、受範者が未契約地主三〇〇〇人だけに特定されているという意味で個別的であり、右地主らが賃貸借契約を拒否している場合にだけ適用されるという意味で具体的である。
このような個別的法律は、反戦地主らの権利をねらい撃ちにするものであって、まさに「立法の専制」ともいうべきものである。このように一般的・抽象的性格を欠く法規範の制定は、とうてい憲法四一条の「立法」には当たらず、法規範としての効力を持たない。
(四) 「改正」法は憲法九五条に違反する。
憲法九五条は、特定の地方公共団体にのみ適用される法律(地方自治特別法)について、住民投票を要求している。その趣旨は、国の特別法による地方自治への不当な干渉・介入の防止、地方公共団体の有する平等権の保障、地方行政における民意の尊重(成田頼明「地方自治特別法の住民投票」田上穣治編「体系・憲法事典」青林書院新社、一九六八年、六六六頁)である。
即ち、何が地方自治特別法にあたるかについては、憲法九五条の趣旨が「その地住民の民意を尊重する」(和田英夫「新版憲法体系」勁草書房、三七八責)、「一般の法律とは違った特例を特定の地方公共団体だけに適用することによって、住民の不利益を生ずる不平等な扱いが住民の意に反してなされないようにしよう」(小林直樹「憲法講義・下」東大出版会、一九八一年、四七九・四八〇頁)という点にあることを十分射程にいれて解釈すべきである。
当該立法が適用されることにより、特定の地域住民が不利益を負う場合には、地方公共団体の組織、権限、運営についての特別立法に限らず、地方公共団体を構成する地域あるいは地域住民について他の地域あるいは他の地域住民と異なった取り扱いを定める場合についても、住民投票が必要と解すべきである。
「改正」法が、「暫定使用」という名目で半永久的に県民の土地を強制的に取り上げることを可能にする点で、改正前の米軍用地特措法よりもさらに重大な人権制約をもたらすものであり、その結果、地方公共団体にとっては従来以上に都市計画等に重大な影響をもたらし、そのための事務的負担も従来以上に負うことを余儀なくさせるものであることが明らかである以上、地方自治特別法として住民投票を要するものと言うべきである。
2 「改正」法附則2の違憲性−−法の遡及的適用について
(一) 「改正」法に基づく暫定使用権原の発生は、新米軍用地特別措置法施行以降であって、それ以前に遡及して生ずるものではない。従ってその意味においては、暫定使用権原そのものが遡及するわけではない。しかしながら、「改正」法五条及び一四条については施行日以前に遡及的に適用されているのであって、「改正」法附則2は憲法三一条、二九条に反し、無効である。
(二) 即ち暫定使用権原は、新特措法によってはじめて認められるところの権原である。旧特措法の収用手続によっては認められてはいなかった制度である。換言すれば、新特措法の手続を順次経ることではじめて認められるのが暫定使用権原である。新法に基づき、あらためて使用裁決申請、使用裁決、土地物件調書作成、裁決申請、公告縦覧、公開審理等の一連の手続を「新」特措法に依拠し、履践してはじめて暫定使用権原が発生するのである。
新特措法と旧特措法は、別個の法律である以上、新特措法一五条一項の「第五条の規定による認定」とは、新特措法五条の使用認定であって、旧特措法五条の使用認定ではない。また、同条同項の「前条の規定により適用される土地収用法第三九条第一項の規定による裁決の申請及び前条の規定により適用される同法四七条の二第三項の規定による明渡裁決の申し立て」とは、新特措法一四条による裁決の申請等であって、旧特措法一四条による裁決申請等ではない。
従って、旧特措法に基づきなされた、いわゆる一三施設に関する使用認定及び裁決申請等によっては、新特措法一五条一項の要件事実を充足せず、暫定権原も発生しないこととなってしまうのである。
そこで、附則2の経過規定が必要となってくる。附則2は、旧特措法五条による使用認定及び旧特措法一四条による裁決申請等のあったものについては、新特措法一五条から一七条までの規定を適用すると定める。即ち、旧特措法によって米軍に提供されている土地については、新特措法施行以前の旧特措法五条による使用認定及び一四条による裁決申請等をもって、その方式等において全く同じ新特措法の五条の使用認定及び一四条の裁決申請等がなされたものとする(みなす)ことで、暫定使用権原を発生させる要件事実を充足させようとするものである。新特措法五条及び一四条はまさに施行日以前に遡及的に適用されているのである。
(三) 行政法学者で元最高裁判事の田中二郎氏は、「行政法規の遡及的適用を認めることは、一般的には、法治主義の原理に反し、個人の権利・自由に不当の侵害を加え、法律生活の安定を脅かすことになるのであって、これを一般的に是認することはできない。従って、それは、そうしたことの予測可能性を前提とし、しかも、個人の権利・自由の合理的保障の要求と実質的に調和しうる限りにおいてのみ許される」と述べている(法律学全集6「行政法総論」有斐閣、一六四頁)。
法律の遡及的適用が許されないのは、国民の予測可能性を害し、法律生活の安定性を脅かし、個人の権利・自由を侵害するからである。
本件において、原告らは、旧特措法に準拠した手続を予測し、使用認定、裁決申請を経て、公開審理を進めていた。当然、旧特措法によって裁決申請が却下されたならば、国及び米軍の使用権原が失われ、土地の返還請求が可能となり、自己の財産権が保全されることを予測していたものである。しかるに、新特措法の制定による暫定使用権なるものの発生によって、原告らの法的予測可能性は害され、法律生活の安定性は脅かされ、ひいては財産権は侵害され続けるに至っているのである。
これこそが、新特措法の遡及的適用による害悪に他ならず、法の遡及的適用を定めた「改正」法附則2は、憲法三一条、二九条に反するものと言わざるをえないものである。
第五 被告国により侵害された原告らの権利とその損害
一 不法占有による財産権の侵害(賃料相当損害金)
前記のとおり、「改正」法は違憲無効な法律であるから、被告国が一九九七年(平成九年)五月一五日以降、本件各土地についてなしている占有は、権原なき占有である。
ちなみに、米軍用地特措法一四条により適用される土地収用法一〇五条は次のように定めて使用期間満了時の国の返還義務を明記している。
「第一〇五条 起業者は、土地を使用する場合において、その期間が満了したとき・・・は、遅滞なく、その土地を土地所有者又はその承継人に返還しなければならない。」
「改正」法に基づく暫定使用権以外には、被告国の本件各土地の使用を理由あらしめる法的椴拠は、存しない。
本件各土地を他に賃貸した場合の適正賃料は、別紙「物件目録及び損害金目録」の損害金欄(適正貨料欄)記載のとおりである。従って、原告らは、被告らによる本件土地の不法占有により、右適正賃料と同額の経済的損害を被っているので、被告はこれを賠償する責任がある。
二 違憲立法による基本的人権侵害(慰謝料)
被告国は、違憲の「改正」法を立法して、日本国憲法により保障された原告らの基本的人権、すなわち、適正手続きによらなければ財産権(所有権等)を侵害されない権利(憲法三一条)、本件各土地の財産権(具体的には所有権)を根拠に本件各土地を軍隊に基地として使用させない思想・信条の自由(憲法二九条、一九条)を侵害した。
「改正」法は、右原告らの基本的人権を侵害するが故に、違憲無効なものであるが、被告国は「改正」法は合憲有効なものだとして同法を理由に今日まで本件各土地の返還を拒否し続けている。
「改正」法が存しなければ、被告国は、その政治的思惑いかんに拘わらず米軍用地特措法一四条により適用される土地収用法一〇五条により本件各土地を原告らに返還しなければならなかったものである。被告国による「改正」法という違憲の法律の立法行為により、本件各土地の返還が阻害されているものである。
右返還阻害行為により原告らが被った精神的苦痛は、多大なるものがある。この原告らの精神的苦痛を慰謝するためには、被告国に対し、原告一人につき金一〇〇万円の慰謝料の支払いを命じるのが相当である。
第六 精神的慰謝料の基礎をなす歴史的経緯と事情
一 復帰前の米軍による土地強奪の歴史
1 沖縄における広大な米軍基地は、その大半が米軍の沖縄占領後に米軍の一方的な軍事力によって接収されたものである。一九四五年四月に沖縄本島に上陸した米軍は、直ちに住民を難民収容所に収容し、戦闘が終わった後も住民の収容を継続し、その間に基地として必要な土地を好きなだけ囲い込み、基地を建設した。本件各土地は、いずれもこの時期に基地となったものである。
しかし、右接収は、戦争が事実上終了した後に行われたものであり、いわゆる「ヘーグ陸戦法規」に違反し国際法上も違法なものであった。
2 一九五一年九月八日、対日平和条約が締結され、沖縄は日本から切り離され米国の施政権下に置かれることになった。この時点では、どのような面から見ても米軍が基地を使用する法的根拠は存しなかった。
そこで米国民政府は、一九五二年一一月、布令第九一号「契約権」を公布し、行政主席に対し土地賃貸借契約を締結する権限を付与し、行政主席が地主と賃貸借契約を蹄結すると自動的に転貸される仕組みをつくった。しかし、行政主席が右権限に基づき契約したのは僅か二パーセント程度であり、同布令に基づく軍用地使用権の取得は失敗した。本件各土地は、この時点でも契約はされていない。
3 次に、米国民政府は布令第一〇九号「土地収用令」を公布し、収用告知後三〇日経過することにより「土地に関する権利」を米国が取得する仕組みを作り出した。この手続きにより収用された軍用地が幾つも存するが、同手続きは新規接収土地について適用され、すでに基地となっていた土地については適用されなかった(本件各土地については、右手続きが適用されてない)。
4 米国民政府は、一九五三年一二月布告第二六号「軍用地内における不動産の使用に対する補償」を公布した。同布告の内容は、一九五〇年七月一日から米国と地主との間に「黙契」が成立し、それにより米国は軍用地について借地権を取得したというものであった。
米軍は、右布告により、初めて本件土地について「借地権」という法的装いを整えることとなった。
しかし、地主が何ら土地賃貸借に同意していないにも拘わらず、一方的に「賃貸借」を擬制するのは違法であり、「契約」に名を借りた手続きなしの一方的強制収用であった。これが近代社会では許されない暴挙であり、法的に無効なものであることは多言を要しないものである。
5 米国民政府は、一九五七年四月布令第一六四号「限定付土地保有権」を公布し、「限定付土地保有権」なる権利を新たに設定して、収用宣告をなすことにより同権利を取得するとして、収用土地について「地価相当額」の質料の一括払いを実施した。
しかし、これも新たに接収する土地について収用宣告手続きがなされただけで、すでに基地として使用されていた土地については発動されなかった。
6 米国民政府は、一九五九年二月布令第二〇号を公布して、従前の布令第九一号、第一〇九号、第一六四号を整理し、住民に不評であった「限定付土地保有権」を「不定期賃借権」と補正したが、その余は基本的に変更がなかった。
7 以上が、復帰前の軍用地についての法的装いの経緯である。右経緯から概観しうるように米軍の土地使用には、全く法的根拠が存しなかったものである。
二 復帰後の日本政府による土地の強制使用
1 国は、沖縄の日本復帰に際しては、違法に使用されてきた軍用地を地主に返還すべきであった。しかし、復帰後も米軍基地を継続して存続させるために、「沖縄における公用地等の暫定使用に関する法律」(公用地法)を制定して、五年間の暫定使用権を国に付与した。この法律は、復帰に際しての経過措置という名目で、長年にわたる米軍の違法な土地使用で苦しめられてきた地主に土地を返還しなかった点で、また地主に対して権利保護のための適正な手続保障を用意しなかった点で幾つもの憲法的問題を持つものであり、とうてい法的正当性を有するものではなかった。
2 右公用地法の五年の使用期間が到来すると、今度は国は、軍用地内の地籍明確化のためと称して使用期間をさらに五年間延長した。しかし、これは公用地法の「暫定的使用」という限定を大幅に破るものであり、公用地法の違法性をさらに大きくするものに過ぎなかった。国の延長の真意は、米軍用地特措法を適用するために地籍を明確化する必要があったことから、暫定的使用権を延長したものであり、延長の法的根拠を有するものではなかった。
3 右延長期間が満了したことから、国は反戦地主に対して米軍用地特措法を発動して今日まで二回強制使用(一回目は五年、二回目は一〇年)を繰り返してきたものである。本件は右二回目の強制使用期間が満了したことに伴い、「改正」法を発動したものである。
三 司法判断を回避する巧妙な土地取得の仕組み
1 右土地使用の経緯をみて明らかなように、「公用地法」においては復帰に際する経過措置としての「暫定使用」という理由で、五年間の強制使用を正当化し、さらに地籍明確化作業が行われるまで強制使用期間を延長する必要があるとしてさらに五年間「公用地法」に基づく使用期間が延長され、同期間が満了すると、今度は米軍用地特措法に基づき五年間の使用が行われ、同使用期間が満了すると、さらに一〇年間の強制使用が行われている。本件は、この最後の一〇年間の強制使用が満了したにも拘わらず、立法権を濫用して「改正」法を制定して原告らの基本的人権を侵害したものである。
2 右各強制使用は、いずれも従前の使用権とは別個の「新しい権利の発生・取得」(権利の原始取得)として法的構成がなされて、「新しい正当化理由」として説明され、登場してきた。しかし、いかなる法的擬制・説明を用いようと、被告国よる強制使用が土地の「継続的使用」であることは明らかである。
従って、前の強制使用手続きが違法無効であれば、その後の強制使用手続きもその瑕疵を引き継ぎ、当然に違法無効となるペきものである。
しかし、強制使用の根拠とされる法律が、前記のとおり「新しい権利の発生・取得」(権利の原始取得)という法的構成をとるが故に、地主が強制使用の根拠となった法律・裁決の違法無効性を司法の場で問うことが実質的に阻害されてきた。地主が強制使用の違法無効性を問うために訴訟を提起しても、裁判所の判決を得る前に使用期間が満了し、新たな強制使用が開始されるため、地主は訴訟を取り下げ新たな訴訟を提起して「新たな強制使用」を再び争うということを繰り返さざるを得なかった。
これは、実質的には、法律が強制使用権を「新しい権利の発生・取得」(原始取得)と構成したことにより、地主の裁判を受ける権利を空洞化し、無力化させるものであり、それ自体違法性を帯びるものである。
被告国は、右の内容を持つ法律を巧みに利用しながら、反戦地主の土地を強制使用し続けてきているものであり、復帰前から今日まで四〇年の長きに及んで自己の土地を強制使用され続けている反戦地主の精神的苦痛は、計り知れないものがある。
四 「反戦地主」の良心と原点
1 反戦地主が、かくも長期にわたって土地を基地として使用することを拒否しているのは、一つは我々県民が体験した悲惨な沖縄戦の中から得た信念、とりわけ軍隊は最終的には住民を守るものではなく国という「体制」を守るものであり、軍事力では真の平和は実現しえないという信念によるものであり、もう一つは復帰前の米軍施政下で体験した米軍・基地被害の体験、すなわち「平和を守るための軍隊」が日常的に地域住民の命と暮らしを侵害し地域経済の自主的発展を阻害するものであり、基地はもういらないという生活体験と、米軍基地が他国の人民を殺戮しその生活を破壊する出撃基地として機能することを目撃してきたことから生まれる「アジアの同胞を殺戮する加害者にはなりたくない」という人間としての反省に基づくものである。
2 原告らは、平和を希求する人間の一人として、土地を生命を育む自然の一部として大切にし、土地を人間が生活し幸せを作りだすための大切な生活基盤、生産資財として使用することこそが最も大切なことだと考えている。
3 右にみた原告らの思想・信条は、日本国憲法の精神に最も添うものであり、極めて自然なものである。原告らは、この当たり前の思想・信条に基づいて米軍基地への土地提供を拒否しているものであり、その行為は基本的人権として法的に保護されるべきものである。
第七 結び
よって、原告らは、米軍用地特措法「改正」法の違憲無効判断を求めて、本訴を提起し、被告国に対して請求の趣旨記載のとおりの損害賠償請求をする。
添 付 書 類
一 訴訟委任状 七通
一九九八年一〇月 日
原告ら訴訟代理人
弁護士 阿波根 昌 秀
同 仲 山 忠 克
同 加 藤 裕
同 伊志嶺 善 三
同 西 太 郎
同 新 垣 勉
同 松 永 和 宏
同 池宮城 紀 夫
同 島 袋 勝 也
同 三 宅 俊 司
同 金 城 睦
同 芳 澤 弘 明
同 前 田 武 行
同 神 田 高
同 河 内 謙 策
同 松 島 曉
同 内 藤 功
同 吉 田 健 一
同 鷲 見 賢一郎
同 瀬 野 俊 之
同 大久保 覧 一
同 三 田 恵美子
同 西 晃
同 長 野 真一郎
同 河 野 豊
同 梅 田 章 二
同 太 田 隆 徳
同 篠 原 俊 一
同 臼 田 和 雄
同 諫 山 博
同 中 村 博 則那覇地方裁判所 御中
代理人目録 略
物件目録及び損害金目録 略