全国のみなさん
私たちは、米軍用地強制使用のための特別措置法の改悪に反対し、基地の整理・縮小を求める県民の意思を全国民へ、日米両政府へ示すためここに結集しました。
沖縄は、今年5月15日、戦争放棄と非武装の平和主義、基本的人権の尊重、主権在民を三大原則とする日本国憲法の下に復帰をして25年になります。しかし、私たち沖縄県民は、復帰後も全国の75%の米軍基地が押しつけられ、「平和的生存権」はつねに脅かされてきました。沖縄には憲法があるのかと問わなければなりません。
全国のみなさん
1952年4月28日、サンフランシスコ「平和」条約第3条において、沖縄を「切り捨て」、代わりに日本は「主権」を回復しました。27年間におよぶ米軍支配により人権は蹂躙され続け、時の高等弁務官は「沖縄人民に民主主義は神話である」と言い放ったのです。そして「銃剣とブルドーザー」による土地の強奪がまかり通り、広大な米軍基地は沖縄県民を襲い続けました。
このような歴史的経緯にあってなお、日本政府は1972年5月15日の復帰に伴って、沖縄の米軍用地を確保するため、沖縄だけに適用する「公用地暫定使用法」「地籍明確化法」を制定し、期限後の1982年からは本土ではすでにお蔵入りしていた「駐留軍用地特別措置法」を適用してきたのです。そして今度は「特措法改正」という名の事実上の、そして実質、沖縄だけに適用する差別的な「特別立法」を制定し、土地の半永久的使用を可能にするというのです。県収用委員会の権限、さらには地方自治を否定するものです。
政府は、米軍用地強制使用の必要性について「日米安保体制はわが国の存立基盤そのもの」と強調していますが、いかに安保条約が大切だとしても、平和憲法の精神、民主主義の理念、法治国家を放棄していいものなのでしょうか。民主政治そのもののあり方が問われているのです。
「日米安保再定義」に基づく「米軍10万人体制の維持」は、世界的な軍縮の流れに逆行するものです。政府はこれを改め、北部地域へのヘリポート建設など基地の県内移設を断念し、海兵隊の撤退をはじめ、県民の求める基地の整理・縮小、返還計画を示すべきです。
全国のみなさん
私たち沖縄県民が「10・21県民大会」「県民投票」で示してきた意思は「基地のない平和な沖縄」の実現です。人が人でなくなる、汚辱に満ちた、悲惨な沖縄戦を体験した私たちが、「戦争につながる軍事基地に土地を提供したくない」と思うのも当然ではないでしょうか。私たち沖縄県民は世代が変わろうとも、一貫して世界に「反戦・平和」を発信してきました。
全国のみなさん
私たち沖縄県民は、今回の法改悪を絶対に許せません。「基地のない平和な21世紀の沖縄」を創るため、県民の意思を結集してたじろぐことなく、運動を前進させていく決意です。
祖国復帰運動で、長期にわたる米軍支配を断ち切り、復帰を勝ちとったのは、県民と全国のみなさんとの連帯の力によるものでした。
日本の平和と民主主義を守るため、ともに歩いていきましょう。
1997年4月15日
米軍用地強制使用のための特別措置法の改悪に反対する4・15県民大会