TKOPEACENEWS
 1面 NO.42/03.12.1発行


特 集
反原発の闘い

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原子力資料情報室
 西 尾  漠



労働者被爆なくして原発は動かない
 全国の原発では、1年間に5万人くらいの人が働いています。そのうち電力会社の社員は約5,000人。原子炉メーカーや部品メーカーの社員も何千人かいますが、大多数は、下請けの人たち(より正確には、元請けー中請けー下請けー孫請けと何重にも差別があります。)です。
 原発の中には、数分間しか仕事ができないほど強い放射能を浴びるところがありますが、そんな危険なところでの仕事は、下請けの人たちがします。日本各地で被爆した人たちのデータが毎年発表されますが、その95%以上が電力会社の社員でない人の被爆です。大部分が下請けの人たちの被爆だということは、間違いないでしょう。
 現代科学技術の最先端のように思われている原発のなかで、労働者が床にはいつくばり、狭いタンクの中に体をよじって入り込み、床にこぼれた放射能性廃液をチリトリですくってバケツに入れ、ボロ布でこすって放射能汚染を取り除くといった作業に従事しているのです。


何カ所もの原発をわたりあるく人が
 しかも、その下請けの人たちのなかには、一つの原発での点検や修理が終わったらまた次へ、何カ所もの原発をわたり歩く人が、大勢います。放射能被爆の管理をしている放射線従事者中央登録センターのデータによれば、年間に4カ所とか5カ所の原発をわたり歩く人の平均被曝量は、1カ所だけで働く人の4〜5倍です。
 そんな無理をして働いて白血病などの病気になっても、この人たちには何の補償もなく、最近になってやっと数人が、それもたいがいは死んだ後で、労働災害として認められただけです。労働災害として認められたというのは、それだけたくさんの被爆をしていたからです。
 原発で働く人たちの被爆は、1980年ころ最大に達し、その後は減少しました。これは、反原発運動の高まりのなかで労働者被爆の実情を告発する本や写真集が79年に集中的に出版され、81年には下請け労働者の組合が結成されるなど、労働者被爆への批判が強まったことへの対応の結果と考えられます。そこで、ロボット化などの被爆低減策がすすめられました。しかし、90年代に入ると、再び被爆線量が増える傾向をしめしています。被爆低減より経済性の向上を重視せざるをえなくなってきたことや、原発の老朽化がすすんできたことが、その理由として挙げられるでしょう。グラフで増加傾向が突出しているところは、老朽化にともなう大型機器の交換によります。
 ただし、最後の2002年度の増加分は、トラブル隠し発覚後の検査が増えたことによるものです。
 原発で働く人が1年間にそれ以上浴びてはいけないと法令で定められた被曝量は、一般の人について定められた1ミリシーベルト(シーベルトは被曝量の単位)に対して、50ミリシーベルト。以前は一般の人は5ミリシーベルトでしたが、被爆の危険性がかって考えられていたより大きいことがわかって、1989年4月に5分の1に下げられました。しかし働く人に対する基準は、同じように下げると働く人がよけいに必要になるので、変更されなかったのです。2001年4月からは5年間の平均で20ミリシーベルトという基準が加わり、少し厳しくなりましたが、1年間で50ミリシーベルト近くを浴びさせた上でクビにしてもよいわけですから、実態は変わりません。お金をもらっているからというだけで、一般の人の20倍も50倍もの被爆をさせてよいとは、おかしな話です。
 いま日本の原発で働いている人たちのなかから、毎年、数人から十数人、あるいはもっと多くの人が、ガンで死ぬといわれています。放射線被爆の危険性の評価は研究者によって大きな開きがあって、予測されるガン死者の数に違いが出てくるのです。
 いずれにせよ、ガンで死ぬ人は日本全体で1年間に十数万人もいるのですから、原発で働いてガンにかかったのか、煙草を吸ってガンになったのかは、分かりません。だからといって、「被爆が原因で死んだ人は一人もいない」などというのは、おかしなことです。ガンで亡くなる人は、確実に増え続けているのです。原発を動かす限り。
 いや、原発だけでなく、ウランの鉱山や原発で燃やしたあとの燃料の再処理工場などでも、大勢の人たちが放射線をあびながら働いています。
 この人たちの被爆なくして、原発は動かないのです。

◆原爆・原発一字の違い
 原子力発電は、核兵器につながる技術であり、核兵器の材料であるプルトニウムを生み出します。原子力発電をしている国にとって核爆弾をつくることはさほど難しくありません。そこで、核兵器の製造・配備と使用、もしくは誤発射などの事故を心配しなくてはなりません。
 原発も原爆も、共に燃料はウランまたはプルトニウムです。一瞬のうちに燃やす(核分裂させる)のが原爆で、ゆっくり燃やすのが原発です。原爆では1キログラムのウランー235が1秒の何百万分の1程度の時間のうちに核分裂するのに対し、原発では10時間ほどの時間をかけて核分裂をします。違うといえば確かに違いますが、原発の技術があれば原爆をつくれるという意味では、やはり両者の仲は親密です。そこで、原子力発電をつづける限り、新たな核兵器国になろうという国がでてきたり、高濃縮ウランやプルトニウムを奪って核爆弾をつくろうとするテロ集団があらわれたりするのを防げないのです。
 それを防ぐという名目で社会的な自由が制限され、「核管理社会」化が進めば、国家がこっそり核をつくるにはかえって好都合となります。また、核物質の輸送に関する情報など危険の回避に必要な情報まで開示されないため、備えのないまま事故に遭遇することになりかねません。原発がテロに弱いということは、事故にも地震などにも弱いことを意味します。事故や地震への備えがどうなっているかという情報は、テロ対策がどうなっているかという情報と重なる部分があるのです。だからといってこれを隠されてしまったら、ますます安全を脅かされるのは言うまでもないことです。
 核ジャック対策という名のもとに、現実には地域の住民、とくに原発に反対をしている人たちについて、人権侵害となる情報収集が盛んに行われています。ほんらいまもられなくてはならないのは「核から人を」なのに「人から核を」を守ろうとしているのです。

日本の核武装能力
 日本は核兵器を持っていませんが、持とうと思えばすぐに持てる能力があります。
 青森県の六ヶ所村にあるウラン濃縮工場は、1年間に原発10基分ほどの低能職ウランしかつくれませんが、原爆用の高濃縮ウランなら数百発分をつくれます。
 日本で運転中の原発は、4,500万キロワットをこえる規模となりました。これらの原発が1年間に生み出すプルトニウムは、約9トン。1,000発以上の原爆をつくれる量ということになります。
 もっとも、原発で生まれたプルトニウムは、再処理して取り出してやらなくては使えません。茨城県東海村の再処理工場で1年間に取り出せるプルトニウムの量は、原爆十発分です。青森県六ヶ所村に建設中の大きな再処理工場が動きだせば、数百発分になります。
 日本は、核物質を扱う能力も、核兵器を飛ばすロケット技術ももっています。しかも、代々の日本政府は、核の保有は憲法に違反しないと主張してきました。「性質上、もっぱら他国の国土の壊滅的破壊のためのみに用いられる兵器」だけが違憲であって、地対空ミサイルの核弾頭などは「自衛のための必要最小限度をこえない」とされてきたのです。
 ただし、政策として、核はもたないとしています。いわゆる非核3原則です。また、原子力基本法では「平和の目的に限」っていますし、核不拡散条約に加盟して核はもたないことを国際的に約束してもいます。
 それは、しかし、当面そのほうが外交政策上において有利だからでしかありません。核兵器国の一番うしろにくっついていくより、核をもたない多数の国の代表として核兵器国と肩をならべるほうが、はるかに有利な選択だということです。核をもてるけれど持たない、というのが大事な点で、核の保有能力を誇示する必要があります。しかし、実際に核を持ってしまったら、外交上の切り札を失ってしまうというわけです
 とはいえ、そうした考えも、核をもてあぞぶことにおいて核武装論と変わりありません。状況が変わればいつでも核保有にかわるということであるし、事実、2002年5月には当時の内閣官房長官がそう公言していました。そうした政策が核武装論者の温床になつています。さらに、他国の核開発をうながす役割も果たしています。

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