私は、伊江島の反戦地主の阿波根昌鴻さんから委任状をもらっています。ほかに、反戦地主会に所属するすべての地主からも委任状をいただいております。その地主の代理人として、陳述いたします。
本審理の冒頭で、収用委員会の兼城会長さんから、独立した立場で公平な審理を尽くすんだという態度の表明でありました。まさしく同感であります。この収用委員会の立場に敬意を表したいと思います。
ところで、収用委員会の会長の態度表明の後に、那覇防衛施設部長の坂本さんから、申請理由等の説明がございました。私はその申請理由の説明はよく聞こえませんでしたけれども、それを一生懸命耳を澄ませて聞く中で、これまで過去行われた強制使用審理の手続きの状況が走馬灯のごとく過ぎ去っていく。思い浮かんできました。まさに防衛施設局の坂本さんの申請理由を聞くと、何だかこの手続きがまたもや強制収用ということの流れ作業の中でも、その中に私たちは置かされているんじゃないかというような感がいたしました。何か施設局の陳述は、私は人間がしゃべっている、陳述している気にはなりませんでした。強制収用するマシーンが、ロボットがしゃべっているような気がいたしました。血が通ってない。
私はこれから収用委員会に釈迦に説法ということになるかもしれませんけれども、土地収用法の条文をひもときながら、収用委員会の独立性、公正性について意見を述べたいと思うんですけれども、これはむしろ収用委員の先生方に申し上げるというよりも、那覇防衛施設局の方に申し上げたいと思います。
この条文をひもときながら、一緒に考えてもらいたいと思います。やっぱり施設局は私たちと同じ土俵に立って考えてはしい。あなたたちは一方的に意見を述べるだけでそれでことが足りるというふうに考えないでください。私たちがいろいろな問題提起をいたします。この場で私たちと対等な立場で討論に参加してもらいたい。審理に参加してもらいたい。そういう気持ちから私はあえて条文をひもときながら陳述をいたしたいと思います。
収用委員会の独立・公正・中立性についてでございますけれども、収用委員会の公正と中立は、憲法や土地収用法の要求する大原則であります。土地収用法という名称の収用立法の最初は、ご存じのように明治22年に制定された旧土地収用法であります。同法も明治憲法下で幾度か改正されております。これらのいわゆる旧土地収用法のもとにおける収用機関は、現在のような収用委員会ではなく、内務大臣の監督下にある収用審査会でありました。そこにおいては、公正・独立・中立性の理念はありませんでした。地主の権利補償もありませんでした。せいぜい意見書を提出することができるという程度でありました。しかし、国民の財産権を保障し、行政についても適正手続きを要求する現憲法のもとでは、古い収用法は官僚的な法律として否定されております。現行の土地収用法が制定されました、その基本約内容は地主の権利保障と、適正手続きの保障であります。このために収用機関も公正・独立・中立の収用委員会が担うこととなったのであります。土地収用法によりますと、都道府県知事の所轄のもとに、収用委員会を設置するという規定があります。これは51条1項です。さらに収用委員会は独立してその権限を行うというのがあります。これは51条2項です。
さらに収用委員会及び予備委員は、法律・経済・または行政に関して、優れた経験と知識を有し、公正な判断をすることができるもののうちから任命するということとされています。すなわち収用委員会は、知事の所轄下にあるとは言え、その監督下にはありません。その権限の行使については、公正・中立を確保する見地から、上級機関の指揮命令を受けることのない地位が保障されているのであります。
このことについては、政府も当然認めているものであります。行政通達にも、例えば収用委員会は、「旧収用審査会の制度を改め、収用裁決処分を行うのにふさわしい中立・公正な準司法的機関としたものであり」とありますし、さらに収用委員会は、従来の収用審査会とその性質を異にし、知事とも独立し、企(起?)業者側及び土地使用者側、または関係人側の双方のいずれにも偏せず、中立・公正に裁決を行う機関であると明言されているのであります。
そこで公開審理主義、当事者主義の一般的な原則について述べます。
収用委員会の審理は、旧収用法と異なっておりまして、土地収用法62条の規定によって、起業者、土地収用者及び関係人が参加して公開して行われます。そのために審理の期日及び場所が所有者らに通知されることになっています。この審理の場は、単に収用委員会が当事者の意見を聞くということに留まらず、自らの意見を述べて証拠を提出すると同時に、対立当事者、関係人の意見を聞き、その証拠を知り、反論を加え、反証を提出し、あるいは参考人、鑑定人を尋問するところであると言わなければならないと思います。その意味で審理手続きは、当事者の攻撃防御の場であります。土地所有者にとって、法的公正さを保障された防御権行使の場でもあります。公開審理主義は行政の手続き面の適正を保障するものにほかならないと思います。
1976年に開かれた前々回の強制収用の公開審理において、収用委員会会長が「公開審理は私どもが意見を聞く場でございまして、討論の場ではありませんので、そのつもりでお願いしたいと思います」とか、「現在やっていることは皆さん方の意見を聞くことですから、質問をしてそれに答えるという会場ではないんです。ですからどうぞ意見があれば意見を述べてください」と言っています。これらの発言は、当時の収用委員会が、収用手続きや、審理手続きの基本的な構造が職権主義であると。公開審理は当事者主義の要素を取り入れるにしても、それは単に当事者の意見を聞くことにとどまるに過ぎないとの立場にあったことを明らかにするものであります。
この立場に立つのであれば、審理手続きは、当事者が主張立証を十分に行い、相互に疑問点を解明して、適正な裁決に資する役割はありません。ただ、当事者らの一方的な意見を聞くという形骸化したものになるはずであります。
そこで、地主の陳述権が土地収用上どのように保障されているかについて述べます。地主の権利が十分に認められ、公正な審理が保障されるために、審理は公開の場で地主及び関係人の指揮のもとに行われます。先に述べたとおりです。
そして地主及び関係人は審理の場で意見書を提出し、あるいは文書じゃなくて口頭によって意見を述べることができると。このことについて土地収用法63条は、ちょっと長いようですけれども、読ませてもらいます。
起業者、土地所有者及び関係人は第40条第1項の規定によって提出された裁決申請書の添付書類または第43条第1項の規定によって提出し、もしくは受理された意見書に記載された事項について第65条第1項第1号によって意見書の提出が命ぜられた場合、または第2項に規定する場合を除いては、これを説明する場合に限り、収用委員会の審理において意見書を提出し、または口頭で意見を述べることができると規定されています。
そして第2項は、起業者、土地所有者、及び関係人は、損失の補償に関する事項については収用委員会の審理において新たに意見書を提出し、また口頭で意見を述べることができると規定されています。
この規定の意味するところは、地主のサイドから見て、地主には次の意見陳述権があると要約されると思います。
一つは、損失補償については、審理の場で書面または口頭で自由に意見が言えますよということです。
2番目に損失補償に関すること以外の事項については、公開審理期間中に提出した意見書に記載された事項及び土地調書及び物件調書に記載された事項にこれを説明するための意見を書面または口頭で自由に意見陳述ができるということです。
3番目に収用委員会が特に命じた場合には、書面または口頭で自由に意見ができるということの要約できると思います。
したがって、収用委員会の都合で口頭による意見陳述を禁止したり、意見陳述の方法を書面によるものと制限することは許されないことと考えられます。そしてさらに地主らは、自分の意見を裏づけるために、収用委員会に対して資料を提出すること。必要な鑑定人を尋問すること。鑑定人に鑑定を命ずること。土地もしくは物件を現地に調査することを申立てすることができると規定されております。
起業者も地主らのこれらの権利を行使することを妨害してはならないのであります。
例えば前回、前々回行われてたように米軍と結託して、地主の立会いの基地内立入り調査を妨害するようなことは断じて許されないものであります。
また、収用委員会も地主らからこれらの権利を奪うことは許されないはずであります。例えば審理手続きとして現地立入りの申し立てをした地主らを抜きにして、地主を抜きにして、調査手続きと称して、単独、または起業者のみの立会いで、現地立入り調査等をすることは断じて許されないということであります。
私たち地主及び弁護団は、現収用委員会が公正中立の立場に立っておられることを信じて疑いません。しかし、沖縄県の収用委員会における過去の米軍用地用地強制使用事件の審理手続きを見ると、残念ながら公正中立を疑われても仕方ない内容であったと断ぜざるを得ません。従前の轍を路まないようにするために、あえて過去の審理手続きがどのようなものであったかを振り返ってみたいと思います。
第1回の強制収用について言いましょう。第1回の強制収用事件は1981年3月から同年7月にかけて4次にわたって裁決申請がなされたものであります。これは14施設、164名の地主の土地を対象とした収用事件でありました。これについての公開審理は1981年8月4日、9月19日、10月11日、12月5日、1982年1月23日、2月27日の合計6回開催されております。およそ1月に1回の割合という形で開かれているのであります。この公開審理で意見陳述を申し出た地主が98名おりました。そしてその中で陳述が認められたのは、わずか8名に過ぎませんでした。残りの90名の地主には、陳述の機会が与えられなかった、奪われたということであります。このことに多少敷衍いたしますと、地主が意見書を記載した事項、土地収用法の63条第1項について説明するために、具体的な意見を述べたのは、第6回目の公開審理に入ってからであります。
すなわち公開審理に入る前に意見書を提出しておりまして、その意見書に書かれている内容について、自由に意見を述べることができますので、それについての意見陳述を6回目の審理に入ってからでありますけれども、具体的な、そういう意見は。それについて地主の宮城正雄さんは、例えばこういう陳述をしております。「対象土地の地目が山林と記載されているのは間違いです」と「実際は畑であります」ということを陳述したわけです。そしてまた地主の真榮城玄徳さん、先ほど有銘さんの土地の旧部落の図面を書かれた人ですけれども、真榮城玄徳さんは対象土地である自ら所有する沖縄市の森根の石根原359番地の土地の位置について、その位置が本当の実際の位置とは別の位置になっているんだということの主張をしております。そして2人の地主もそのように違うんだから、現地において対象土地を調査する必要性があるんだということを訴えております。そして収用委員会に現地立入りの申し立てをしております。
しかし、収用委員会は地主らに事前に開催を約束していた。この6回の公開審理で7回目の期日についても収用委員会との問でおおよそ次は3月27日にしようという内諾、約束があったんですけれども、それを取り消して7回目の期日を指定しませんでした。そして指定しないで審理を打ち切ってしまったと。現地立入りはついにしなかったということです。私の手元にそのときに収用委員会から送付された通知書があります。ちょっと通知書の内容を紹介します。
これは沖縄県の収用委員会の第164号というのがありまして、昭和57年3月26日ということで、土地所有者代理人である弁護士に通知しておりますけれども、起業者の那覇防衛施設局長から申請のあった強制使用事件については当委員会は慎重に検討した結果、審理の終結を決定したので、その旨通知いたしますという通知が3月26日付けで来ているんですね。
これは同じく3月26日付けで、これも起業者が防衛施設局長から申請のあった使用裁決申請事件について、「貴殿らからあった下記の申し立てについて、当委員会は慎重に検討した結果、いずれもその必要がないので、却下します」ということで、何を却下したかと書いてあります。
一つは、鑑定書の交付についてという申し立て、それを却下しますと。一つは、現地立入りの調査申立書、これを却下しますと。鑑定人の尋問の申し立て、これを却下しますという却下決定が出ているわけです。
審理の打ち切りと同時に来ているわけです。私たちは、審理を続けてもらうということを期待していたんですけれども、審理の打ち切りと同時に、現地立入りの申し立ても全部認めませんよということがある。しかも、この通知書は、審理の打ち切りの書面が、収用委員会の番号が先で、それから「鑑定書の交付について却下します」という決定がその後になっているんです。審理を打ち切ってから、どうして却下決定ができるか分かりませんですけど、そういうようなことをしている。
要するに、公開の審理の場ではなくて、どこか秘密のうちに審理でしょうか、調査でしようか、進められていて、それで裁決という方向にどんどん進んでいくというような形の審理手続がされているというのが実態であります。
それで、審理を打ち切って、この審理打ち切りの文書が来た6日後の1982年の4月1日には、沖縄県収用委員会は地主らから請求のあった6日後には、起業者の申請を認めるという裁決を4月1日付けでしているわけです。そういう決定をしているわけです。
それから、第2回目の強制収用についてなんですけれども、第2回目の強制収用事件は1985年6月6日の申請であります。土地所有者数は1坪反戦地主を含めて、このときから初めて1坪反戦地主も参加することになるわけですけれども、2,095名にふくれました。対象の筆数も、そのときでも446筆ありました。施設数は11施設でありました。これについての公開審理は、11回開かれています。これはすべて浦添市民会館です。1976年2月26日、4月19日、5月16日、6月11日、7月11日、9月17日、10月8日、10月3日、11月6日、11月19日、12月12日であります。この公開審理もほぼ1月に1回という割合で開かれております。
この公開審理においても、意見陳述が許された地主は延べ数で30名でありました。残る大多数の土地所有者らは、意見陳述の機会が与えられないで、本来なら、審理の中で自由に意見を述べることが認められていたはずのその損失補償に関する事項についてさえ、意見陳述は公開審理の場で述べられないままに打ち切られたという状況であります。
この審理においても、地主らは土地調書、物件調書の記載が実際と違うと主張して、現地立入りの申し立てをしております。特に対象土地の446筆のうち、22筆はいわゆる地籍不明地域内にある土地でありました。その位置境界等の特定や土地の状況について、現地に調査することは不可欠な手続きであります。
ところが、地主らの右現地立入りの申し立てはすべて却下されております。これに反して、収用委員会は、審理手続きではなく調査手続きによるものだとして、地主らを抜きにして、独自で現地調査をしているということです。しかし、どの土地についてどのような調査をされたか、地主らは一切知らされていなかったのでありました。
このようなことは、地主の立入り調査権、これは土地収用法の第63条第3項ですけれども、これを含めて証拠申立権を剥奪するものであって、許されないものであることは言うまでもないと思います。
第3回目の強制収用事件について、その詳細は省略いたしましょう。この事件の審理も地主らの意見陳述権、証拠申立権を剥奪する不法・不当なものであったことは前の二つの例と同じであります。
このように、過去の公開審理の内容は地主に与えられている意見陳述権、証拠申立権を剥奪するものであって、適正手続きを保障する土地収用法の公道ないし理念を無視するよ違法なものであったと断ぜざるを得ないと、私は考えます。
今回の強制収用事件の審理を担当する収用委員の先生方は、すべて現沖縄県知事である大田知事の任命による方ばかりであります。沖縄県民の立場に立って、本件明渡裁決申請に係る土地調書、物件調書の代行を拒否し、職務執行命令という厳しくかつ困難な裁判の当事者となって、これに毅然たる態度で対応した為政者によって、まさに公正な判断をすることができる優れた見識と知識を有する者として、任命された先生方ばかりであります。このような収用委員会が独立した立場に立って、公正かつ地主らの意見陳述権の行使を十分に保障する審理を進められるように強く要望いたします。
さらに、現在、米軍用地特措法の附則でもって、公開審理の期間中は裁決が出るまでの間は土地の使用権は認められるという形の立法が画策されております。私たちは、これは地主の権利を侵害するものだといって、断じて許すわけにはいきません。
また、この法律は、今行われている公開審理の場を、神聖な場を侮辱するものであります。まじめに審理をしようとするそういう気持ちをなくするものです。使用権限を認めるかどうか、これはまさに最終的には収用委員会が決めることなんです。使用権の権限を全く奪うものなんです。
私たちは、収用委員会の皆さんが勇気を持って、この米軍用地特措法の改正に反対の声を挙げていただきたい、そう思います。
これでもって、意見陳述を終わります。