経済関係
[<節度の経済学>の時代]
(内橋克人著)

【<節度の経済学>の時代】

   書籍名:<節度の経済学>の時代
       市場競争至上主義を超えて

   第1刷:2003年12月30日
   著 者:内橋克人
   発行所:朝日新聞社
   価 格:\1400-(本体)
   ISBN4-02-257882-3

【目 次】 市場競争至上主義を超えて  『エンデの遺言』に寄せて ―― 「地域通貨」の深い意味 ……………………… 9  到来した「高度失業化社会」とは何か ……………………………………………… 18  変質する資本主義への警鐘 ―― 強者の論理を貫く危険な芽をつみ取れ ……… 33  手放しの「規制緩和」を憂う           ―― 求められる「消費者保護優先」のルールづくり ……… 37  アメリカの何がモデルなのか ―― 現実直視を避ける首相の「楽観主義」 …… 41  急増する非正規雇用に歯止めを ……………………………………………………… 45  「人間排除の経済」から「人間復興の経済」へ …………………………………… 48  「投機資本主義」への主体的対応こそ再生の道 …………………………………… 52  「怪しげな時代」の表象 ―― 「生産」優位社会のリスク ……………………… 62  「我々を覆い尽くす不安」の正体 …………………………………………………… 67  真の改革とは何か ―― ネオ・リベラル改革への警鐘 …………………………… 82  テロは世界を変えたか? ……………………………………………………………… 104 住民自治の原点 ―― 神戸復興  阪神大震災被災者の人権が侵されている …………………………………………… 113  復元に値する街づくりを ―― 地域社会を支える共同と自治の精神 …………… 119  自治体行政の原点を問い直せ ―― 住民参加と分権で民主主義守る砦に ……… 122  がけつぷちに立つ自治体財政 ―― 希薄な自治意識が水ぶくれ体質を生む …… 125 「中小企業国会」は何をなすべきか ―― 全国モデルとして被災地経済再生を … 129  第三セクター破綻の遺産問う ―― 「市民の立場」から公の役割検証を ……… 133  地域主権の時代 ―― 多元的経済社会と大学の役割 ……………………………… 136  参加の梯子 ……………………………………………………………………………… 156 「食の安全」を求めて  日本型停滞の構造と農業再生 ………………………………………………………… 165  自給権なしに望めない「食の安全」 ………………………………………………… 187  新たな「農的価値」を求めて ―― 参加、連帯、協同の「共生セクター」を … 191 政治のあり方を問う  「小泉構造改革」は私たちをどこへ導くか ………………………………………… 197  官僚のあり方を厳しく問う ―― 前近代的組織こそ「大蔵汚染」の根源 ……… 213  小泉流の改革に潜む危うさ ―― もはや通用しない従来型成長モデル ………… 217  政治家の結果責任を厳しく問う           ―― 「公約」の非現実性、補正予算で白日のもとに ……… 220  問われているのは国の「信認」            ―― 争点隠しの「アメは先、ムチは選挙の後に」 ……… 223  決裂つづく国際会議が示すもの ―― 地球規模の課題にたちすくむ「国家」 … 226  台頭する人間中心の「地球主義」 ―― テロ生んだ矛盾に正面から向き合え … 230 「匠の時代」ふたたび  日本はモノづくりを軽んじるな ―― 資源を海外に頼り前途に不安はないか … 235  揺らぐ日本型自営業の基盤 ―― 「自己資本中心経営」を支援する新制度を … 238  KSD事件の深い罪を問う ―― 前向き投資できぬ中小企業の「危機」 ……… 242  「匠の時代」ふたたび ………………………………………………………………… 246    あとがき …………………………………………………………………………… 267
【帯表より】 マネー資本主義に抗して 「人間復興」のシステムを目指す ―― その具体的提言の集大成
【帯裏より】 ―― 現代の匠とは、何よりも社会のあり方を根元から開い直し、新たな仕組みを 生み出そうとする人びとをいうのである。  人間生存の基盤を脆弱にするような「生産条件」追究一辺倒の技術でなく、 「生存条件」をより強靭なものとする技術のあり方を、彼らは求める。 いかに生産条件に役立つ技術であろうと、それがひとたび生存条件にとってマイナス であることが分かれば、これを採用しない、 という技術社会のあり方を守る人びとのことである。                          (「匠の時代」ふたたび)
【表紙表扉裏より】  今日、世界をめぐるマネーは三〇〇兆ドルといわれる(年間通貨取引高)。 地球上に存在する国ぐにの国内総生産(GDP)の総計は三〇兆ドル。 同じく世界の貿易決済に必要なドルは八兆ドルに過ぎない。  この巨大な通貨の総体はそのままコンピュータ・ネットワークを従僕とした 世界金融システムと同義であり、その世界金融システムは「商品として売買される 通貨」をこそ前提としている。(中略)  言葉を換えていえば、いまや世界のすべての地域と人は、そのようなマネーの 暴力の前に裸で身をさらすことを余儀なくされているのである。           (『エンデの遺言』に寄せて ―― 「地域通貨」の深い意味)
【表紙裏扉裏より】  日本においてはマネーの跳梁跋扈に対し、いささかでも防波堤をつくろう、 と声を上げたり、それを求める意見は、たちまち「既得権の擁護者」 「時代遅れの守旧派」など椰放と非難の対象とされ、波間に葬り去られてしまう。 (中略)  規制緩和万能論者たちは市井の人びとの生活防衛に発する抵抗の声すら 「改革への逆風」と糾弾しているのですから、いったい誰のための経済なのか、 といわなければならない。                     (「我々を覆い尽くす不安」の正体)
180頁  重要なことは経済の節目節目において、いつの時代もこの種の 「現実追認(正当化)の議論」が必ず登場するということ。彼ら に共通しているのは、その後の現実がいかに異なった方向へと進 んでも、つまり彼らの言説の間違いが時代によって証明されよう とも、当事者は素知らぬ顔、何の反省もなく再び次の機会便乗論 を展開するというパターンが飽くこともなく繰り返されてきた、 ということです。長い時間、ジャーナリズムの世界を拝見してき て、この国の言説のあり方に対して深い疑問を抱かざるを得ない、 そういう点を指摘しておきたいと思うわけです。
182頁  何かの一つ覚えのように「消費者の利益」「消費者の利益」と 口にする識者が多過ぎるように思われます。いうまでもないとこ ろですが、私たちは消費者であると同時に勤労者なのであり、 「暮らし」と「働き」は一枚のコインの裏表に過ぎません。この 両者が良くなつてこそ良い「生きる」が可能になるはずです。物 価が下がって賃金が下がればその「生きる」はどうなるのでしょ うか。  いったい消費者とは誰か、を問わなければならない。  物の値段が安くなるのは結構だが、現在のデフレ経済が物語っ ているように物価が下がって賃金が下がらないはずがない。物の 値段が安いのは結構だが、それはいったいなぜ安いのか − そ う問う消費者、私は「自覚的消費者」と呼んでいますが、そうい う自覚的消費者が一人でも増えてこなくてはならない。このよう にごく普通の人びとの「生きる・働く・暮らす」を統合できる社 会を目指してこその「改革」ではないでしょうか。
(Web管理者記)  色々と共感できる個所がありますが、特に180頁と182頁の個所については、日ごろ から感じているところです。  「太鼓もち」というのか「御用学者」というのか、さも時代を先取りしたかの言論 をふりまき、自らの言動の責任をとらないということが目に余る。また、このような 「太鼓もち」・「御用学者」を重用するマスコミの姿勢にも怒りを覚えます。  マスコミについて言えば、「公的資金」などという言葉を使っているようだと、 ダメですね。購読者にわかるように、ちゃんと「税金」という言葉を使わないと、 どちらを向いて仕事をしているのか、と問いたくなります。  また、「消費者の利益」を言い立てている人は、どのような立場の人かを、よく よく考える必要があります。