所沢高校 Non-Official 資料70719d

所高生の自由と教育を考える委員会だより
発行日：1997年7月19日(土)
発行：所高生の自由と教育を考える委員会
『学習指導要領』についての学習会　報告
　所高生の自由と教育を考える委員会では、１９９７年６月１３日（金）の午後７時
から所高会議室で委員会メンバーの君島和彦さん（東京学芸大学教授）を中心に学習
指導要領に関する学習会を開きました。以下、その概要をお知らせします。

１．はじめに
　所沢高校の本年度４月からの事態に大変危機感を持っている。特に内田校長が高校
のあらゆること、生徒会の活動までも「学習指導要領の範囲内で」という発言を繰り
返し、学習指導要領を金科玉条のごとく重視している点に大きな危惧の念を禁じ得な
い。
　今回は学習指導要領の作成されるプロセスや学習指導要領の強制力（法的拘束力）
について考えてみたい。

２．学習指導要領とは
　学習指導要領とは何なのだろうか。一般的に教育課程編成の基準を示す文書と言わ
れ、英語の「A course of study」の訳語である。学習指導要領は戦後の教育改革に
ともなって作成されるようになったものである。
　学習指導要領に関する文部省の現在の見解をみれば、まず、教育課程の基準を提示
したものであるという。ここでいう教育課程とは「教科の内容と教科以外の活動のす
じみち」であるとされ、クラブ活動なども「教科以外の活動」のなかに含まれている
という。
　次に学習指導要領は教科書検定の基準にもなっている。つまり教科書検定は学習指
導要領に基づいて行われている。
　つまり前者によって、教師による教育内容を規定し、後者によって教科書の内容に
規制力を持っていることになる。

３．学習指導要領の作成
　学習指導要領はどのような手続きで作成されているか。１９８９年に公布された現
行版学習指導要領の場合を例にとってみよう。学習指導要領は文部省が作成する文書
であって、その改訂の時期は文部省の裁量に任されている。今回の場合は１９８５年
９月に文部大臣が教育課程審議会へ詰問し、２年後の１９８７年１２月２４日に審議
会の答申をうけ、それを踏まえて公布した。
　こうみると、学習指導要領は教育課程審議会という第３者機関によって作成された
ように見えるが、この教育課程審議会は文部大臣の詰問機関であり、その委員の人選
は文部省が一手に握っている。言って見れば文部省の見解に対立する意見の持ち主は
委員に委託されないという機関である。
　今回の学習指導要領は、その作成に大きな力を発揮したと言われた高石文部次官が
リクルート事件で泥まみれになったこともあって、その撤回を求める大きな批判の声
があがった。つまりいわく付きの学習指導要領なのである。

４．学習指導要領の法的拘束力についての文部省の３つの見解
　文部省は現在、学習指導要領は法的拘束力を持つといい、守らない場合は処分する
とまで主張している。しかし、学習指導要領は戦後の初期段階では、教師の教育活動
の単なる参考書であり、学習指導要領自身が「試案」とされた時代もあった。それに
対して１９５５年頃から文部省は基準性を強化し、ついには法的拘束力があると言い
だした。しかし、その「拘束力」に関する文部省の見解は一定しておらず、実にいい
加減である。以下、文部省の責任ある地位の事務次官の見解をみてみよう。
　その１は１９５５年の文部省通達「学習指導要領の基準性について」における見解
である。ここでは従わないと「違法」であると言うが、ただし「弾力性が認められる
ものについては、その弾力性の範囲内で……実施できる」という。学習指導要領には
「弾力性」があるという見解である。しかし、どこが「弾力性」のある部分かについ
ては全く述べていないので、何を「すれば」、また「しなければ」違法なのか全くわ
からない。
　その２は１９５８年の内藤誉三郎文部省初等中等局長の見解である。１９５８年に
小中学校の学習指導要領が改訂された。その時の責任者である内藤局長は、今回から
従来の学習指導要領のうち法的拘束力をもつ部分ともたない部分に分けた、もつ部分
が学習指導要領であり、もたない部分が学習指導要領解説（小・中は指導書）である
という見解を示した。そしてこの時から文部省著作の「学習指導要領指導書」を発行
した。この見解によれば学習指導要領は全部が法的拘束力を持つことになるが、実際
の学習指導要領をみると、「……することが望ましい」とか「……しましょう」など
曖昧な文章が多く、拘束力の範囲が不明確な部分が多かった。つまり実際には教員の
裁量に任される部分が多く残ったままだった。
　その３は１９５９年に林部一二文部省初等教育課長がのべた見解である。これは年
度をみれば明らかなごとく、内藤局長が見解を述べた学習指導要領と同じものに関す
る見解である。ここで林部課長は、学習指導要領は新旧の別なく法的拘束力を持って
いた、しかし拘束力に「強弱」があったという見解を示した。つまり「試案」だった
ころから拘束力があったが、そこには「強弱」があったのだという。
　これらの見解をみると、法的拘束力について「弾力性」、「区分」、「強弱」など
と異なる見解を示しており、実質的にはなにが「違法」か説得的でない。これでは判
断基準が明示されておらず「違法」は成立しない。残されているのは行政の恣意的解
釈の余地だけである。教育基本法の禁ずる教育行政の「不当な支配」へ道を開く「違
法な解釈」であるといえる。

５．学習指導要領の法的拘束力に関する「行政解釈」
　文部省の責任者は勝手な見解を述べて教育界を混乱させているが、その実施にあたっ
ては文部省は一応法律的見解をだしている。その論理を紹介しよう。
　学習指導要領で定める教科などについては (1)学校教育法４３条に「高等学校の学
科及び教科に関する事項は、前二条の規定に従い、監督庁が、これを定める。」とい
う条文があり、この「監督庁」に関して (2)学校教育法第１０６条の１項は「……第
４３条、……の監督庁は、当分の間、これを文部大臣とする」と規定している。そし
てこの二条を受けて (3)学校教育法施行規則第５７条の２項に「高等学校の教育課程
については、この章に定めるもののほか、教育課程の基準として文部大臣が別に公示
する高等学校学習指導要領によるものとする。」という条文があり、これに基づいて
学習指導要領がだされている。つまり、高等学校の学習指導要領については、学校教
育法４３条、同１０６条１項、学校教育法施行規則５７条２項によっていることにな
る。
　ではこれらの規定に問題はないか。まず最初に確認しておかなければならないこと
は、法律には文部省が学習指導要領を公布する権限が規定されていないということで
ある。それは学校教育法施行規則にあるだけである。この施行規則は「文部省令第１１
号」であるが、「文部省令」とは法律の委任の範囲で文部省がだすもので、法律のよ
うに国会の承認を必要としない。文部省の都合で改訂できるものである。したがって
法的根拠は大変薄弱だと言える。
　次に第４３条の「監督庁」は当初「文部省」を想定していなかったということであ
る。そのことは学校教育法には「文部省」という用語が他の条文で頻発に使われてい
ることや、４３条に「当分の間」という用語があることでわかる。それではこの「監
督庁」とは何か。それは各県の「公選教育委員会」であった。戦後の教育改革のなか
で制定された「教育委員会法」は第４９条で「教育委員会の事務」をあげているが、
その３項に「教育内容及びその取扱に関すること」がある。まさに学習指導要領の作
成権を規定する条文である。この法律は戦前の帝国憲法下の教育が極度に中央集権的
であったことを反省し、教育の地方分権化をめざしており、教育内容についても各県
の公選教育委員会に委ねることを予定していた。しかし、戦後すぐの経済混乱や用紙
不足などのなかで「当分の間、文部大臣」としたのである。しかし、この公選教育委
員会法は教育の中央集権化をめざす文部省や自民党などによって１９５６年に改正さ
れてしまい、同時に学習指導要領の作成権が文部大臣に固定化された。しかし、学校
教育法は改正されなかったので、「監督庁」や「当分の間」が残ってしまったのであ
る。
　つまり、戦後教育改革の否定とも言える教育の中央集権化、文部省の権限強化とい
う路線の中で学習指導要領の作成権が文部大臣となり、法的根拠が薄弱なまま、１９
５８年公布の学習指導要領から「官報告示・法的拘束力あり」が主張された。まさに
文部省の恣意の中で法的拘束力が主張されたと言える。

６．学習指導要領の法的拘束力に関する「教育法学説」
　それでは憲法・教育法学界の解釈はどうなっているか。改めて言うまでもなく、学
校教育は憲法と教育基本法の理念に基づいて行われることが大前提である。日本国憲
法では第１１条基本的人権の宣言、第１９条思想と良心の自由、第２１条の表現の自
由・検閲の禁止、第２６条教育を受ける権利などが関連条項である。
　また、教育基本法は「教育の憲法」であり、法律では唯一「前文」を持ち、例えば
学校教育法などと同じ「法律」ではあっても、教育基本法はいわば「上位の法律」と
認識されている。つまり憲法と同じような位置を教育基本法は持っているのである。
　教育基本法１０条は「教育行政」に関して「教育は、不当な支配に服することなく、
国民全体に対し直接責任を持って行われるべきものである。②教育行政は、この自覚
のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなけ
ればならない。」と規定している。これによれば教育内容の細かい点まで規定してい
る学習指導要領が、教育行政の「不当な支配」にあたるかどうかが問題になる。
　これを前提に、学習指導要領については、教育法学界では「大綱的基準説」といわ
れる学説が多くの支持を受けている。これは学習指導要領には法的拘束力があるとす
る「法的基準説」を否定し、学習指導要領は「指導助言的文書である」とする学説で
ある。この学説は教育を「内的事項」と「外的事項」に区分して考える。教育の「外
的事項」とは小中学校の教科名と時間配当、高校での教科名・科目名・授業時間数・
単位数などをさし、「内的事項」とは各教科の教育内容・方法・教材をさす。そして
学習指導要領はこの外的事項への指導助言的文書であり、大綱的基準をさだめたもの
にすぎないとする学説である。
　法律的には、学校教育法第４３条にいう「監督庁」は文部省を予定しておらず、同
条の「学科及び教科に関する事項」についても、下位法への委任による文部省の行政
立法権も文部省が言うように無制限ではない。施行規則なども戦後教育改革の基本理
念である「教育における地方自治」や「私立学校の教育の自由」などを重視すべきで
あり、教育基本法１０条の趣旨も「学校教職員の教育課程編成権を不当に支配しては
ならない」と理解すべきであるとする学説である。

７．大綱的基準説による大法廷判決の概要
　では法律の運用に大きな影響力を持つ裁判所の判例はどうなっているか。大綱的基
準説は１９６０年代後半から７０年代にかけての教育裁判では圧倒的支持を受けた学
説で、１９７６年の旭川学テ最高裁判決で判例として確立したといえよう。この判決
以後、この件に関する大法廷判決は出ていない。旭川学テ判決は、法解釈的には曖昧
な部分を含みつつも、学習指導要領の法的拘束力を否定している。長文の判決文は引
用できないが、要点を記せば次のようになろう。
 (1)学習指導要領を告示しても「告示」という形式では法的拘束力は生じない。
 (2)学習指導要領は「大綱的基準」であれば「必要かつ合理的な基準の設定として是
認」できる。ただし①学習指導要領には法的拘束力を予定しない部分がある。②細か
すぎるなど法的拘束力を持つべきでない部分がある。③学習指導要領は地域の特色を
生かす教育及び自主的教育の余地を十分残している。④学習指導要領は教師に一方的
に教育内容を強制していない。
　以上のような制限的判を含めて総合的に判断すれば、学テ判決は学習指導要領の全
面的な法的拘束力を認めていない。さらに判決は結論部分で「必要かつ合理的な基準
の設定として是認することができる」としているのであるから、「基準の設定」とい
う「手続きの適法性を肯定したもの」と読むべきである。この点に関しては、判決は
別の部分で「右学習指導要領自体が全体としてみて中学校の教育課程に関する基準の
設定として適法なもの」と判示していることからも明らかである。
　最高裁判決は実際はなかなか読みにくい。というより、法律用語の多い判決は日本
一の悪文である。しかし、旭川学テ判決も大綱的基準説をとり、学習指導要領の法的
拘束力を認めていない。文部省の「行政解釈」はその杜撰な論理構成で問題にされて
いない。

８．おわりに
　学習指導要領は法的拘束力を持つものとして強引に強要されている。１９８９年に
公布された学習指導要領をその文言の変化などから「義務化」されたと見る人もいる。
しかし、法的解釈は文部省も大法廷判決も変化はないので、突然義務化されたりはし
ない。教育法学界の見解やそれを受けた大法廷判決が「通説」であって、文部省の行
政解釈は文部省だけが主張する見解である。この点の確認は重要である。


参考文献
　永井憲一編『新学習指導要領と教師』　　　エイデル研究所　１９９１年
　浪本勝年　『教育内容行政の限界』　　　　北樹出版　　　　１９８４年
　同　　　　『戦後教育改革の精神と現実』　北樹出版　　　　１９９３年
　同他編　　『史料　道徳教育の研究』　　　北樹出版　　　　１９８７年
　神田修也編『史料　教育法』　　　　　　　学陽書房　　　　１９７３年
　君島和彦　『教科書の思想』　　　　　　　すずさわ書店　　１９９６年
　『解説　教育六法　１９９７年版』　　　　三省堂　　　　　１９９７年
　文部省『高等学校学習指導要領』　１９８９年
　文部省『高等学校学習指導要領解説　特別活動編』　１９９０年
　文部省『小学校指導書　社会編』　１９８９年
　文部省『高等学校学習指導要領』　１９７８年

学習会のお知らせ

☆「親の教育権とＰＴＡの役割」　９月２５日（木）午後７：００～
　　　林　量俶氏（埼玉大学教育学部教授）

☆「子どもの権利条約について」１０月１８日（土）午後２：００～
　　　荒牧　重人氏（山梨学院大学法学部教授）
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