○一松定吉君 あなたはそうすると松川事件というものの内容は御存じなんですか。
○証人(矢内原忠雄君) 新聞記事でほぼ知つておりますが、その事件は目下係争中であるように聞いております。
○一松定吉君 係争中であることはわかつておるが、その内容を御存じなんですか。
○証人(矢内原忠雄君) 新聞で報道せられておることを知つております。
○一松定吉君 新聞で報道されておることは今私から申上げたような、いわゆるいろいろな職務を追放されたような連中や、政府の施策に不満のあるような連中が寄り集まつて、そうして汽車を顛覆さして人を殺して、そうして政府をして自分の主張を通すように反省させようというような謀略に出たいわゆる殺人事件なんです。そうして現に福島の一審において死刑の宣告を受けた者が五人、無期の宣告を受けた者が五人、懲役十五年が一人、懲役十二年が三人、懲役十年が二人、懲役七年が三人、懲役三年六月が一人、こういう事件なんです。これが今あなたの学問の自由についてどういうところを研究しなければならんか。あなたがたがお許しになつたのですからそれを許した理由を一つ説明して下さい。
○証人(矢内原忠雄君) 只今申上げましたように学問には研究対象の制限はありません。ただそれを実行することによつて不法な思想を煽動するとか、或いは強制するとか、そういうことはいけません。
○一松定吉君 これは今私が大要を申上げたのだが、人を殺すための謀議をして汽車を顛覆さして人を殺した事件なんですよ。それが教育基本法の第一条の、あなたがたのやり方は教育基本法に支配されなければならんが、いわゆる「平和的な国家及び社会の形成者」を養育するというのが目的なんだ。人を殺すような謀議をしてそうしてこういうようなことをやつて死刑の言渡しを受けておるような芝居を大学の中でやる、これがどういう学問の自由、研究の自由になりますか。(「三鷹事件の焼直しだ」と呼ぶ者あり)それを一つ答えてもらいたい。
○証人(矢内原忠雄君) 人を殺すことがよろしいと、そういう教育をするとか、或いはそういう思想を普及するとか、それはよくありません。それは許しておりません。
○一松定吉君 それならそれに当てはまるじやありませんか。人を殺すことを謀議してそうして現に汽車を顛覆さして殺した事件、それを大学の学生が研究をして、どこに大学の学問の自由、研究の自由がありますか。あなたの言う音楽とか演劇とかいうものは学問の自由ではありません。憲法の学問の自由というものは憲法の規定に限られて、今あなたのおつしやるようなことは、それはいわゆる憲法の第二十一条における「通信の秘密」、それから「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由」には入る。併し大学の学問の自由のうちじやないですよ。ですからそこを区別して答えてもらわんと困る。あなたのように表現の自由と学問の自由とを混同してはいけない。
○証人(矢内原忠雄君) ちよつと話がずれますが、学問の自由と思想、言論或いは表現の自由とは別なものではありません。これは密接に結合しておるものでありまして、広い意味で申せば学問の自由は言論、思想、或いは思想の発表の自由の中に含まれております。
○一松定吉君 それはそう解釈してもよろしい、そう解釈しましよう。そこで問題は、こういうような不穏当な松川事件を取材として……、大学で学問の自由の研究の取材としてやるということをお許しになつたのですが、どういうような貢献がありますか。(「法学部の法の研究」「黙つて聞け」と呼ぶ者あり)
○証人(矢内原忠雄君) 繰返して申しますように「それによつて人を殺すことを奨励するとか、或いは国家を顛覆することを煽動するとか、それはよくありませんが、たびたび申しますように、例えば結核菌の研究をすれば、対象は結核菌でございます。結核菌は非常に有害なものであります。けれどもこれを研究することによつて(「常識がない」と呼ぶ者あり、笑声)学問は進歩するのです。研究対象が犯罪事実であろうとも……。
○一松定吉君 そうすると何ですか、結核菌の撲滅に向つて研究を進めることは、人体の生命に重大な影響があるから非常に結構なことですよ。汽車を転覆するために……、いろいろのことを謀つて汽車を転覆するということが学問の進歩にどこに利益があるか、どこを認めてお許しになつたか、そういうことを伺つているんですよ。そういうことは許しちやならんというお話なら、それならいいんですが、あなたはこれを許したのがいいようにおつしやるから、先に私が冒頭に言つたように、惡いところは惡いとお互いに反省して、将来の培えとすればいいんですす(笑声)それをあなたが無理に理窟付けようとするからこういう議論が起るのです。
○証人(矢内原忠雄君) それは理窟ではありません。ここに尾高法学部の教授がおられますから、必要があれば法学的根拠をお尋ね下さればよろしいと思いますが、例えば犯罪という事実がございます。刑法学者はこれを刑法学の見地から研究いたします。併しこれは犯罪を奨励するものであつてはいけない。芸術もそうであります。芸術の取材とするものはいろいろのものがございます。例えば犯罪が一つの芸術の対象になります。それを犯罪を奨励する意図を以てなせば誤りでありましようが……。
○一松定吉君 奨励するというのじやない。私の言うのはこれを劇の取材としたということが、この法学の学生諸君が平和国家を建設するについてどういうように必要な取材ですか。殊に先刻これは警察がでつち上げたのだというような演説をしているときに、こういうものを許しておいて、顛覆の相談をするようなことが芝居の一つに取込まれているかどうかは知らんが、相談をして、而も顛覆したことについて、アリバイをこしらえて、そして我々はそういうことをしなかつたのだという打合せをしておいて法廷に臨んだ事件です。どこに研究の価値があり、どこに取材にしなければならない価値があるかということを申上げるのですが、あなたはもう私の質問に対してすぐお答えができんようですから、これ以上追及しません、答えができますか。できるなら一つして下さい。こういうものは学生に犯罪を……、人を殺すことについては謀議したというようなことが、どういうところにこれが学問の自由の尊重になりますか。これはどういうところで平和国家の建設について役に立ちますか。
○証人(矢内原忠雄君) 問題を極端な形で考えますと、そういうことはよくないという……。
○一松定吉君 それでいいんだよ。
○証人(矢内原忠雄君) よくないという主張をなすということもあり得るわけです。
○一松定吉君 よくない……、ということでいいんです。あなたはそれを初めから言わんからよくない……。よくない、ところが許された、許されたのがよくない、よくないことはわかつております。
そこで私は尾高教授にお伺いします。学生の中にいわゆる共産主義の学生もいるということをあなたは仰せになつたが、共産主義の学生がいるばかりでなく、それらの学生がこの問題になつている警察手帳の内容によると、いろいろの政治活動をしていることになつておりますね。これは警官も間違いないことを認めておりまりすから、この手帳によると政治活動をしておりますね。これは教育基本法の第十条によつて禁止されているのですが……。 |