演習(97−98年度演習)
○テーマインタビュー調査―フィールドとしての「語りの世界」―
○目的と研究課題
実にいろいろなインタビューがある。ジャーナリストは「取材」という形態でインタビューしている。カウンセラーは、クライエントの心の状態を「聞きとる」仕事だ。「ボディランゲージ(身体の言葉)」を「読みとる」能力も必要だ。ケースワーカーもまた、社会福祉の制度を背景にして、いろいろなクライエントのニーズを「聞きとる」。民族学、民俗学、人類学の専門家は、ターゲットグループとなる集団の暮らしぶりを「文化」として「聞き出す」作業をおこなっている。歴史家は「ライフヒストリー」を描くことで、マクロな歴史の流れに人間の息吹を与えようとしている。企業の人事担当者は「面接」をとおしてその人の能力を発見しようとする。文学者もまた「物語り」の世界を口承文学として伝えている。
社会学もまた、同じようにインタビューに敏感である。非行、犯罪、貧困、差別、暴力などの社会病理現象を「ケース・スタディー」として実にヴィヴィッドに描きだしてきた。マクロデータが示す趨勢(鳥の目)と補いあって、人々の息づかいをとらえるために、インタビューという手法が用いられる(虫の目)。
インタビューの位置づけも、人それぞれユニークだ。パウロ・フレイレは識字運動をとおしてユネスコで活躍する人。彼は識字運動をこう考える。文字を知らない人がそれゆえに感じている世界を周りの者が理解する運動であると。彼にとってインタビューは「沈黙の文化」を聞くことだ。『アウトサイダーズ』などをはじめとして逸脱的ライフスタイルの研究で著名なベッカーという社会学者は、「階級間の対話」としてインタビュー手法を用いたケーススタディの意義を強調した(同じようにして、「ジェンダー間の対話」、「エスニック集団間の対話」、「世代間の対話」が成り立つ)。ライト・ミルズという社会学者は「私的生活を公的問題へと架橋するもの」としてインタビューによる研究の役割をとらえている。家庭内暴力、アルコール依存、エイズウィスル感染者などを対象にして「エピファニー(自己啓示、自己覚醒などの意味)」としてインタビュー調査による相互作用をとらえたのは、デンティンという社会学者である。シェア・ハイトという人は、「ハイト・リポート」で有名だが、ひたすらインタビューをとおして人々のセクシャリティを把握した。スタッド・ターケルというインタビュアーは「仕事」「戦争体験」「アメリカンドリーム」についてインタビューし、アメリカ人の日常性と暮らしぶりを伝えた。
日本でもこうした手法による優れた研究が蓄積されてきている。売春、暴力、差別、公害問題、戦争、非行、犯罪、民族問題などを素材にして、「見えない日本」に声を与えようとする取り組みが、インタビューの手法を用いておこわなわれている。
このゼミで学びたいと思うのは、こうしたインタビュー手法をもとにした対話が作りだしている学問の世界である。インタビューは「声」と「会話」に焦点がある。そして、医療、教育、福祉、メディア、企業、学問などの「制度」をバックにしてその「会話」が構造化されていく過程を忠実に描く。また、「面接する者と面接される者」という「権力作用」がそこに働くこともある。つまり、インタビューとは、「声」と「会話」をとおして社会と個人が織りなすダイナミズムを把握しようとする試みである。さしあたり、私はこれを「オーラル・ソシオロジー(「声」の社会学)」と呼んでいる。「オーラル・ソシオロジー」は、一つの手法なので、何を素材にするかは、ゼミ生の自由な選択となる。
以下のようにゼミを運営する予定である。(1)これまでに蓄積されてきた内外のインタビュー調査のモノグラフ文献を学習すること。(2)インタビューの手法について取得する。学生相互のインタビュー実践からはじめ、家族、コミュニティ、各種集団へとインタビューを試みる。(3)インタビューを生業とする専門家をゼミに招いて学ぶ。(4)卒業論文としてまとめあげていくにふさわしいターゲットグループの設定とそこでのインタビュー計画と実践をおこなう。
現代人権論
講義内容・テーマ
社会的差別への社会学的アプローチ−人権問題をとおして考える現代社会−
ジェンダーとセクシャル・オリエンテーション(性的指向性)、エスニシティー(人種と民族)、年齢と世代、地域、家族的系譜、身体の状況などは、人間の個性をつくる差異である。これらの差異は、互いに響きあう差異としても機能するし、逆に互いに反発しあう差異としても機能する。差異が交響する時の社会と文化のありかた、反発しあう時のそれらの間題を考えてみたい。差別間題を通して現代社会を考えることが目的である。授業の流れ(スケジュール・内容等の計画)
@現代人権論への「ディス・オリエンテーション」
授業の方法
祝聴覚教材や新聞記事など、現代を意識したやり方を工夫したい。なるべく一方通行にならないような講義になるようにしたい。
評価方法・基準
参考文献講義の区切りで課す中間的レポートに40%、最終的なレポートもしくは試験に60%とする。
地域福祉論S中村 正『家族のゆくえ』(人文書院)
講義内容・テーマ
「ゆらぎのなかのささえあい−ネットワークのなかでとらえる市民参加型馳の模索−」
ネットワークをキーワードにして、社会福祉の現代的課題を探ることを目標にする。家族、地域、企業などの主要な生活の場面で従来型のシステムでは対応できない事態があらわれ、「ゆらぎ」をつくりだしている。硬直した社会福祉供給システムを是正する課題とあわせて、市民と参加をキーワードした社会的活動が活性化し、それらは福祉を軸に展開され「ささえあい」の課題として存在している。この姿を学びたい。
授業の流れ(スケジュール・内容等の計画)
@「私」とのかかわり−住民の福祉嫌いを考えるT主題の発見−
Uノーマライゼーションの現場−福祉コミュニティをつくる−
Vさえあいの公共空間
@福祉パラダイムの変化
A市民参加型の福祉システム(社会福祉における主体の構造転換)
−ファーストパーソン、セルフ・ヘルプ・グループ、サポーター
Bボランタリズムとネットワーク
Cコーポレートシチズン−企業などの社会貢献活動
D福祉NPOから市民活動と福祉へ
評価の方法・基準
中間的なレポート(回数未定)に40%、最終的な試験もしくはレポートに60%の配点とする。
テキスト
中村 正「家族のゆくえ」(人文書院)を用いるが、それぞれの主題に関しては、担当者がレジュメや資料を準備する。