インターネットと盗聴法
「みんなの図書館」(1999/11 No271) 図書館問題研究会編集


(Web管理者記)
 本原稿は、第145国会が終了後の1999年8月16日に脱稿したものです。
 「みんなの図書館」のこの号は、「図書館の基盤を揺るがす国の動き」という特集
が組まれています。
          民主主義の危機は図書館の危機:西尾肇
             インターネットと盗聴法:入江輝之
            住民基本台帳法と個人情報:白石孝
  労働者派遣法の改定―労働形態の変化が起きる―:中野麻美
                盗聴法時代の到来:保坂展人

       インターネットと盗聴法                           入江輝之(JCA-NET事務局) 【国会審議について】  1999年8月13日に閉会した第145国会では数々の重要法が成立しました。 特に57日と会期を大幅延長し、延べ207日間という長期国会でしたが、自自公と いう枠組みの数の力で強行に通過した法律が目に付きます。「組織的犯罪対策3法」・ 「住民基本台帳法の一部改正」・「出入国管理法の一部改定」などは最終の8月12 日・13日に委員会採決なしに自自公が強引に成立させました。(但し、「組織的犯 罪対策3法」が「委員会採決なし」ということについては異論があるかもしれませ ん。)  「組織的犯罪対策3法」及び「住民基本台帳法の一部改正」に関しては、民主・共 産・社民及び無所属議員を含む野党は成立阻止ということで共闘しました。しかし、 野党の議席数が過半数には不足しているので、時間切れ廃案または継続審議というの が方針でした。  特に「組織的犯罪対策3法」については、6月1日参議院に送られてから、会期末 まで両院の野党が協力し合いながら、法務委員会では実質審議を求め、採決しないで 経過してきました。これが大きく動いたのが8月9日の参議院法務委員会です。この 委員会における最後の場面の速記録(8.10入手)は次のようになっています。 --------------- ○円より子君 理事会を開いていただくということの確約がありましたら、私、これ       から質問したいと思います。(発言する者多し) ○委員長(荒木清寛君) 円理事に申し上げます。質疑をお続けください。      (「答えは」と呼ぶ者あり)        先ほど申し上げましたように、理事会で協議をしますということは申       し上げましたが、それは今やるべきことではございませんから、質疑を       続けてください。−−質疑をお続けください。 ○円より子君 今、理事会を開くとおっしゃいましたよね。協議をするとおっしゃい       ましたね。いつそれはなさいますか。 ○鈴木正孝君 委員長 ○委員長(荒木清寛君) 後刻、後刻……(議場騒然、聴取不能)        鈴木君提出の動議に賛成の方の挙手をお願いします。      (議場騒然、聴取不能)      〔委員長退席〕 午後八時五十五分 以上 ---------------  このときの問題は、荒木清寛委員長(公明党)が「理事会で協議をします」と約束 したことです。この時点で理事会を開催すると、会期切れの公算が強くなるというこ とで、ビデオ等でみるとよく分かりますが、与党側の動きがあわただしくなります。 動議提出もされていないのにもかかわらず、また「鈴木君提出の動議」がどのような 内容かも不明なまま採決なしに、荒木委員長は「退席」をしています。  これ以降、10日の国会審議はストップし同日深夜民主党より内閣不信任案が提出 され、11日に衆議院本会議にて内閣不信任案の審議、同日夕方より参議院本会議が 開催され、自自公は数の暴挙により懸案の重要法案を次々と成立させました。 【盗聴法について】  「組織的犯罪対策3法」は、マスコミ等で報道されている盗聴法(犯罪捜査のため の通信傍受に関する法律)以外に、刑事訴訟法のうちの証人法の改正(刑事訴訟法の 一部を改正する法律)及びいわゆるマネーロンダリング規制法(組織的な犯罪の処罰 及び犯罪収益の規制等に関する法律)で構成されています。3法それぞれに問題があ ると私は思っておりますが、特に盗聴法について、インターネットに関連した部分を 中心に述べます。  この盗聴法については、色々なところで、様々な人が「日本国憲法で保障されてい る基本的人権に抵触し、それを侵害するおそれがきわめて大きい」と述べており、特 に法学者450名が反対声明に署名していることからも、法律としての問題の大きさ がわかります。この盗聴法の条文ですが、それほど膨大な量ではありませんので、イ ンターネットをご利用できる方は「ネットワーク反監視プロジェクト」 より入手のうえ、お読み頂ければと思います。  そもそもこの盗聴法は、「『オウムのような組織の犯罪』とか『麻薬・覚醒剤など の薬物犯罪』など組織犯罪が増加しており、これら組織犯罪を取り締まるために必要 な法律である」との趣旨で提案されました。また、組織的犯罪対策3法を成立させる ことは国際的な要請であるとも言われました。そして「麻薬・覚醒剤などの薬物犯罪」 とか密入国などでは携帯電話が使用され、これらを盗聴しなければ取り締まりが困難 であるというふれ込みでした。しかしながら、国会の審議の中で、上記の提案理由に ついて、数多くの疑問が出されました。そして、これら疑問について、納得の行く回 答は出されていないというのが、私の見解です。  特に、7月27日に行われた参議院法務委員会の参考人質問では数々の重要な事実 が明らかになりました。なかでも、株式会社東京デジタルホン(いわゆるJ-Phone) の専務取締役技術本部長・桑折恭一郎氏の「携帯電話の盗聴は技術的に困難であり、 衛星携帯電話についての盗聴は不可能である」という意見は重要です。このことによ り「組織犯罪の取り締まりには携帯電話の盗聴が必要である」という政府答弁は否定 されたからです。(その後の政府答弁は「盗聴できるように技術開発をする」という ものです。)  「携帯電話の盗聴は技術的に困難である」とすれば、この盗聴法の目的は何かとい うことになります。これについては、7月6日に東京・経団連で自由党の小沢一郎党 首が「単に泥棒や麻薬犯を捕まえるだけの話じゃない。総背番号の話もそうだが、国 家的な危機管理という考え方が根底にあって初めて成り立つ」(1999.7.6共同通信) と述べていることに注目する必要があります。このことに関しては、8月4日の中央 公聴会で平野貞夫議員(自由党)は「組織的犯罪対策3法は危機管理法案だ。技術的 な面までいちいち条文に書く必要はない」(1999.8.8毎日)と述べています。  しかしながら、「技術的な面までいちいち条文に書く必要はない」ということの問 題点は、色々なところにあらわれており、「実施においては警察の裁量にまかされて いる法律である」と理解される内容になっています。一度令状が発行されれば、長期 間にわたり、かつ予備盗聴・別件盗聴など無制限とも思えるほど広範な盗聴が可能で あるということです。  「古い黒電話での盗聴をイメージした法律を作り、さしたる議論のないまま成立さ せようとしたが失敗した」ので、強行に成立させたともいえるのではないかと思って います。 【インターネットでの問題点】  インターネットを利用したコミュニケーションに関する特徴を述べ、このことが盗 聴法ではどのような意味をもつのかを考えてみます。   (1) 既に、情報がデジタル化されている。   (2) 情報量が、電話に比べて桁違いに多い。   (3) お互いのコニュニケーションに時間差がある。   (4) 1対Nの複数とのコミュニケーションもある。   (5) 電子メールはインターネットのコミュニケーションの一部である。   (6) パケット通信(情報を分割し宛先を付けて送る方法)である。  おおよそ上記6点が重要と思いますが、更に気を付けなければならないのは、この インターネットはまだまだ発展途上であり、情報の量及び質とも予測できないことで す。「情報の質」ということで言えば、今後どのような情報がこのインターネットで 流れるのか不明なことがあげられます。  特に(1)との関連で言えば、国民総背番号法(住民基本台帳法の一部改正)が重要 です。「国民総背番号」というのは、人間に係わる情報を取り扱う人にとっては非常 に便利なものです。今までシステム設計する人は個人を特定するマスターキーがなか ったので、電話番号とか「氏名+生年月日」などで代用していたかと思います。しか し、電話番号で特定の個人を一意に決めることは出来ませんし、「氏名+生年月日」 でも特定できるとはかぎりません。従って、特定の個人を10桁の背番号で表示する ことができるのは、非常に便利なことなのです。  確かに、法律では民間利用は出来ないことになっており、官公庁の利用も制限され てはいますが、インターネットに流れる情報をマスターキーにこの10桁のキーを付 けてデータベース化すると、個々人の詳細なデータベースが作成できます。現在の用 途制限も広げられるであろうし、如何に用途が限定されていようと、10桁のキーを 入力すれば、個人の情報がたちどころに表示されるというのは、管理する側にとって は便利かも知れませんが、管理される側にとっては気持ちの悪いことです。また、警 察が10桁のキーを利用したデータベースを作成した場合でも、発見できる仕組みは ありません。  さて、いよいよ盗聴法の条文と照らし合わせて、問題点を述べてみたいと思います。 以下の第何条等は特に断りがない限り、盗聴法の条文です。  第2条で「通信の定義」が記載されていますが、トランシーバとか無線通信以外は すべて対象です。携帯電話・PHSも対象であり、電話以外のFAX及びインターネ ットも対象になります。いずれも「電気信号に変換して、伝達・復元するもの」です が、話題になっている電話とインターネットではかなりの違いがあります。  電話の場合は「同一の時刻にお互いが話をする」ことになりますが、電子メールの 場合は、いわゆる私書箱のようなメールボックスに蓄積され、受信者が別の時刻に取 り出すことになります。第13条の「該当性判断のための傍受」(「予備的盗聴」或 いは「スポット盗聴」といわれています)はインターネットの仕組みから不可能です。  インターネットの情報は一度何かに記録しなければ復元できない仕組みです。従っ て「該当性判断のための傍受」についても記録されることになります。また、第22 条には「その内容を復元するための措置を要するもの」は「傍受記録」をとることと ありますので、インターネットの場合は「全て記録される」ことになります。そして 同第22条「傍受記録の作成」では、「該当しないことが判明したときは」「記録を 消去しなければならない」とありますが、本当に消去されたか確認する手段がありま せん。「警察を信用してください」というようなことが言われていますが、信用する しないの問題ではなく、「消去したことが確認できる手段」がなければならないと思 います。たとえ、現在の警察が信頼できたとしても、将来にわたって信頼できるかど うかは別の問題です。特に電子データの場合は複写が容易にでき、インターネットの 情報は既に電子データなので、先に述べましたが簡単にデータベースが作成できるだ けに、「記録消去確認」の問題は重要です。  第12条には「立会い」について記載してあり、電話の場合の立会いも問題ですが インターネットの場合は、特に「立会人」は何をするのか不明確です。違法行為をし た公務員の処罰についても、違法行為が発見できる仕組みがなければ、無意味なもの といえます。また、常時立会いが求められますので、その費用はたいへんなものです。 法務省の横畠祐介・刑事法制課長は「自分が管理する通信媒体が犯罪に悪用されてい るのだから、捜査への協力は当然だ。トラブルは故意や過失があれば国家賠償訴訟の 対象になるし、警察では、捜査協力に対する謝礼金などの制度もある」(1999.6.18 毎日・大阪版)という発言をしていますが、「宅配便が犯罪に利用されているから、 協力するのは当然である」などと同等のことで、しかも、多大な負担を強いることに なるにもかかわらず「謝礼金などの制度もある」などですませられる問題ではないと 思います。  第3条「傍受令状」には「電話番号等」ということで、「電話番号その他発信元又 は発信先を識別するための番号又は符号」と記載されています。インターネットに関 して言えば「符号」というのが問題で、どのレベルの符号か明確ではなく、政府答弁 では「インターネットの盗聴はPOP(電子メールを受信するときの処理)で行う」 というにとどまっています。  インターネットの情報は電子メールだけではなく、ホームページの閲覧記録とかア クセス記録などもあり、将来は電子マネーでの買い物情報とか、本の検索情報とか、 医療情報、家庭内情報などが流れ、情報の質も違ったものが出てくるだろうと思いま す。今は、個人利用はダイヤルアップ接続が主流ですが、将来常時接続になれば、も っと情報の量・質ともに変わってくるのは間違いありません。既にケーブルテレビで の接続は何時間接続しても定額になっており、変化のきざしはあります。  上記とも関連しますが、インターネットでの情報交換は何も電子メールのみではな く、掲示板システムもありますし、自分のホームページにどこにもリンクしないファ イルを置き、特定の人だけ読めるような仕組みもあります。また、このファイルを特 定の人しか読めないようにすることも可能です。このような方法を取り締まることは 不可能に近く、結局は盗聴する情報の殆どは犯罪とは無関係な情報ということになり ます。アメリカでは盗聴のうち約83%は犯罪とは無関係であるとの結果が出ていま すが、インターネットの盗聴は100%近くが無関係ということになり、盗聴という より監視ということになると思われます。  今年の6月13日「『盗聴法』に反対する埼玉市民集会」が行われ、ここで岡村茂 樹弁護士がプライバシーとの関係で「内閣法制局が示した通信の秘密と憲法21条2 項との関係という見解では『通信の秘密における保護対象・範囲については、それが 通信の内容に限定されず、発信人・受信者の住所・氏名、発信地、発信・受信の年月 日、発信個数など発信当事者のプライバシーに属するいっさいの事項が含まれると解 釈される』と言っている」ということを言われました。この見解からしても、誰から 誰へのメールかということを調べるだけでもプライバシーの侵害であり、プライバシ ーを侵害しなければインターネットでの盗聴は不可能であることは明らかです。 【今後の取組み】  盗聴法が成立した8月12日午後、参議院議員会館で緊急抗議集会が行われました。 この集会では、多くの人より「成立はしたが1年後の実施なので、廃案をめざし運動 していく」という表明がありました。また、盗聴法成立後の対策の一つとして、小倉 利丸富山大教授はインターネットでは情報を暗号化(暗号鍵で読まなければ、何が書 いてあるか判別不能にする方法)し、自分の情報は自分で守ることを提案されました。  今回の運動で築かれた広範な連帯を、今後も継続し、更に広げていく取組みが始ま っています。  韓国では一度国会で成立した電子IDカードを、その後の運動で撤回させました。 色々な情勢から同一視はできないかも知れませんが、盗聴法・国民総背番号法などの 問題点を広範な人に知ってもらう運動を継続し、廃案にする努力を更に強めていくこ とが大切だと思います。  私達はどのような社会で暮らしたいのかを、考え・話し合う中で、この盗聴法・国 民総背番号法をはじめ、特に今国会で成立した法律については、成立したからしかた がないとか終わりということではなく、更に点検し問題点を明らかにしていく必要が あるのではないでしょうか。