航空槻騷音による健康影響に関する調査

中間報告要旨

平成8年12月4日

沖縄県環境保健部

 騒音によって聴力損失をはじめとする種々の健康影響が発現することは、一般に認められているところである。嘉手納基地の周辺は、日夜激甚な航空機騒音の曝露があるので、住民に健康影響が及んでいる恐れが懸念される。実際、1992年に北谷町が実施した自覚的健康感に開する調査の報害書においても、航空機騒音が住民の健康に影響を及ぼしている可能性が指摘されている。

 このような状況に鑑み、沖縄県は、米軍基地周辺の航空機騒音の健康影響調査を(財)沖縄県公衆衛生協会に委託し、京都大学名誉教授山本剛夫氏を会長とする「航空機騒音健康影響調査研究委員会」で平成7年度から嘉手納基地および普天間基地周辺を対象に航空機騒音の健康影響について調査研究してきた。

 この事業は3ケ年計画で実施しているところであるが、この種の調査結果は逐次公表するのが一般的であるので、最終報告を待たずに一部を中間報告することにした。ただし、普天間基地周辺の調査は継続中であり、未だ解析が終了していないので、今回は嘉手納基地周辺で得られた結果のうち、一応の解析がなされたものに限定して公表することとした。

○曝露量

 嘉手納・普天間両基地周辺において航空機騒音の曝露が甚大であることは、論を待たない。実際、防衛施設庁においても、両基地周辺の整備事業に関連して騒音曝露量を測定している。それによると嘉手納基地周辺においては、航空機騷音の曝露量の尺度であるWECPNLの値で75〜80、80〜85、85〜90、90〜95、95以上の5段階の地域指定がなされている。

 一方、沖縄県ならびに基地周辺市町村は、独自に環境庁が定める方法により航空機騒音の曝露量を測定しているが、その潮定値が防街施設庁の指定値に比べて低い値となっており、その解釈についての議論も一部でなされている。この点の解明が望まれるところである。

 また、ベトナム戦争が激しかった頃の曝露は、現在よりはるかに激甚であったとの指摘もある。騒音の慢性的影響は、現在の曝露を把握しただけでは必ずしも十分ではないので、当時の曝露実態を量的に把握することも求められる。本節では、このような間題点を検討した。

 

 航空機騒音の曝露量を示す尺度であるWECPNLは、航空機騒音のピークレベルと発生回数によって算出するが、民間空港を対象とする場合と車事空港を対象とする場合とでは、機数の日変動、機種、飛行形態といった飛行態様に大きな隔たりがあるので、防衛施設庁は、環境庁が定める計算方法とは若干異なる計算方法を定めている。

 両者の違いの大きな点は、防衛施設庁方式では、標準飛行回数として、年間90パーセンタイル値を用いることになっており、環境庁方式では、それを平均値としているところにある。市販されている航空機騒音の自動測定装置は、環境庁方式に則っているので、それにより基地の周辺の曝露量を測定すると防衛施設庁方式の値とは異なる結果となる。

 両者の方法によってどの程度WECPNLに違いが出るかを本土の基地周辺のデータも含めて検証した。その結果、環境庁の方法で算出するより防衛施設庁の方法で計算したほうが、WECPNLが3ないし5高い値となることが知られた。

 エンジン調整音のような継続時間の長い騒音の場合、防衛施設庁方式で計算すると継続時間補正を施すこととなる。嘉手納・普天閣基地周辺の測定データのうち、継続時間が長い騒音が主となる測定点においては、防衛施設庁方式によればWECPNLがさらに5程度高くなる場合があった。

 ジェット機の着陸音に対して防衛施設庁方式では2dBの捕正を行うため、さらに差が生じる。

 以上のような検討を行って、防衛施設庁が1978年から83年にかけて指定したWECPNLのコンター(等高線)と防衛施設庁方式で計算したWECPNLを比較すると、滑走路延長上では、現在の騷音曝露量は、コンターの範囲内か指定された値に近い値となっており、曝露実体が防衛施設庁の指定値に比べて著しく低い値となっているわけではないことが明かとなった。

 航空機騒音の曝露の現状を把握するには、航空機の騒音レベルを自動的に測定する計器を設置して常時観測する、いわゆる固定局で得られるデータが必要である。しかし、固定局を多数設置することは、財政上の制約があるので、測定器を一定期間設置したのち移動する、いわゆる移動局を設けて短期間の測定データを得ることが不可避である。

 移動局の測定データからは、当核地点の年間WECPNLを求めることはできないが、環境庁は移動局の設置個所に近い固定局の測定値を援用して、移動局の年間WECPNLを椎定する方法を次のように指示している。

 すなわち移動局とそこに近い固定局の測定データ〈2週間程度)を比較し、両者の差を移動局と固定局の年間WECPNLの差とみなして、移動局の年間WECPNLを求めるものとされている。しかし嘉手納基地周辺で得られたデータに関する限りでは、環境庁方式で移動局のWECPNLをもとめるより、移動局のデータを少なくとも2週間分用いて計算したWECPNLを年間WECPNLとする方が、より年間値に近いことが明らかになった。これは同空港周辺では、航空機の飛行態様が極めて多様であるので、固定局がよはど近くない限り移動局の測定値と固定局の側定値が平行移動的に増減しないためである、と考えられる。ベトナム戦争当時の曝露量を推定するため、1968年の測定記録を用いてWECPNLを計算したところ、嘉手納村(当時)消防庁舎におけるWECPNLは99ないし108であったと推定される。また同じく72年に防衛施設庁が行った測定の記録によれば、嘉手納町屋良および北谷町砂辺におけるWECPNLは105程度と推定される。

 このデータから平均化時間24時間の等価騒音レペル(LAeq)を計算すると、約85d Bとなる。職場騒音の許容基華は8時間曝露で85dBであるから、24時間曝露て85dBというのは、それより厳しい曝露条件となっている。職場騒音の許容基準は、それ以下の騒音曝露によっては平均的聴力損失が一定程度に抑えられる、と期待して定められている。85dBの騷音に1日8時間曝露されて10年以上経過した場合でも、平均的聴力損失は4 kHzのテスト周波数で20dB以下に留められる。

 逆にいえば、当該曝露量によってこの程度の聴力損失が生じ得ることを意味する。よって、過去の曝露が24時間を平均化時間とする等価騒音レベル85dBであったという事実から、周辺住民に聴力損失がもたらされた恐れが懸念される。

○聴力影響

 過去の騒音曝露の記録から、聴力損矢を起こしうる程度の激甚曝露であったことが明らかになった。本節では、嘉手納基地周辺の住民に聴力損失が生じているかどうかを検討する。

 騒音曝露による聴力損失いわゆる騒音性難聴は、一過性の聴力損失と回復とを繰り返し、当初は検出不可能なごく微量の永久性聴力損失が積み重なって検出可能な永久性の聴力損失になると考えられる。騒音曝露の態様がわかれば、一過性の平均的聴力損失を計算することができるので、ひいては過去の制定データから永久性の平均的聴力損失をある程度推定することは可能である。

 ベトナム戦争が激しかった頃、嘉手納町と北谷町で測定されたデータが曝露量として利用司能なので、これを用いて当峙の曝露による平均的聴力損失を計算した。当時のデータは、エンジン調整音が主である。

 計算結果によれば、起こりうる聴力損失は、嘉手納町消防庁舎において20dBを越えている。これは曝露された集団の平均であり、受傷性の高い一部の個人においては、さらに大きな聴力損失となる可能性がある。

 以上の推定結果を踏まえて、北谷町砂辺区における聴力検診を実施した。ここは区域の大部分がWECPNL90以上の騒音激甚地区に該当する。聴力検査を受診したものは110名である。そのうち、騒音性難聴の可能性が疑われる21名を2次検診の対象として選定し、県立中部病院耳鼻咽喉科で精密検査を行った。

 難聴には、種々のタィプが考えられる。大別して、外耳道・鼓膜から中耳に障害があって生じる難聴を伝音性難聴、内耳に障害があって生じる難聴を内耳性難聴、蝸牛神経ならびに中枢神経に障害があって生じる難聴を後迷路性難聴という。内耳性難聴と後迷路性難聴をあわせて感覚神経性難聴という。騒音性難聴は主として内耳性の難聴である。

 1次検診で選別したものに対する精密検査では、難聴の部位が内耳にあることを確認する。まず外耳と内耳における所見の有無をチェックした。これは、鼓膜視診による所見がなく、ティンパノグラムがA型で、かつ純音聴力検査で気導聴力損失のみならずほぼ同程皮の骨導聴力損矢が認められる、ということである。

 これにより伝音声の障害が否定される。次に後迷路神経性の障書でないことをチェックするために、SIS1検査を行い、リクルートメント現象が陽性であることを確認した。これにより後迷路性ではなく内耳性の感音性の障害であると推定される。被験者のオージオグラムを検討すると、高周波域にdip(谷)或いはdipから更に進行したと考えられる聴力損失が認められた。

 以上の検査結果から、中等度以上の聴力の低下が認められ、それが騒音性であることが強く疑われる者が8名見出せた。しかしそれだけでは、ただちに聴力損失の原因が航空機騒音であるとは特定できない。そのため問診によって聴力低下の原因となるような既住歴や職業性の騒音曝露歴のないことを硫認した。

 騒音曝露による聴力低下は、長年の曝露が蓄積されて起こるものであるから、地理的状況に鑑みて、これら8名の聴力損失は、過去から現在に至る、あるいは過去の一定の期間における、嘉手納基地を利用する航空機の激甚な騒音曝露が原因であった、と考えられる。

○幼児の要観察行動

 幼児における心身の発達は、自然環境や社会環境などと密接に関連している。幼児達の心体を健全に発育させ、情緒を安定させ、自発的活動を促すような望ましい環境のもとで生活習償や人格形成の基礎が養われていくのである。したがって、発達を停滞させる要因があれば、幼児達は心身両面でその影響を受けることになり、その結果、親または保育者としてそのまま見過ごせないような、あるいは特別な配慮が必要となるような要観察行動を示すことで、その環境の改善を訴えるのである。

 幼児はさまざまな要観察行動を示すが、日常的に航空椴騒音に曝露される環境におかれている幼児達にはその要観察行動が効率に認められる、と報告されている。本節では、嘉手納基地周辺において同様な傾向が認められるか否かを検討した。

 調査地区は、嘉手納町、北谷町、読谷村、沖縄市、具志川市で、それらの地区にある保育園・幼稚園を対象に調査した。回答者は、園児の父母と保育者・教諭である。また騒音非曝露群として、島尻群の佐敷町、南風原町、大里村でも同様に調査した。有効回答の園児数は、曝露群が933名、非曝露群が311名である。

 この調査で検出される要観蔡行動は、次の5種類に分類されている。(1)生物的機能関係、(2)社会的基準関係、(3)身体体質的関係、〈4)運動習癖開係、く5)性格関係である。

 これら要観察行動の保有散を群間で比較すると、社会的基準関係を除いて、曝露群と非曄露群とで保有数の平均値に差が認められた。全要観察行動、生物的機能関係、社会的基準関係、身体体質的関係、運動習慣関係、性格関係それぞれの要観察行動保有数と騒音への反応に影響を与える可能性のある要因として、<性別>、く年齢>、<家族構成人数>、<出生順位>、く同居する親の数>、く出生時母親年齢>、<曝露量>を取り出し、重回帰分折を行った。

 その結果、く全要観察行動>、<身体体質的関係>、<性格関係>、<騷音への反応>に対して<曝露量>が有意に影響を与えていることが認められた。航空機騒音でびっくりしたり、泣き出したり、遊びを中断するなどの反応は年齢が低く、同居する親の数が少なく、曝露量が多いほど増加する傾同が認められた。

 また、要観察行動平均保有値を各群間で多重比較してみると、全要観察行動、身体体質的関係、性格関係において非曝露群とWECPNL75、80、85以上のいずれの群との間においても有意差が認められた。

 航空機騒音曝露と有意な関連を有する24の質問項目を選定し、因子分析によって7因子を抽出した。それらは(1)感冒症状因子、(2)情緒不安定因子、(3)不満・不安因子、(4)頭席・腹痛因子、(5〉消極的傾向因子、(6)食事課題固子、(7)排尿課題因子と命名された。各因子に属する質問項目に関する要観察行動保有数を尺度得点として、年齢階層、曝露量別に非曝露群との間で平均値の差を検定した結果、排尿課題園子を除く全ての因子で有意差が認められた。

 7因子の尺度得点に影響を与える司能性のある要因として、<性別>、<年齢>、<出生順位>、<同居する親の致>、<出生時母親年齢>、<騒音への反応>、<曝露量>を独立変数とし、<感冒症状>、<情緒不安定>、<不満・不安>、<頭痛・腹痛>、<消極的傾向>、<食事課題>、<排尿課題>を従属変数として重回帰分析を行った。

 その結果、独立変数<騒音への反応>は、<感冒症状>、<不満・不安>、<頭痛・腹痛>、<消極的傾同>、<食事課題>といった従属変数に有意に影響を与えていることが知られた。また、独立変数<曝露量>は、<感冒症状>、<情緒不安定>、<頭痛、腹痛>、<消極的傾向>といった従属変数に対して有意に影響を与えていることが認められた。

 また、7因子の平均尺度得点を各群間で多重比較してみると、排尿課題因子を除く各因子について曝露群と非曝露群との間に有意差が認められた。特に、<感冒症状>、<情緒不安定>、<消極的傾向>の3因子では、WECPNL75以上の各群と非曝露群との間に有意差が認められた。

 以上要するに、幼児は航空機騒音に畷露されることで、身体的・精神的に要観察行動を起こしていることが明らかにされた。端的に言えば、航空機騒音に曝露されている幼児は、風邪を引きやすくて、落ち着きがなく、気が散りやすく、ぐずぐずしがちで、友達づくりに手間取る傾同がある、と解される。

○低出生体重児

 航空機騒音の妊娠に与える影響に関し、これまで行われている動物実験や疫学調査では、騒音曝露により出生体重の減少などいくつか妊娠への影響を示唆する報告がなされている。よって嘉手納基地周辺市町村においても低出生体重児出生など妊娠に与える影響が懸念される。

 ここでは過去20年間の沖縄県の出生票のデータを基に低出生体重児出生率とその地理的条件を検討することにより、嘉手納基地周辺における低出生体重児出生の集積性を検討した。

 用いた資料は1974年から1993年までの20年間の沖縄本島内の市町村の人口動態調査出生票356,549件である。低出生体重児とは、2500g未満の者をいうが、2000g未満の新生児についても同様にして解析した。

 解析に際しては、「母親の年齢」「単胎か多胎か」「児の性別」「嫡出子か否か」などの児の体重に関連するような要因が、結果に影響を与えないよう配慮した。

 その結果、低出生体重児出生率は、2500g未満も2000g未満もともに嘉手納町は他の市町村(北谷町、沖縄市、宜野湾市、具志川市、石川市、読谷村、北中城村、その他の本島内の市町村)より高率で、その差は統計的に有意であった。嘉手納町において低出生体重児出生率が高い理由は、基地の存在そのものかもしれないから、この点をチェックするため、航空機騷音の影響が少なくかつ広大な米軍基地を抱える沖縄県北部の6市町村(国顕村、東村、名護市、宜野座村、恩納村、金武町)と嘉手納町との比較を行った結果、低出生体重児出生率に有意差が認められた。

 まり、航空機騒音激甚地区である嘉手納町は、航空機騒音の影響が少ない市町村および米軍基地を抱えながら航空機騒音の影響が少ない北部演習場周辺の市町村と比較して、低出生体重児出生率が有意に高い。嘉手納町において母体や胎児に影響を与える何らかの要因があったと考えられる。地理的状況からみて、基地の航空機騒音がその一要因であることが疑われる。

 しかし、嘉手納町以外の嘉手納基地周辺市町村では、航空機騒音の影響が少ない市町村と比較して、低出生体重児出生率に有意差は認められなかった。また、航空機騒音の曝露量と低出生体重児出生率に関する量一反応関係は、明かには認められたかった。

 これは各行政区内においても航空機騒音曝露量が均一ではなく(例えば、北谷町ではWECPNLが75から95までばらついている。)、量一反応関係を検証しうるデータの形式となっていないことがひとつの要因である、と考えられる。


 出典:沖縄県環境保健部


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