沖縄県収用委員会 公開審理 (2001年)


平成12年(権)第3号
平成12年(明)第3号
裁決書(楚辺通信所)

起業者 那覇市久米1丁目5番16号
 那覇防衛施設局長 山崎信之郎

土地所有者 中頭郡読谷村字波平174番地 知花昌一

 平成12年9月6日付けで起業者から権利取得裁決申請及び明渡裁決の申立てがあった日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊の用に供する土地の使用に係る土地使用裁決申請事件について、次のとおり裁決する。
 なお、この裁決に不服がある場合は、裁決書の正本の送達を受けた日の翌日から起算して30日以内に内閣総理大臣に対し審査請求をすることができる。ただし、損失の補償についての不服をこの裁決についての不服の理由とすることはできない。

主文

1 使用し、明け渡すべき土地の区域
 使用し、明け渡すべき土地の区域は下表のとおりとする。
 中頭郡読谷村字波平前原567 宅地 地積(平方メートル)236.7(登記簿)、236.7(実測)、236.7(使用し、明渡すべき土地の面積)

2 土地の使用方法
 日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊が使用する楚辺通信所のアンテナ敷地として使用する。

3 土地の使用期間
 権利を取得する時期から平成17年5月31日まで

4 損失補償
 別表第1記載のとおりとする。
 ただし、本件裁決申請対象土地の関係人株式会社沖縄海邦銀行に対する補償については、個別に見積ることが困難であると認められるので、土地所有者に対する補償に含めるものとする。

5 権利取得の時期
 平成13年8月13日

6 明渡しの期限
 平成13年8月13日

7 鑑定料
 鑑定人に対する鑑定料は、起業者の負担とする。

事実

第1 起業者申立ての要旨
 起業者が裁決申請書及び明渡裁決申立書並びに意見書及び審理において申立てた要旨は、次のとおりである。

 1 申請理由
 日米安全保障体制は、我が国を含むアジア・太平洋地域の平和と安定にとって不可欠な枠組みとして機能しており、また、我が国への駐留軍(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約に基づき日本国に駐留するアメリカ合衆国の軍隊をいう。以下同じ。)の駐留は、我が国の安全並に極東における平和及び安全の維持に今後とも寄与するものである。
 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(昭和35年条約第6号。以下「日米安全保障条約」という。)の目的達成のため、駐留する駐留軍の存在は、日米安全保障体制の中核をなすものであり駐留軍に施設及び区域を円滑かつ安定的に提供することは、我が国の義務である。
 楚辺通信所は、平成8年12月に取りまとめられた沖縄に関する委員会(SACO)最終報告において、アンテナ敷地及び関連支援施設キャンプ・ハンセンに移設された後に、平成12年度末までを目途に返還することとされていた。このことから、楚辺通信所については、移設実現のための努力を続けてきたところであるが、米軍等関係機関と具体的な移設場所及び工事の内容等の調整に予想以上の日時を要し、その結果、平成13年3月31日までの返還は困難となっており、返還までの間は引き続き本施設を通信施設として存続させる必要がある。
 駐留軍に施設及び区域として提供する必要がある民公有地については、土地所有者との賃貸借契約の合意により使用権原を取得することが基本との考え方の下、常々、土地所有者との合意に努めているが、合意が得られない場合は、条約上の義務を履行するため、やむを得ず、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法(昭和27年法律第140号。以下「駐留軍用地特措法」という。)に基づき、使用権原を取得している。
 本件裁決申請対象土地については、平成13年3月31日までを使用期間とする使用の裁決の申請を行い、沖縄県収用委員会から使用の裁決を得て使用している。しかしながら、本件裁決申請対象土地は、平成13年4月1日以降も同施設の移設等の工事が完了し、土地所有者等への返還が可能となるまでの期間、引き続き同施設の用地として使用する必要があるため、土地所有者に対し、賃貸借契約による使用を依頼したが、土地所有者との合意を得ることができなかったことから、駐留軍用地特措法第4条の規定に基づき、平成12年4月14日に使用権原を取得するための手続きを開始し、同年6月27日内閣総理大臣の使用の認定を得て、同年9月6日楚辺通信所に係る一部未契約土地1筆、236.37平方メートルについての使用の裁決の申請を行ったものである。

 2 裁決の申請に至るまでの手続きの経緯

 (1)意見照会及び使用の認定
 起業者は、本件土地の使用期間満了後の使用について、土地所有者との賃貸借契約の合意が得られなかったことから、平成12年4月14日、土地所有者及び関係人に対し、駐留軍用地特措法第4条の規定に基づき、意見照会を行った上、同年5月19日、防衛施設庁長官及び防衛庁長官を通じ、内閣総理大臣に本件土地の使用認定申請書を提出し、同年6月27日、内閣総理大臣は、同法第5条の規定に基づき、同申請に係る土地の使用の認定を行った。

 (2)土地調書及び物件調書の作成
 起業者は、内閣総理大臣の使用の認定後、土地収用法第36条第2項の規定に基づき、土地調書及び物件調書の作成のため、平成12年7月10日、土地所有者及び関係人に対し、文書により同年7月29日(土)及び同月30日(日)、喜名公民館において立会い及び署名押印を求めたが、土地所有者及び関係人は、立会い及び署名押印に応じなかった。
 このことから、起業者は、同年8月1日、土地収用法第36条第4項の規定に基づき、内閣総理大臣に立会い及び署名押印することを求め、同月8日、 内閣総理大臣は、立会い及び署名押印する職員を指名し、同月16日、同職員が土地調書及び物件調書に署名押印し、同調書を完成させた。
 なお、土地調書に添付した実測平面図については、平成11年12月、測量専門業者に発注し、いわゆる地籍調査作業により現地において調査測量した成果に基づき、平成12年2月に作成した。

 3 使用の必要性

 日米安全保障体制は、我が国を含むアジア・太平洋地域の平和と安定にとって不可欠な枠組みとして機能しており、また、我が国への駐留軍の駐留は、我が国の安全並びに極東における平和及び安全の維持に今後とも寄与するものである。
 平成8年4月に発表された「日米安全保障共同宣言」では、アジア・太平洋地域においては依然として不安定性及び不確実性が存在するとの情勢認識の下で、日米安全保障条約を基盤とする両国間の安全保障面の関係が、21世紀に向けて、この地域において安定的で繁栄した情勢を維持するための基礎であり続けることを再確認した上で、日本の防衛のための最も効果的な枠組みは、自衛隊の適切な防衛能力と日米安全保障体制の組み合わせに基づいた日米両国間の緊密な防衛協力であり、日米安全保障条約に基づいた米国の抑止力は引き続き日本の安全保障のよりどころであること、日本が日米安全保障条約に基づく施設及び区域の提供等を通じ、適切な寄与を継続すること等について改めて確認していることからも、駐留軍の駐留は、今後相当長期にわたるものと考えられる。
 本件裁決申請対象土地は、楚辺通信所の施設運営上、施設全体と有機的に一体として機能し、必要欠くべからざるものであり、同通信所のアンテナ施設及び関連支援施設の移設等の工事が完了し、土地所有者への返還が可能となるまでの期間、引き続き駐留軍に提供していく必要があることを考慮し、使用期間については、平成13年4月1日から4年2か月間とした。

 4 土地の特定

 楚辺通信所に係る本件裁決申請対象土地は、沖縄県の区域内における位置境界不明地域内の各筆の土地の位置境界の明確化等に関する特別措置法(昭和52年法律第40号。以下「地籍明確化法」という。)による手続きを完了しており、現地に即して特定できる。

 5 使用しようとする土地及び明渡しを求める土地の区域並びに土地所有者及び関係人の氏名

 別表第2記載のとおり

 6 土地の使用方法及び使用期間

 (1)使用方法
 日本国に駐留するアメリカ合衆国軍隊が使用する楚辺通信所のアンテナ敷地として使用する。

 (2)使用期間
 平成13年4月1日から平成17年5月31日まで

 7 損失補償の見積額

 不動産鑑定士に平成12年6月27日の使用認定時の土地の正常賃料の鑑定評価を依頼し、その評価額を地代単価とした。また、複利年金現価率を求めるための年利率は、民事法定利率の年5パーセントを採用した。
 なお、損失補償の見積額は、別表第3記載のとおりである。

 8 権利取得の時期及び明渡しの期限

 (1)権利取得の時期 平成13年4月1日
 (2)明渡しの期限 平成13年4月1日第2 土地所有者及び関係人の主張の要旨

 1 日米安全保障条約、日米地位協定(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(昭和35年条約第7号)をいう。以下同じ。)及び駐留軍用地特措法の違憲性並びに使用認定の違法性について

 (1)収用委員会は、使用認定に明白かつ重大な瑕疵が存するか否かについて審査権限を有している。

 (2)米軍の駐留は、憲法第9条の禁止する陸海空軍その他の戦力の保持に当たる。したがって、米軍の駐留を許した日米安全保障条約及び日米地位協定は、憲法に違反し、その実施を目的とする駐留軍用地特措法も憲法に違反する。よって、米軍に供するための本件土地の使用認定は、憲法の前文及び第9条に違反する。

 (3)憲法第29条は、土地所有権等の不可侵性を保障し、正当な補償のもとに、公共のために用いる場合にのみ、その権利の制限を許している。米軍のために土地等の財産を強制使用することは、「公共のために用いる」場合に当たらない。したがって、米軍の用に土地を提供することを目的とする駐留軍用地特措法は、憲法第29条第1項及び第3項に違反した無効なものであり、その法律に基づく本件土地の使用認定は違憲である。

 (4)駐留軍用地特措法は、権利保護の手続きが不十分であり、適正手続を保障した憲法第31条に違反する。とりわけ、平成9年4月23日に改訂され、かつ、その後地方分権推進法(地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律(平成11年法律第87号))をもって再改訂されたいわゆる「改訂特措法」は、収用委員会の裁決を経ることなく内閣総理大臣の使用認定、裁決申請、担保提供等により、地権者に事前の告知・聴聞の機会を与えることなく強制使用することを容認する一方、その適法性を争う手段を欠くなど、現在の強制収用法制の枠組みをはるかに超えており、その違憲性は明白である。

 (5)駐留軍用地特措法第3条は、「駐留軍の用に供するため土地等を必要とする場合において、その土地等を駐留軍の用に供することが、適正且つ合理的であるときは、この法律の定めるところにより、これを使用し、又は収用することができる」と定め、駐留軍用地特措法による収用のためには、「駐留軍の用に供するための土地等を必要とする場合」のほかに、「当該土地を米軍用地として供することが適正且つ合理的」な場合でなければならないと明記している。すなわち、駐留軍用地特措法による土地の使用認定は、「駐留軍の用に供するため土地等を必要とする」との要件と、「当該土地を米軍用地として供することが適正且つ合理的であるとき」との要件が必要とされている。
 したがって、ここでいう「適正且つ合理的」という要件が単なる「基地の必要性」「日米安全保障条約に基づく基地提供義務」と同義語でないことは明らかである。
 本件使用認定は、日米安全保障条約上「基地の必要性」があり、「基地提供義務」があるから、即「適正且つ合理的」の要件が備わっているとの立場でなされたものであるが、これは前述のとおり憲法第29条及び第31条に違反するだけに止まらず、駐留軍用地特措法が定める「適正且つ合理的」でなければならないとの要件をも欠く違法なものである。

 (6)本件裁決申請対象土地を含む沖縄県の軍用地は、米軍統治下において武力等によって接収され、復帰後は、公用地暫定使用法(沖縄における公用地等の暫定使用に関する法律(昭和46年法律第132号))、地籍明確化法及び駐留軍用地特措法により、強制使用が継続されている。
 本件裁決申請対象土地は、再び土地を強制的に使用し続けようとするものであり、本件裁決申請対象土地についての使用認定は、憲法第29条第3項に違反し、かつ、駐留軍用地特措法の「適正且つ合理的」でなければならないとの要件に反し、その点に重大かつ明白な瑕疵がある。
 本件裁決申請対象土地は、米海軍安全保障グループ(NSGA)の管理する「楚辺通信所」の施設用地の一部として、航空機、船舶及びその他の軍事通信の傍受施設として使用され、通信の傍受、コンピューター分析を任務としていたが、沖縄に関する日米特別行動委員会(SACO)で、平成12年度を目途に返還する合意がなされた。これに伴い、平成9年4月23日付けの米海軍省、海軍作戦本部長名で、同施設における通信保全群活動を廃止する旨の決定がなされ、少なくとも同年9月10日、同施設において右安全保障グループの解任式が行われている。右解任式以降は、同施設は米民間会社に運営が委託され、施設本来の任務を殆ど果たしていない。

 (7)起業者は、本件裁決申請対象土地に存するいわゆる象のオリは、国防通信沖縄分遣隊が使用している旨釈明している。
 国防通信沖縄分遣隊は、米国防省の直轄部隊であると起業者より説明がある。しかし、日米安全保障条約によれば、日本国において施設及び区域を使用することを認められたアメリカ合衆国の軍隊は、陸軍、空軍及び海軍のみであって、海兵隊はこの限りではない。仮に海兵隊を容認するとしても、右4軍以外については、日米安全保障条約の許容するところではない。

 (8)以上のことから、本件裁決申請は、その前提となる使用認定処分が憲法に違反し、かつ、「必要性」、「適正且つ合理的」でなければならないとの要件を欠く違法なものであり、また、その手続きにおいても違法であるから、直ちに却下されるべきである。

 2 土地調書及び物件調書の瑕疵について

 (1)本件物件調書は、土地収用法第37条所定の土地所有者等の立会いがなく、その署名押印なき無効な調書である。また、内閣総理大臣の代理署名押印にも瑕疵がある。
 (2)本件裁決申請書添付の土地調書及び物件調書、同調書添付の各図面は、本件使用認定の告示前に作成されたものであり、告示後における土地調書及び物件調書の作成を義務付けた土地収用法第36条、同第37条に違反する違法な調書及び図面である。また、添付図面には作成日付けの記入のないものもある。

 3 本件裁決申請対象土地の位置境界、面積形状等の不正確性について
 右調書及び図面の記載内容は、現状及び土地の位置境界、面積形状等が真実の権利関係を反映しない不正確なものである。

 4 損失補償について

 中間利息の控除は、経済の実情に即した中間利息控除率を設定すべきである。

 5 使用期間について

 平成10年5月19日の裁決において、本件裁決申請対象土地の使用期間は、平成10年9月3日から平成13年3月31日までとしている。これは起業者自身が当初10年間の使用申請していたものを、沖縄に関する特別行動委員会(SACO)最終報告を受けて変更したもので、同報告を受けて返還するものと理解していたものであり、本件裁決申請については、却下とすべきである。

 理 由

第1 日米安全保障条約、日米地位協定及び駐留軍用地特措法の違憲性並びに使用認定の違法性について

 (1)日米安全保障条約、日米地位協定及び駐留軍用地特措法並びに使用認定の違憲性について土地所有者は、日米安全保障条約、日米地位協定及び駐留軍用地特措法は、憲法に違反するものであり、これらの条約及び法律に基づく使用認定も違憲である旨主張するが、憲法第81条の趣旨からすれば、違憲審査の主体は最高裁判所を頂点とする司法機関に独占的に委ねられており、行政機関である収用委員会には違憲審査権はない。

 (2)使用認定の違法性について
 土地所有者は、本件裁決申請は駐留軍用地特措法の定める「必要性」、「適正且つ合理的」等の要件を欠く違法なものであり、手続きについても違法が認められるから、却下は免れないと主張するので、それについて判断する。
 一般に行政機関の判断については、それが当該行政機関の権限の範囲内である限り、特別に法律に明文の規定があるか、重大かつ明白な瑕疵がある場合を除き、他の行政機関にその適否を審査する権限はない。
 駐留軍用地特措法に基づく使用認定処分は、内閣総理大臣の権限事項であり、その処分の前提たる「必要性」、「適正且つ合理的」等の要件についても内閣総理大臣の判断事項(日米安全保障条約上、米国防省直轄の国防通信沖縄分遣隊が、日本国において施設及び区域を使用できるかの判断を含む。)であって、法律に明文の規定がなく、また、右判断に当否の問題を超える重大かつ明白な瑕疵の認められない本件においては、当収用委員会に本件使用認定の適否を審査する権限はない。
 よって、土地所有者のこの点についての主張を採用することはできない。

第2 土地調書及び物件調書の瑕疵について

 1 現地立会いのない土地調書及び物件調書の効力

 土地所有者は、前記事実第2の2(1)において本件土地調書及び物件調書は土地所有者等の立会いがなく、その署名押印なき無効な調書であると主張するので、それについて判断する。
 土地収用法第36条第2項は、署名押印によって調書が有効に成立することを定めているのであって、必ずしも調書作成の全過程に土地所有者に立会いの機会を与えることまで要求しているものではない。
 土地調書及び物件調書は、収用委員会の審理のための証拠方法であり、調書作成手続きの違法及び記載内容の真否は、裁決の違法と直結するものではなく調書の記載内容が真実でないことが立証されているにもかかわらず、その調書に基づいて裁決したときに瑕疵があることになる。
 本件の土地調書及び物件調書の作成過程において、起業者は、土地所有者及び関係人に対し、立会い及び署名押印を求めたが、本件裁決申請対象土地については、土地所有者等が立会いを拒否したため、駐留軍用地特措法第14条第1項において適用する土地収用法第36条第4項に基づき内閣総理大臣が指名する者の立会い及び署名押印により、土地調書及び物件調書を完成させたことが認められる。
 したがって、本件土地調書及び物件調書の作成そのものに瑕疵はない。

 2 土地調書及び物件調書の作成時期について

 土地所有者は、前記事実第2の2(2)において、本件裁決申請書添付の土地調書及び物件調書、同調書添付の各図面は、本件使用認定の告示前に作成されたものであり、告示後における土地調書及び物件調書の作成を義務付けた土地収用法第36条、同第37条に違反する違法な調書及び図面であり、また、添付図面には作成日付けの記入のないものもある旨主張するので、それについて判断する。
 土地収用法第36条に規定する土地調書及び物件調書の作成は、起業者の署名押印と同条第2項から第5項までの手続きの瑕疵によって完成するのであるから、同条の「土地調書及び物件調書」とは正確には「土地調書の素案及び物件調書の素案」と理解されるべきである。
 本件調書の素案に添付されている実測平面図の作成が使用認定の告示前であったとしても、起業者の署名押印及び土地所有者の署名押印が使用認定の告示後であれば、調書の作成は適法である。
 本件において署名押印が使用認定の告示後である平成12年8月16日に行われていることは明らかであり、その点本件の土地調書及び物件調書に瑕疵はない。

第3 本件裁決申請対象土地の特定について

 土地所有者は、前記事実第2の3において、本件裁決申請対象土地の位置境界、面積形状等が真実の権利関係を反映しない不正確なものである旨主張するので、以下判断する。

 1 沖縄県は、去る第2次世界大戦によって焦土と化し、戦災及びその後の米軍の基地建設のための土地接収等によって、沖縄群島の土地の大部分に地形の著しい変容を来し、土地の境界も不明となるに至った。加えて、戦災により、土地登記簿や添付図面は勿論のこと個人の土地所有権を証明する関係書類も大部分が消失した。そこで、土地所有権証明(1950年米国軍政本部特別布告第36号)に基づき沖縄群島における土地所有権の認定がなされ、その後、土地調査法(1957年琉球政府立法第105号)等をもって、より正確な登記簿及び添付図面の整備がなされてきたが、特に米軍が使用する土地については、立入りが許されないため現地測量ができず、また、地形や地目が著しく変更され、原形を止めていないため、土地調査は困難を極めた。
 そこで、このような位置境界不明地域が広範かつ大規模に存在し、関係所有者等の社会的経済的生活に著しい支障を及ぼしていることを解消するために、土地の位置境界の明確化を期する地籍明確化法が制定施行された。
 同法による一連の手続きは、次のとおりである。

 (1)同法及び同法において準用する国土調査法(昭和26年法律第180号)、その他関係法令に基づき、原形等により確認された市町村界及び町又は字、小字、道路等長狭物、墳墓、井戸等の証拠物の位置、並びに原形が残存している土地の位置及び境界等によって、図根三角測量を行い、現況照合図が作成され、この現況照合図と字限図及び状況図を基に一筆地編さん図を作成し、関係所有者等による各筆の土地の面積の確認を経て編さん地図が作成された。

 (2)更に、現地確認した上、現況照合図、編さん地図等に証拠物の位置を表示し、土地の地番、地目、所有者名、筆界点、方位、縮尺の表示をした現況地籍照合図が作成された。その各筆の位置、境界を定める確認作業の過程においては、土地所有者及び所有権以外の権利者の意見や原形の位置、境界を熟知している古老等の意見の聴取、関係所有者全員の協議を経て、地籍明確化法第17条により、国土調査法第19条第5項の国土調査の成果としての認証手続きが採られている。

 2 ところで、地籍明確化法の目的は、でき得る限り戦前の土地の位置境界を復元することであると解されるところ、前記のとおり、戦前の地形が著しく変容し、位置境界の標識もなく、土地登記簿や添付図面の消失した現在において、前記のように地籍明確化法等により認証された土地であっても、復元の正確性について疑問の余地がないわけではないが、他にこれを覆す明白な証拠や資料が示されない限り、地籍明確化法等により認証された土地の位置境界をもって土地を特定する資料とするのが相当である。
 本件裁決申請対象土地の位置境界は、地籍明確化法等により認証され、公証されており、本件裁決申請対象土地は、特定されているものと認められる。

第4 損失補償について

 土地所有者は、前記事実第2の4において本件裁決申請対象土地の補償について、経済の実情に即した中間利息控除率を採用し、妥当な損失補償額を算定すべきであると主張する。
 そこで、当収用委員会は、補償金について、鑑定人の評価額、近傍類地の賃料、従前の使用裁決の際の補償金、現地調査の結果、近時の公定歩合、銀行預金利率、現在から近い将来にかけての経済情勢の客観的状況及び予測等を総合勘案し、中間利息の控除率については年0.25パーセントと定め、当該率及び使用期間より求めた複利年金現価率を乗じて算出し、別表第1のとおり判断した。

第5 使用期間について

 1 起業者は、沖縄に関する特別行動委員会(SACO)最終報告を受け、本件裁決申請対象土地を含む楚辺通信所の移設実現のための努力を続けてきたところであるが、米軍等関係機関と具体的な移設場所及び工事の内容等の調整に予想以上の日時を要し、その結果、平成13年3月31日までの返還は困難となっており、返還までの間は引き続き本施設を通信施設として存続させる必要がある旨主張する。

 2 駐留軍用地特措法は、日米安全保障条約及び日米地位協定に基づく我が国の基地提供義務を履行するための国内法上の措置として制定されたもので、同法は、日米安全保障条約及び日米地位協定と不可分一体の関係にあり、密接な関連を有するもので、本件裁決申請の使用期間については、日米安全保障条約及び地位協定の存続期間、さらに沖縄に関する特別行動委員会(SACO)最終報告で承認された「本件裁決申請対象土地を含む楚辺通信所については、アンテナ施設及び関連支援施設がキャンプ・ハンセンに移設された後に、平成12年度末を目途に返還する」との報告内容を併せて検討されなければならない。

 3 本来、当該施設は、平成12年度末に返還されるべきであったところ、返還が実現されなかったのであるから、この点の譲りは免れない。
 右事情を考慮した上で、なお本件裁決申請対象土地の使用期間は、権利を取得する時期から平成17年5月31日までとする。

第6 使用し、明け渡すべき土地の区域及び土地の使用方法

 本件裁決申請書及びその添付書類並びに当収用委員会の現地調査の結果から判断して、起業者が申請した土地の区域は、本事業に必要なものと認められるので、使用し、明け渡すべき土地の区域とする。
 また、土地の使用方法については、起業者の申請を相当と認め、主文のとおりとする。

第7 権利取得の時期及び明渡しの期限について

 権利取得の時期及び明渡しの期限については、起業者の補償金の支払いに要する期間等を考慮して、主文のとおりとする。

 よって、主文のとおり裁決する。

 平成13年6月28日
 沖縄県収用委員会
 会 長  当 山 尚 幸 印
 会長代理 渡久地 政 賓 印
 会長代理 比 嘉 堅   印
 委 員  大 城 宏 子 印
 委 員  浦 崎 直 彦 印
 委 員  田 村 就 史 印
 委 員  玉 城 辰 彦 印


沖縄県収用委員会 公開審理 (2001年)


沖縄・一坪反戦地主会 関東ブロック