請 求 の 趣 旨
請 求 の 原 因
第1 当事者
1 原告
2 被告
第2 本訴訟の目的
1 序論
2 沖縄の基地負担
(2) 沖縄の基地形成過程
(3)本件新基地の特徴
(4)在沖米軍基地の機能
3 本件海域及びその周辺の豊かな自然
(1)沖縄の自然とその特質
(2)本件海域の自然
(3)沖縄ジュゴン
(4)漁業に与える影響
4 小括
第3 本件新基地建設計画の経緯及び本件新基地の概要
1 本件新基地建設の経緯
2 本件新基地の概要
(1)本件基地建設予定地
(2)本件新基地の内容
第4 本件ボーリング調査
1 本件ボーリング調査の経緯
(1)基本計画
(2)護岸構造の検討のための現地技術調査の実施
(3)現地技術調査(地質調査及び海象調査)の内容
(4)本件ボーリング調査実施のための手続
(5)本件ボーリング調査の着手
2 本件ボーリング調査と護岸工事・本体工事との関係
(1)本件ボーリング調査の目的
(2)護岸工事の概要
(3)本件ボーリング調査が本件新基地建設と一体であること
3 本件ボーリング調査と環境アセスメント
(1)本件新基地建設における環境影響評価手続
(2)本件アセスメントにおいて本件ボーリング調査が除外されていること
(3)本件ボーリング調査が本件アセスメントの対象とされるべきこと
(4)沖縄県環境影響評価条例違反
(5)環境的利益の侵害
4 本件ボーリング調査による環境破壊
(1)本件ボーリング調査の手法の問題
(2)本件新基地建設などのジエゴンに与える悪影響
(3)本件ボーリング調査の環境への悪影響の指摘
(4)本件ボーリング調査により現実に環境破壊がされていること
5 小括
第5 原告らの権利と被告による違法な権利侵害
1 原告らに共通する権利ー人格権、環境権及び平和的生存権第6 結語
(1)総論
(2)久志地区に居住する原告(原告目録<1>)らの権利とその侵害
(3)名護市内に居住する原告(原告目録<2>)らの権利とその侵害
(4)その他の原告ら(原告目録<3><4>)の権利とその侵害
(5)小括
2 漁民である原告(原告目録<3>)の漁業権とその侵害
(1)漁業権の意義・種類
(2)漁業権の物権性
(3)漁業権の帰属
(4)漁業行使権の法的性質
3 小括
- 被告は、別紙目録記載のボーリング調査を続行し、弾性波探査を行ってはならない。
- 訴訟費用は被告の負担とする
原告目録<1>記載の原告らは、別紙目録記載の地質調査(ボーリング調査及び弾性波探査、以下「本件ボーリング調査」という。)の実施地点に近接する沖縄県名護市久志地区に居住する者である。
このうち、原告東恩納琢磨及び原告西平伸は、本件ボーリング調査地を含む辺野古沖海域(以下「本件海域」という。)及びその周辺一帯の豊かな自然を一般市民に体験してもらうエコツーリズムを業とする者である。
原告目録<2>記載の原告らは、沖縄県名護市内(久志地区を除く)に居住する者である。
このうち、原告大西照雄は、本件海域及びその周辺一帯の豊かな自然を一般市民に体験してもらうエコツーリズムを業とする者である。
原告山城善勝(原告目録<3>)は、国頭漁業協同組合に所属する漁民であって、本件海域の周辺において漁業を営む者である。
原告目録<4>記載の原告らは、沖縄県民であり、平和を愛し、本件海域を含む沖縄の自然を享有する者である。
被告は、本件ボーリング調査の実施主体であり、具体的には、被告の一機関である防衛施設庁が本件ボーリング調査を実行している。
本件ボーリング調査は、沖縄県宜野湾市に存する米軍普天間飛行場(以下「普天間基地」という。)の代替施設と称する、辺野古海上基地(「以下「本件新基地」という。)建設の一環をなすものである。
本件新基地建設は、米軍基地の過重負担にあえぐ沖縄県民に新たな基地負担を押しつけるものであると同時に、豊かな自然環境が奇跡的に残る本件海域及びその周辺に壊滅的な破壊をもたらすものである。
2004年8月13日、普天間基地所属のCH-53D型ヘリコプターが同基地に隣接する住民地域に墜落炎上した事故が顕著に示す通り、直ちに閉鎖しなければ市民の生命に対する具体的かつ差し迫った危険を回避することが不可能な普天間基地を継続使用したまま、その代替基地と称して、辺野古地先を埋め立て、海上基地を建設しようと、本件海上ボーリング調査が強行されている。沖縄県民は、日常的に繰り返される、爆音、汚染、その他の基地あるが故の様々な被害にさらされ続け、米軍人軍属による、女性や子どもたちの尊厳をまで脅かす犯罪の繰り返しに対して、基地をなくせと求め続けてきた。
本件新基地は、その規模、機能をとってみても、普天間基地の代替基地に止まるものではなく、沖縄の本土復帰後、はじめて日本政府によって強行されようとする、新たな米軍基地の建設であり、沖縄への新たな米軍基地の押しつけに外ならない。
(1)沖縄県は、琉球列島と呼ばれる鎖状の列島で構成された日本最南端の県であり、沖縄、宮古、八重山の3つの諸島に分類される72の島からなっている。
総陸地面積は神奈川、佐賀と同等で約2265平方キロメートル、日本の総陸地面積のわずか約0.6%にすぎない。
沖縄本島の陸地面積に限れば、約1180平方キロメートル、日本の総陸地面積の約0.3%にすぎない小さな島であり、そこに、広大な米軍基地が存在するのである。
県土面積に占める米軍基地の割合は、11.3%だが、これは基地のない西表島なども含むためであり、沖縄本島に限ると、20.2%を米軍基地が占めていることになる。
県下53市町村のうち、基地を抱える市町村は25市町村、自衛隊基地を併せると33市町村が基地を抱えることになる。
本土における、県土面積に対する基地面積の割合は、静岡県の1.2%が最大で、その他は1%にもみたない。この事実は、沖縄がいかに過重な基地負担を強いられているかを如実に示している。
そして、基地の重圧に苦しめられる沖縄に、さらに広大な新基地建設を強行するものが、本件新基地である。
<1> 沖縄に存する「異常に広大な基地」を理解するには、その形成過程を無視することはできない。
沖縄は、太平洋戦争において、「本土防衛・国体護持」の捨て石とされ、皇軍は、住民を盾として長期にわたる消耗戦を展開した。
戦闘は凄惨を極め、住民の犠牲は16万人を越えた。その中には、強制された集団死やスパイ嫌疑による斬殺など、皇軍の犠牲となった多くの住民が含まれている。
これらの背景には、琉球処分と、異常なまでの皇民化教育という沖縄の特異な歴史がある。
<2> 沖縄に上陸した米軍は、旧日本軍が建設した軍事基地を次々と占領し、住民らを収容所に収容した状態で、軍用地として必要な土地を占領していった。住民は、接収を免れた土地にしか帰ることができず、戦後60年を越えた今日に至るも、未だ多くの人々が自らの土地に立ち入ることすらできない状態が続いている。
1951年、講和条約締結により日本の占領状態は終結したが、それと引き換えに、沖縄は県民の反対を無視して日本から分離され、米軍による排他的軍事支配下に置かれた。
沖縄は、軍事的拠点、「要石」として要塞化の道を歩まされ、その後今日まで、住民は基地あるが故の様々な被害と人権侵害を受け続けることになる。
<3> 沖縄県民は、日本国憲法制定後も、その保護から排除されて米国の軍事支配下に放置され続け、人としての基本的人権も無視され続けた。
「諸悪の根元」と言われる米軍基地の接収の根拠は、実質的な軍政府であり、絶大な権限で沖縄を支配した米国民政府が、沖縄統治の為に出した「軍命」である布告、布令であった。
米民政府は、これらの法令を発して、軍用地として「必要な土地を、必要なだけ」、沖縄県民から接収し、奪い取っていったのである。
ア 講和条約発効前米軍は、ヘ−グ陸戦法規を根拠に接収をおこなっているが、そもそも同条約は、戦闘継続中に関する規定であり、戦闘終了後はすみやかに返還することを求めているのであって、米軍による土地接収が国際条約に反することは、明白である。
イ 講話条約発行後、米軍は、日本の独立と引き替えに「売り渡された」「施政権」に基づいて、土地収用、使用に関する一連の布告、布令等を連発した。
(i)布令91号「契約権」(1952.11.1)(v) 布令20号「賃借権の取得について」
同布令は、琉球政府行政主席が土地所有者と土地賃貸借契約を結び、自動的に米国政府に転貸されることと扱うとした。
しかし、県民の反対にあって契約をすることができなかった。
(ii) 布令109号「土地収用令」(1953年4月3日)
この布令によれば、収用告知後30日以内に土地所有者は土地を米軍に譲渡するか否かを回答しなければならない。
拒否する事はできず、応じなければ、30日の経過により収用宣告が発せられ、土地に関する権利は米国に帰属する。
さらに、上記期間中といえども必要があれば直ちに立退命令を発することができるという、明白に違法かつ極めて強権的な土地強奪令であった。
しかし、このような簡単な手続でさえも現実の運用面では守られず、銘苅部落の土地接収の場合など、収用告知書が村当局に届いた翌日、武装兵による強制収用が行われたのである。
真和志村安謝、銘苅、小禄具志、伊江島真謝、宜野湾伊佐浜が次々と接収されていった。
「銃剣とブルドーザー」による土地収奪が行われていったのである。
(iii) 布告第26号「軍用地域内における不動産の使用に対する補償」(1953.12.5)
「黙契」(implied lease)により借地権を取得したと擬制するというものであり、米国の土地を保有する権利は、不可侵であり、米国は自らこの権利を登記することができるというのである。
(iv) 布令164号「米合衆国土地収用令」(1957.2.23)
土地の使用料として地価相当額を一括して支払い、そのかわりその土地を無期限に使用するという、いわゆる「一括払い方式」を盛り込んだのである。
しかし、県民は猛然と反発して、「アメリカ合衆国による土地の買い上げまたは永久使用、地料の一括払い」に反対し、「島ぐるみ闘争」に発展していった。
同布令は、琉球政府が土地所有者と契約し、契約が成立すれば、琉球政府が合衆国と統括賃貸借契約を縮結して転貸するのを原則とするが、契約締結できなければ、高等弁官が収用宣告書を提出して強制収用することができる。
米国が緊急に使用する必要のある場合は、いつでも「即時占有譲渡命令」を発することができるというものである。
ウ このように、米軍基地の形成は、極めて違法不当な土地強奪によっておこなわれたものである。
しかし、復帰前、日本国政府は、沖縄県民に対して何ら日本国憲法に基づく、「保護の責に任ずる」ことはなかった。
日本政府は、沖縄の施政権返還に際して、国際法及び日本国憲法に違反していることが明白な米軍基地をまず県民に返還し、日本国憲法の適用の実効性をはかり、違法状態を解消すべきであった。
ところが日本政府は、.違法に強奪された米軍基地の継続的存続を容認し、「公用地法」によって違法状態を追認し、さらに、米軍用地収用特措法によって強制使用を継続することなったのである。
このような国家による違法行為の継続が、今日まで広大な基地を存続させ続け、他府県と比較しても異常に広大な米軍基地を沖縄県民に押しつけ続けているのである。
(1) 本件新基地建設は、もともと名護市東側に存在するキャンプ・シュワブ
及び辺野古弾薬庫と一体となり、効率的な軍事行動及び訓練を可能とする海上基地を新設するものであって、老朽化した普天間基地施設に代わって最新の技術を投入した新施設を建設するものである。極めて危険性が高く、普天間基地に配備が困難な、垂直離着陸機オスプリの配備すら予定されている。
これは、沖縄県に新たに恒久的な米軍基地を建設することを意味し、沖縄県民の悲願である米軍基地負担軽減とは相反する、新たな基地負担の押しつけであることは明白である。
(2) 本件新基地は、辺野古弾薬庫、キャンプハンセン、キャンプシュワブと一体のものとして、広大かつ強大な海兵隊基地を構築することになる。
ア 辺野古弾薬庫
キャンプシュワブに隣接し、二重フェンスに囲まれたNBC弾薬庫がある。核、化学兵器の整備能力を持つ部隊が駐留し、弾薬庫内に探知機代わりのヤギが放し飼いにされている姿が撮影されている。
イ キャンプハンセン、キャンプシュワブ
連続する広大な演習基地である。
戦車、装甲車を陸揚げし、戦車砲の訓練がおこなわれる。毎日のように、小銃、機関銃等の小火器の訓練が繰り返されている。
辺野古の海には、波の音とともに、機関銃を連射する音が響いてくる。砲弾の射程距離内に住民地域があり、住民地域に銃弾が打ち込まれる事故も頻繁に生じている。
北部の水源涵養林を切り倒し、赤土を海に流し込む元凶となっている。
(3) 米地上軍の日本本土からの撤退と、沖縄への基地集中化
1957年、アメリカは、日本から一切の地上戦闘部隊を撤退することを約束した。
しかし、日本から撤退した地上戦闘部隊、とりわけ海兵隊は「日本でない沖縄」に移駐した。日本本土の米軍基地は、1952年の安保条約成立から1960年の改訂までに4分の1に減少したが、その負担は沖縄に担わされ、沖縄の米軍基地は2倍となったのである。
キャンプハンセン、キャンプシュワブ、北部訓練所などの北部海兵隊基地は、日本本土からの地上戦闘部隊の移駐先として新たにつくられていった基地である。これらの海兵隊基地が沖縄の米軍基地の半分以上を占めている。
(4) 「SACO合意」を口実とする新基地建設
ア 住民地域に存在し、世界でも最も危険な普天間基地を返還する条件として、本件新基地建設が要求されている。
しかし、その実態は、単なる基地移設ではなく、老朽化した基地機能を更新した、「新たな基地建設」を目的とするものである。
イ 1997年9月22日、アメリカ国防省は、「日本国沖縄における普天間航空基地のための国防総省の運用条件及び運用構想」を出しているが、その中には、オスプリの配備が第1に考慮されている。
ウ 米軍は、復帰前の1965年にすでに「沖縄内における施設の移転可能」と題した書面で、辺野古地先海上基地を予定していた。普天間基地返還を口実に、米軍の新基地計画案が実行されようとして
いるのである。
(5) 仮にこのまま本件新基地が建設されれば、周辺住民は、現在普天間基地近隣住民が苦しんでいるのと同じ恐怖を感じ、被害を受けることになる。また在沖米軍は、基地提供施設内にとどまらず、沖縄県内の公共道路を利用し、沖縄県周辺の広範な水域・空域を訓練等に使用しているのであって、その他の沖縄県民にとっても、現在受けている加重な基地負担が恒久化されることを意味する。
(1) 在沖米軍は、日米安保条約上の駐留目的さえ超えて、世界的な米軍の活動拠点となっている。そして、米軍が現在イラクにおいて展開している軍事活動にも、在沖米軍基地から部隊が派遣されている。
今般のイラク戦争は、アメリカ・イギリスの国際法違反が明白であり、現在もイラクにおいて多くの罪のない人々が米軍によって虐殺され続けている。そして被告は、このようなアメリカの活動を支持し続け、自衛隊をイラクに派遣することによって米軍の行為に荷担している。
このように、沖縄を拠点とする米軍がイラクを揉欄していること、しかもかかる行為に被告が荷担していることによって、心を痛めている沖縄県民も決して少なくないところである。
本件新基地建設は、このような米軍に対し、新たに最新鋭の活動拠点を提供することになるのである。
沖縄県は琉球列島(または琉球弧)と言われる北緯30度50分から24度付近に至る弧状の島嶼に属する。琉球列島のうち、鹿児島県側の島嶼は大隅諸島、トカラ列島、奄美諸島に分けられ、奄美諸島は主に奄美大島、徳之島、沖永良部島、与論島からなる。沖縄県側の島嶼は、沖縄諸島、宮古諸島、八重山諸島などに分けられる。
沖縄島など、琉球列島の奄美大島以南には、中国大陸起源の古い動植物が遺存的に残っており、また、他では見られない固有種も多く、生物地理上の特異な地域であり、生物多様性の観点から極めて重要な地域で、東洋のガラバゴスとも讃えられ、世界自然遺産の候補地でもある。
しかしながら、近年においては、本土復帰後のリゾート開発や公共事業、パルプチップや開発のための森林伐採などにより、沖縄の海も山も現在は著しく荒廃している。沖縄島周辺のサンゴは既に95%以上が死滅したとさえ言われる。
このような危機にある沖縄の自然にとって、本件海域及びその周辺は、奇跡的に良好な自然が残されている地域の一つである。ジュゴンのような草食の大型海洋哺乳類が生息すること自体、本件海域及びその周辺の自然度の高さを示している。
本件海域にはリーフが存在し、リーフ内の一帯にはアマモ等(海草)が藻場を形成している。海草の群落は、海の生物の産卵場であったり、稚魚が成長する場でもあったりして、海洋生態系の保全上も極めて重要である。また、海草はジュゴン、ウミガメの餌ともなっている。
本件海域は、以上のような自然保護上の重要性に照らし、沖縄県の「自然環境の保全に関する指針(沖縄島編)」により、評価ランク(i)の「自然環境の厳正な保護を図る区域」に指定されている。すなわち、本件海域は、同指針の「図面番号14」中の「沿岸区域番号3・4」の海域に含まれるが、いずれも「保全性分級区分名」が「自然環境の厳正な保護を図る区域」とされており、その「自然環境」として「辺野古地先に藻場(約173ha)が分布する」ものとされている。評価ランクは(i)から(iv)まであり、評価ランク(iv)の地域は自然保護が最も厳しく要請されるものである。
本件海域及びその周辺は、地球上のジュゴン生息区域の北限に当たり、日本国内で唯一の生息地である。ジュゴンは、骨の出現や伝承などから、かつては奄美大島以南に多数棲息していたが、現在では、沖縄島中部以北の本件海域等にわずか数十頭の個体群のみを残すのみとなった。この地域個体群は北太平洋の他の個体群とは孤立しており、フィリピンなど他の地域個体群とは遺伝的にも異なる可能性があると指摘されている。法的には、文化財保護法上の天然記念物、種の保存法上の国際稀少野生動植物種、鳥獣保護法上の保護鳥獣、水産資源保護法上の捕獲禁止対象種に、それぞれ指定されている。しかしながら、沖縄に生息しているジュゴン(以下、沖縄ジュゴンとも呼ぶ)は現在絶滅の危機に瀕している。
一般にジュゴンは、国際自然保護連合(IUCN)のレッドデータブックによると、「絶滅種」「野生絶滅種」「絶滅危機種」「準危急種」のうちの「絶滅危機種」とされ、「絶滅危機種」の中では、「危急種」(野生状態で中期的に絶滅する危機をはらんでいる種)に分類されており、世界の多くの場所で捕獲禁止とされている。ワシントン条約(正式名称「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約」)では、オーストラリア個体群を除いて、最も厳しく規制される附属書(I)に属し、個体群の状態が比較的に良好とされるオーストラリア個体群でさえ、附属種㈼に属せしめられている。日本哺乳類学会は、沖縄ジュゴンについて、個体数が50頭未満であるとの判断のもとにIUCN基準上の「近絶滅種」(近い将来に高い確率で野生では絶滅に至る危機にある種)に相当する「絶滅危惧種」に指定している。水産庁の「日本の希少な野生水生生物に関するデータブック」でも、「絶滅危惧種」に指定されている。
本件新基地建設は、直接にリーフや藻場を破壊し、建設工事に伴う土砂の流出は、日光を必要とするアマモなど海草類にも壊滅的な打撃を与えることになる。また、本件新基地建設による騒音・振動などは、ジュゴンやウミガメなどの野生生物に悪影響を与える。さらに沖縄ジュゴンは、リーフを横切り、リーフの内外を移動するという行動パターンで生活のサイクルを作っているところから、ジュゴンの行動を遮断する本件新基地建設は、餌の取得という生物にとって最も重要な作業を妨害することになり、ジュゴンに対して致命的な打撃を与えることになる。
本件海域及びその周辺は豊かな漁場であるが、本件新基地建設は、直接本件海域を破壊するだけでなく、周辺海域にも悪影響を及ぼす。
本件新基地建設のごとき巨大な埋立は、直接にリーフや藻場を破壊し、建設工事に伴う土砂の投入や流出は水質を悪化させ、サンゴを死滅させる。
また、大規模な埋立により、潮流が劇的に変化することが予想される。
そして、埋立面積の広大さ、破壊されるサンゴ礁や土砂流入の大規模さからすれば、上記のような本件新基地建設に伴う悪影響は、本件海域にとどまらず、周辺の広大な海域に及ぶと考えられる。
以上のとおり、本件新基地建設は、米軍基地の過重負担にあえぐ沖縄県民に新たな基地負担を押しつけるものであると同時に、豊かな自然環境が奇跡的に残る本件海域及びその周辺に壊滅的な破壊をもたらすものである。本件海域はジュゴンやサンゴの棲む豊かな海で、沖縄だけでなく世界の宝である。この宝の海を人殺しにつながる基地の建設によってつぶすことは断じて許されない。各種世論調査によっても、沖縄県民の大多数が辺野古沖への普天間基地移設に反対している。また、沖縄県内のみならず、日本中・世界中の人々が本件新基地建設及びそれと不可分一体の本件ボーリング調査に注目し、被告による強引な本件ボーリング調査着手に反対の声を上げている。
ところが被告は、このような声に耳を傾けることなく、また環境アセスメントの手続きを経ることなく、本件ボーリング調査を強行し、そしてすでにスパット台船がサンゴ礁を踏みつぶし、単管足場によっても環境が破壊され始めている。
本訴訟は、このような沖縄県内、日本国内、そして世界の声を代表し、本件新基地建設の違法性を明らかにしつつ、これと不可分一体をなし、かつそれ自体深刻な環境破壊をもたらし原告らの権利を侵害する本件ボーリング調査の差し止めを求めるものである。
沖縄県宜野湾市に存する普天間基地は、人身事故の危険や近隣被害が著しかったことから、かねてよりその撤去が重要な政治課題であった。沖縄では、
いわゆる少女暴行事件を契機に、1995年より基地反対運動が高揚し、その対応として、日米両国政府は、普天間基地に代わる施設が提供されることを条件に、その返還につき合意に達した。この代替施設として、本件海域、すなわち、沖縄県名護市辺野古沖に、本件新基地を建設することが決められたのである。
その経緯を年代順に並べると以下の通りである。
上記閣議決定の実施作業のため、国や沖縄県、名護市等の関係自治体で構成される代替施設協議会が設置され、同協議会において、具体的な意見調整が行われることとなった。開催経過は以下の通りである。
ここで普天間基地代替施設の基本計画が決定され、本件事業が具体的に進められることとなった。
上記基本計画決定に基づき、2003年1月からは、建設作業を推進することを目的とする代替施設建設協義会が設置されて現在に至っている。
沖縄県名護市辺野古集落の中心(辺野古交番)から滑走路中心線までの最短距離が約2.2km、平島から代替施設本体までの最短距離が約0.6kmの位置とされている。
具体的な建設場所は、別紙「代替施設の具体的建設場所」の図面記載の通りである。
被告は、2002年9月27日に開催された第9回代替施設協議会において、2000年12月28日間議決定「普天間飛行場の移設に係る政府方針」に基づく本件新基地の基本計画(以下、「基本計画」という)を決定した。(2)護岸構造の検討のための現地技術調査の実施
基本計画において決定された本件新基地は、埋立工法により建設されるため、護岸の設置が必要不可欠であった。そのため、防衛施設庁は、本件新基地の護岸構造を検討するため、水理模型実験等の実施と共に、護岸構造の検討に必要な地形、海象、気象及び地質のデータを収集するために、現地技術調査を実施することとした。(3)現地技術調査(地質調査及び海象調査)の内容
本件ボーリング調査は、現地技術調査のうちの「地質調査」に位置づけられ、本件新基地の建設場所及びその周辺の地盤強度を調査するためになされることは、第1回代替施設建設協議会協議概要及び配付資料「代替施設建設に係る当面の取組について」などにおいて明らかにされている。
その後防衛施設庁は、水理模型実験や現地技術調査のうち、地形調査及び気象調査に着手し、2003年12月19日に開催された第2回代替施設建設協議会において、地質調査及び海象調査の作業計画を明らかにし、両調査の実施のために、関係部局と公共用財産の使用協議書について協議していると発言した。
上記の現地技術調査(地質調査及び海象調査)は、2001年11月付那覇防衛施設局の「地質調査・海象調査の作業計画について」によれば、次のとおりである。<1> 地質調査
ここで明らかにされた地質調査、すなわち本件ボーリング調査は、本件新基地の建設場所及びその周辺63カ所において、ボーリング機材を設置し、ボーリングによって海底を直径11〜14cm、深さ約25mまで掘削し、地盤の強度を調査するというものである。調査区域は4つに区分されており、調査箇所は護岸部分にとどまらず、滑走路に沿って17カ所が調査される外、予定地内部17カ所が計画されている。
ボーリングに際しては、調査箇所の水深毎に、水深4m未満の30箇所では単管足場、水深4m以上25m未満の20箇所ではスパット台船、水深25m以上の13箇所では固定ブイ櫓をそれぞれ足場として設置することとされている。単管足場は足場用金属パイプを海底から組み立てる構造で、スパット台船は台船から支柱を海底に下ろして固定する構造で、固定ブイ櫓は全長30m前後以上の巨大な固定ブイ柱を海中に設置する構造である。
計画されている地質調査では、これらボーリング調査が終了して足場を撤去した後に、これらデータを補完する目的で、船舶を用いて延長約12kmにわたり、3〜4日かけて音波探査機を曳航して、音波により地層状況を調べる弾性波探査を行うとしている。
海象調査は、本件海域を中心とした海底13箇所に計測機器を設置し、直上の海面との間で、音波等により波浪、流況及び潮位を自動観測するものである。
本件ボーリング調査は、日米地位協定(正式名称「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」)第2条1項により、日本国が米国に提供した区域内で実施されるため、那覇防衛施設局は、2003年4月ころ、日米地位協定第3条の米軍管理権に基づく立ち入り申請を行い、米国からその許可を得た。
本件ボーリング調査は、国有財産であって沖縄県の管理に係る海底を国が一定期間使用することから、那覇防衛施設局が県知事(財務大臣の事務を法定受託事務として実施)と協議し、県の同意を得なければならない。そのため、那覇防衛施設局長は、2003年11月17日、県知事に対し、公共用財産使用協義書を提出した(同日付け施那4018号(ACP))。県知事は、土木建築部長名で、総務部、農水部、文化環境部、教育委員会に意見を照会し、2004年3月31日、財務大臣に対する国有財産使用承認協議書を沖縄総合事務局財務部管財総括課に提出した上、同年4月7日、那覇防衛施設局長に対し、公共用財産使用協議につき同意した(同日付け土河第11号)。(5)本件ボーリング調査の着手
同意に際し、「ジュゴンへの配慮」「作業上の配慮」「環境監視」などについて配慮すべきものとされ、更に、5つの留意事項が付加された。留意事項の一つとして、「関係法令を順守するとともに、地域住民の生活に十分配慮すること」が明記された。
この同意手続において、県文化環境部は専門家の意見を求めたが、専門家意見は、ボーリング調査がジュゴンや本件海域に悪影響を及ぼすことを指摘するものであった。
那覇防衛施設局は、上記の公有水面使用同意がなされるや否や、2004年4月19日、強引に本件ボーリング調査を開始しようとしたが、辺野古漁港に座り込む市民の強い抗議にあい、開始できなかった。
ところが、同年8月13日、宜野湾市の沖縄国際大学に米海兵隊所属ヘリコプターCH-53Dが墜落した事件により普天間基地の危険性がますます現実のものとして認識され、県民から普天間基地の早期撤去の声が挙がるや、那覇防衛施設局は、これを逆手にとって、同年9月9日、市民によって阻止されてきた本件ボーリング調査に着手し、足場設置のための潜水調査を開始した。そして、同年11月16日には、単管足場、スパット台船の設置を開始し、本訴提起時には、実際の掘削作業を開始せんとしている状況にある。
本件ボーリング調査は、防衛施設庁によれば、「基本計画においては、‥・埋立に係る護岸構造については、代替施設の建設場所が非常に複雑な地形であることから、設計に先立ち、波浪の影響等を把握した上で護岸の幅や高さ等が適切であることを確認すべく技術的な検討を実施するとしている。」「地質調査及び海象調査は、かかる護岸構造検討に必要なデータを収集するための現地技術調査」であると目的づけられている(2003年11月那覇防衛施設局「地質調査・海象調査の作業計画について」)。
しかし、本件ボーリング調査は、上記のとおり護岸堤建設部分のみならず事業の基幹部分である滑走路部分についても行われ、本件新基地建設予定区域全体に及んでいる。しかも、防衛施設局の説明によると、本件調査結果は基地建設の資料にも使われるという。したがって、.本件ボーリング調査は、護岸構造検討のみならず、本件新基地全体の工事のための調査ということができる。
ところで、防衛施設庁が検討の必要を主張する護岸構造については、2002年7月29日の第9回代替施設協議会での防衛庁の配付資料によれば、護岸堤は、傾斜式護岸の長さが約4900mとあり、ケーソン式護岸構造の長さは約1750mである。これに、傾斜角を考慮して護岸堤が海底に接する幅などを検討すると、護岸堤だけでも開発面積は42haを越えることになる。厳密に計算すれば、環境影響評価法で対象事業になる50ha以上の
埋立てに相当する可能性もある。少なくとも沖縄県の環境影響評価条例における対象事業である15haを大きくこえることになる。
これを防衛施設庁の「普天間飛行場代替施設の建設に係る事業の進捗状況について」と題する説明図でみると、護岸工事の工事内容は以下の通りである。
防衛施設庁によると、本件ボーリング調査は、本件新基地の本体部分と峻別されたところの護岸堤工事のためであると説明されている。しかし、防衛施設庁提出の図面によると、護岸堤は埋立部分と一体として建設されるのであって、それらは構造上一体で不可分であり、両者を区別することはできない。護岸堤の構造上、その工事は本体の埋立工事の一部というほかない。後述するように、環境アセスメントにおける方法書上でも、この護岸工事は、本体工事である本件新基地建設の一部とされているのである。
また、本件ボーリング調査は、護岸堤の建設される部分のみならず、本件新基地の滑走路建設予定地上においても実施されるのであるから、防衛施設庁の説明はまったく破綻している。
以上のように、本件ボーリング調査は、本件新基地の護岸の構造を検討するための現地技術調査の一つと位置づけられいているが、その実態は本件新基地建設と一体不可分の関係にある。すなわち、本件ボーリング調査は、本件新基地を建設しなければ不要であるし、逆に、本件ボーリング調査を実施しなければ護岸工事に着工できず、埋立工法となる本件新基地の建設にも着工できないのであって、これらは一体不可分の関係にある。
本件新基地建設は環境影響評価法の対象事業となるため、事業者である防衛施設庁は事業に先だって環境影響評価手続(以下、本件新基地建設に係る環境影響評価手続を「本件アセスメント」という)を開始し、2004年4月28日から「普天間飛行場代替施設建設事業に係る環境影響評価方法書」(以下単に「本件方法書」という)の公告縦覧手続を行った。同手続は、その後同年11月29日の沖縄県知事による同方法書への意見書提出の手続にまで至っている。
環境影響評価法31条1項は、評価書の公告を行うまで、すなわち環境影響評価手続を終了するまでは、対象事業を「実施してはならない。」とする。にもかかわらず防衛施設庁は、本件アセスメントがまだ開始段階に過ぎないのに本件ボーリング調査を実施しているが、同庁は、同調査は事前調査であって、対象事業そのものではないとする。このため、本件アセスメントにおいても本件ボーリング調査はその対象とされていない。
<1> しかし、本件ボーリング調査が前述のとおり、本件新基地の護岸工事及び本体工事と一体のものであることから、当然に本件アセスメントの対象とされなければならない。
本件方法書においても、「その他対象事業の内容に関する事項」として、以下のような説明をおいている。
このことから、護岸工事は、埋立て工事と共に、本体工事である本件新基地建設の一部とされていることが分かる。
そうだとすると、上記のように、本件ボーリング調査は護岸工事と不可分一体の関係にあるのだから、上記護岸工事の一部ないし一環として、本件ボーリング調査についても、本件アセスメント手続を行うべきは当然である。
<2> そもそも、環境影響評価法が、環境影響評価手続完了以前に対象事業を実施することを禁じた趣旨は、環境影響評価手続完了以前に事業を実施することによって環境を改変してしまうと適切な環境影響評価が不可能となってしまい、環境影響評価手続を定めて本来的な趣旨を没却することになるからである。
しかるに、本件ボーリング調査は、後述のとおり、本件新基地建設と一体のものであるのみならず極めて大規模な工事を伴うものであって、それ自体によって本件新基地建設予定地の自然環境に重大な影響をもたらすものである。したがって、同法の趣旨に忠実に解釈するならば、本件ボーリング調査そのものも本件アセスメントに組み込んで行わなければならないというべきであり、環境影響評価実施前に本件ボーリング調査に着手することは、環境影響評価法の脱法行為であるというべきである。
<3> 本件ボーリング調査が本件アセスメントに組み込まれるベきであることは、各界からも強く指摘されている。
日本弁護士連合会は、2004年5月14日、「普天間飛行場代替施設に関するボーリング調査の中止を求める会長声明」を発表し、次の見解を表明している。
「当連合会は、2000(平成12)年7月14日付『ジュゴン保護に関する要望書』による普天間飛行場代替施設計画について厳正な環境影響評価手続をなすよう求めているところであるが、環境影響評価法は事業の実施に先立ち環境影響評価手続の実施を義務づけ、事前に環境への影響の程度を予測・評価して、当該事業を実施するか否かの意思決定手続に反映させようというものであるのに、上記ボーリング調査は、環境影響評価手続を実施する前に、評価の対象とすべき環境の現状を変更してしまうことになり、これから行われる環境影響評価手続について、環境への影響の程度の正確な予測・評価を不能にしてしまい、環境影響評価法の趣旨をないがしろにするものである。
同代替施設建設計画に関しては、本年4月28日に方法書が縦覧に供されて環境影響評価手続が始まったばかりであるが、当連合会は、防衛施設庁に対し、上記ボーリング調査を直ちに中止し、あらためて、ボーリング調査も本体工事の一体をなすものとして、環境影響評価法に基づく、適正な環境影響評価手続を実施することを求めるものである。」
環境アセスメント学会2004年度研究発表会シンポジウムにおいても、2004年10月16日、その参加者有志名において「普天間飛行場代替施設建設事業に係る環境アセスメントの進め方について(緊急アピール)」が発表された。ここでも、「護岸建設は当該事業と一体不可分のものですから、海底ボーリング調査は当該事業の環境アセスメントの対象とすべきであると言えます。」と厳しく指摘されている。
<4> 内閣府令の違反(4)沖縄県環境影響評価条例違反
さらにいえば、「防衛庁が行う飛行場及びその施設の設置または変更の事業に関わる調査、予測及び評価を合理的に行うための手法を選定するための指針、環境の保全のための措置に関する指針等を定める内閣布令」(以下「内閣布令」という。)は、飛行場設置事業等に係るアセスメントの方法等を選定するに当たっては、その周囲の地域特性(自然的社会的状況)に関する情報を把握しなければならないと定め(5条1項柱書)、かつその情報を入手可能な最新の文献その他の資料により把握するものと定めている(5条2項)。さらに、それらの資料等に関して、その出典を明らかにするなどの義務が課されている。この趣旨は、アセスメントの趣旨を踏まえ、現状の変更を加えることなく現状で得られる知見をもとにアセスメントを開始すべきであるというものである。
しかしながら、本件ボーリング調査は、内閣布令によって義務づけられている、最新の文献等に基づく調査の手続を飛びこえて、いきなりボーリング調査をするという乱暴なものである。このように、本件ボーリング調査が内閣布令に違反するものであることも明白である。
環境影響評価法2条は、環境影響評価の対象事業を一定以上の大規模なものに限定しているが、地方自治体における環境影響評価条例は、さらに上乗せ等をする制度を有している。沖縄県環境影響評価条例は、15ha以上の埋立事業を環境影響評価対象事業としており、本件ボーリング調査に基づく.護岸工事は、それ自体だけでもその対象事業となることは明白である。しかるに、防衛施設庁においてかかる手続はこれまで全く取られておらず、護岸工事のために実施される本件ボーリング調査は、明確な県条例違反といわねばならない。(5)環境的利益の侵害
環境影響評価法は「あらかじめ環境影響評価を行うことが環境の保全上極めて重要であることにかんがみ、…環境影響評価の結果をその事業に係る環境の保全のための措置その他のその事業の内容に関する決定に反映させるための措置をとること等により、その事業に係る環境の保全について適正な配慮がなされることを確保し、もって現在及び将来の国民の健康で文化的な生活の確保に資することを目的とする。」と定め、あらかじめ影響を評価することの重要性を示す。当該事業は環境影響評価手続が終了するまで実施が禁止され(法31条)、環境影響評価結果で示された内容は事業に反映することが求められると共に、反映されなければ当該事業実施の許認可は与えられない。本件ボーリング調査を含んだ本件新基地建設及びその運用によって、騒音公害、有害物質汚染、自然破壊などがもたらされるおそれが大きい。環境影響評価の結果、すなわちそれが適正に行われるか否かは原告らの環境的利益に対し、大きな影響をもたらすことは明らかである。さらに方法書手続は計画の早い段階で環境影響評価の方法を検討することにより、事業計画の実施が柔軟に対応できるようにしようと言うものである。方法書手続によって確定する評価の方法に誤りがあれば、環境影響評価の結果が適正を欠くことになることは方法書手続の制度趣旨から言っても必然的なものである。従って、方法書手続に誤りがあれば、数年かけて環境影響評価がなされたとしても、再度影響評価をやり直さなければならないなど深刻な問題をもたらす。あるいは、公害被害、自然破壊を未然に防止できず深刻な被害を原告らにもたらすことになる。あるいは環境影響評価に誤りがあった場合、その後に予定されている許認可に対して、その一つ一つを原告らは争わなければならない。このとおり、適正な環境影響評価手続がなされることは、原告らの後述の人格権や環境権などの環境的利益を保護する上で極めて重要というべきであって、同手続の違反は、これら環境的利益を侵害するものといわねばならない。
実際、本件ボーリング調査は沖縄ジュゴンに対して深刻なダメージを与える危険性がある。
本件海域については、2000年に那覇防衛施設局により、ジュゴンの生息状況にかかる予備的調査が行われており、その後も自然保護団体等により、調査海域におけるジュゴンに関する調査研究が進められている。さらに、2001年度には、環境省によるジュゴンと藻場の広域的調査が開始され、近時もジュゴンの目撃情報が寄せられている。従って、現段階において、本件ボーリング調査の海域がジュゴンの生息地であり、貴重な採餌場所であることは、周知の事実となっている。かような事実を認識しながら本件ボーリング調査を行うことは本件新基地建設に対する環境影響評価実施前に意図的に沖縄のジュゴンにダメージを与えておこうとするものと受け取られてもしかたがない。
実質的な着工行為によって当該地域の自然をあらかじめ破壊し、当該地域の自然環境に対する評価を誤らせることは、他の公共工事にも見られる卑劣な手法である。本件では沖縄ジュゴンに対する影響が重要な社会問題になっているところ、ジュゴンに対する事業の影響をわからなくさせる本件ボーリング調査は中止されるべきである。
このような事業活動がジュゴンに与える悪影響は、以下のとおり、自然科学者の共通の懸念でもある。
2000年3月、日本生態学会総会は、「ジュゴンが生息する沖縄島東海岸の亜熱帯サンゴ礁域の保護を求める要望書」を採択した。それには、当時の調査ではジュゴンの分布は沖縄島中部の東海岸に限られ、繁殖の可能性もある、その生息数は10頭程度にすぎず、ジュゴンは日本で最も差し迫った絶滅の危機にある哺乳類であること、ジュゴンが生息するためには、広い海草群落が存在し、日中の休息場所と夜間の索餌場所との連続性が保たれるとともに、ジエゴンの行動に影響を及ぼすような人間活動が控えられる必要があることが指摘されている。沖縄島の東海岸の海の生態系については、沖縄沿岸域の中では比較的良好なサンゴ礁が残っている海域であること、サンゴ礁の問に海草藻場が介在する日本では特異なサンゴ礁生態系を形成していること、サンゴ礁と海草藻揚がモザイク状に散在しているため複雑で多様な生物群集が維持されており、その学術的価値は極めて高いことを強調している。この生態系を代表する特徴的な生物がジュゴンであるとして、十分な生態調査と環境影響調査を行い、影響評価の科学的妥当性が認められるまで、米軍飛行場建設を延期すること、ジュゴンの保護のためその生息域の環境保護計画を早急に策定することを求めている。
2000年9月には、日本哺乳類学会が「沖縄県に生息するジュゴンの保護を要望する決議」を採択し、沖縄島東海岸の勝連半島より伊部に至る、水深90m以浅の水域をジュゴン保護水域と指定すること、保護水域では、漁法の規制、漁業活動・軍事演習およびその他の活動でジュゴン保護の観点から有害な活動の排除をもとめるとともに、「ジュゴンの安全ならびに生息環境の保全に対して無害であることが確認されるまでは、水域利用形態の変更や新たな土木工事を行わない」よう要求しているのである。
<1> 沖縄県が求めた専門家意見
本件ボーリング調査の実施そのものによってだけでも環境に重大な影響を与えることは、前述の沖縄県文化環境部が専門家に求めた意見からも明らかである。
サンゴの専門家である琉球大学名誉教授山里清氏は、2004年1月10日付「沖縄県自然保護課に対する回答」にて、結論として、「辺野古沖サンゴ礁埋め立て計画は、サンゴ礁の本体(=心臓)を埋め立てる計画であり、サンゴ礁は消滅することになるので、中止すべきである。」「上記理由により、環境影響評価も、地質調査等も不要となる。」と述べている。そして、岩礁地におけるボーリングについては、「計画によると、サンゴは死滅しているので、計画通りにボーリング調査を進めても差し支えないとの意見があるが、サンゴ群集はサンゴ礁を攪乱しなければ再生することは間違いないので、攪乱は避けなければならない。ボーリングのやぐらを設置し、ボーリング作業を行なうと、ボーリングの穴を中心に相当な面積の部分が攪乱されると思われるので、サンゴの再生を妨げる可能性がある。ボーリングのやぐらを一発で予定地に設置し、さんご礁の表面に全く触れずに作業を行なうことができれば、攪乱はやぐらの接地面だけですむかもしれないが、そういう限定された作業ですむことはないと思われる。」等と警告している。
海洋哺乳類の専門家である帝京科学大学教授粕谷俊雄氏は、同月15日付「『地質調査・海象調査の作業計画について(平成15年11月 那覇防衛施設局)』および『同・参考資料』に対するコメント」において、基本的な姿勢として、「ジュゴンへの悪影響が僅かであるから受容するという考え方は、いまの沖縄のジュゴンの保全にとって危険である。」とし、ジュゴン個体への影響評価について、次のような基本的姿勢を求めている。
「鯨類などの水生哺乳類に与える人間活動の影響を評価するために、個体の行動に現れる変化を観察することが行われてきた。しかし、行動に変化が検出されないということは、必ずしも影響がないことを意味するものではないことも広く理解されているところである。仮に行動に変化があっても、観察データが少ない場合や、観察手法が不適切な場合にはそれが検出されない場合もある。また、水生哺乳類は他に好ましい場所がないために(或いはその存在を知らないために)依然として同じ場所を利用する場合もある。いずれの場合も、行動に変化は検出されなくとも、その個体にはストレスが増加して、個体の生存や繁殖に悪影響が発生することになる。なお、沖縄のジュゴンにおいては、それを観察する機会が極めて乏しく、事前の影響予測の成否を、経過観察によって証明することは極めて困難で、
事実上不可能に近い場合も予測される。このような状況に留意し、十分に安全な対応をとる必要がある。」
そして、粕谷氏は結論的に、「沖縄のジュゴンの危機的な原状と、国民の論調・国会での議論・ジュゴンの保護に関係する各種法令などから見て、工事提案者はジュゴンに対して無害であることを立証する責任があると考える。」と指摘している。
<2> また、本件新基地建設予定地は、良好な自然が残されているため、日本自然保護協会が中心となって、「沖縄ジャングサウォッチ」という海草(ジャングサ)分布の調査を行っている。この結果と本件ボーリング調査予定地を重ねると、少なくとも12地点は良好な海草藻場と重なるおそれが強いとみられる。これによって、ジエゴンの餌湯が直接重大な危険にされされるのである。
前記のとおり、那覇防衛施設局はすでに本件ボーリング調査のための足場設置を開始したが、2004年11月20日に最初に設置されたスパット台船によってサンゴが無惨にも破壊され、山里名誉教授の懸念が現実のものとなった。
すなわち、スパット台船は、海上の台船から、2m角の鉄板でできた台座を先端に取り付けた柱脚を垂直に下ろして設置するのであるが、この4本の柱脚が設置された箇所周辺では、サンゴの幼群体が踏みつけられ、ハマサンゴが割られ、礁斜面の基盤が広範囲に破壊されていることが明らかになった。さらに、作業計画として説明のなかったスパット台船の錨が設置場所近傍に降ろされており、これによる海底へのダメージも生じている。
那覇防衛施設局の説明では、潜水調査により、「基盤の破壊や踏みつけなどの環境攪乱をできるだけ避けるため、設置位置の微調整及び足場等の設置作業を慎重に実施し、珊瑚類の幼群体、無節サンゴモ、小型藻類への影響をできる限り低減するよう努めます。」(2004年4月16日那覇防衛施設局「普天間飛行場代替施設に係る現地技術調査(地質調査及び海象調査)実施時の環境への配慮事項」)としていたのであるが、これらがまったく空疎な弁明であることが明らかとなったとえいる。
以上のとおり、本件ボーリング調査は、本件新基地の護岸の構造を検討するための現地技術調査の一つと位置づけられているが、これは本件新基地建設と一体不可分の関係にある。
そして、本件ボーリング調査自体が環境に重大な悪影響を与えることは明白であって、本来本件アセスメントに組み込まれ、本件アセスメント手続が終了するまで着手してはならないにも関わらず、同手続が終了する以前に着手され、現在に至っている。その違法性・不当性は明らかである。
<1> 原告らは、憲法前文、第9条、第13条及び第25条に基づき、個人の生命、身体、精神及び生活利益といった人間としての生存に基本的かつ不可欠な利益の総体としての人格権、国民が健康で快適な生活を維持しうる外的条件であるところの良好な環境を享受し、かつ、支配しうる権利としての環境権、及び、平和的手段によって平和状態を維持し、その下で快適な生活をする権利としての平和的生存権を有している。(2)久志地区に居住する原告(原告目録<1>)らの権利とその侵害
<2> 人格権に基づき差止請求が認められることは、判例として確立している。人は、疾病をもたらす等の身体侵害行為に対してはもとより、著しい精神的苦痛を被らせあるいは著しい生活上の妨害を来たす行為に対しても、その侵害行為の排除を求めることができ、また、その被害が現実化していなくともその危険が切迫している場合には、あらかじめ侵害行為の排除を求めることができるものと解すべきであって、このような人格権に基づく妨害排除及び妨害予防請求権が私法上差止請求の根拠となる。
<3> 環境権とは、健康で快適な生活を維持する条件としてのよい環境を享受しこれを支配する権利であり、憲法13条及び25条に憲法上の基礎付けを有することは一般的に承認されている。
環境権は、人間の生命・健康・生活を確実に守るために必要不可欠の権利であり、人格権が絶対性・排他性を持つのと同様に、環境権もまた絶対性・排他性を持った権利であるから、差止請求を基礎付ける私法上の根拠となる。
<4> 憲法前文は、憲法の基本原則としての恒久平和主義を高く掲げ、その目的を達するために、第9条においてあらゆる形態の戦力の不保持と交戦権の否認を明らかにし、戦争の放棄を定めた。この規定の意味するところは、自衛隊のごとく日本自らが戦力を保持することはもとより、米軍のごとき外国軍隊を日本国内に駐留させることをも厳禁するものである。沖縄を含むわが国内への米軍の駐留は、わが国政府の要請と政府の手による基地の提供、費用の負担等の協力のもとでなされているのであり、米軍の駐留は、憲法第9条の厳禁する陸海空軍その他の戦力の保持に当たるものである。
したがって、米軍の駐留を許した日米安保条約及び地位協定は、その意味において、憲法に違反し、違憲の米軍の用に供するため、本件新基地建設を行うことは、憲法に違反するものである。したがって、米軍の用に供するための本件基地建設は憲法の前文および第9条に違反し許されないものである。
そして、かかる憲法違反の行為によって平和的生存権が侵害されまたは侵害される危険がさし迫った場合には、違法行為の差止を求めることができる。
久志地区に居住する原告らは、まさに日々の日常生活において、久志地区
の自然を享受し、奇跡的に残された美しいサンゴの海、そしてジュゴンの海とともに暮らしてきた者たちであり、また、平和を愛し、二度と戦争の被害者にならず、そして加害者にもならないことを誓ってきた者たちである。
ところが、本件新基地建設は、かかる良好な自然環境を不可逆的に破壊するものであり、また、原告らを、現在普天間基地周辺住民が被っているのと同様の戦争への恐怖、へり墜落の危険、甚大な爆音等の被害にさらすものである。そして、現に本件ボーリング調査によって、すでにサンゴ礁が破壊されるなどの被害が発生しており、原告らの権利は侵害されつつある。
名護市内に居住する原告らも、同じ名護市内に居住し、奇跡的に良好に保たれた久志地区の自然環境を享受してきた者たちであり、また、平和を愛し、二度と戦争の被害者にならず、そして加害者にもならないことを誓ってきた者たちである。(4)その他の原告ら(原告目録<3><4>)の権利とその侵害
ところが、本件新基地建設は、かかる良好な自然環境を不可逆的に破壊するものであり、また、本件新基地を拠点とする軍事ヘリコプター等が広範な空域を飛行することからすれば、名護市に居住する原告らも、戦争への恐怖、へり墜落の危険、甚大な爆音等の被害にさらされることになる。
また、名護市以外に居住する沖縄県民である原告らにとっても、米軍基地が沖縄県全体に広く分布し、それぞれの間を米軍部隊が行き来して基地提供施設内にとどまらない活動をしていることからすれば、本件新基地建設は、沖縄県民の基地負担を強化・恒常化し、沖縄県民である原告らの人格権・環境権及び平和的生存権を侵害するものである。
以上のとおりであるから、原告ら全員は、人格権・環境権及び平和的生存権に基づき、本件ボーリング調査の差止を請求できる。2 漁民である原告(原告目録<3>)の漁業権とその侵害
漁業権とは、行政庁の免許により一定の水面において排他的に一定の漁業を営むことができる権利をいう。その具体的内容は漁業法で定められており、定置漁業権、区画漁業権及び共同漁業権の三種がある(同法6条1項)。また、これらの三種の漁業権に基づいて行なわれる漁業を漁業権漁業という。
また、漁業権は、誰に免許が与えられるかにより、漁民個人に与えられる経営者免許漁業権と団体に与えられる組合管理漁業権に区別される。
これらの漁業権漁業の他に、契約によって他の共同漁業権または特定区画漁業権に属する漁場においてその漁業権の内容である漁業の全部又は一部を営む「入漁権漁業」(同法7条)と都道府県漁業調整規則7条により知事によって与えられる許可漁業がある。
漁業法は、漁業権を物権とみなし、土地に関する規定を準用する(同法23条1項)。それゆえ、漁業権が侵害され、あるいは侵害されるおそれがある場合には、侵害を止めることを請求する権利、すなわち、妨害排除請求権及び妨害予防請求権が認められるのは当然である。よって、漁場とされている水域が汚染されたり、水質が人為的な行為によって変化したりして、漁業に影響が出てくるような場合は、漁業権侵害となり、その妨害排除を求めることができる。
組合管理漁業権は、漁業協同組合(以下「漁協」という)または漁業協同組合連合会(以下「漁連」という)が漁業権の免許を受け、漁業権行使規則を制定してこれに基づいて漁業権を管理し、組合員がその行使をできる権利である。その対象は共同漁業権及び特定区画漁業権である。
漁業権は、沿革的には入会権的な権利であるから、管理権能は、漁協又は漁連に帰属するが、実質的な収益権能は個々の組合員に帰属するというべきである。
したがって、組合員である漁民も漁業権者として単独で妨害排除及び妨害予防請求できる。
仮に、組合員である漁民は漁業権者ではないとしても、組合という団体の構成員としての地位に基づいて漁業を営む権利(同法143条参照。以下「漁業行使権」という)を有している。したがって、漁民は、当然、この漁業行使権に基づいて妨害排除及び妨害予防請求権を有している。
<1> 共同漁業権の場合共同漁業権は一定の漁場を共同利用するものである。この漁場の共同利用という観点からすれば、共同漁業権は、漁民の漁業行使権をその基本とする権利であると理解するべきである。
そもそも、共同漁業権が組合に属するのは、他の漁業のあり方を考慮した上、特定の人だけが特定の使用収益をすることができ、他の人を排除することができるようにするという複雑な漁業調整を、できるだけ柔軟かつ容易に行えるようにするという技術的理由によるのであって、決して組合を利益の帰属主体とするためではない。同一水面を客体にして同一内容の漁業を営む権利を各組合員が互いに適切に行使し保全するために、団体的規律が必要になり、組合が組織され、かつ、組合がそれらの権利の総体を管理処分できるように共同漁業権が構成されているのである。漁業法143条は、「組合員の漁業を営む権利」の侵害に対する罰則を定めており、漁業行使権に妨害排除請求権を認める明文上の根拠といえる。
この関係は、建物区分所有権と管理組合との関係と類似するのであり、建物区分所有権者に妨害排除請求権があるのと同様、漁業行使権にも妨害排除及び妨害予防請求権は当然認められる。
<2> 特定区画漁業権の場合
区画漁業権は、権利者が長期間、漁具や施設によって一定の水面を独占し
ながら何ら救助の手段をとらず作業を継続するという許し難い事件が幾度も発生している。原告らは、かかる被告の手法に対して強く抗議し続けているが、被告はその態度を全く改めようとしない。
かかる被告の行為は極めて悪質であり、本件ボーリング調査の違法性を著しく加重する要素として考慮しなければならない。
以上のとおり、本件ボーリング調査によって侵害される利益は重大であって、かつその侵害行為は極めて悪質であるから、直ちに差止めを認めるべきである。
よって原告らは、請求の趣旨記載の判決を求め、本申立てに及ぶ。