名護市・辺野古海域での普天間飛行場代替え基地建設反対
座り込み行動の報告
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沖縄・辺野古の海域では
オジィー、オバーが命がけで闘っている!
・ 東京平和運動センター
・ 事務局長 森本 一雄
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オジィー、オバーは非暴力の闘い!
9月22日午後1時30分頃に私たちは那覇空港に到着、ただちにバスに乗り換えて名護市・辺野古海域に向かう、途中、米軍那覇軍港、キャンプ・キンサー、空軍の嘉手納基地、嘉手納弾薬庫などを通り過ぎ、高速道路を北上、今も実弾砲撃演習が行われているキャンプ・ハンセンなどを見ながら(心の底では「早くでていきゃがれ」とつぶやいている。)名護市に入る。すぐにキャンプ・シュワブだ、那覇空港からここまで米軍基地をとりまくフェンスに改めて怒りが込み上げてくる。
午後3時30分頃辺野古海域に到着した。抗議の座り込みはテントが5〜6張りで今日も島袋ヨシさん92歳をはじめ10数人のオジィー、オバーが猛烈の暑さの中ガンバッテいる。4月19日から始まった座り込み行動は今日で157日目になり、この間、ドクターストップがかかるも、軍事基地は人を殺すもの絶対に認めることはできない。あの沖縄戦では多くの沖縄県民が米軍に殺されたではないか。また、海は戦争中の飢餓のとき私たちを救ってくれた。その海を、命の宝の海を、ものすごい美しい海を、天然記念物ジュゴンの海を、サンゴや多くの魚が生息する海を絶対に埋め立てはならない!と元気で息巻いていました。
オジィー、オバーは、防衛施設局や請負業者などが辺野古漁港や基地ゲートに来た場合は一斉に道路に座り込んで阻止するという戦術をとっています。あらっぽい機動隊や建設業者を相手にひるむことなく、非暴力を徹底して抵抗しています。
こうした闘いに全国から支援が続けられすでに8千人をこえる人々が座り込みに参加したといいます。
自然保護団体やジュゴン保護キャンペーンセンターも闘いに参加!
私たちが座り込み行動に参加したときは、防衛施設局は基地建設に向けたボーリング地質調査が再開され、海上には施設局職員や作業員をのせた調査船、それを護衛する警戒船、監視船、リーフ外には海上保安庁の警備艇などが配置について物々しい、緊張した海になっていました。
基地建設に反対する自然保護団体などは、モーターボートによる抗議船とカヌーによる調査の妨害などで抵抗していました。カヌーには女性も乗船し午前7時頃から夕方の5時頃まで一日中海の上で抗議しているとの話にびっくりしました。
2000年・国際自然保護連合の大会で沖縄のジュゴンの保護決議が採択されて4年目に入りますが、この間、日本政府はジュゴン保護に何ら手立てを講じていないため、タイ・バンコクで11月に開催される大会では、日米両政府に対応を追及するとともに保護区の設定を求める勧告決議を実現する運動を強めています。
大金をばらまく防衛施設局!
海底ボーリング調査に7億8千万円が投入されています。落札したのは、地質調査の最大手「応用地質(株)」もちろん私たちの税金です。辺野古漁港のすぐわきは遠浅の海辺でしたが今は、基地建設のために埋め立てられ、機材などを運び入れるための道路が完成。辺野古漁港以外の漁業協同組合は豊かな海は命の海だとして防衛施設局に非協力を通していますが、かんじんからめの辺野古漁業協同組合は物凄い補助金と漁業会館の建設をしてもらったためか反対するオジィー、オバーの見ているところで防衛施設局に漁船を提供しています。金で地域住民を分断するやり方に怒りが込み上げてきます。
基地建設は、名護市住民投票では建設ノーが過半数を越えましたが、当時の市長は建設受入れを表明して辞任しました。市長選挙は市民を二分する猛烈な選挙になりました。防衛施設庁は東京からも動員し、建設業界は不在投票などで社員をしばり、商工業界は名護市の活性化のためとしょうして業界をしめつけ、だれの目にも選挙法はあってもないというすさまじい選挙戦でした。市民には1年間100億円10年で1,000億円の北部振興費を投入するという政府自民党の選挙戦に、住民投票で勝利したものの市長選挙では敗北という厳しい結果になりました。
負けたのにもかかわらず、「命を守る会」は金城祐治会長を中心にこの8年間、建設予定地の前で監視を続けてきました。闘いはこれからが本場だ!オジィー、オバー私たちも闘う!ガンバロウ!
都市型戦闘訓練施設建設反対―金武町伊芸地区長との交流
9月23日午前9時から11時30分まで座り込み行動に参加した私たちは、その日のうちに金武町伊芸地区キャンプ・ハンセン内に建設中の基地見学と、これまでの闘いについて池原区長さんの話しを聞くためにバスで移動。
金武町は、県道104号線を越える実弾砲撃演習が行われていたため、町民を初め沖縄県民の闘いによって、矢臼別(北海道)、王城寺ケ原(宮城)、東富士(静岡)、北富士(山梨)、日出生台(大分)の本土5カ所に分散しています。この5カ所では夜間演習や一回の演習で3,000発(沖縄の一年分)を打つなど沖縄では実施されていない演習が行われています。沖縄と同様に市民の生命を脅かしています。
核兵器発射可能な155ミリりゅう弾砲の砲撃演習は現在行われていないものの、海兵隊が使用するあらゆる武器による演習がいまも続いています。そのため、砲弾の着弾地の山はたびたび火災をおこし、森が消滅するなどの環境破壊が続いています。特に被害の大きいのは伊芸地区でこれまで幾度も流れ弾により人や人家への被弾しています。
こうしたところに、米軍は、沖縄自動車道路から250m、住宅地から300mの場所に都市型訓練施設の建設を強行しています。米軍基地内に建設するものだからといって日本政府は黙認しているため、闘いは金武町民と伊芸地区の住民にかぎられ、闘いは100日(9/2)を越えて、署名も11,000人を越すも苦闘が続いています。
住民をだます防衛施設庁のやり方に怒り声があがっています。現在建設中のすぐわきの沢に3年前突然米軍は、赤土が海に流れ込むのを防ぐために「砂防ダム」を建設すると住民に説明。今思えば施設を建設するとなると森林を伐採し、森を切り開き、山の土地をえぐりとり、当然として山は破壊され赤土も流失という状態になることはだれでもが想像できます。米軍は3年前、すでに施設の建設を計画していたのに今日まで黙り通し、住民を欺き通したという事になります。そして、その計画を事前に知りながら、ある日突然、米軍が基地内に作るので日米地位協定でどうにもならないと、建設を容認している政府・防衛施設庁、沖縄県知事を許すことはできません。
この施設は、在沖縄米陸軍特種部隊が使用する実弾射撃を伴う訓練場で、射撃用建物、強行突入用訓練施設、野外射撃場、懸垂降下兼実弾射撃訓練塔などが建設されます。これまでも実弾が市民の生活の場に飛び込み命が脅かされてきましたが、さらに危険度が数倍になる事になります。
金武町、伊芸地区の住民は猛烈に反発しています。しかし、ここでもブッシュに従属する小泉内閣ではどうにもならないということか、いや、そうではない。アメリカは歓迎されないとろに基地は置かないと断言しているではないか、この発言は韓国の住民の闘いによって米軍基地の撤去や縮小が実現しています。沖縄はもとより日本全国の基地建設反対の世論をさらに大きくし撤去まで頑張るしか私たちにはないのです。
安保の見える丘―米空軍嘉手納基地
今日23日は祝日にかかわらず、沖縄平和運動センター事務局次長の岸本さんが、金武町・伊芸地区に建設中の「都市型戦闘訓練施設」、「嘉手納基地」、「宜野湾市・米軍ヘリ墜落・炎上現場」、「普天間基地が一望できる嘉数の高台」などを案内していただくことになっています。
つい2年前まではここに来ないと(安保の見える丘)嘉手納基地は一望することはできませんでしたが、今は、すぐそばに「道の駅」が完成し、その展望台から、いままで見ることのできなかった嘉手納基地を見る事ができます。私たちが展望台に着いた時F15戦闘機がつぎつぎと訓練から帰還し、滑走路に降りる機もあれば、空気を切り裂き轟音を発しながら飛び立つ機もあるという状況で紛れもなくそこには戦争が見えました。
この基地は、ベトナム戦争や湾岸戦争、アフガン、イラク戦争と常に出撃し、これまで何千、何万人を殺してきたか、いや、いまでもイラクやアフガンで女性や老人、子どもを殺し続けています。こうした殺人に日本が大きくかかわっていることに残念でなりません。日米安保条約を一日も早く破棄し、どの国とも軍事条約を結ばない。平和な日本を築きたいものです。
米軍ヘリ沖縄国際大学に墜落・炎上(8月13日午後2時15分ごろ)
10月1日、墜落炎上した同型米軍ヘリが訓練を再開しました。急上昇、急降下、空中での停止飛行を繰り返していると報道されています。米軍がなんでもできる日米地位協定があるからだといいます。しかし、主権は日本にあるはずだが、小泉首相は夏休みだとして事故現場すら見に行こうとしなかった。稲嶺沖縄知事は宜野湾市民・沖縄県民が3万人も集まった抗議集会に参加もしない。どうなっているのか日本の政治家は。
私たちも、9月23日午後4時頃墜落炎上した現場に行きました。大型バスが駐車できないためほんの少しだけ停車した車中から現場を見ました。すでにテレビ、新聞などの報道で皆さんも現場は想像できますが、生で現場を見て、私は、うーとうなってじーと黒焦げた大学の壁をにらみつけました。なんともいえない発散できない怒りが込み上げてきました。今回の沖縄では辺野古の海でも、米軍基地の視察でも行く先々で怒りが込み上げてなりませんでした。それにしても、イラクを占領を続けるアメリカは非情だよ、普天間基地はフエンスの隣には普天間第二小学校をはじめ17の学校、3つの病院、そして8万8千人が生活しています。子どもたちは、「ショックで夜も眠れない」、「自分のところに落ちてくるのではと心配」と言っているではないか。
日本政府は、普天間飛行場でヘリが墜落炎上したとして、辺野古海域での代替え基地建設を急がせる暴挙に出ています。これから急いだとしても13年はかかるという。13年間も安全であるとだれが保証するのか。政府、防衛施設庁、沖縄県知事などに市民の命をもてあそばれてなるものか。世界一危険な軍事基地がそこにあるではないか。米国防長官も「事故が起きないのが不思議」といっているではないか。だから沖縄県民は無条件返還と国内外への移設を求めると答えた人は81%もいるではないか。このまま辺野古沖に移設を進めるという人はたの6%しかいないのだよ。なぜ、政治家はこうした沖縄県民の声を聞こうとしないのか。人の「いのち」を無視した政治家を沖縄から日本から追放したいものだ。
私たちのみじかにも軍事基地による危険がいっぱい!
世界広しといえども、戦後60年が経つというのに外国の軍隊が国の首都に居座っているのは日本くらいなものである。横田基地がそうである。この基地が米軍の世界的な再編にともなって、ますます機能が強化されようとしています。
厚木基地の周辺には、150万人の人々が生活しています。普天間基地が世界一ならば、この基地は世界第二か。77年には戦闘機が墜落し家族3人が死亡する大事故を起こしています。今も、戦闘機による夜間飛行訓練(NLPータッチアンドゴー)などが続き、その騒音はとてもがまんができない。周辺の市民生活と生命を脅かし続けています。
横須賀には米海軍基地があります。イラク戦争ではここから出撃した空母キテイホーク群がミサイル攻撃や戦闘機による攻撃などで何千人ものイラクの市民を殺したか、恐ろしい基地です。テロ組織から一番狙われているのではと横須賀の市民は心配しています。この基地に08年を想定して原子力空母の母港化がすすんでいると海軍の司令官は発言しています。東京湾に原子力空母の配置です。そうなれば、この横須賀基地が世界一危険な基地になることは間違いありません。いま、100万人署名活動を展開しています。米軍基地は日本のどこでも歓迎できないとはっきり意思を表明しましょう。
座り込み行動や墜落炎上した現場を視察した参加者の感想!
沖縄平和運動センターとの交流会の場で簡単に感想を聞きました。急いでメモしました。皆さんに伝わりますか心配ですが紹介します。
★権力が金で運動を弱体化させる手段は、40年前の新島闘争もそうであった。最後の勝利まで頑張ろう!
★辺野古の海をボートから見ることができた。こんな美しい海に基地を作らせてはならない。
★これだけ沖縄が攻撃されていることが理解できた。もっと多くの仲間を連れてきたい。
★若い仲間を連れてきたい。
★47年に沖縄に来たことがある。ドルが300円であった。なぜ沖縄なのか、嘉手納基地の中に畳み2枚ほどの俺の土地がある。(一坪反戦地主)おれの土地を返せ!
★基地闘争のエネルギーをもとめて沖縄に年2回は来ている。
★自治労都庁職労は、沖縄反戦ツアーを企画している。毎年20人くらいきている。辺野古の闘いが具体的に始まっているので今回も参加した。闘いは継続させなければならない。
★5・15平和行進に女性部として来ています。今回は座り込み参加の皆さんに座ブトンを作って持ってきた。喜んでいただいて良かった。
★仕事は消防車を作っている。組合の全役員は反戦ツアーに参加させている。
★現場で感じるということが大切だと思う。これからもその場に行くことを大事にして運動を続けたい。
★支部の活動家を連れて来たかった。それが実現できた。もう一度、伊芸地区を訪れて区長の話を聞きたい。
★地下鉄の運転手をしている。組合としては97年から平和行進に参加している。現実を学ぶということで沖縄に来ている。座り込みに参加して良かった。反戦運動を大切にし、今後も継続したい。
★北海道・エトロフ島出身で北方領土返還闘争にも積極的に参加している。
★ヘリの墜落炎上の現場を見て、これが住宅街の真ん中であったらと思うとゾッとした。
★平和行進に続いて2回目の沖縄です。現場に行くことで闘いの実感をつかむことができる。
東京の新聞の報道があまりにも小さいので、これからも頑張らないとと思う。
★沖縄ははじめて。座り込みに参加して、平和運動を大切にしなければならないと思った。これからも沖縄に係わっていきたい。
★座り込みに参加して辺野古の海を実感した。私も頑張る。
★那覇空港に到着して軍用機と民間機が同じ飛行場を使っているのを見てまず危険な島だなーと思った。辺野古の海に基地は作ってはならない。
★平和運動としては反核平和リレーを継続して取り組んでいる。今年の平和友好祭では日の丸・君が代問題を取り上げて議論をした。沖縄の人がよく来てくれたと大変喜んでくれた。
★組合として沖縄の闘いにもっと多く参加させたい。10・21集会などを成功させるために頑張りたい。
★若い人に運動をどう伝えるかが課題だ。現場に参加させることが大事ではないかと思った。
★伊芸地区の人々は追い詰められている。ともに闘い励ましていきたい。
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