news-button.gif (992 バイト) 228 歴史学者、遠山茂樹さん、8月31日に97歳で逝去。 (2011年09月11日  掲載)   

 明治維新の研究者の歴史学者、遠山茂樹さんが8月31日に逝去されていたと、各紙に訃報が出ています。97歳で、老衰の死去とのことでした。哀悼の意を表します。
  葬儀は9月4日、5日に都内でおこなわれ、親族および横浜開港資料館関係者,老人ホーム関係者と横浜市大卒業生とが参加されたそうです。 
 葬儀に配付された栞に、ホームに入られてから習われたという遠山さんの俳句がいくつか掲載されており、表紙の一句は、「水仙の清楚を吾の心とす」(2002年誕生日に)とあったそうです。左の写真は60歳代(1976年横浜市大新入生歓迎会での記念講演会のとき)で、知人から送れていただきました。
 遠山さんは、1952年当時、東大の教職員組合の委員長をされていました。そのとき、私は、東大学生自治会中央委員会の議長でした。この年の2月、東大の学内の中で教授や学生たちの動向をスパイしていた本富士警察署の警官3人が摘出された「東大ポポロ事件」が起こり、自治会と、教職組、協同組合などを強く共闘し、警察への抗議活動を行ないました。その後、遠山さんは、渡辺洋三さんと編著で、『ポポロ事件』(1964年)に出版(新興出版社、のちに1968年に『東大ポポロ事件』と題名)が出されました(右の写真)。この本の中では、第\景から]U景まで4章を私が執筆しています。この本には、三人の警官の警察手帳の内容全文が載せられており、また、名判決といわれた第一審の無罪判決の全文も載せられています。