9. 障害者向け調理器具の点字表示のアホらしさ! (2001/10/15記入)
いい人は介護する(?)――障害者として、介護者としての雑感
(その9)
目がよく見えない者にとって、炊事、調理は容易ではない。連れ合いは全盲ではないのだが、視力の明度がほとんどなく、昼間の太陽が燦燦と照っているもとでも夕暮のような明るさらしく、家の中の100ワット電球の直下でも、お湯を急須にさすことが出来ない。注ぐお湯の量が見えないのだ。一杯になってもわからずに溢れさせてしまう。
電話機のプッシュボタンの数字が見えないし、腕時計はもちろん、大きな掛け時計の文字盤も針の位置もわからない。いちばんの苦手はいろいろな電気器具についている液晶表示という代物だ。最近では、ありとあらゆる生活器具にこれがついていて、それが見えなければほとんど使えない。たとえば、自動洗濯機の運転時間、電子レンジの加熱時間、浴場の暖房や換気の空調器の運転時間、ビデオのチャンネル番号、すべて見えないから、それらを使えない。時計だけは、だいぶ以前から、手で押すと現在時間を音声で伝えてくれる置時計も出回っていたし、最近では、小型の腕時計でも音声で時刻を伝えるものがずいぶん安い値段で市販されている。電子レンジで、音声案内のものがあってくれればいいのだが、それはまだない。だから、私が1分半なり、3分なりに加熱時間をあらかじめ設定し、あとはスイッチを押すだけでいいようにセットしておけば、一度だけは使えるが、それで終わりになってしまうから、一人では二つの食品を続けて温めることは出来ない。(このスイッチとても、昔のように大きく出っ張っているものではなく、まったくの平面で、2センチ弱平方の部分を押すのだから、そのままでは彼女には押せない。スイッチの位置が指先の感覚だけではわからないからだ。私がそのスイッチの上にプラスチックのボタン状のものを接着剤でつけ、指でそれを探って押すようにしてあるので、押せるようになったのだ。)
ガスレンジも危ない。いちばん強い炎でも、ガスの青白い炎の色が彼女には見えない。レンジの上のほうに手をかざし、温度でガスがついているか、消えているかを判断する。
火傷や火災の危険を防ぐため、私たちは、電磁調理器具を使うことを考えた。金属製の平面が発熱して、上に載せた平底のなべなどを加熱するが、炎は一切出ないし、上に鍋などが載っていなければ発熱もしない。最近では、ホテルの部屋などに湯沸し用として小型のものが設置されているし、学生用のアパートなどでも、火災防止のためだろう、炊事用のガスがなく、電磁調理具しか認めていないところも増えている。
昨年のある日、私は、連れ合いにも容易に使えそうな電磁調理具を探しに、新宿のデパートや電気器具の量販店に出かけた。ある量販店の調理器具売り場で、事情を説明して尋ねたところ、店員は、「目の不自由の方専用に作られた点字付の電磁調理器があるんですよ」と案内してくれた。「ナショナル製のIH調理器です。今年の製品ですよ」
と店員が説明する。ホウ、そんなものまで出ているのか、と、私は少し感動した。
確かに現物を見ると、液晶パネルも操作盤の中央についてはいるが、「時間」、「分」、「取消」、「加熱」、「揚げ物」、「切」などのスイッチの横には点字がついている。加熱の温度を上下させる「▲」や「▼」のスイッチの脇にも点字がある。連れ合いは昨年突然弱視になったのだから、もちろん点字は使えないのだが、このスイッチはいずれも平板ではなく、指で探ればわかる程度に出っ張っているので、位置の順序さえ覚えれば使えそうだ。さすがナショナルの製品だ、と私はまた少し感銘した。そして購入することにした。1万9千320円をそれに支払った。(左の写真は、ナショナルIH調理器 KZ P8 その左上は精工舎製の音声時計「PYRAMIDTALK」 DA570G、ピラミッド型の置時計の上部を軽く押すと、女性の声で現在の時刻を伝える。20年ほど前だったろうか、連れ合いが当時の勤め先の会社から記念品に貰ったものだ。その下は音声腕時計。最近の製品で J・axis
製 「CYPEAT」 やはり脇にある小さなボタンを押すと現在の時刻を音声で伝える。1年以上使っているが、ほとんど時間の狂いがない。)
さて、家に帰って、早速使おうとした。普通の鍋で使えるものはほとんどなく、調理器の中央に印のついている二重の円形の部分に金属の底がぴったりつくような平底の鍋でないとだめなのだ。それは構造上、やむをえないのだろうと納得する。普通の土鍋ではだめで、この調理器具専用に、底に丸い金属部分の輪がついている土鍋が売り出されている。(これも買ったが、7,450円した。)
ところが! であった。タイマースイッチの「時間」、「分」のスイッチの脇には、確かに点字がついているのだが、その「時間」スイッチや、「分」スイッチを押した場合に出てくるのは、液晶パネルの上の液晶数字だけなのだ! つまり、「分」ボタンを押したところで、目の見えない人にとっては、5分なのか、10分なのかはまったくわからない。 私は、「分」ボタンを押せば、音声案内で「10分です」とか「15分です」とか、言ってくれるものとばかり思い込んでいたのだ。だって、音声案内の小型腕時計でさえ、2千円以下の値段で売られているのだから……。いったい、この「時間」だの「分」だの「取消」だのというタイマースイッチについている点字は何の意味があるのだろう。この点字の無意味さ! アホらしさ! この点字をつけることを発案した人物は、障害者でないに決まっている。実際に使うものの立場に立ってちょっと考えてみれば、これが何の役にも立たぬ点字であることはすぐわかるはずだ。うんと悪くとれば、この調理具は、目の障害者に売ろうとするために作ったのではなく、「わが社は、弱者・障害者の立場に立ったこういう製品までラインナップには加えているんですゾ!」ということを、健常者である一般消費者に誇示するためだけに作ったデモ製品ではなかろうか、ということになる。(右の写真は、電磁調理器の操作盤。スイッチの脇には、すべて点字はついているが……。)
結局、この電磁調理器も彼女は使っていない。おでんなり、鱈ちりなどを食べようか、という寒い晩など、それを持ち出して使う役割は、やはり私のほうである。