<沖縄県第三準備書面>  第一 本件訴訟の審理の範囲



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 一 総理大臣と県知事との法的関係
   本件は、被告が原告から求められた土地収用法三六条五項所定の立会・署名を
  拒否したため、地方自治法一五一条の二、三項に基づいて原告が被告に対し右の
  立会・署名を求めて提訴したものである。
   地方自治法一五一条の二、三項の趣旨は、公選による普通地方公共団体の長が
  独自の立場から国の事務の執行につきなされた主務大臣の職務執行命令に応じな
  かつた場合、裁判所に地方公共団体の自主独立性を尊重しつつ法に従つて公正に
  審理・判断させ、それによって国の一方的な意思による恣意的な権力の発動を防
  止・抑止し地方公共団体の長に国の事務を執行させる制度の趣旨を遂げようとす
  るものである(長野士郎「逐条地方自治法」学陽書房・平成五年・四二六頁以下、
  その他)。

 二 砂川町長職務執行命令事件最高裁判決
   この問題については、周知のようにすでに最高裁判所の判決がある(一九六〇
  年六月一七日)。都知事対砂川町長、総理大臣対沖縄県知事という当事者の地位
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  は異なるが、本件と同一の争点が多い。
  1 事件の概要
    まずこの事件の概要は以下のとおりである。
    米軍立川基地(当時)を拡張するため、東京都北多摩郡砂川町(現立川市)
   の土地を収用する目的で、東京調達局長(現防衛施設局長)が駐留軍用地特措
   法と土地収用法による所定の手続を経た後東京都収用委員会に対して裁決の申
   請をした。
    そこで同収用委員会は、土地収用法の規定に基づいて裁決申請書や添付書類
   の写を砂川町長に送付した。
    土地収用法によると、市町村長はこれらの書類を受け取った時はただちに、
   裁決の申請があった旨及び収用の対象となる土地の所在・地籍・地目などを公
   告し、公告の日から二週間その書類を公告縦覧に供するとともに、公告の日を
   収用委員会に報告しなければならないことになっていた。しかし、砂川町長は、
   基地拡張反対の立場からこうした手続を拒否したのである。
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    そこで東京都知事は地方自治法一四六条(現在削除、現一五一条の二に相当)
   各項に基づいて、指定期限内に右の手続を履行するよう文書で命令したが、町
   長は履行しなかつたので、東京地裁に職務執行を命ずる裁判を請求する訴えを
   提起したのである。
  2 東京地裁判決
    東京地裁は、要旨次のように判示して町長に職務執行を命ずる判決をした
   (一九五八年七月三一日【判例時報一五九号】)。
    「町長は機関委任事務については、知事と上命下服の関係に立ち、都知事の
   命令に拘束される。町長は、その命令が形式的要件を欠きまたは不能の事項を
   命じている場合を除き、たとえ違憲・違法な事項を命じている場合でもこれを
   拒否することはできない。職務執行命令訴訟は、本来、行政内部の上級機関の
   下級機関に対する監督権の行使を特別に裁判所にゆだねたものであるから、こ
   の訴訟における審理の対象も、都知事の職務執行命令の形式的要件に関する事
   項以上に出ることは許されず、命令の実質的適否については審理することがで
   きない。」
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  3 最高裁判決
    被告町長はただちに上告した(当時は高裁を飛び越して上告することになっ
   ていた)。最高裁は原審判決を破棄差戻して、以下のとおり判示した(項目分
   けは代理人)。
   (判示 (1))「国の委任を受けてその事務を処理する関係における地方公共団
   体の長に対する指揮監督につき、いわゆる上命下服の関係にある、国の本来の
   行政機構の内部における指揮監督の方法と同様の方法を採用することは、その
   本来の地位の自主独立性を害し、ひいて、地方自治の本旨に悖る結果となるお
   それがある。」
   (判示 (2))「そこで、地方公共団体の長本来の地位の自主独立性の尊重と、
   国の委任事務を処理する地位に対する国の指揮監督権の実効性の確保との間に
   調和を図る必要があり、地方自治法第一四六条は、右調和を図るためのいわゆ
   る職務執行命令等訴訟の制度を採用したものと解すべきである。」
   (判示 (3))「そして同条が裁判所を関与せしめその裁判を必要としたのは、
   地方公共団体の長に対する国の当該指揮命令の適法であるが否かを裁判所に判
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   断させ、裁判所が当該指揮命令の適法性を是認する場合、初めて代執行権及び
   罷免権(一九九一年、罷免権の規定削除、─代理人)を行使できるものとする
   ことによって国の指揮監督の実効性を確保することが、前示の調和を期し得る
   所以であるとした趣旨と解すべきである。」
   (判示 (4))「この趣旨から考えると、職務執行命令訴訟において、裁判所が
   国の当該指揮命令の内容の適否を実質的に審査することは当然であって、した
   がってこの点、形式的審査でたりるとした原審の判断は正当でない。」
    なお、原告は、右判決の「裁判所が実質的に審査するについては、司法審査
   固有の審査権の限界を守ることはいうまでもないところであり」というくだり
   を引用しているが、これは当然の指摘であつて敢えて特筆すべきことでもない。
    この判決は、今日でも学界で支持されている(長野前掲、兼子仁「行政法事
   例研究」学陽書房・一九七一年・一九二頁以下、磯野弥生「国の機関としての
   町長の地位」【別冊ジュリスト・行政判例百選I】一九九三年・八四頁、宇賀
   克也「職務執行命令─砂川事件」【別冊ジュリスト・地方自治判例百選I】
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   一九九三年・一二一頁など)。
  4 裁判所における審理の範囲
    最高裁判決が「地方公共団体の長本来の地位の自主独立性の尊重」と「国の
   指揮監督権の実効性の確保」を対置していることに注意しなければならない
   (判示 (2))。そしてそのどちらが優越するでもなく、その調和を図るのが職
   務執行命令訴訟の制度の趣旨だとする。制度の趣旨をこのように解したうえ、
   最高裁は、「地方公共団体の長に対する国の指揮命令の適法であるか否かを裁
   判所に判断させて適法性を是認する場合、初めて代執行権を行使できる」とし
   た(判示 (3))。
    「地方公共団体の長本来の地位の自主独立性の尊重」について、いうまでも
   なく想起されなければならないのは、憲法九二条にうたわれている地方自治の
   本旨」である。「地方自治の本旨」の詳細については後述する(第一〇)が、
   これが憲法上の要請であることに留意する必要がある。なお、後述するとおり、
   一九九一年地方自治法が改正され、地方自治体の長が命令を拒否した場合の罷
   免制度などが廃止され、地方自治の本旨が一層生かされるようになった。
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   地方自治体の長が憲法のいう地方自治の本旨を真摯に受け止めて、当該地方の
   さまざまな特殊性、利害、住民の意思、国の政策に対する住民の意思、国の当
   該指揮の根拠となっている法に対する見解などを総合考慮した上、自己の統括
   する地方公共団体を代表して国の指揮命令に従うのを拒否した場合、裁判所は
   国が行う指揮監督の目的内容を考慮しつつも、これを十分尊重しなければなら
   ない道理である。

 三 本件審理の具体的範囲と差戻審・東京地裁判決の問題点
  1 砂川事件差戻審判決の構造
 (一) 次に、本件審理の具体的範囲に関して、最高裁判決をどう解釈するかを検
    討する必要がある。先例として砂川事件の差戻審・東京地裁判決(一九六三
    年三月二八日・判例時報三三一号、行政事件裁判例集一四巻三号、五七一頁
    以下)を検討しなければならない。
 (二) この判決は、前記最高裁判決を受けて「右差戻判決にいわゆる実質的適否
    の審査が具体的には何を意味するかは、判文上はあきらかにされていない」
    としたうえで、「裁判所は、下命者の判断のいかんにかかわらず、命ぜられ
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    た事項が客観的に見て法律上受命者のなすべき義務に属するかどうかを審査
    判断して右命令の実質的適否を決すべきものというべ」きだ(判示 (1))と
    した。
     ここで判決は、従来原告東京都側が主張していた職務命令のいわゆる公定
    力を否定したのである。下命者たる主務大臣・都道府県知事の判断に優越的
    妥当性を認め、これに重大かつ明白な瑕疵があってその判断が無効とされな
    ければ、受命者はそれに拘束されるというのが公定力である。これを否定し
    た点は評価されなければならない(兼子前掲書)。
     判決は、行政機関は原則として自己の執行すべき法律の効力を審査する権
    限を有しないとしながら、これは本件職務執行命令訴訟には妥当しないとし
    て次のようにいう。
     「都道府県知事や市町村長は、地方自治体の長としての立場において、憲
    法に違反するがごとき法律によって特別に課せられた国の事務たる職務につ
    いては、その遂行を拒否することができるものと解するのがかえって地方自
    治体の地方自治体たる趣旨に合致するゆえんであり、職務執行命令訴訟のご
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    とき制度が設けられているのも、このような点にひとつの理由をもっている
    ということができるからである。・・・そうしてみると、本件においては、
    新旧特別措置法が憲法に違反して無効であるかどうかを審査すべきものであ
    る」(判示 (2))。
     右判決が「行政機関は、原則として自己の執行すべき法律の効力を審査す
    る権限を有しない」とする点は、問題であるが、右引用部分の結論は正当で
    ある。
 (三) 判決は右判示に続いて、使用認定の適法・違法などの論点は審理の範囲外
    だとした。その理由は、内閣総理大臣による土地収用認定など、町長のなす
    べき公告縦覧に手続的に先行した行為は、その行為についての職務権限をもっ
    ているそれぞれの機関が審査・判断権をもっておりその判断を尊重すべきで、
    町長はそれについて原則としてとやかくいえないというのである。そして裁
    判所もその町長の審査の範囲に拘束されるというのである。
     判決の論理を更にたどると、以下のようになる。
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    (判示 (3))「およそ法律が特定の行政機関に一定の職務権限を付与した場
    合には、原則としてその職務権限は当該機関に専属し、その上級行政機関が
    その指揮監督権をもってこれに介入する以外には、他の行政機関はその職務
    権限の行政に介入することができないのである。」
    (判示 (4))「もっとも、このような他の行政機関の権限に属する行為につ
    いての当該機関の判断の尊重といえども絶対的なものではなく、それが当該
    行為を当然無効ならしめる程度に重大かつ明白な誤りを含んでいる場合には、
    他の行政機関が自己の権限を行使するにあたってかかる行為の有効な存在を
    否定し」うる(傍線代理人)。
     判示 (3) (4)は、公定力論の復活である。その上で、町長の権限と審査範
    囲を狭めてしまう。すなわち、
    (判示 (5))「関係市町村等による裁決申請書等の公告・縦覧は、・・・告
    知行為を担当するものであり、かつ、これに尽きている。・・・告知機関に
    おいてこれらの点(手続全体の違法性等の点─代理人註)についても審査判
    断権を有し、自己の判断に基づいて審判手続を進行すべからざるものとして
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    告知を拒否することができるものとするときは、その限度において単なる告
    知機関が本来の審判機関を排除し、これに代わってみずからが審判機関とし
    ての地位を占めるのと同様の結果を生ずるのであって、一般にかような不当
    な結果を法律が容認しているものとはとうてい解することができない」。
     そして左のように結論する。
    (判示 (6))「右の次第であるから、本件被告の裁決申請書等の公告縦覧義
    務の存否については、・・・内閣総理大臣の収用認定の適否ないしはその有
    効、無効、協議が適法に行われたどうか、したがって東京都収用委員会に対
    する本件裁決の申請が適法であるかどうか・・・等の点についてはこれを審
    査する必要がなく、また審査すべきものではない。」
  2 判決の誤り
 (一) この判決は、先行行為・後続行為という論理に惑わされて、基本的誤りを
    犯している。
     判決は、ここでは土地収用手続の各段階をいわば分断・輪切りにして
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    その審査権限を区分けして、審査権限を抽出し、それと差戻審での審理の範
    囲等をイコール・同等のものとして結論づけている。
     いうところの下命者と受命者との間に見解の相違が生じたときは、次に裁
    判所という国家機関(司法機関)が介入するわけで、裁判所の審査事項は行
    政機関たる町長の審査事項と同範囲であることは必要ではなく、むしろ同範
    囲であってはならないのである。
     職務執行命令訴訟制度の趣旨に立ち返って考えれば、地方自治法が「裁判
    所を関与せしめその判断を必要としたのは、地方公共団体の長に対する国の
    当該指揮命令の適法であるか否かを裁判所に判断させ」るため(最高裁判決・
    判示 (3))である。裁判所は、司法機関として下命者と受命者の間にたって、
    双方の言い分を聞き公正な立場で判断し、命令を是とすれば、代執行権(砂
    川事件当時は地方自治体の長の罷免権があった)という権限を下命者に与え
    ることになるのである(地方自治法一五一条の二、八項)。その裁判所が係
    争の一方の当事者たる受命者の審査事項の範囲に縛られるなどというのは、
    理解できない論理である。
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     地方公共団体の長は、さまざまな事情、状況を考慮して自主的判断に基づ
    き国の指揮命令を拒否する。その拒否理由は、法的には地方自治法一五一条
    の二、一項所定の要件にかかわることもあろうし、収用認定の適法要件にか
    かわることもあろうし、またその職務執行の具体的範囲内の事柄にかかわる
    こともあろう。あるいは、これらにまたがった事項であることもあろう。
     裁判所は、これらの理由を公正な立場で審理・判断すればよいのである。
    裁判所は、下命者と受命者の法的主張を実質的な問題も含めて審理し、判断
    することを求められており、受命者の主張の中に、先行行為の違法性の問題
    が含まれていても除外するいわれはないのである。
     判示はまた、関係法令の違憲性の判断ができるというのであるから、法的
    に低位の問題である法令の適用・運用の違法性についても判断できる筈であ
    る。
     前記差戻審判決(判示 (5))は、もし単なる告知機関(この場合町長)が、
    自分の判断で手続全体が違法性だなどという理由で告知行為を拒否できると
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    なれば、「不当な結果を法律が容認している」ことになるという。しかしそ
    れが不当だという事情があれば、裁判所がその受命者側の主張を認めなけれ
    ばよいのである。まさにそのために職務執行命令訴訟制度があるのであり、
    裁判所にはそれが期待されているのである。
 (二) 右判決は、右指摘の点については、次のようにいう。
     「被告町長には上述の限度の審査義務があるに過ぎないとしても、本訴に
    おいては、原告都知事の被告町長に対する職務執行命令の適否が審査される
    べきものであるから、裁判所としては、被告の審査義務の有無にかかわらず、
    内閣総理大臣の収用認定等の先行行為についてもその適否を審査すべきであ
    る、との議論もありうるが、本件職務執行命令の適否は、上述のとおり、被
    告の裁決申請書等の公告縦覧義務の存否によって決せられ、かかる公告縦覧
    義務は、被告の審査義務との関連においてのみ決せられるものであるから、
    裁判所としては右の限度においてこれを審査すれば足り、さらに被告に審査
    義務のない先行行為の適否ついてまで判断する必要はないものというべきで
    ある。
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     しかし、この論旨は循環論であって説明になっていない。「本件職務執行
    命令の適否は、・・・被告の裁決申請書等の公告縦覧義務の存否によって決
    せられ、かかる公告縦覧義務は、被告の審査義務との関連においてのみ決せ
    られるものであるから」というが、まさに問題は、「本件職務執行命令の適
    否が被告の裁決申請書等の公告縦覧義務の存否によって決せられるべきか否
    か」であって、それを前提にして立論したのでは同じところに戻ってしまう
    からである。
     被告の職務上の審査義務の範囲という限局された基準で、本件審理の範囲
    を見るべきでないことは、以上縷々述べたとおりである。
 (三) 原告は、前記砂川事件差戻審判決中の「行政機関がその職務権限を行使す
    るに当たって法律上一定の事項について判断することを要求されている場合
    には、その行政機関のみが当該事項についての判断権を有し、他の行政機関
    は、右の行政機関が法律によって与えられた権限の行使として一定の判断の
    もとに特定の行為をした場合において、右判断を誤りであるとし、当該行為
    を法律に違反するものとすることはできない・・・」などというくだりを引
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    用し、「このように解して初めて、行政は、組織全体として統一的に、しか
    も迅速、的確かつ能率的にその目的を達成することができることとなる」と
    主張している。
     行政機関相互間の一般的な関係の場合には確かにいえることであろうが、
    本件のように地方自治体の長の行為の場合は、別異に解すべきことは前記最
    高裁判決の明言するところであり、更に本件のように司法機関が介在すると
    きは「組織全体として統一的に・・・しかも迅速、的確かつ能率的に、その
    目的を達成する」などという行政的理念だけで判断されるべきではない。

 四 最高裁判決の論理からする、差戻審・東京地裁判決の批判(学説を踏まえて)
  1 本件使用認定の適否の審理について
 (一) 原告は、第二準備書面において、「本件使用認定の適否ないし効力の有無
    は本件訴訟における裁判所の審査の対象とはならない」と、繰返し、主張し
    ている。
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     しかし、これは明確に誤りである。被告は、既に右三においてこれを詳し
    く明らかにしているところであるが、ここでは、最高裁判決について論じた
    学説の検討を通じて、原告の誤りを指摘しておきたい。
 (二) 前記職務執行命令最高裁判決は、裁判所は指揮命令の適否を実質的に審査
    しなければならない、ということを強く宣明したのであるが、機関委任事務
    における下命機関(東京都知事)と受命機関(砂川町長)の関係については
    直接言及していないと解される。
     宇賀克也助教授によれば、最高裁判決には二つの解釈が可能であり、一つ
    は、「国の機関委任事務については、下命機関と受命機関の関係は、そもそ
    も、上級機関と下級機関の間の一般的関係とは異なり、受命機関は、違法な
    職務執行命令には拘束されないから、職務執行命令を求める訴訟においても、
    裁判所は、実質的審査をなしうると解するのである」。
     いまひとつは、「訓令違反であるということと、裁判所が職務執行命令を
    発することとは、論理必然的に結びつくものではなく、国の機関委任事務に
    ついても、受命機関には下命機関の訓令の実質的審査権はないが、代行権や
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    罷免権を発生させるためには、裁判所の判断を経なければならず、その際、
    司法機関である裁判所を介在させた所以は、単なる形式的審査のみならず、
    職務執行命令の適法性についての実質的審査を行わせるためであるという解
    釈も成立しうるのである」。
     そして、「以上のうち、第一の解釈は、国の機関委任事務につき、受命機
    関にも、適法性についての実質的審査権を肯定し、その結果として、職務執
    行命令訴訟における裁判所の実質的審査権が導かれると解するのに対し、第
    二の解釈は、受命機関の実質的審査権を否定しながら、裁判所には、これを
    肯定するもので、職務執行命令訴訟は、受命機関が訓令に拘束されるか否か
    を審査するものではなく、実質的にも適法な職務執行命令についてのみ、代
    行権や罷免権を発生させるための制度であるとみるものである。」(地方自
    治判例百選(第二版)一二一頁)。
 (三) 芝池義一教授は、主務大臣と都道府県知事の関係について論述するにあた
    り、右最高裁判決に触れて、裁判所の実質的審査権を、命令の拘束力とそれ
    に対する受命機関の服従義務の範囲の問題にははね返らせない考え方と、は
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    ね返らせる考え方とがあることを指摘し、さらに後者を二つの考え方に分け
    ている(地方自治大系〔第二巻〕一八六、一八七頁)
     はね返らせない考え方が宇賀助教授の第二の解釈に相当する。
     そして、はね返らせる考え方の一つは、地方自治法一五〇条の指揮監督権
    の行使たる命令も、それが実質的にも適法である場合のみ、法的拘束力を有
    し、受命機関に服従義務がある、とするものである。これは、宇賀助教授の
    言う第一の解釈と同じであると考えられる。芝池教授の言うはね返らせる考
    え方のもう一つは、一九九一年の改正前の地方自治法一四六条に基づく職務
    執行命令訴訟手続の第一の段階をなす主務大臣の職務執行命令と、一五〇条
    に基づく主務大臣の「指揮監督権」の行使たる命令とを区別し、後者をその
    本質において行政指導的なものととらえ、その拘束力を否定するものである。
 (四) 近藤昭三教授は、国の機関委任事務について、「思うに、職務執行命令の
    適法性について関係機関相互に対立があり、その対立の決着について裁判所
    の介入が認められているのであるから、適法な命令にのみ服従義務が生ずる
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    とする方が行政の法適合性によりよく合致し、そう考えても右に述べた現実
    の行政過程における不都合は生じないであろう。」と記述して、適法な命令
    にのみ服従義務が生ずるという見解を支持している。
     そして、職務執行命令最高裁判決との関連で次のように記述している。
    「最高裁は、『裁判所が当該指揮命令の内容の適否を実質的に審査すること
    は当然』であるとし、その根拠を職務執行命令訴訟の存在理由に求め、この
    制度の趣旨は職務執行命令の適法性が裁判所により是認されてはじめて、国
    の代執行権・罷免権の発動が正当化される点にあると説いている。
     思うに、原審判決の論旨はそれなりに首尾一貫しており、行政の統一、迅
    速性を重視したものといえる。これに対し最高裁判決は、法律判断機関とし
    ての裁判所の権限の十分性を尊重すると共に地方自治機関の自主性をよりよ
    く保障するものてある。そして最高裁のこの点の判示よりすれば、地方公共
    団体の長の服従義務を通説のように解することは、命令に無効原因に該当し
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    ない違法の瑕疵がある場合には服従義務がありながら義務違反に対する制裁
    を欠くことになる。この点からいっても、服従義務について前述のように解
    する方が妥当であり、最高裁の判決に論理整合性を与えることになる。」
    (地方自治判例百選(第一版)一〇九頁)。
 (五) それでは、原告が金科玉条とする(たとえば、五頁、七頁等)、差戻後の
    東京地裁の判決は、どのような立場をとっているのだろうか。
     同判決は、「被告町長には上述の限度の審査義務があるにすぎないとして
    も、本訴においては、原告都知事の被告町長に対する職務執行命令の適否が
    審査されるべきものであるから、裁判所としては、被告の審査義務の有無に
    かかわらず、内閣総理大臣の収用認定等の先行行為についてもその適否を審
    査すべきである、との議論もありうるが、本件職務執行命令の適否は、上述
    のとおり、被告の裁決申請書等の公告縦覧義務の存否によって決せられ、か
    かる公告縦覧義務は、被告の審査義務との関連においてのみ決せられるもの
    であるから、裁判所としては右の限度においてこれを審査すれば足り、さら
    に被告の審査義務のない先行行為の適否についてまで判断する必要はないも
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    のというべきである。」と述ぺているのであるから、前記宇賀教授の分類に
    よる第一の解釈に立っているのでなければならない。現に、宇賀前掲書は、
    東京地裁判決は第一の解釈に立つものである、としている。そして、他なら
    ぬ原告自身、「裁判所は、本件訴訟において、被告が右の署名押印などの義
    務を負うか否かについて審査をするが、その審査は、被告がその義務を履行
    するに際して審査権限を有する限度においてこれをすれば足りる。なぜなら
    ば、本件訴訟は、行政権の内部的な行為である職務執行命令の適否を判断す
    る訴訟であるから、当該職務執行命令を受けた被告は、本件訴訟において、
    署名押印等の義務を履行するに際して有する審査権限の範囲内においてのみ、
    署名押印等の義務の存否を争うことができるにとどまり、被告が審査権限を
    有しない事項を主張して職務執行命令の適否を争うことは許されないからで
    ある(前掲最高裁判決による差戻後の東京地裁一九六三年三月二八日判決・
    行裁例集一四巻三号五六二ページ参照)。」と主張しているのである(四・
    五頁)。
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     そうすると、前記学説が明らかにしているとおり、当然に下命機関の職務
    命令の適法性を実質的に審査する権限を有することになるのである。そうで
    なければ、最高裁が「裁判所が国の当該指揮命令の内容の適否を実質的に審
    査することは当然であ」る、と判示した意味が全く没却されるのである。
     ところが、東京地裁判決は、「本件被告の裁決申請書等の公告縦覧義務の
    存否については、右が東京都収用委員会から送付されたものであるかどうか、
    それが土地収用法第四四条第一項にいう裁決申請書とその添付書類中の砂川
    町に関係ある部分の写しであるかどうかのみを審理すれば足り、遡って内閣
    総理大臣の収用認定の適否ないしはその有効無効、協議が適法に行われたか
    どうか、したがって東京都収用委員会に対する本件裁決の申請が適法である
    かどうか、右裁決申請書等が法定の方式を備えているかどうか等の点につい
    てはこれを審査する必要がなく、また審査すべきものではないというべく、
    この点に関する原告の主張は理由があり、これと異なる被告の主張は排斥を
    免れない。」としたのである。
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     これでは、前記宇賀助教授のいう「受命機関の実質的審査権を否定しなが
    ら、裁判所には、これを肯定する」という第二の解釈をとらないでおきなが
    ら、「受命機関にも、適法性についての実質的審査権を肯定」する、第一の
    解釈もとっていないのである。最高裁判決の「裁判所が国の当該指揮命令の
    内容の適否を実質的に審査することは当然であ」る、とする論理とはあいい
    れない判決なのである。
 (六) 東京地裁判決が誤っているのであるから、それに依拠する原告の主張も
    誤っているのは当然である。
     原告は、知事が「署名押印等の義務を履行するに際して審査することがで
    きる範囲は、・・・・・おおむね土地収用法三六条一項、二項、四項及び五
    項の規定する要件を充足しているか否かにとどまる。」とし、(五頁)、内
    閣総理大臣がした使用認定の効力の有無ないし適否は裁判所の審査の対象と
    ならない、と主張している。(七頁)。
     これでは、裁判所の審査は形式的なもので足りると言っているのと同じで
    あって、原告の主張は、前記最高裁の論理に完全に反するのである。
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 (七) 原告も指摘するとおり、最高裁判決は、「裁判所が実質的に審査するにつ
    いては、司法審査固有の審判権の限界を守ることはいうまでもないところで
    あ」る、と述べている。
     この判示の意味であるが、右最高裁判決が言渡されたのが一九六〇年六月
    一七日であり、例の伊達判決を破棄した砂川刑事事件の大法廷判決が言渡さ
    れたのが一九五九年一二月一六日であるという時期的なことと、その大法廷
    判決がいわゆる統治行為論を用いて司法審査の限界を説いたこととをあわせ
    考えると、職務執行命令訴訟最高裁判決の言う「司法審査固有の審判権の限
    界」というのは、大法廷判決の説く司法審査の限界と同じ意味であると考え
    られる。
     前記近藤教授の職務執行命令訴訟最高裁判決の評釈は、「判旨は、司法審
    査固有の審判権の限界に言及しているが、統治行為が審判に服しないとすれ
    ば、安保条約・行政協定の違憲無効をいう上告人の主張はとりあげられない
    ことになる。しかし、憲法問題一般が職務執行命令訴訟の審査範囲から除外
    されると解すべきでない。」としているのである(前掲書一〇九頁)。
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     同様に、成田頼昭教授も右最高裁判決を評釈して、「本件は、職務執行命
    令の当否の判断をしないで、原審に差し戻しているが上告人の主張の中に安
    保条約が違憲であるとの主張が含まれている。しかし、この点については、
    すでに、最高裁大法廷は統治行為論によって裁判所の審査権の範囲外である
    としているので、本件の審理に当たっても、右の限度で司法審査権が限定さ
    れることになろう。」としているのである(行政判例百選(第一版)三四五
    頁)
     そうすると、右最高裁判決は、どの点について実質的審理をつくせと言っ
    ているのであろうか。それは、明らかに、土地収用の必要性であり(その中
    には、立川基地のなりたち、周辺住民の生活とのかかわり、日本および極東
    の軍事的状況等が含まれる)、当該土地を収用することが「適正且つ合理的」
    であるかどうか、である。だからこそ、最高裁判決は、「本件は司法審査の
    及ぷ限度において本件都知事の命令の適否を審査するにつき、なお事実の審
    理をする必要があることが明らかである。」と判示して、東京地裁へ事件を
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    差し戻したのである。差戻後の東京地裁判決が、収用認定その他の先行行為
    の適否や有効性を審査すべきでないとし、駐留軍用地特措法および日米安保
    条約の効力、ならびに収用委員会の権限および土地収用法四四条三項の規定
    による報告事務の性質しか審査しなかったのは、明らかに誤りをおかしたの
    である。そんなことであれば、最高裁は自判できたのである。
 (八) 差戻後の東京地裁判決が、行政機関相互間の「権限の相互的尊重は、権限
    の分属に伴う不可欠の要請である」ことを理由に、内閣総理大臣の使用認定
    等の適法性の実質的審査を否定したのは、論理的な誤りを犯しているのであ
    る。
     第一に、東京地裁判決のいう「権限の相互的尊重」は、権限分配の原則で
    ある。しかし、本件で問題になるのは、指揮監督の原則である。同じ組織法
    の原理であっても両者は異なるものであり、東京地裁判決はこれを混同して
    いるのである(権限分配の原則と指揮監督の原則については、たとえば、芝
    池義一著「行政法総論講義〔第二版〕一〇〇頁)。
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     第二に、最高裁が説いた、裁判所は国の当該指揮命令の内容の適否を実質
    的に審査しなければならない、というのは訴訟法の原理である。したがって、
    収用認定等の先行行為の審査のあり方は、右の最高裁の説く訴訟法の原理か
    らどう導かれるか、という観点から判断されなければならない。ところが、
    東京地裁は、組織法上の原理である権限分配の原則から右の結論を導いてし
    まったのである。しかも、地方公共団体の長本来の自主独立性の尊重と、国
    の指揮監督の実効性の確保との間に調和をはかる、という視点を全く欠落さ
    せているのである。
 (九) 職務執行命令訴訟において、直接に審理の対象となるのは地方自治法一五
    一条の二、一項の「法令の規定・・・違反」又は「管理もしくは執行を怠る」
    を、他の方法による是正措置の困難性、「それを放置することにより著しく
    公益を害することが明らか」か否かである。そして、同法令違反又は怠る行
    為が存するか否かは、本件の場合においては、知事に立会・署名の義務が生
    じていなければならない。そして、この義務は、内閣総理大臣の使用認定に
    基づくものであるから、この義務を実質的に審査しようとすれば、必然的に、
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    内閣総理大臣の使用認定の実質的適法性を審査することになるのである。
     これが、最高裁判決から導かれる結論である。
(一〇) 使用認定の適法性が実質的に審査されなければならないということは、最
    高裁判決を知る者にとって自明の理である。
     白石健三最高裁判所調査官は、最高裁判決の解説に次のように書いている。
     「内閣総理大臣の収用認定は、収用目的地を「駐留軍の用に供することが
    適正且つ合理的である」と認められる場合にかぎって適法視されるものであ
    り(措置法三条)、適正かつ合理的の要件の存否についても、裁判所は実質
    的審査をなし得るわけであるが、しかし、ことがらの性質上、この要件の具
    備の有無の判断については、内閣総理大臣にかなり大幅の裁量権が認められ
    るべきであろうから、この点でも、裁判所の審査権が制限を受けることは否
    定し得ないところであろう。」(最高裁判所判例解説・民事篇・一九六〇年
    度二三〇頁)
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     また、判例時報のコメントは次のとおりである。
     「実質的審査に当って、裁判所は司法審査に固有の審判権の限界を守らね
    ばならない旨が附言されているが、これは、さきの刑事事件における砂川判
    決等を念頭においての立言と思われるが、その他「適正かつ合理的」の判断
    についての総理大臣の裁量の存在を示唆したものとも解されないではない。」
    (判時二二七号七頁)。
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