<沖縄県第三準備書面>
第一一 職務執行命令訴訟の意義と地方自治法一五一条の二の要件欠缺について
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一 職務執行命令訴訟の意義と裁判所の審査権
1 職務執行命令訴訟制度の意義について、砂川事件の最高裁判決(一九六
〇・六・一七第二小法廷)は、「国の委任を受けてその事務を処理する関
係における地方公共団体の長に対する指揮監督につき、いわゆる上命下服
の関係にある、国の本来の行政機構の内部における指揮監督の方法と同様
の方法を採用することは、その本来の地位の自主独立性を害し、ひいて、
地方自治の本旨に悖る結果となるおそれがある。そこで、地方公共団体の
本来の地位の自主独立性の尊重と、国の委任事務を処理する地位に対する
国の指揮監督権の実効性の確保との間に調和を図る必要があり、地方自治
法一四六条は、右の調和を計るためいわゆる職務執行命令訴訟を採用した
ものと解すべきである。」と述べており、職務執行命令訴訟は、国と地方
公共団体との間における機関委住事務の処理をめぐる対立について司法審
査を関与させることに最大の眼目がある。
たしかに、地方公共団体の長が国の機関として処理する行政事務につい
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ては、一般的には全体の統一的事務を図る立場から、国は指揮監督をなし
うるとされている。しかし、それにもかかわらず、職務執行命令訴訟制度
が導入されているのは、この場合でも、国の行政的監督を排除して、最終
的には裁判所による公正な判断を求めるべきものであるとする考え方によ
るものである。
しかして、「このような司法的関与制度の背景には、『国の立場と地方
自治の立場とを、行政裁量的にではなく、司法的客観的に公正に調整しよ
うとする考え方』があり、従来の中央統制に見られた後見的監督を避けて、
地方公共団体の自主性と自立性を強化し、国と地方との『平等の対立協調
の関係』の促進をその狙いとするものである(原龍之助「地方制度改革の
基本問題」九〇頁)。従って、職務執行命令訴訟も、国と地方との関係に
おける平等主義を徹底させる方向に運用されなければならない。アメリカ
の場合には、行政能率を増進し、適正な法の執行を保障するための方法と
して裁判所の介入を求めるのであるが、日本では裁判所の関与は、機関委
任事務の場合でも、むしろ中央統制に対するクッションとしての役割を果
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たすべきものと見るべきもの。」(園部逸夫『砂川職務執行命令訴訟』ジ
ュリスト臨時増刊一九六〇年一〇月号「続判例百選」二〇四頁)と考えら
れるのである。
2 このことは、別の観点からすれば、行政機関の服従義務の限界はどこに
見出すべきかという問題との関連で、職務執行命令制度の趣旨をどうとら
えるかということである。
行政機関は法による行政の原理の下で、行政としての一体性を保つため
の組織法的な服従義務をもつ一方、憲法及び一般国法に従い、それを遵守
する義務を負うことはいうまでもない。そして、この二つの義務は別個の
要請に対応するものであり、相互に抵触しうるものであるから、両者が対
立する場合が生じうることは避けられない。
ましてや、機関委任事務における国と憲法において地方自治を保障され
る地方公共団体の長との関係は、通常の行政組織における上級庁と下級庁
との関係とは異なるものである。
それ故にこそ、最高裁判決は「地方公共団体の長本来の地位の自主独立
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の尊重と国の委任事務を処理する地位に対する国の指揮・監督権の実効性
の確保との間に調和を計る」ことの必要を指摘し、その判断を司法機関に
委ねたのである。すなわち、「一四六条がわざわざ独立の法判断機関の判
断を経させているのは上下の行政機関の間で法の解釈について対立がおこ
った場合どちらの解釈が正しいかを判断させ、正しい法の執行を保障する
こと、すなわち組織法的関係から離れて一般国法の見地から命令の適否を
判断させること、すなわち、一般国法の見地からみた場合知事又は市町村
長は命じられたことをなす法律上の義務があるかどうかをを審査させるこ
とに狙いがあると考えられるのである。」(金子宏「地方自治法一四六条
における職務執行命令訴訟の諸問題」ジュリスト二〇八号 一〇五頁)か
ら、この審査にあたって、国の行政事務の能率的運営や統一的、一元的処
理を強調したり、審査の範囲を形式的要件の具備の範囲に限定したりする
のは、わざわざ独立の法判断機関として裁判所を介入させた意義を実質的
に失わしめることになる。
3 本件職務執行命令訴訟は、行政事件訴訟法六条にいう機関訴訟であり、
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内閣総理大臣と国の機関である沖縄県知事との間における機関委任事務上
の権限の行使に関する紛争についての訴訟であって、権利主体間の具体的
な権利義務ないし法律関係の存否に関する訴訟ではない、と原告は指摘す
る(第二準備書面一頁)。しかし、職務執行命令訴訟は、国と、国からは
独立の地方公共団体の間での争いという側面を同時にもっており、この点
は、とりわけ本件立会・署名の如く、住民代表としての知事に与えられて
いる権限に基づく事務(実質的に見れば自治事務といえる)について言え
るものであり、この場合には国と地方公共団体間での、つまり、権利主体
間での訴訟という面があることに留意されなければならない。
重要なことは、職務執行命令訴訟においては、「争訟裁判機関が上級庁
からも下級庁からも独立の、法の保障を本来的任務とする裁判所であるこ
とを特に重視する必要がある」という点なのである(前掲金子論文一一〇
頁)。
以上述べた点から考えて、職務執行命令訴訟における裁判所の審査権は、
職務執行命令の形式的要件の審査に留まらず、合憲性の有無、違法性の有
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無一般に及ぶものと解されるのである。
4 さらにつけ加えておくべきことは、前掲最高裁判決が、国の指揮・監督
権の実効性の確保と調和を図るべきとした「地方公共団体の長、本来の地
位の自主独立性の尊重」の要請は、後述するとおり職務執行命令訴訟につ
いての地方自治法の改正(最高裁判決は旧法の職務執行命令訴訟について
のものである)や地方自治の一層の推進を図った地方分権推進法の制定な
どにより、今日においてはより一層強調されなければならないという点で
ある。
二 審査権についての原告主張に対する反論
1 原告は、地方自治法一五一条の二に規定する要件を具備するかどうかに
ついて裁判所は審理・判断するとしたうえで、その審査の範囲・方法につ
いて論じている。原告の主張は、要するに、第一に審査の範囲を原則とし
て形式的違法性に限定し、第二に、例外的に実質的違法性について及ぶと
しても、「重大かつ明白な瑕疵」の有無の判断に限られるとし、さらに第
- 三に、右の判断についても「高度の政治的判断を要する広範な裁量」に委
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ねられていることを考慮すべきであるという。
原告の右主張の狙いは、本件における裁判所の審査を実質的に骨抜きに
しようとするものにほかならず、職務執行命令訴訟制度の実質的機能の放
棄を裁判所に求めるものといわなければならない。このことは、前述した
職務執行命令訴訟の制度の趣旨・意義に著しく反するものである。
以下、原告の主張について反論する。
2 立会・署名義務の存否について
一 まず、原告は、被告が立会・署名義務を負うか否かの裁判所の審査は、
「被告がその義務を履行するに際して審査権限を有する限度」において
これをすれば足りると主張する(原告第二準備書面四頁)。
しかし、この主張は基本的に誤っている。ここで留意しなければなら
ないのは、原告が右にいう「その義務を履行するに際して有する審査権
限」とは、土地収用法三五条五項により付与された審査権限を示し、被
告が主張する知事の法令解釈権、すなわち立会・署名に先行する使用認
定等の先行手続の適法性を判断し、立会・署名を求める行為が適法であ
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るか否かを判断する権限を含んでいないという点である。
この原告の主張は、知事の自主的法令解釈権を否定し、裁判所の司法
審査権を「被告の有する審査権限」に限定する点で基本的に誤っている。
本件職務執行命令訴訟においては、前述したように、原告と被告沖縄
県知事との間で、立会・署名義務があるか否かをめぐって対立が生じて
いるのであって、この点について司法機関としての裁判所の判断が求め
られているのである。
この点については、砂川事件の差戻し後の東京地裁判決(一九六三・
三・二八)も、最高裁判決の趣旨を「下命者たる主務大臣または都道府
県知事の判断の受命権者たる都道府県知事または市町村長に対する優越
性を否定し、両者の判断が抵触する場合には裁判所が客観的立場からそ
のいずれが正当であるかを審査判断すべきものとすることを看取するに
難しくない」としたうえで、「この趣旨から推すときは、裁判所は、下
命権者の判断のいかんにかかわらず、命じられた事項が客観的にみて法
律上受命権者のなすべき義務に属するかどうかを審査判断して右命令の
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実質的適否を決すべきもの」としているところであり、原告の主張は失
当である。
職務執行命令が違法か否かはあくまでも裁判所が判断するものであり、
被告の判断はその有する法令解釈権に基づいて自己の責任あるいは自己
の危険負担においてなされるものであるが、それは事務執行者としての
立場からなす解釈であって、被告の審査権限の有無、範囲と最終的法令
審査権者としての裁判所のそれとは次元の異なるものである。
本件での争点は、原告のなした職務執行命令の合憲性を含む適法性一
般であって、職務執行命令が形式的にはもとより実質的に違法であれば、
違法な命令に被告は一般国法上従う義務はない解されるのである。
二 原告は、「本件訴訟は、行政権の内部的な行為である職務執行命令の
適否を判断する訴訟であるから、当該職務執行命令を受けた被告は、本
件訴訟において、署名押印等の義務を履行するに際して有する審査権限
の範囲内においてのみ、署名・押印等の義務の存否を争うことができで
きるにとどまり…」と主張する(原告第二準備書面五頁)。
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しかしながら、本件訴訟は広い意味では行政権の内部の対立であるが、
それは同一行政組織の上下間において生じているものでもなければ、国
の機関内部の相互間において生じているものでもない。本件訴訟は、国
と地方自治体の長という、それぞれ対等の関係における機関委任事務関
係において生じているものであって、原告の主張する「内部行為」論は
地方自治体の長の自主独立性を否定する点で誤りであるばかりか、最高
裁判決が明らかにした職務執行命令訴訟制度の趣旨にも反するものであ
る。
原告の審査権限に関する主張は、下級機関が上級機関の訓令に従う義
務があるか否かとか、公務員関係において上司の職務命令に従う義務が
あるか否かという場合に当てはまる議論であっても、本来対等な関係に
立つ国と自治体との関係について妥当するものではない。
原告主張の如く、被告の審査権限なるものを前提にして、裁判所の審
査権限も、「(1)原告が駐留軍用地特措法七条一項の規定により本件土地
について使用の認定をした旨の告示をしたこと、(2)那覇防衛施設局長が、
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土地・物件調書を作成するについて、土地所有者及び関係人に対し、立
会及び署名押印を求めたが、それらの者が右署名押印等を拒んだこと又
は署名押印等をすることができないこと、(3)那覇防衛施設局長が、関係
市町村長に対し、立会及び署名押印を求めたが、当該市町村長が右署名
押印等を拒んだこと、(4)那覇防衛施設局長が、被告に対し、立会人を指
名し、署名押印させることを申請したこと、等の手続的要件が充足され
ているか否か」に限定されるというのは(原告第二準備書面六頁)、明
らかな誤りである。
原告の主張は、被告知事の適法性審査権の範囲という形で論じられて
いるが、その発想は主務大臣と知事の関係を、一つの行政組織内部にお
ける上級行政機関と下級行政機関の関係と同等のものと把握しようとす
る考え方からでたものというべきであり、そのような考え方をとった東
京地裁判決は最高裁判決により否定されたものである。最高裁判決は、
原告の主張とは異なり、知事の審査権の有無、範囲という問題と切り離
して、独自に裁判所の審査権を認めていると考えられるのである。
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被告の本件各立会・署名は本件各土地にかかわる強制使用手続の一環
としてなされる重要な事務であり、その前提となる行政行為において違
法があれば、本件立会・署名の職務執行命令もまた違法なのである。従っ
て、違法性の審査は原告主張の「手続的要件」に限定されるべきではな
く、右の「本件土地についての使用認定」の違法性、さらには使用認定
の根拠法である駐留軍用地特措法の違憲性にも当然に及ぶものである。
特に、使用認定の問題は、原告も認めるとおり、「当該土地について使
用権原を取得するための一連の手続の基本となる行為」(原告第二準備
書面一〇頁)である以上、とりわけこの違法性の審査は必要不可欠とい
わなければならない。
3 使用認定の効力及び適否について
一 原告は、被告の主張に反論し、「一般に、行政機関は、他の行政機関
の先行行為を前提として後行行為をする場合において、当該先行行為の
適否を判断し、その判断に基づいて当該後行行為を拒否することはでき
ないと解される」として、「先行行為に重大かつ明白な瑕疵がある場合
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に」、例外的に「自己の判断に基づいて、その後行行為を拒否すること
が許される場合もある」と主張する(原告第二準備書面七〜九頁)。
しかし、この議論も、本件で問題となっている争いが、国と対等な関
係にある地方公共団体の長との間のものであるという性格を無視するも
のであるといわなければならない。
原告が右主張の実質的理由としているのは、「行政は、組織全体とし
て統一的に、しかも迅速、的確かつ能率的に、その目的を達成すること
ができる」(同九頁)という点であるが、前述したとおり、そもそも地
方公共団体の長は元来自治体の長として国と対立する面をもっているこ
とを前提として職務執行命令訴訟制度が存在していることからすれば、
行政の統一性、能率性を強調するのは誤りで、主務大臣と知事との間の
対立の解消は、裁判所の判断を通して実現されることが予定されている
のである。
本来行政行為は、それが先行行為であろうが、後行行為であろうが、
それ自体適法であることが要請されているのであり、先行行為が違法で
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あれば後行行為を為すことは許されず、それを為すことは違法の評価を
受けるものである。
使用認定の適否・効力は本件立会・署名義務の存否にかかわって審査
・判断することが避けられない問題なのである。
二 砂川事件の差戻し後の前記東京地裁判決は、関係市町村長において裁
決申請書の公告、縦覧をなすか否かにあたり、内閣総理大臣の収用認定
の適否を判断しうるかについて、これを否定する判断を示しているが、
その判断の当否はともかく、同判決が右判断をなすにあたって強調して
いるのは、公告、縦覧手続が告知機関として行う告知行為であり、「地
理的関係その他からいって、容易かつ有効であるというもっぱら行政事
務処理上の便宜の考慮」から関係市町村長に告知手続が委ねられている
にすぎないという点であることに留意する必要がある。
同判決は、原告のように、先行行為と後行行為の関係を理由に一般的、
原則的に知事が収用認定を争うことを否定しているものではなく、次の
ように述べて、それは問題となっている当該機関委任事務の性格による
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としているのである。
「およそある行政機関が一定の行政行為をなすべき義務を負担している
かどうかは、法律がかかる行為についての職務権限を付与するにあたっ
て、当該行政機関に対し、いかなる事項について審査判断したうえその
権限を行使すべきことを要求しているかということと切り離してこれを
論ずることはできないのである。各行政機関のなす行政行為は、その性
質、内容、効果及び重要性において無限の多様性をもち、法律はかよう
な多様性に応じてそれぞれの行為を各種の行政機関の職務権限に分属せ
しめるとともに、他面それらの機関がそれぞれの権限を行使するにあた
って判断すべき事項の範囲についても広狭さまざまな限界を設けること
ができるのであり、これが画一的でなければならない理論上の要請はな
い。それ故、法律が後続行為をする行政機関に対し、他の行政機関のし
た先行行為の適否について審査権を与えることも可能であるとともに、
他方右行為の適否のみならず、その有効無効についてすらこれを審査判
断することなく、いやしくも形式上当該行政行為がこれにつき一般的権
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限を有する行政機関によってなされた以上、当然に後続行為をなすべき
ことを命ずることももとより可能であって、この後の場合においては、
当該行政機関は、先行行為の無効を理由として後続行為を拒否すること
も許されないものとしなければならない。具体的な場合がそのいずれに
あたるかは、もっぱらこれを定めた法律の規定の解釈によって決すべき
ものであり、規定の明文上この点が明らかでない場合には、当該行政機
関のなすべき行為の性質、それが右法律において創設された行政作用全
体の中において得る地位等に照らして法律の趣旨とするところを合理的
に探求すべきものである。」
なお、判決は右判示に先立って、一般論としてであるが、先行行為に
瑕疵ある場合に後続行為をなすべき機関が、先行行為の適否を審査し、
これを違法と判断した場合に後続行為を拒否する権限と職責を有するか
否かについて、「行政機関相互間の権限の相互尊重は権限の分属に伴う
不可欠の要請である」として、これを否定しているが、機関委任事務の
管理執行は国の機関と地方自治体の機関の間の問題であることからすれ
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ば、「権限行使の相互尊重」という組織法的原理を持ち出すのは正しく
ない。
そして、右判決がこのような組織法的原理が裁判所の審査権を制約す
る根拠となるとする考え方をとるものとすれば、それは組織法の原理と
裁判所の審査権という訴訟法の原理を混同するものである。
三 また、原告は先行行為の重大かつ明白な瑕疵がある場合に例外的に後
行行為の拒否が許されるとするが、原告主張の重大かつ明白な瑕疵の理
論は、前述したような公務員関係における職務命令の場合においては、
職務命令は一応適法の推定を受け、受命公務員を拘束するとの理論とし
て成立する余地はあるとしても、機関委任事務の執行における国と地方
自治体の長との関係においては右の理論は妥当しない。
四 さらに、原告は、本件の場合、使用認定に重大かつ明白な瑕疵がある
と解する余地はないとし、その理由として「そもそも原告(内閣総理大
臣)が行う土地の使用の認定は、駐留軍用地特措法に基づき、当該土地
について使用権原を取得するための一連の手続の基本となる行為であり、
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その中心となる『駐留軍の用に供するため土地等を必要とする場合にお
いて、その土地等を駐留軍の用に供することが適正且つ合理的である』
(同法五条、三条)かどうかの判断は、沖縄県を含む日本国の安全並び
に極東における国際の平和及び安全、日米の外交関係の在り方等をも考
慮した高度に政治的な裁量判断を包含する」と主張する(原告第二準備
書面一〇頁)。
重大かつ明白な瑕疵の理論を本件に適用することが当を得ないことは
前述したとおりであり、原告の立論はその前提において誤っているが、
そのことを措くとしても、「適正且つ合理的である」か否かは、原告の
主張のように高度に政治的な裁量判断であるというとらえ方も不当なも
のである。
「適正且つ合理性」の要件は、土地収用法二条の定める要件と同一の
ものであり、土地の強制使用という財産権の侵害を許容しうるための法
律要件であって、決して政策的判断基準ではない。
東宝劇場使用認定取消事件(東京地裁一九五四年一月二〇日 行裁例
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集五巻一号一二五頁)は、「特別措置法による使用認定又は収用は、強
制的なものであり、やむを得ない必要があるとして個人の財産権の侵害
が許される場合であることを考えると、その『適正かつ合理的』という
にはおのずから一定の限界があって、無制限に広い解釈をこれに与える
ことはできぬ」としているが、当然である。
日米安保条約を締結するか、地位協定の在り方をどうするかなどは、
国においてなすべき平和や安全・外交関係の在り方等にかかわる高度に
政治的な裁量判断であるといえるが、日米安保条約・地位協定に基づい
て国内法上特定の土地を強制使用しうるか否かという問題は、憲法二九
条の保障する財産権に対する制約をいかなる理由により、いかなる方法
によって行いうるかという財産権という基本的人権の制約にかかわるす
ぐれて法的な問題であり、「適正且つ合理性」の要件は、財産権に対す
る侵害の法的許容基準として設定されたものであると理解されるのであ
る。
逆にいえば、「適正且つ合理性」という要件が設定されることによっ
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て駐留軍用地特措法に基づく使用認定はその立法手段としての妥当性が
辛うじて承認されるのであり、この要件を具備することが厳格に検証さ
れることによって土地の強制使用が正当化されるのである。
また、原告は使用認定の適否の問題については、原告の広範な裁量を
理由に「原告(内閣総理大臣)の裁量権の範囲を超え又はその濫用がな
い限り、無効の問題はもちろん違法の問題も生ずる余地はない」(原告
第二準備書面一一頁)と主張し、無効を主張する側に立証責任があると
いう。しかし所論の立証責任の問題は、抗告訴訟における処分者と被処
分者の関係について論ずべき問題であるとしても、機関訴訟には妥当し
ないというべきである。
いずれにしても、原告の主張は、政治的裁量を法的判断に持ち込もう
とする点において不当なものであるばかりか、政治的裁量の強調によっ
て裁判所の法的審査を制約しようとする点でいっそう不当である。
五 なお、原告は、使用の認定について高度に政治的な裁量判断であるこ
とを強調する一方において、被告の立会・署名については、「防衛施設
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局長が作成する土地調書・物件調書が本件土地への立入り、測量、調査
等に基づいて作成されたことを確認する行為であって、その実質は、使
用の裁決の申請の添付書類(土地調書)及び提出書類(物件調書)を調
えさせる付随的、補充的な行為にすぎない」(原告第二準備書面一〇〜
一一頁)と述べているが、右主張は、本件立会・署名事務の性格を誤っ
てとらえ、ことさらにその意義を軽視するものである。
被告知事の立会・署名は、駐留軍用地特措法の手続の一環を構成する
ものであり、住民の代表者である知事が公的な第三者として住民の財産
権を保護するために認められたものであり、土地・物件調書の成立及び
記載が正当な手続でなされたことについて知事の事実判断(認証行為と
いえる)及び法的判断としてなされるのであり、単なる「付随的、補充
的な行為」というのは誤りであるといわなければならない。
4 公益侵害の要件について
一 原告は、「公益」に該当するか否かの判断について、「当該機関委任
事務を指揮監督する主務大臣の広範な裁量にゆだねられていると解すべ
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きである」とし、「当該機関委任事務によって達成する『公益』が具体
的にどのようなものか、当該機関委任事務が執行されないことによって
どのような『公益』が害されるかは、当該行政の責任者(主務大臣)の
合目的的な裁量にゆだね、その第一次的判断を尊重するのでなければ、
行政の適正迅速な執行を期しがたい」と主張している(原告第二準備書
面一三頁)。
しかし、そもそも不確定概念である「公益」について原告主張のよう
な広範な裁量論を採るとするならば、「公益」要件は、職務執行命令の
法律要件としての意義をほとんど有さなくなるし、職務執行命令訴訟制
度における一方の要請である地方公共団体の長本来の自主独立性の尊重
は甚だしく形骸化したものとならざるをえなくなるのは明らかである。
法一五一条の二、一項の「公益」は、裁判所が客観的に法令解釈の最
終的判断機関としてなすべきであり、原告の主張する「公益」が法の要
件としての「公益」に該当するか、「公益が侵害された」といえるかど
うかについての判断権はあくまでも裁判所にある。
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もとより職務執行命令をなした原告の立場から、原告として考える
「公益」や「公益の侵害」を主張することになるが、それはあくまでも
原告の判断する「公益」であるに過ぎず、何ら裁判所を拘束するもので
もなければ、裁判所として第一次的にその判断を尊重すべき必要もない。
裁判所に求められる判断は、原告が判断したとする「公益」を憲法や
地方自治法に照らし、法一五一条の二、一項の「公益」と評価しうるか
否かという点である。
原告は、この点について主務大臣の広範な裁量とその裁量判断の尊重
は、行政の適正迅速な執行のために必要であると主張するようであるが、
原告の主張は、職務執行命令訴訟という司法判断を介入させることによ
って法の保障を実現しようとする趣旨を没却させるものというべきであ
る。
二 さらに、原告は、主務大臣に広範な裁量を認める理由として、「本件
の場合、法令違反ないし職務懈怠を放置することによって害される『公
益』は、機関委任事務に係る『公益』であるから、その事務の性質上、
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日本全国において、統一的、一元的な処理がされることが望ましい。そ
のためには、主務大臣の判断を尊重するほかない。」とも述べている。
しかし機関委任事務にもその性質には多種多様なものがあり、戸籍など
のように手続的、技術的な事務にあっては統一的、一元的処理が求めら
れるが、前述した本件の立会・署名の事務の性質からすれば、その都慎
重に具体的、個別的な判断に基づく事務の執行が要請されるのであり、
統一的、一元的処理になじむものではない。
また、法の要件は「法令違反ないし職務懈怠を放置することにより著
しく公益を害することが明らかであること」であって、右でいう「公益」
をもって当該機関委任事務に係る「公益」であると限定するのは誤って
いる。もし「公益」を原告主張のように解するとしたら、当該事務の職
務懈怠は即公益侵害の評価を受けることとなりかねず、職務懈怠とは別
個に「著しく公益を害することが明らかである」という要件は独立の要
件として、実質上意味がないこととなる。原告の主張は、右要件を「要
は、その物の考え方としては、代行についてはできるだけ慎重であるべ
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きである。こういう見地に立って、代行できる場合を限定しようとする
ものであるというふうに考えております」(一二〇回国会衆議院地方行
政委員会での政府委員答弁、地方行政委員会会議録第六号六頁)との立
法趣旨にも反するものである。
三 また、原告は本件における「公益侵害の要件」に関する判断について
も、「日米安保条約及び地位協定上の義務の履行という我が国の外交政
策及び防衛政策の基本にかかわるものであって、高度の政治性を有する
から、原告(内閣総理大臣)の広範な政治的な裁量にゆだねざるを得な
い」として、「原告の判断は、主権国としての我が国の存立の基礎に重
大な関係をもつ高度の政治的な事項に関するものであり、その裁量権の
範囲の逸脱、濫用となることはほとんどあり得ないから、司法裁判所と
してその裁量権の範囲の逸脱、濫用の判断をすることには慎重となるべ
きである」と主張するが、右主張に対する批判としては、「適正且つ合
理性」の要件および「公益侵害」の要件に関して原告の主張に対して述
べたところがそのまま妥当する。
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四 原告は、原告がしたとする「公益」判断の内容について、「国際情勢
を含む政治的、外交的諸情勢についての高度な総合判断に基づく」とし
て、いくつかの点をあげているが(原告第二準備書面一七〜二一頁)、
この点については、詳しく前述したとおりであり(第五、日米安保堅持
論への批判)、原告の情勢認識と評価は極めて皮相かつ一面的であり、
甚だしく説得性に欠けるものであって、原告は、右のような判断をもっ
て「高度の政治的裁量」を理由に裁判所に対し審査権の自己規制を求め
ようというのである。裁判所は原告のこのような政治的主張に乗せられ
てはならない。
5 地方自治法一五一条の二の要件解釈についての基本的考え方
一 地方自治法一五一条の二は、同条三項の職務執行命令訴訟提起の要件
として、
(1) 都道府県知事の国の機関委任事務の管理又は執行が法令の規定や主
務大臣の処分に違反すること又は国の機関委任事務の管理若しくは執
行を怠ること、
---------- 改ページ--------596
(2) 職務執行の勧告や命令等以外の手段では是正が困難であること、
(3) それを放置することによって著しく公益を害することが明らかであ
ること、
の三点をあげている。
二 現行地方自治法は、一九九一年三月二六日第一二〇国会において旧地
方自治法一四六条の改正法として可決成立したものである。
右の自治法改正は一九八六年の政府案の提出から廃案になること三度、
一一度の継続審議という経過の上に、職務執行命令訴訟制度については、
政府案のいわゆる「裁判抜き代行制度」を一八〇度修正した、自民・社
会・公明・民社党の四党による政府案に対する共同修正案が成立した法
律の内容となっているものである。
この共同修正が行われる以前の政府原案は、旧地方自治法一四六条の
職務執行命令訴訟を廃止し、新たに、裁判によることなく国の代行を可
能とする制度(これを俗に「裁判抜き代行制度」と呼んだ)を創設しよ
うとするものであった。
---------- 改ページ--------597
この「裁判抜き代行制度」の創設を狙った政府原案は、旧地方自治法
一四六条が機関委任事務の管理や執行が怠られたりする場合について、
当該事務が国の事務であることを強調し、裁判所による司法的チェック
を省略して、主務大臣が地方公共団体の長に代わって当該事務を執行す
る道を開こうとするもので、機関委任事務について地方公共団体の長の
裁量権を全く否定しようとする意図に基づくものであった。
この政府原案のもととなったものは、一九八五年七月の臨時行政改革
推進審議会(第一次行革審)の「行政改革の推進方策に関する答申」で
あったが、この答申の当初から学会や各種地方公共団体の間で、「裁判
抜き代行制度」を導入するべき必要性や動機、その背景等について多大
な疑問と反対がとなえられ、行政改革に名を借りて機関委任事務の効率
化のみをはかった地方自治制度への攻撃や司法チェックの忌避であると
非難を受けたものであった。
それゆえにこの「裁判抜き代行制度」を中心とする政府提出の地方自
治法改正案は、三度の廃案、一一度の継続審議という稀に見る法案成立
---------- 改ページ--------598
まで難産の経過をたどり、その上に「裁判抜き代行制度」は全く修正さ
れ、現行の地方自治法一五一条の二の規定が誕生したのである。
この地方自治法改正の国会審議過程をみるだけでも、現行地方自治法
一五一条の二が、政府の改正原案にみられた地方公共団体の長を(機関
委任事務の執行については)、あたかも国の下部機関として位置づけた
上で、機関委任事務の効率化を図り、司法的チェックを外そうとした行
政権優位の思想を明確に否定した考えにたつものであることが明らかと
なるのである。
三 次に、一九九一年改正前の旧地方自治法一四六条に定める職務執行命
令の手続と、現行地方自治法一五一条の二に定めるそれとを具体的に比
較検討してみよう。
1 旧地方自治法一四六条の規定にあって、現行地方自治法一五一条の
二に規定されていないものは、
(1) 内閣総理大臣による都道府県知事や市長村長の罷免の制度及びこ
れに対する地方自治体の長の不服の訴の制度
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(2) 主務大臣による機関委任事務代行の前提となる(怠る)事実の確
認の裁判の制度
であり、
2 現行地方自治法一五二条の二の規定にあって、旧地方自治法一四六
条の規定にないものは、
(1) 職務執行勧告の制度
(2) 職務執行勧告、命令、裁判の前提要件としての、 他の是正措置
の不存在、すなわち地方自治法一五一条の二、一項から八項までの
勧告、命令、裁判、代行による以外の方法では(職務懈怠等の)是
正が困難であること、(職務懈怠等を)放置することが「著しく」
「公益を害する」ことが「明らかであるとき」という要件の存在
(3) 職務執行命令の高裁判決が最高裁によって覆され、主務大臣の請
求が理由がない旨の判決が確定した場合の原状回復の制度である。
四 右にみたように、旧地方自治法一四六条の職務執行命令訴訟に関する
規定と、現行地方自治法一五一条の二のそれとを比較すると、現行一五
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一条の二の規定のほうが旧規定に比較して、機関委任事務の主務大臣に
よる代行実現までに、より慎重な態度を採っていることが明らかである。
すなわち、旧規定では主務大臣は勧告なしで、直ちに地方自治体の長
に命令することができたし、その命令を発するには、法令違背や職務懈
怠があると(主務大臣が)認めればよく、他の是正措置の存在や、「著
しい」「公益の侵害」の「明白性」などの条件が付加されておらず、か
つ(裁判所の確認を条件とするとはいえ)、職務執行命令違反の首長の
解任権を内閣総理大臣に与えることによって、命令に従わない首長を押
さえ込むことができ、さらに、主務大臣の職務執行命令が誤っていた場
合の原状回復も規定上考えられていないからである。
6 地方公共団体首長の大幅な裁量権、地方自治の尊重
一 現行地方自治法一五一条の二は、旧法一四六条に比べて、たとえそれ
が国の機関委任事務の処理や執行についてであっても、地方公共団体の
長を単なる国の下部機関として上命下服の関係でみるのではなく、その
事務が地方公共団体の長に「委任されている」以上、公選による首長が、
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その事務(もとより事務の内容や性質による)の執行にあたり、内容、
その地方における住民の意思や風土、歴史といったその地域の特殊性を
考慮して、住民自治の精神に則り、その裁量権の中で、国の判断とは異
なる判断をなしうることを明確にしたものということができる。これを
言い替えれば、機関委任は地域の様々な事情を考慮した上で、長の自治
的な裁量判断が入りうることを予定していると考えられるのである。
二 最高裁一九六〇年六月一七日判決が、旧法一四六条の規定する職務執
行命令訴訟制度についてさえ、一審の東京地裁が「町長が国の委任事務
を処理する関係においては、都知事は国の上級行政機関に、町長はその
下級行政機関に当り、上命下服の関係に立つ。従って町長は知事の発し
た職務執行命令が違憲、違法であるかどうかの点につき実質的判断をす
ることはゆるされず、その命令が形式的要件を欠き、又は不能の事項を
命じている場合等を除き、右命令に服従する義務がある」と判断したの
を覆したこと、さらに「地方公共団体の長は、地方住民によって公選さ
れ、当該地方公共団体の執行機関として、本来、国の機関に対し自主独
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立の地位を有する新憲法下の地方自治制の下では、国の委任事務処理の
関係において、国の機関と地方公共団体の長との間に意見の相違があり、
後者が国の指揮命令に服しない場合に、国の一方的認定によって、簡単
に国が地方公共団体の長を罷免したりその事務を代執行したりすること
ができるものとすることは、地方公共団体の長の本来の地位の自主独立
性を害し、ひいては地方自治の本旨に悖る結果となる。そこで、国の委
任事務処理の関係における地方公共団体の長に対する国の指揮監督の実
行性を確保する方法を容易するについても、地方公共団体の長の本来の
地位の自主独立性を害さないようにする工夫が必要となるわけである。
地方自治法一四六条は、かような見地から、地方公共団体の長の本来の
自主独立性の尊重の要請と、国の指揮監督権の実効性の確保の要請とを
調和する方法として、職務執行命令訴訟制度(いわゆるマンデマス)を
採用し、国の上級行政機関と地方公共団体の長との意見対立がある場合
に、国の指揮命令が適法であるかどうかにつき裁判所の判断をわずらわ
し、裁判所がその指揮命令の適法性を是認する場合に初めて、国の代執
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行権および罷免権を発動し得るものとしたものと解されるわけである」
と判示したことが留意されなければならない。
三 右にみたように、現行地方自治法一五一条の二の規定は、旧法一四六
条の規定に比べて、首長の罷免権を削除し、職務執行勧告の要件を格段
に加重する措置を講じているのである。
従って、右の最高裁判決が強調している地方公共団体の長の本来的自
主独立性は、右の最高裁判決の判断にも増して、地方自治法一五一条の
二の解釈にあたって強調されなければならないのである。
四 さらにまた、この点は地方自治尊重の考え方が一層強調される最近の
立法の趣旨に鑑みてもより妥当するものである。
すなわち、一九九五年五月一五日地方分権推進法(法律九六〇号)が
成立し、同年五月一九日公布されたが、同法は「中央集権的行政のあり
方を問い直し、地方分権のより一層の推進を望む声は大きな流れとなっ
ている」として、「国と地方との役割を見直し、国から地方への権限委
譲、地方税財源の充実強化等地方公共団体の自主性、自律性の強化をは
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かり、二一世紀に向けた時代にふさわしい地方自治を確立することが現
下の急務である。従って、地方分権を積極的に推進するための法制定を
はじめ、抜本的な施策を総力を集めて断行していくべきである」(一九
九三年六月三日衆議院決議、同六月四日参議院決議)との国会決議等を
受けて制定されたものである。同法の制定によって地方自治の本旨をふ
まえた地方公共団体の自主性、自立性は従前以上に保障されるべきもの
とされたのである。
7 地方自治法一五一条の二の要件の欠缺
一 法令違反等の不存在
原告がその根拠としている駐留軍用地特措法は違憲の法律であり、知
事が立会・署名に応じないことは違憲な法律に根拠を有する機関委任事
務に応じないものであり、法令違反にも適法な職務を怠ることにも該当
しない。
又駐留軍用地特措法を本件各土地に適用して使用認定することは違法
であり、知事が立会・署名を行わないことは、この違法な使用認定とそ
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れに基づく手続きに応じないものであって、法令違反にも職務懈怠にも
該当しない。
さらに、知事が米軍基地の存在により前述の違憲状態が生じていると
して、本件立会・署名を行わなかったことは、正当なものであり、法令
違反にも職務懈怠にも該当しない。
加えて、本件各土地についての土地・物件調書の作成手続及び内容に
は瑕疵があり、違法なものであるから、知事には立会・署名をなすべき
法律上の義務がなく、職務懈怠であるということはできない。
二 他の是正措置の存在
知事は国に対して、本件の立会・署名を行わないことの回答に先だっ
て、県民生活及び県政を圧迫している在沖米軍基地の実態とその問題点
について明らかにし、基地の整理・縮小について繰返し要請をしつづけ
てきた。
ところが、国は日米安保条約、地位協定の締結当事者として、同協定
二条二項の取極再検討、三項の施設区域の返還の規定があるにもかかわ
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らず、知事の要請に基づく在沖米軍基地の整理・縮小、返還等の努力を
全く怠ってきた。
知事が立会・署名を行わないことは、もとより理由なき拒否や職務懈
怠ではなく、基地の整理縮小の必要性等を十分検討したうえで、立会・
署名を行わないことこそ公益に適うものであるとの判断に基づくもので
ある。
一方国は、知事のこれまでのたび重なる基地返還、整理縮小の要請や
要求に対して、日米安保協議会等を通じて米軍と協議をし、知事の要請
を実現する等の方法や手段を尽くすことによって、知事による立会・署
名の必要性をなくすことが十分に可能であった。しかるに、国は、これ
を怠ったまま立会・署名を求めてきたものであり、この点からして地方
自治法一五一条の二、一項にいう、同条一項から八項までの措置以外の
方法によって、その是正を図ることが困難であったなどとは到底言い得
ない。
又、法的手段としても、起業者たる防衛施設局長に代表される事業主
---------- 改ページ--------607
体としての国は、起業者として本件立会・署名を知事に求めたのである
から、知事が立会・署名を行わないことが違法であるというのであれば、
国は起業者の立場で知事に対し給付訴訟またはあるいは行政事件訴訟法
四条の当事者訴訟を提起し裁判所の判断を求めるべきであった。この措
置により、原告は「その是正を図る」ことができたものである。ところ
が、原告は本件土地所有者に対する強制使用期間満了が迫ったことから、
本来とるべき右措置をとらずに、機関訴訟たる本件訴訟を提起したもの
である。これは、本来起業者の立場で行動しなければならない国が、自
己の右事情から、上級官庁の地位を利用してあえて機関訴訟として本件
訴訟を提起したものであり、極めて不当なものである。
原告は、「もともと基地の返還、整理縮小は我が国と米国との外交交
渉によって解決されるべき問題であって、我が国として本件土地の使用
権原を喪失する時期までにこの問題を解決できる見通しはなかった」な
どと主張するが(原告第二準備書面六七頁)、国は基地の返還、整理縮
小を外交交渉によって実現しようとする努力を怠ってきたばかりか、例
---------- 改ページ--------608
えば一九九〇年六月一九日に日米合同委員会で合意されながら返還され
ていない事案(いわゆる二三事案)などの解決実現においても、国の姿
勢は決して積極的なものとは言えず、被告の要望にそって返還・縮小に
ついて真剣に努力したとは思われない。十分な外交努力もしないまま、
解決できる見通しがなかったなどという主張は信義にもとるものであり、
使用権原を喪失する段階に至って、解決できる見通しはないから、法的
な手続を執るなどというのはあまりにも無責任な態度であると言わなけ
ればならない(第七、「米軍基地問題に対する県の対応と二一世紀への
展望」において、県の対応について詳論したところである)。
三 公益侵害の不存在
1 職務執行命令訴訟は、法令違反や職務懈怠を放置することによって、
「著しく」「公益」を害することが「明らかな」場合にのみ許容され
るものであり、公益侵害のみならず、その顕著性及び明白性が必要で
ある。
地方自治法一五一条の二の「公益」とは何であるかについて、一般
---------- 改ページ--------609
的に明確にする規定は同法上に存在しない。
ここでいう「公益」は、広く憲法、地方自治法等の精神を踏まえて
判断されるべきであり、日米安保条約及び地位協定上の義務履行の必
要性という国の立場からの利益いわゆる国益の絶対優先の論理を取り
得ないことは右地方自治法の規定の解釈として当然であり、地方自治
の本旨をふまえた地方自治体の立場からする公益をも含めて、総合的
に判断すべきものである。
又、地方自治法一五一条の二の規定が国の機関委任事務に関する規
定であることから、同条にいう「公益」が国に固有の必要性あるいは
わが国の全体的な政策的必要性のみをさすと理解することも誤りであ
る。
地方自治法一五一条の二の規定は、機関委任事務の適正な執行の確
保の要請と普通地方公共団体の長の本来の地位の自主独立性の尊重と
の調和を図った規定であると理解される以上、同条にいう「公益」に
ついては、その当該地方公共団体の地域性や特殊性、歴史、住民意思、
---------- 改ページ--------610
地域から見ての当該機関委任事務の執行の必要性などが十分に検討さ
れなければならないのである。
また、右の公益性の判断にあたっては、公益の内容、性格とともに、
公益の程度が問題とされるべきであり、これらの点の検討の結果、公
益の存在が否定されたり、また公益侵害が仮りに認められるとしても、
その顕著性・明白性が否定されることがありうるものといわなければ
ならない。
なお、地方自治法一五一条の二が単に「公益侵害」を要件とするの
ではなく、「著しく公益を害することが明らかである」としてより要
件を厳格にしていることについて、原告は「主務大臣の広範な裁量」
を理由に右制限は実質的な意味をもたないと主張するもののようであ
るが(原告第二準備書面一五頁)、右要件は法律要件として「公益侵
害」の程度を枠づけるものであり、このことは行政代執行法二条が
「著しく公益に反すると認められるとき」として、同条が「明らか」
要件をおいていないことと対比して理解されるべきである。
---------- 改ページ--------611
2 原告が本訴において主張する公益は、日米安保条約及び地位協定に
基づいて、合衆国軍隊に基地用地として本件各土地を提供するという
ものであり、いわゆる軍事的公益を指していることは明らかである。
しかしながら、日米安保条約及び地位協定の合憲性の有無は仮りに
問わないとしても、わが国憲法秩序の下では、軍事的公益は、憲法前
文、憲法九条に照らし、さらには軍事的公益を排している土地収用法
(旧土地収用法の改正にあたって「国防・軍事のための収用」を削除)
や森林法(軍による材木の強制供出等の制度を廃した法改正)などの
諸立法に鑑み、到底取り得ないものであり、原告の主張する軍事的公
益をもって、職務執行勧告、命令をなしうる公益と解することは許さ
れない。
3 被告の右主張について、原告は「日米安保条約及び地位協定の合憲
性はそのものを問題としないので、これらの条約の義務の履行を公益
に適合しないとする被告の主張は、およそ理解し難い」というが(原
告六八〜第二準備書面六九頁)、安保条約及び地位協定が仮りに合憲
---------- 改ページ--------612
であっても、条約に基づく国内法は憲法において許容しうるものでな
くてはならないことは当然である。
被告が主張しているのは、軍事的公益はわが憲法秩序のもとに制定
されている国内立法においては否定されていること、少なくとも財産
権を強制収用・使用しうる公益性、公共性の概念から軍事的公益は排
除されているという点である。
また、仮りに原告主張のように安保条約及び地位協定の義務の履行
は公益に適合するとしても、義務の内容とされる軍事基地の提供とい
う軍事公益としての性格は地方自治法法一五一条の二の「公益侵害」
の有無の判断にあたって、被告が本件立会・署名を拒否するにあたっ
て考慮した「公益」の性格と比較検討すべきであって、日米安保条約
及び地位協定が合憲であるが故に、軍事基地を提供するという公益は
絶対的に優先するという論理は成り立たない。
条約履行の義務は国の義務であり、地方公共団体の長である被告を
当然に拘束するものでないことはもとより、国の条約上の義務履行を
---------- 改ページ--------613
他の自治体と比較してあまりに過重な負担を沖縄県にのみ強いてよい
という理由は到底見出し難い。
本件における「公益侵害」の有無については、条約上の義務の履行
が一般的、抽象的に公益に適うか否かというレベルではなく、条約上
の義務履行としてであれ、財産権を侵害する等の方法によって沖縄県
に長期間にわたって過重な負担を強い続けることが「公益」の名にお
いて許容しうるのか、という点を含めて具体的、実態的に判断すべき
である。
とりわけ、本件でその適用が問題となる次のような土地収用法の改
正経緯に照らせば、右の点は十分に考慮されなければならない。
(1) 旧土地収用法は、一九〇〇年に制定された。
この土地収用法は、所有権の不可侵性を定め、さらに「公益ノ為
必要ナル処分ハ法律ノ定ムル所ニ依ル」と規定した旧憲法二七条に
もとづいて制定されたものであり、その一条には、「公共ノ利益ト
為ルヘキ事業ノ為之ニ要スル土地ヲ収用又ハ使用スルノ必要アルト
---------- 改ページ--------614
キハ其ノ土地ハ本法ノ規定ニ依リ之ヲ収用又ハ使用スルコトヲ得、
本法ニ於テ使用ト称スルハ権利ノ制限ヲ包含ス」と定められ、
二条には、「土地ヲ収用又ハ使用スルコトヲ得ル事業ハ左ノ各号ノ
一ニ該当スルコトヲ要ス」とあり、五号にわたって次の事業が列挙
されていた。
一 国防其ノ他軍事ニ関スル事業
二 皇室陵墓ノ営建又ハ神社若ハ官公署ノ建設ニ関スル事業
三 社会事業又ハ教育若ハ学芸ニ関スル事業
四 鉄道、軌道、索道、専用自動車道、道路、橋梁、河川、堤防、
砂防、運河、用悪水路、溜池、船渠、港湾、埠頭、水道、下水、
国立公園、市場、電気装置、ガス装置又ハ火葬場ニ関スル事業
五 衛生、測候、航路標識、防風、防火、水害予防其ノ他公用ノ目
的ヲ以テ施設スル事業
この二条に示された事業の配列の仕方は、この法律が期待した事
業の価値の序列を示したものと考えられ、軍事優先、民生軽視、官
---------- 改ページ--------615
尊民卑の思想を示すものであり、明治憲法の価値観をそのまま示す
ものであった。
(2) 現行土地収用法は一九五一年、第十国会で制定されたが、その提
案理由について、衆議院建設委員会において、建設省渋江管理局長
は、次のような説明を加えている(第十国会・衆議院建設委員会会
議録第二十五号二〇頁)。
渋江政府委員「・・・・若干それに敷衍いたしまして、立案に関与
しました建設省といたしまして、今の提案理由の各項目を順を追
いまして、新旧法と対照しつつご説明申し上げます。第一点は、
事業の種類を整備した点でございます。公益事業の主体は、御承
知の通りただいま公益事業によって土地が収用される、すなわち
事業の内容が公共性をもつということが一方の要素でございます
が、これにつきましては、現在の収用法はきわめて抽象的な規定
をいたしておるのでございますが、それに比較いたしまして、今
回の改正法におきましては、条文でご覧願いますと、おわかりで
---------- 改ページ--------616
ございますが、改正法の第三条になっております。第三条の一号
から第三三号にわたりまして、各事業の種別に応じまして、それ
ぞれ根拠法規を明示してございます。それと同時に根拠法規に基
づきます公共事業の内容が何であるかということを、できるだけ
巨細に明記する建前をとっております。これが今回の改正法の特
色でございます」。
旧法には五号しかなかったものが、新法では三三号へと公共事業
が細分化され、さらに、その事業の根拠法規が明示されたという事
実は、憲法三一条の適正手続の保障という人権保障のための憲法的
要請から出たものであり、その形式的変化は、きわめて重要である。
そして、もっとも重要なことは、旧法にあった、「国防其ノ他軍
事ニ関スル事業」などが、憲法違反の事業であるがゆえ、廃止また
は削除するという提案理由が明示されて、新法から削除されたこと
である。この点について渋江委員は、次のようにいう。
「なお、実質的に事業の種類につきまして若干申し上げますと、
---------- 改ページ--------617
従来の規定におきましては、国防、其の他軍事に関する事業、そ
れに皇室陵の建造ないし神社の建設に関する事業が、公益事業の
一つとして上っておりますが、新憲法の下におきましては、当然
不適当であると考えられますので、これは廃止することにいたし
ております」。
なお、参議院・建設委員会でも、同様の提案理由が示されたが、
そこでは、「国防其ノ他軍事ニ関スル事業」について、
「こういったような新憲法下におきましては非常に妥当を欠い
ております公益事業が掲げてある次第でございますので、これ
らを廃止・削除することにいたしたのでございます」。
と、さらに明確にされているのである(第十国会・衆議院建設委員
会会議録第十七号)。
(3) ところで、原告は、「自衛隊が使用する土地は、土地収用法三条
三一号にいう『国・・・・が設置する庁舎・・・・その他直接その
事務又は事業の用に供する施設』に関する事業の用に供されるもの
---------- 改ページ--------618
と解されている」と述べているが(原告第二準備書面六九頁)、土
地収用法改正の前年である一九五〇年に創設された自衛隊の前身で
ある警察予備隊の根拠法としての警察予備隊設置法は改正土地収用
法の根拠法規中には掲げられていない。改正法においては廃棄物処
理や清掃事業(二七号)まで明記されているというのにである。そ
して、その後、土地収用法はこの点について今日に至るまでなんら
改正されていない。
明らかに巨大な軍事力をもつに至った我が国の自衛隊用地の取得
は、三条三一号に該当する事業であるなどという原告の主張は立法
経緯を無視した余りにも無茶な解釈である。
原告の右の如き解釈が如何に不合理なものであるかは、自衛隊段
階になって以降の一九六四年の第十回国会の衆議院・建設委員会に
おいて、土地収用法等の一部を改正する法律案の審議の際に、次の
ような質疑応答が行われていることからも明らかである(第十国会
・衆議院建設委員会会議録第三十一号一三〜一四頁)。
---------- 改ページ--------619
岡本委員
「たとえば、交通問題であるとか住宅の問題であるとか、これ
は国民各層間に全然異論のないところです。そういう問題につい
て特別措置が適用されるということでありますと、私どもはそれ
について何ら異議を申し述べるものではございません。しかしな
がら、国民の間で大きな異論がある、お互いに意見の食い違いが
ある、こういうふうなものを、公共の名において、一方的に特別
措置法の対象にされるということは、これは大きな問題を含んで
おると思う。いま大臣の御答弁の中に、軍施設についてはどうす
るかという私の尋ねに対して、明確な御答弁がございませんでし
たが、軍施設についてはどうされるのか。」
河野国務大臣
「ただいま御指摘になりましたように、「公共の」という条件
がついております。軍施設を『公共の』の範囲に入れるというこ
とは適当でない、これはもう社会通念じゃなかろうかと私は思い
---------- 改ページ--------620
ます。そういったことに反したものについてこれをやることは適
当でない、こういうふうに私は解釈しております。」
(4) また、国防公益といえども他の公益と軽重がないことは、横田基
地第一、二次訴訟に関する東京高裁判決(一九八七年一〇月五日・
判例時報一二四五号)が明言している。この訴訟において、国側は、
安保条約遵守や防衛公益を主張したが、裁判所はこれを退け、公益
があるとしても公害被害と比較衡量するという立場を採り、最高裁
判決(一九九三年七月一一日)もこれを支持した。
(5) 日米安保条約六条は、「日本国の安全に寄与し、並びに極東にお
ける国際の平和及び安全の維持に寄与するため、アメリカ合衆国は、
その陸軍、空軍及び海軍が日本国において施設及び区域を使用する
ことを許される」と規定し、条約上日本国がアメリカ合衆国に対し
使用する施設及び区域を提供するものと定めてはいるが、アメリカ
合衆国が要求する施設及び区域を日本国がアメリカ合衆国に対し必
ず提供しなければならないという条約上の義務は存しない。
---------- 改ページ--------621
国は、アメリカ合衆国に提供する土地の使用権原を取得できない
場合には、条約上、当該土地を提供する義務を負わないものである。
それ故、特定の具体的な土地について基地として提供できなくな
るからといって、そのことから公益侵害が顕著であり、明白である
とはいえない。
(6) 原告は、被告が、国は日米安保条約上米軍が要求する施設及び区
域を必ず提供しなければならない義務はないと主張したことに対し、
「日米両国間では、本件土地を含む施設及び区域を提供することが
合意されており、この義務を履行するために、本件土地の使用権原
を取得することが我が国が本件土地の使用権原を取得することが要
求されている。我が国が、本件土地の使用権原を取得することがで
きなかったからといって、一方的に米軍の意思に反して、いったん
合意した施設及び区域の提供を中止することが許容されているわけ
ではない」と主張する(原告第二準備書面七〇頁)。
しかし、これは条約上の義務と国内法との関係を混同もしくは無
---------- 改ページ--------622
視する誤った議論であり到底採り得ない。
本件各土地を含む施設及び区域についての合意は、日米両国の国
家間の合意に過ぎず、その合意が履行できるかは国内法上の法的手
続に委ねられるのであり、国内法上合憲かつ合法的に国が使用権原
を取得できなければ義務の履行は不能となるのであって、その当然
の結果として一旦合意した施設及び区域であっても提供が不可能と
なることは当然である。
この結果が米国の意思に反するとしても我が国として当該施設及
び区域については提供をなし得ないこととなるのはやむを得ないと
ころであって、米国が許容するとかしないとかを論ずべき問題では
なく、国としては当該施設及び区域については提供が不可能となっ
たことを米国に説明し、代替施設を含めて再協議すればよいだけで
ある。
地位協定二条二項は、施設及び区域に関する協定について、
「日本国政府及び合衆国政府は、いずれか一方の要請があるときは、
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前記の取極を再検討しなければならず、また前記の施設及び区域を
日本国に返還すべきこと又は新たに施設及び区域を提供することを
合意することができる」としているのであり、右のような場合には
右規定にもとづいて処理することが要請されるのである。
「一方的に米国の意思に反していったん合意した施設及び区域の
提供を中止することが許容されるわけではない」などというのは条
約上留保された権利の放棄を意味するに等しく、条約締結当事者と
して無責任であるとの批判を免れない。
また、原告は「米国に提供された施設及び区域の土地を具体的に
どのように使用するかは、米国の排他的な運用・管理に委ねられて
いる(地位協定三条)から、そもそも個々の土地の具体的な利用状
況を問題とすることはできない」というが(原告第二準備書面七〇
〜七一頁)、これも誤りである。一旦合法的に米国に提供された土
地であっても、その利用状況等からみて条約の目的上相当でない、
あるいは必要性がない、必要性が微弱であるなどの事情がないか否
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かはたえず点検し、そのような事情がある場合には、国としてその
返還を求めるべきであり(とりわけ強制使用の対象とされている土
地についてこのことは一層妥当する)、このことは地位協定二条三
項の「合衆国軍隊が使用する施設及び区域は、この協定の目的のた
め必要でなくなつたときは、いつでも、日本国に返還しなければな
らない。合衆国は、施設及び区域の必要性を前記の返還を目的とし
てたえず検討することに同意する」との趣旨にも沿うものである。
また、原告は「被告が本件土地の立会人の指名及び署名押印を拒
否してみたところで、基地問題の根本的な解決につながるわけでは
ない」(原告第二準備書面七一〜七二頁)として被告の本件立会・
署名の拒否を非難するが、本件立会・署名をなせば基地使用がさら
に固定化し、現に存する米軍基地による様々な弊害が存続すること
につながることになるのは明らかであって、被告としては沖縄県及
び県民に対する公益侵害の除去を可能な限り実現すべく本件立会・
署名を拒否するに至ったのである。
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もとより本件立会・署名の拒否によって基地問題の根本的解決が
直ちに実現するわけではないが、被告は、米軍基地の整理、縮小に
向けてあらゆる努力を重ねることこそ沖縄県政を与る被告の責務で
あって、この責務の履行は地方自治の本旨をふまえた公益実現のた
めであると判断して本件立会・署名に応じなかったのである。
そして、被告は本件訴訟において、本件立会・署名の法的義務が
存するか否か、本件立会・署名に応じなかったことにより、「著し
く公益を侵害することが明らかか否か」といえるか、という点にか
かわって、裁判所の公正な判断を求めているのである。
4 沖縄県知事たる被告は、地方公共団体の長として、憲法上地域住民
の平和的生存権を保障し、生命、人権、財産権を守り、福祉(地域振
興)を増進させる責務を負っていることは前記(第一〇、四)したと
おりである。
被告は、地方自治の本旨を踏まえ、右責務を負っている地方公共団
体の長としての職責を深く自覚したうえで、
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(1) 米軍基地は、沖縄に過度に集中して、県民の平和的生存権、財産
権、人格権を侵害し、平等原則に違反する等の違憲状態をもたらし
ていること(第四、第八)、
(2) 沖縄県の振興開発を著しく阻害していること(第四)、
(3) 米軍基地が違法に形成されてきた経過、並びに戦前、沖縄戦及び
戦後の沖縄の苦難の歴史的体験を通じて形成されてきた、県民感情
や県民世論は(第二、第三)、米軍基地の固定化を望んでいないこ
と(第六)、
(4) 米軍基地を早期に返還させ、その跡地を有効利用することが県勢
発展にとって不可欠であること(第七)、
(5) 本件教制使用の対象となった各土地の所在位置、具体的使用状況
等を検討すれば、それが米軍用地として提供されなくとも基地機能
にはほとんど影響のない土地が多数存在していること(第九、三、
3ないし9)、
等の諸事情に鑑みて、本件立会・署名に応じないことがむしろ沖縄県
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や県民の利益を擁護し、それを増大させることになると判断したので
ある。
まさに、沖縄における米軍基地は諸悪の根源となっており、その存
在は「公益侵害」の最たるもので、その象徴である、といわざるをえ
ないのである。
地方自治法一五一条の二、一頁の「著しく公益を害することが明ら
かである」かどうかの判断にあたっては、右(1)から(5)の事実(第二か
ら第九)をも判断要素としなければならないのは当然である。そして、
前項までに述べた「公益」の解釈、軍事公共性のとらえ方とあわせ考
慮すると、被告が本件立会・署名に応じないことは、「著しく公益に
害することが明らかである」ことに該当しないことは明白である。む
しろ、より積極的に、本件立会・署名に応じないことこそ「公益」に
合致し、それを実現させるものである。