142回-衆-予算委員会-12号
教育関係
1998年2月24日(火)
《省略》
○深谷委員 一層の忍耐強い御努力を要望しておきたいと思います。
次に、少年問題について御議論申し上げたいと思います。
最近、子供たちの犯罪が次々と起こって、大きく報道されております。中学
一年生による女性教諭刺殺事件、中学三年生の巡回中の警察官を刺した強盗殺
人未遂事件、ごく最近の中学三年生の女子生徒によるひとり暮らしの男性の殺
害事件などなど、これに覚せい剤の問題も加わって、大きな重大な問題を提起
していると私は思います。次代を担う子供たちが次々とむしばまれていく姿は、
本当に耐えられません。残念でなりません。
私の見るところ、少年犯罪そのものは、かつてピークの時代から見ますと、
ずっと減少傾向にあると思っております。ただ、次第に悪質化、そして年齢が
だんだんに中学生あたりに移ってきている、そういう問題があります。子供た
ちをこういう犯罪から救って立派に育てていくこと、これは私たちの、挙げて
大人の責任ではないかと思います。
子供たちを立派に育て上げるためには、家庭教育、学校教育、社会教育、そ
れぞれの分野で努力することが必要であります。中でも家庭教育ほど大切なも
のはございません。親は責任を持って子供と向かい合って暮らしていかなけれ
ばなりません。善悪の区別をはっきりと教えて、非行の芽を親が摘んでいくと
いうことがとても大事なことでございます。
ところが、なかなか、それができる親が少なくなった。つい最近でも、ある
有名な女優のお子さんが覚せい剤で現行犯で逮捕された。広い地下室、親がそ
ういう立場でございましょうから随分立派な場所があったんですが、そこに何
人かの子供たち、中学生中心に男女が寝泊まりして、アルミホイルを使って覚
せい剤をたしなんでいた、それで現場で逮捕ということになった。
これは大変なことだと私は思うのでありますが、そのときにその有名女優さ
んの会見があって、もっとびっくりした。いろいろなことを言われていました
けれども、一番驚いたのは、本来、少年法で守られるべき息子なんだ、それが、
自分が要するに女優であるという点から本当にマスコミにさらされて、これで
は子供の将来を閉ざし成長の妨げになる、そんな身勝手な発言をしたのであり
ます。私は、子供の将来を閉ざしたのは親自身だと思う。
確かに、少年法というのがございます。少年が社会復帰をするための法律と
して配慮されたものでございます。あくまでも少年の更生を目的とした法律で
ございます。だからといって、悪いことが許されるということではないのであ
ります。悪は悪としてきちんと処断される、そのことを親が厳しくしつけると
いうことがとても大事。私は、この機会に、少年法の改正にも少し触れてみた
いと思います。
そもそも少年法の生まれた時代というのは、今日の状況とは全く違う、つま
り終戦直後でございました。この少年法がつくられました当時の最も多い少年
犯罪というのは、窃盗事件だったんですね。食べるものがなくて食料をかっぱ
らうとか、そういう悲惨な状態の中での窃盗事件、いわば貧困層の子供たちが
食べるものに困って、それが欲しくて食料を盗んだとか、そういうような、時
代を反映した犯罪が中心だったんです。今はどうかというと、逆でございます。
少年犯罪の九〇%以上が中流以上の家庭の子供、経済的に恵まれている、ここ
に大きな問題があると思うのであります。
つまり、少年法というのは、いわば親の保護が欠けていたり、福祉が十分に
行き届いていないという少年に対して、国が親のかわりを務める、後見人とし
てその役割を果たす、それが少年法の最初の動機だったわけでございます。だ
から、少年を愛情ではぐくんでいこう、そういうところがあるわけでございま
す。
今の時代というのはそうではありません。自分の欲望とかわがままだとかそ
ういうことで突然事件を起こす、何でもない子供が。いきなり型、増長型、そ
ういったような名称で言ったらいいのではないかというふうに思うのでありま
す。すなわち、少年法ではもはや対応できないような状態になっていると私は
思います。だから、何人殺そうと、どんな残虐な殺害をしても十八歳未満なら
死刑にならないとか、十六歳未満なら刑罰に問われないという状態が続いてし
まうのであります。
彼らのプライバシーは守られます、今度いろんな問題で騒がれていますが。
逆に、被害者のプライバシーは守られておりません。子供たちの名前や顔は伏
せておるけれども、被害者の顔は映し出されたり実名で報道されたり、さまざ
まなことが起こって、プライバシーは完全に侵害されているのでございます。
非行するなら少年のうち、そんな思いが子供たちにあってはならないのであ
ります。少年法といえども、悪いものは断固対応する、社会的に好ましくない
行動はそれ相応の結果を生む、そのくらいの内容に少年法は改正すべき時期に
来ているのではないかと思うんですが、法務大臣、いかがでしょうか。
(32/41) 次の分割内容へ
○下稲葉国務大臣 お答えいたします。
ただいま深谷委員から、最近の厳しい少年の犯罪情勢等々にるるお話がござ
いました。また、それを取り巻く家庭、社会、学校等々の問題についてもお話
がございました。全く私も同感でございます。
お話しのように、現行の少年法は昭和二十三年に制定されました。それから
いろいろな経緯をたどるわけでございますが、昭和四十年の前半から五十年の
前半にかけまして、少年法改正の論議があったのも事実でございます。そして、
最終的には、昭和五十二年に法制審議会の中間答申がなされております。
この中間答申が中間答申であって正式答申でないのは、やはり中でまとまら
なかったわけでございます。まとまらなかった最大の理由は、年齢を二十歳か
ら十八歳に下げたらどうかということについてまとまりませんでした。それで、
中間答申が出ました。その中間答申の内容すら法制化の段階で議論がございま
して、改正を見ないで今日に来ているというのが現状でございます。
今私どもがこのような厳しい少年問題を抱えて、現状のままでいいとは決し
て思っておりません。そういうふうなことで、平成八年の十一月から、最高裁
判所、それから日本弁護士会、それに私どもの法曹三者が集まりまして、特に
少年法の手続問題について問題はないかというふうなことで議論を重ねて今日
まで来ておるわけでございますが、一応その段階を終わりまして、ことしの一
月から、制度の改正というものを見据えまして議論をしようということに相なっ
ているわけでございます。
そういうふうな事情でございますので、衆知を集め、懸命に前向きに、具体
的に努力してまいりたい、このように思います。
○深谷委員 私は、少年法の精神を生かすことは大事だと思っています。しかし、国
際的な状況を踏まえても、年齢的に相当な隔たりがございます。日本では少年
は二十歳未満を指しております。これを十八歳未満に引き下げるとか、刑事責
任年齢が十四歳以上であることを考えて、十四歳以上は刑事処分を可能にする
など、この際改正の方向に踏み切るべきだと思います。法務大臣のしっかりし
たリーダーシップで、少年法の改正をぜひ実現していただくように強く要請い
たしたいと思います。
最近、神戸市の中学生による小学生殺傷事件を受けて、中央教育審議会で座
長試案というのが出されましたね。学校での対応に限界があるということから、
初めて家庭のしつけに言及した。家庭のしつけの問題を取り上げるということ
は今まで非常に慎重であった、私に言わせれば慎重であり過ぎた。やっと家庭
のしつけの問題にまでしっかりみんなで相談しようではないかという体制になっ
たことは、私は好ましいことだと思いますが、文部大臣の思いはいかがでしょ
うか。
○町村国務大臣 深谷委員が今御指摘のとおり、二月三日に中教審の小委員会座長試
案骨子というのが出されたわけでございます。
確かに、家庭の重要性、家庭教育の重要性、いろいろな機会に言われており
ましたけれども、政府、あるいはこういった審議会という場で、あるいは政治
という場でそれを取り上げるということが、御指摘のように非常に少なかった
のは事実でございますが、いよいよそんなことは言っていられない、皆さん方
にひとつ考えていただきたいという提言を取りまとめようではないかという動
きになってきております。
例えば、悪いことは悪いとしっかりしつけよう。今さらそんな当たり前な、
こうおっしゃるかもしれませんが、あえてそういうことを申し上げたり、ある
いは、家庭で朝起きたらおはようございますとみんなで言おう。あるいは、小
さい子供でも家事に一定の役割を与えるという、家庭のルールをしっかりつく
ろう。あるいは、家庭は母親が教育をする、お父さんは外で働く人ということ
で、どうも父親不在の家庭教育というのが非常に目立っております。そのこと
がまた家庭における健全な教育というものを非常に阻害しているのではないか、
こんなことから、今さら父親参加というのも変でありますが、父親、母親一緒
になって教育をしよう。こういうようなことが家庭教育の中で言われておりま
す。
なお、学校でも、例えば道徳教育を見直そうとか、地域社会でも、青少年、
ボーイスカウトとかガールスカウトとか、こうしたさまざまな活動も大いに活
発化していこうという、今提言を取りまとめるべく最大限の作業をやっている
最中でございます。
○深谷委員 この間、あるアンケート調査をやって、これから結婚する男女に、子供
を何人つくりますかという質問をやったら、七〇%が子供をつくらない、要ら
ないと答えたのでございます。私は、大変なことだと思います。
子供を育てることは容易なことではありません。しかし、その子供を育てる
ために親がどんなに勇気づけられ生きがいを感じていることか、そのことを多
くの若い人たちにも知ってほしい。そして、家庭をつくり、厳しい苦しい中で
子供を育てて、善と悪とを見分けるようなしっかりした子供、そのしつけをみ
んなでやっていくように、これから文部省も一層頑張って取り組んでいただき
たいと思います。
学校教育の現場は一体どうなっていましょうか。校内暴力事件は今、年間一
万件を超えている。八〇年代の荒れる学校の第二のピークになりつつある、こ
う言われているんです。
ナイフを使って相手を刺し殺す。ナイフを使うということは銃刀法で禁じら
れている違法行為なのに、それが放置されている。学校でナイフなどの所持品
検査はほとんど今日まで行われなかった。それはどうしてかと聞いたら、人権
を守るため、子供の人権を守るため。ナイフを持つ少年の人権を何で守らなけ
ればいかぬのか。ナイフでやられる側の人権を守ることが正義でなければいけ
ないのに、そういうことをやらないというのはおかしなことだ。
最近、文部大臣がようやく所持品の検査等に踏み切った指示を出したようで
ありますが、もう一つ決意のところを聞かせていただきたい。
○町村国務大臣 お答えを申し上げます。
委員御指摘のように、学校は安全な場で、そこでいい環境のもとで学び、あ
るいは遊び、あるいはみんなで切磋琢磨するという場であるべきことはもう言
うまでもないわけでございますが、今御指摘のようなナイフの事件等々もござ
いました。
そこで、二月六日に、都道府県あるいは指定都市の教育委員会の生徒指導担
当者を呼び集めまして、私の方から、子供や教職員の安全確保、そのために、
校長が必要であると判断したときには、保護者や子供の理解を一応求めながら
も、状況に応じて適切な方法で所持品検査をやることを含めて、やはり毅然と
対応してもらいたいということを申し上げました。
もとより、所持品検査をやったからすべての問題が解決するとも思っており
ませんし、これで子供たちが本当にナイフを持たなくなるかどうか、それはわ
かりません。しかし、最低限のこととして、そうした刃渡り何センチ以上の大
きな刃物を持って歩くことは法律に違反をしているということぐらいは、しっ
かりと子供たちにも認識をさせ、そして、学校には持ち込んではいけないんだ
ということを徹底されることは、これは学校という一つの組織体を維持するた
めの当然のマナーであり、ルールであろう。このことをしっかりとすべての児
童生徒に徹底をしてもらいたいということを申し上げたわけでありまして、そ
のことは今、各都道府県教育委員会等々を通じてそれぞれの学校に的確に伝達
されているもの、こう理解をいたしております。
(33/41) 次の分割内容へ
深谷委員 ナイフを持って学校に行く、それが銃刀法違反に値する、それを取り締ま
る、あるいは検査する、当然のことであります。そんなことに何のちゅうちょ
も要りません。しっかりひとつ、人間としていかに生きるかということを教え
る意味においても、学校を守るためじゃないんです、立派な社会人を育てるた
めに、間違いは間違いときちっと対応していくということが私は教育の現場だ
と思う。
どっちかというと最近の教育の現場というのは、例えば進学とか、学問、そっ
ちに偏り過ぎていないか。人間としてのありよう、情の持ち方、そういうもの
の教育が欠けているんじゃないかと思う。
大分前に聞いた話なんですけれども、ある小学校で先生が、氷が解けたら何
になりますかと聞いたら、ほとんどの子供が水になりますと言ったんですよ。
たった一人だけ、氷が解けたら春になりますと言ったんですよ。私は、これを
聞いたとき涙が出ました。子供が、氷が解けたら春になります、そんな情緒豊
かな子供に育っていただくことこそ本当の教育ではないだろうかなというふう
に思いました。
氷が解けたらH2Oになるという答えを出せば、ノーベル賞の湯川秀樹さんは
きっとそういう答えには満点つけるでしょう。だけれども、氷が解けたら春に
なる、そうしたら、きっとそういう子供はノーベル賞の川端康成になれるんで
すよ。理の世界と情の世界、これをきっちりと学校教育で教えてくださること
を強く文部大臣に要求したいと思います。
社会全体で子供を守り育てていくという風潮も欠けているのではないだろう
かなというふうに私は思います。物や金が優先して物質的な価値を求める大人
たちが、我々も含んでまず反省していかなければならないと思うのであります。
私どもの住む下町は、まだ向こう三軒両隣の風潮がそのまま残っているので
す。少年野球からバドミントンから剣道、柔道、相撲、あらゆるスポーツを通
じて子供たちと大人が一緒になって過ごしているのであります。私自身も、空
手教室だとかママさんバレー教室だとか、いろんな親子の触れ合いの会をずっ
と何十年も続けてきました。今度は親子スケート教室をやります。通産大臣の、
あなたのところへ行くのですよ、富士急ハイランド。つまり、私が言いたいの
は、核家族化、少子化で、家庭の中で集団としてどう生きるかを教える機会が
少ない、それを社会全体で教えてあげる、そのためにスポーツを通じて和やか
な大人と子供の会話が生まれる、そのことを言いたいのです。
私は、戦後、満州・ハルビンから引き揚げてきました。兄弟五人です。おや
じもおふくろも亡くなりました。貧乏世帯でした。
そういう中で、やっと例えばスイカを買ってくると、おやじ、おふくろと五
人の子供のために七つに割るのです。まず、黙って一番大きいのをお父さんが
食べました。だれも文句言いません。その次にはお母さんと言ったら、お母さ
んは一番最後。あとは長男の私からとったのです。そして、最後の子供にも行
き渡るように、ちゃんと私たちは考えたのです。つまり、家庭の中で、スイカ
を割ってどう分け合うかということで、先輩を大事にする、下の者を大事にす
る、そういうことを学び合ったのですが、残念ながらそれができない今の家庭
環境を考えると、社会でそれをやっていく必要があると私は思うのです。
児童館などの公の施設の夜間使用というのはなかなかできない、休日使用も
できない。あらゆるそういう公的な機関を開放すべきです。立派な建物は要ら
ないのです。子供たちが居場所がないのです。その居場所を提供して、子供た
ちが健全に生きるようなプログラムをつくって、少年たちを立派に育て上げる
ことが今一番大事なことではないだろうかな、私はそう思っています。
長野のオリンピックがかつてない感動の中で終了いたしました。メダルを何
個とれたかということではなくて、一人一人の選手たちの生きざま、人生を完
全に燃焼したあの姿。そして、彼らの口から必ず出てくる、死んだお父さんに
このメダルを見せるんだ、苦労したお母さんに真っ先に報告するんだ、そうい
うような言葉、そういうような発言というものが随所に出ている。私は、これ
らの感動を単にオリンピックのときだけで終わらせてしまってはならないと思
うのです。私は、これは生きた教科書だと思います。
原田選手が花をもらって、どこへ持っていくのと言ったら、これは女房に運
ぶんだ、そしてテレビに向かって、パパやったよ、あんなすばらしい親子の情
愛の姿ってございませんね。私は、こういう生きた教科書というものを大事に
しながら、かわいい子供たちがすくすくと健やかに健全に伸びることをみんな
で守り、力を合わせて立派な環境をつくっていきたいというふうに思います。
橋本総理大臣、今やらなければならない問題は山積しています。景気回復、
その他もろもろ。しかし、それは努力をすれば必ず乗り切れることでございま
す。しかし、子供の健全な教育だけはそう簡単な努力ではできないのでありま
す。しかし、今どんな時代であっても、この子供たちがしっかり育っていけば
日本の将来は安泰でございます。そのことに思いをいたして、特に子供の育成
について総理が渾身の努力を各閣僚とともにおやりいただくように強く要請い
たしまして、私の質問を閉じたいと思います。
ありがとうございました。
○越智委員長 この際、武部勤君から関連質疑の申し出があります。深谷君の持ち時
間の範囲内でこれを許します。武部勤君。
〔委員長退席、石川委員長代理着席〕
(34/41) 次の分割内容へ
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