疎甲第一三号証 西沢鑑定書
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鑑 定 意 見 書
西 沢 優
一、略歴
大正十四年十一月八日生まれ。昭和二〇年九月、旧制長野工業専門学校(現在
信州大学工学部)通信工学科卒。逓信省長野逓信局に奉職、電話、電信の技術問
題の調査にあたる。逓信技官。昭和二四年、電話技術に関する発明考案で逓信大
臣賞受賞。
昭和四五年九月、米軍占領下の沖縄県の実態をつぶさに認識、これを契機に軍
事・戦略問題の調査・研究を行うようになった。
昭和六二年、それまでの軍事問題の調査研究を著書『日米共同作戦−その歴史
と現段階』(新日本出版社刊)にまとめ公刊。
他に共著『釣船轟沈−検証なだしお衝突事件』(一九八九年、昭和出版刊)。
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また「世界」「朝日ジャーナル」その他雑誌、週刊誌、日刊新聞や「世界の艦
船」「丸」など軍事専門誌に、論文、レポート、コメントなど多数発表してきた。
二、調査の経緯
一九七二年四月の沖縄返還当時、米軍楚辺通信所(末尾添付の資料1〔以下資
料番号同じ〕)は、その巨大かつ特異な形態から、米海軍安全保障部隊の「象の
オリ」として知られていただけで、その電気通信工学的構造・機能は、日本の公
衆には全く知られていなかった。
当時、沖縄基地調査を行ったある団体の報告書も「ケージ型アンテナで、アン
テナは四重の輪になっている」などと書かれているように、今では明らかになっ
ている精密方向探知・短波通信傍受用のこの二重構成・ウレン・ウェーバー・ア
ンテナ配列の構造・機能を当時ではつかみかねていた。
当然、楚辺通信所の正体に強い関心を持った私は、若干の友人といっしょに、
三沢米空軍基地(青森県、資料2)に置かれている、基本的に同型の「象のオ
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リ」問題と合わせて、それらの機能解明に取り組んだ。
私たちの共同努力により、一九八〇年代初期までに、いくつかの問題解明の有
力資料が入手された。
米空軍協会誌『エア・フォース・マガジン』一九七四年五月号に三沢の「象の
オリ」を「AN/FLR―9円形アンテナ」と明記してその全形写真を付した記
事、「米空軍セキュリティ・サービス」(米空軍保安部隊、資料3)
英国で出版されている著名な軍事年鑑である『ジェーン・ウェポン・システ
ム』の中の「シルベニア製円形配置アンテナ配列」(CDAA)(資料4)。
リチャード・C・ジョンソン、ヘンリー・ジャック共著『アンテナ工学ハンド
ブック第二版(マックグロー・ヒル社刊、ニューヨーク)中の「ウレン・ウェー
バー広口径アンテナ」解説。(資料5)
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)のオウェン・ウィルクス氏、オ
スローの国際平和研究所のニルス・ピーター・グレディツシユ氏およびイングバ
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ー・ボトネン氏らによる一連の軍事諜報傍受アンテナ研究レポート等々がそれで
ある。
私は、これらの諸文献により、楚辺と三沢の「象のオリ」の基本的な横造・機
能、そしてこれら巨大装置を作戦運用するアメリカ諜報機関の基本的任務を正確
にとらえることができた。そして、その後今日まで入手しえた数々の資料や報道
により―自衛隊が一九七八年から美保(島根県)に次いで千歳(北海道)に建設
した類似・小形の円形配列アンテナを含めて−「象のオリ」装置に関する私の知
識をより詳細なものにしてきた。
三、工学的見地から見た施設の機能
楚辺と三沢の「象のオリ」は、電気通信工学的には同一のウレン・ウェーバー
・アンテナ配列を原理とするCDAA(Circulary Disposed
Antenna Array=円形に配置されたアンテナ配列)である。楚辺
と三沢のCDAAは形態と寸法は異なる。ここでは楚辺のそれについての工学的
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見地から見た構造・機能を述べる。
ウレン・ウェーバーという語は、第二次世界大戦中、ドイツ軍が用いた暗号名
で、このアンテナ配列の中心に置かれる一つの重要装置「ゴニオメーター」の
「回転車輪」を暗に指す。最初のウレン・ウェーバー配列は、直径二五〇メート
ルの一個の円形に作られたスクリーン(遮蔽幕・反射器)の外周に棒状のアンテ
ナを多数等間隔に配置し、敵の短波通信の発信地点を探知するのに役立てた。第
二次世界大戦後、ウレン・ウェーバー配列は、米国で発展させられ、傍受周波数
範囲と微弱電波傍受能力の両方で大きく改善された。開発は、イリノイ大学と米
海軍調査研究所(NPL)の共同、そしてシルバニア・エレクトリック・システ
ムズ社とローム空軍開発センター(RADC)の共同で集中的に行われた。米国
は、もともと方向探知用アンテナであったものを、後にどんな方向にも(三六〇
度)思いのままに指向させ高利得ビームを得られるように工夫した。このため直
径一二〇〇フィート(三六〇メートル)の巨大な円形配列によって全短波(H
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F)帯(軍用では二メガヘルツ〜三〇メガヘルツ)をカバーするまでに傍受周波
数範囲を拡大し、広い高度覆域、測定誤差一度以内の精密方位測定を得られるよ
う努力した。
ウレン・ウェーバー配列の作動原理については、ジェーン年鑑ウェポンシステ
ム編が簡潔に説明している。
「CDAA(円形配置アンテナ配列)は、一個の円形レフレクター(反射器)の
前に均等に置かれた多くのモノポール(一本の棒状アンテナ)あるいはダイポー
ル(双極アンテナ)から構成されるアンテナ・システムである。アンテナは一個
のブロードサイド(広幅の側面を持つ)の配列として機能し、そして三六〇度の
方角をカバーするため、いくつかの型のビームをつくり出すことができる。」
「到来電波正面に関してシンメトリカリー(左右対称)に配置される多くのエレ
メント対アウトプット(出力信号)は結合される。結合されたアウトプットの各
々は・・・ある量の時間的遅れを持ち、それらは同位相に一致させて一つのビー
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ムを形成するために用いられる。これらの同位相アウトプットを総計することで、
一本の高度に指向性を持つビームが生まれる。このビームの指向性は、どれだけ
の数のエレメントが結合されるかの関数である。」「物理的に大型のアンテナ・
システムは、一〇対一までの周波数帯域幅で機能し、そして三度から五度の間で
変化する方向探知精度をなし遂げる。」(資料6)
また、前出の『アンテナ工学ハンドブック(三九−二〇)』では、少し詳しく
作動原理を説明している。
「モノポールは円塔形スクリーンのまわりにシンメトリカリーに配列され、そし
て各モノポールはゴニオメーターの起動器へ結合される。ゴニオメーターの回転
子は約一〇〇度の円弧の広がりを測り、そして遅延時間ラインD1、D2および
D3(その長さは信号の到着遅れに等しい)によって、スウィッチへ結合される。
アンテナ・エレメント(複数)からの信号は、それらの配置が幅広い一個の配列
として機能するために、運用中はいかなる瞬間にも、受信機において同位相で結
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合し、そして一個の鋭いビームを形成する。」「受信機のアウトプットは、同期
化された回転時間ベースをもつCRT(ブラウン管)ディスプレーへ結合される
ので、アンテナの感応パターンは(敵の)送信機の方向に中心を置いた一個の極
ディスプレーとして現れる。」
なお、同「アンテナ・ハンドブック」では本装置を操作する際「合計アウトプ
ット」と「差アウトプット」を用いる二方式があり、前者は運用者の目に光学的
ビームになって現れ、後者は光学的ナル(ゼロ)になる方式と説明した上で、次
のように運用のやり方を述べる。「(敵)送信機を捜索するときには普通『合計
モード』が使用されるが、(敵)送信機が確認されたときには『差モード』が使
用され、感応パターンでの鋭いナル(ゼロ)が最大正確な方位角度をディスプレ
ーする」(資料7)
楚辺の「象のオリ」は、二重スクリーン型のウレン・ウェーバー・アンテナ配
列である。すなわち、HF(短波)の低域部と高域部の二組の直径の異なる同心
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円形のウレン・ウェーバー配列である。(資料8)
HF低域部は、直径約二〇〇メートル、高さ約二八メートルの巨大な円塔形ス
クリーンとその外周に円形・等間隔に立てられた約三十本の棒状アンテナから成
り立つ。
右の円塔形スクリーンは、高さ約二八メートルの多数の鉄骨柱によって支えら
れる。電波学上有意味のスクリーンは、鉄骨柱と鉄骨柱の間に垂直に張られたス
クリーン・ワイヤーの群れである。このスクリーン・ワイヤーの群れは、前方か
らやってくる一定周波数範囲のHF電波を後方へ透過させず、反射器の役割を果
たし、棒状アンテナの受信機能を効率化する。
HF高域部は、前記のHF低域部施設の外周に展開し、直径約二八〇メートル、
高さ数メートルの背の低い広幅の円塔形スクリーンとその外側を取り巻くように
配列された約一〇〇の小型棒状アンテナ群から成り立つ。電波受信技術上の必要
から外側のHF高域部のアンテナ群は、内側の低域部のそれに比べてはるかに密
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になる。
ほかにHF高域部の鉄骨柱の頂上に、五個の強い指向性を持つ回転型対数周期
VHF受信アンテナ(魚の骨のように見える)が設置されている。これらはウレ
ン・ウェーバー・システムではない。それはHF(短波)よりもっと波長の短い
超短波帯の傍受に用いるアンテナである。VHFは周波数が三〇〜五〇メガヘル
ツ、波長にして一〇メートル〜一メートル。HF(短波)とは異なり、電離層で
反射しないので到達範囲は見通し範囲に限られる。回転式なので三六〇度、どの
方向にもアンテナを向けることができ、広いVHF帯域に対し鋭敏に傍受するこ
とができる。数十キロ〜数百キロ先をかなりの高空で飛行する軍用航空機が地上
基地との連絡その他で発信するVHF通信の方向探知・通信傍受ができる。
他に「象のオリ」の内部の建物の上に方向探知用ループ・アンテナ一個がある。
楚辺のウレン・ウェーバー二重配列の中心には建物施設がつくられている。こ
こでは勤務の米軍人がブラウン管を見つめながら、ゴニオメーターを操作し、ウ
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レン・ウェーバー配列と回転式対数周期VHF受信アンテナを運用する。彼らは、
目を付けた他国の軍艦、潜水艦、航空機あるいは地上部隊から発信されるHF
(短波)通信あるいはVHF(超短波)通信を傍受・記録するとともに送信地点
の割り出しのため精密方位測定を行う。ここには高性能コンピューターが設置さ
れ、それを操作しての暗号解読も重要任務となっている。
四、アメリカ軍戦略から見た施設の機能
楚辺の「象のオリ」の管理責任を持つのは、米空軍保安グループ・ハンザー部
隊である。彼らは同施設に分遣されている米空軍、空軍、海兵隊のそれぞれの電
子通信傍受部隊の要員と共同しながら、アメリカ国家安全保障局(NSA)から
作戦統制を受け活動している。
1、NSAとはどのようなものか。
NSAは米本国メリーランド州フォート・ミードに司令部をおき、三沢や楚辺
や世界各地に展開する「象のオリ」部隊や各種の他タイプの傍受アンテナあるい
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は電子諜報通信衛星を運用する部隊を一元的に作戦統制している。
「NSAは、米国防総省の十余の局(エージェンシー)の一つであり、その主任
務は国家レベルの信号諜報(SIGINT=シギント)と通信保安(COMSE
C)である。NSAの長官はまた全ての米政府暗号システム・技術を開発・改善
し、そして外国政府や国際的な諜報機関等との連絡者として活動する。
NSAの指揮下で機能する一つの部局として一九七一年に『中央保安部隊』
(CSS)が設立された。CSSは陸軍諜報・保安コマンド、空軍電子保安コマ
ンド、および海軍保安グループ・コマンドのような全ての秘密通信法にかかわる
当局に対する監督責任を持つ。SIGINT任務ではNSAは電子傍受基地と地
上配置、艦船配置および航空機搭載収集システムの世界規模ネットワークへの作
戦統制を行う。」
「SIGINT作戦は、信号諜報作戦事務所が実施する。その活動は地理的に四
つの地域へ分割される。Aグループ(ソ連・東欧)、Bグループ(中国、朝鮮、
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ベトナムおよび共産主義アジア)、Gグループ(すべての他の諸国)、およびW
グループ(宇宙SIGINT)がそれである。」
「信号諜報作戦事務所は、国家SIGINT作戦センターを運用し、危機情勢に
おいてはSIGINT活動を指揮し、そして徴候・警戒センターとして奉仕す
る」(『米軍事エンサイクロピデア』、ウィリアム・アーキンら共著、一九九〇
年版、ニューヨークのバリンジャー・ディビジョン社刊)
NSAの活動拠点は、一九七四年には全世界で少なくとも四八はあった(米空
軍協会誌『エア・フォース・マガジン』一九七四年五月号、資料3)。その人員
数と予算は秘密になっている。諸説が入り乱れているが、米本国フォート・ミー
ドのNSA/CSS本部の人員は約二万〜二万四千人、四軍の暗号処理部隊を入
れて全体で一九七〇年代末には「五万人〜六万人」との報道もある。
2、NSAの世界規模の諜報作戦
NSAはこのように米陸海空、海兵の四軍の通信電子諜報部隊・暗号部隊を麾
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下に組み入れた巨大な米国防総省の一機関である。楚辺通信所の役割を見る前に
NSA全体の役割と活動を知らねばならない。以下ではNSAのもっとも重要な
対外国活動であるSIGINT作戦とはどのようなものかをリアルに見ていく
(通信保安=COMSEC活動は割愛)。
NSAのSIGINT任務は、一九六〇年代末からは暗号解読任務をはるかに
超えて広がり、外国の軍事・政治および経済の諜報収集に指向されている。この
ためNSAの諜報活動は当時のソ連と他の潜在的敵対国を心配させるのみでなく、
第三世界の国々や日本、韓国を含む同盟諸国をも懸念させてきた。日本と世界に
広く知られた諸事件のなかの若干を次に列記する。
・一九六八年に日本海で北朝群にだ補された米艦プエブロ号は、NSAの秘密任
務の遂行中であった。同艦にはNSA指揮下の米空軍保安グループ部隊(NSG
c)の要員が乗組み、軍用通信はもとより北朝群が発信するあらゆる重要な短波
通信を傍受・解読していた。
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・一九六九年五月ごろ、沖縄返還交渉に当たっていた在米日本大使館から当時沖
縄に貯蔵されていた米軍核兵器の沖縄県日本復帰後の取扱問題を内容とする日本
外務省あて重要公電がNSAにより傍受・解読され、米政府はこれにより日本政
府の意図をつかむことができた。この事件は、ピューリッツア賞受賞に輝くサイ
モン・ハーシュ氏の著書『権力の代価―ニクソン・ホワイトハウスのキッシンジ
ャー』により一九八五年に明るみに出された。
・一九七〇年代初期に当時の金東祚駐米大使がソウルへ送った極秘公電―「現職
の米下院議員一〇人が現金を受け取った」と報告する内容―がNSAによって盗
聴・解読され、米下院公的行動規範委員会(通称倫理委員会)へ情報提供され、
米韓スキャンダル事件となった(朝日新聞一九七八年五月二五日付夕刊)
・一九七〇年代初期にNSAは駐モスクワ米大使館傍受所を経由してソ連指導者
がリムジン車内から他のソ連指導者たちとの間で行う無線電話会話を傍受した。
(セイモア・ハーシュ記者、ニューヨーク・タイムズ一九七三年一二月九日付
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け)
・NSAは商業通信衛星「インテルサット」「コムサット」およびロンドン―パ
リ電話回線を含め衛星、大西洋横断ケーブルおよびマイクロ波電話回線を使って
送受信される個人と商業国際通信を傍受していると告発された。(ダンカン・キ
ヤンベル、ニュー・ステーツマン紙、一九八〇年七月一八日付)
・NSAはソ連、東欧、中国、北朝群、ベトナムその他の国々の地上軍部隊の各
種通信、地上レーダーのパルス電波、軍用航空機、水上艦船と潜水艦から送信さ
れるあらゆる種類・型の通信・電子放射、打ち上げ実験されるミサイルのテレメ
トリーなどを傍受する。
これにより一九七三年にはイスラエルに対するアラブ攻撃の計画・準備を前も
って把握できた。(USニューズ・アンド・ワールド・レポート紙、一九七八年
六月二六日付け)
・外国の軍隊が配備、運用するレーダー・システムについての諜報に基づき、N
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SAは外国軍隊のレーダー周波数と位置を詳細に記載する「送信計画リスト」を
作成している。(ハリー・F・オウステル『電子戦/防衛電子戦』誌、一九七八
年一一月号)
・「米国の場合、情報活動の成果は、素早く直接行動に結びつく。一九八六年三
月のリビア攻撃はNSAの情報活動が、リビア政府の出先機関に対する極秘テロ
指令をキャッチしたからだ、といわれている」。(読売新聞一九八九年六月一四
日付)
・またNSAが収集してきた外国潜水艦の電子的シグネーチュア(識別装置にあ
らわれる目標の独特のパターン)[潜水艦は極小時間で行う“バースト”通信を
発し、司令部に通信することがある]は米空軍のソ連並びに潜在敵国に対する対
潜水艦活動と海中監視活動へ大きな援助を提供してきた。
3、楚辺通信所の役割・特徴
次にこうした世界的規模で軍事から政治・外交分野にわたる広範囲な通信電子
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諜報活動を行うNSAの一括動拠点である楚辺通信所の役割・特徴を見ることに
する。
楚辺通信所はその南方すぐ近くにあるトリイ通信施設と一体となって活動して
きた。トリイ通信施設には短波、超短波の数十基の受信アンテナが林立していた。
「楚辺」と「トリイ」が一体の機能関係にあることは一九八一年一一月に両施設
を結合する同軸通信ケーブルと電力ケーブルの移設工事(地下五〇センチから地
下一・五メートルへ深く敷設しなおす)が行われたことから明白になった。
トリイ通信施設は、「ソ連など東側諸国の放送、通信、暗号傍受、解読、分析
などを主な業務として」きたが、「人工衛星の発達によって、今のような通信業
務が合理性の上でさほど意味を持たなくなったことが大きな理由」(沖縄タイム
ス一九八四年五月二一日付)で、一九八五年末までに多数の兵員が米本国に引き
揚げた。トリイ通信施設には、一九八四年五月当時、陸海空の通信諜報部隊合わ
せて一六〇〇人がおり、このうち陸軍フィールド・ステーションの六〇〇人〜六
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五〇人が上記の引き揚げ計画に含まれると、当時、沖縄駐留米軍司令部は発表し
た(琉球新報一九八四年五月二四日付)
その後、トリイ通信施設の要員はさらに縮小され、同施設は新たに米本国から
配備された米空軍特殊部隊(グリーン・ベレー)の基地に変貌したように見える
が、しかし今なお、そこではNSA任務が続けられている。これは「同部隊(米
海軍保安グループ・ハンザー部隊)は、トリイ通信施設内にも施設の一部を置い
ている」との沖縄県刊行の基地報告書からも裏付けられる。
楚辺通信所では、既に指摘したように、米空軍の諜報部隊が一緒になり、NS
A任務を遂行しているのだが、その代表部隊(施設管理責任を持つ)が海軍保安
グループ・ハンザー部隊である。それは大きな看板に書かれて誰の目にもわかる
ようになっている。
海軍保安グループ・ハンザー部隊は海軍保安グループ・コマンド(NSGC)
の下部組織である。NSGCはスパイ衛星、艦船および「象のオリ」等も使用し
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て地球規模で次のような作戦を行っている。
「NSGCは海軍通信諜報および通信保安に責任を持つ。それは海洋監視活動
に極めて重要な役割を演じ、『クラシック・ウィザード』(海洋監視衛星)地上
ターミナル、艦船配置『クラシック・アウトボード』および地上配置『クラシッ
ク・ブルズアイHF(短波)/DF(方向探知)システム』のために兵員を提供
する。これらの活動を実施するためにNSGCは米国と海外に多数の作戦グルー
プを維持する。」(ジェフリー・T・リチェルソン著『アメリカ諜報共同体』米
マサチューセッツ州ケンブリッジのボーリンジャーパブリッシング社一九八五年
版)
楚辺の「象のオリ」は、地上配置「クラシック・ブルズアイ」のコード名をも
つ地球規模に展開するHF/DF網の一環である。「象のオリ」は既に述べたよ
うに到来電波(信号)からその発信地点の方向をとらえる装置であるが、しかし、
これだけでは発信地点はおぼろげにしかわからない。方向探知装置は方向をつか
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めるが、発信源までの距離はつかめない、という原理的制約に加えて、信号の来
る方向に多数の送信地点のある場所が多いためである。そこで目標(発信)地点
を確定するために、地球規模に分散配置される多数のウレン・ウェーバー・アン
テナ(「象のオリ」)群を結び付けて方向探知網を形成する。普通三か所の「象
のオリ」を結び付けて同一の信号をとらえ、それぞれで方向を割り出す。その三
本の方向線の交わるところが目標地点になる。米空軍はこのHF/DF作業に
「ブルズアイ」(命中点)という適切な暗号名をつけたのである。
一九七二年にNSAの情報分析係だった元空軍曹長が米国の雑誌で内部告発し
NSAは電子情報技術の向上で、ソ連のすべての暗号通信の傍受、解読が可能に
なったばかりか、ソ連のジェット機、ミサイル潜水艦が世界のどこにいるか、常
にその位置を確認できる体制にあることを明るみに出したが、潜在的敵国の航空
機、潜水艦の常時位置把握に「ブルズアイ」が大きな役割を担っていたことは火
を見るより明らかである。
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「象のオリ」は太平洋では、現在日本の楚辺、三沢のほかにグアム、アダク
(アリューシャン列島)、ハワイ、クィーン・シャロッテ島(カナダ沖の太平洋
に浮かぶ島)、クェゼリン環礁などに配置されている。他に大西洋とイギリス、
イタリア、トルコ、エチオピアなどに七〜八個ほど展開している。
楚辺の「象のオリ」は、地球規模配置の他の「象のオリ」、特に太平洋配置の
計七個のそれは緊密、一体的に運用され、ソ連邦崩壊後の今日では、朝鮮半島、
中国、その他のアジア諸国の動静探索に耳をそばだてているのである。
こうしたなかで楚辺通信所は一つの際立った特別の役割を持っていることに注
目しなければならない。それは一九八二年に米ホートン・ミフリン社刊の『パズ
ルの宮殿』(THE PUZZLE PALACE)で明らかにされた(資料
9)。著者ジェームズ・バムフォード氏は弁護士だが、かつては海軍保安グルー
プ(NSG)に勤務、また米上院情報活動特別委員会に関係したこともある。こ
の本はニューズウィーク誌一九八二年九月六日号が「NSAのべールを初めては
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がす力作」として三ページにわたり内容を紹介したほどの評価を得た。
この本で楚辺通信所が三十数年も前からNSAの大規模暗号解読センターにな
っていることが明るみに出された。
「三軍のシギント(SIGINT)機関の作業重複を懸念したニール・H・マケ
ルロイ国防長官は、一九五七年一月に、米国シギント活動の効率と経済性を向上
させるために臨時特別研究委員会を発足させた。一年後この委員会が提出した勧
告の中に、三軍統合情報処理センターを沖縄の楚辺に設置することが含まれてい
た。一九六一年に正式に開所された統合楚辺処理センター(JSPC)へは、N
SA、陸軍保安部、空軍保安隊から職員が出向している。この施設によって通信
解析など各種暗号作業用の高級コンピューターの共同使用が可能となり、太平洋
戦域司令官もここから支援を得ている。
数年後に同様な施設がもうひとつでき、ヨーロッパ全般にわたるアメリカのシ
ギント活動を統合することになった。・・・西ドイツのフランクフルト統合業務
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支援部(JOSAF)が設けられ」た。
この本は、さらにハワイのクニアに三番目の三軍共同情報処理センターが設置
されるだろうと記述したあと、次のように書いた。
「暗号解読などの情報処理作業は迅速さが要求されるから最前線基地で実施され
るべきだということが昔から言われてきたが、この三ヵ所の統合センターの設置
はこの考えを反映していると言えよう。傍受後二四時間以内に処理可能なものは、
戦域内の傍受地点、たとえば上瀬谷海軍傍受基地(注)で扱われる。傍受後四八
時間以内にうまく解読できるような少し難度の高い交信資料は、楚辺のJSPC
のような統合情報処理センターに回される。その他のものはフォート・ミードの
NSA本部で処理される。」(邦訳『パズル・パレス』早川書房、一九八七年版、
一八八ページ)
(注)上瀬谷(横浜市瀬谷区)にいた米空軍保安グループの部隊は一九九五年に
解隊された。兵員は「沖縄、横須賀、三沢に、そして多分ハワイとグアムへ
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再配分される」と在日米軍司令部が一九九四年九月に発表した。
楚辺通信所には、トリイ通信所内の関係部隊とともに西太平洋戦域内で最も重
要な四軍統合諜報処理センター(JSPC)がひそかに設置されているのである。
さて楚辺通信所が「象のオリ」を駆使して「ブルズアイ」作戦を行い、JSP
Cで具体的にどのような諜報作戦「成果」を収めてきたかは、米軍極秘事項なの
で、すべて闇のなかである。しかし、次に記す二つの報道記事は、楚辺の活動を
照らしだすものになっている。
(1)読売新聞一九八九年六月一七日付は、中国の天安門事件のさい、「通信電
子情報装置、赤外線センサーなどあらゆる偵察手段を積み込んでいる」「NSA
のシギント(SIGINT)衛星」、そして「シギント衛星の対象地域通過後の
空白を埋めるために」「韓国、西日本、沖縄にかけての」「日米両国の地上電波
傍受施設」が緊密に結合して「部隊同士の無線交信、行動中の戦闘車両が発生す
る微弱な電波にいたるまでのすべて」を傍受し、中国人民解放軍の動きをとらえ
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次のような「成果」を得た、と報じた。
「天安門惨劇直後に、米国防総省当局者は『北京市内とその近郊に、三〇万―三
五万の軍隊が集結中』との情報を明らかにしたが、これは膨大な情報資料を分析
・整理した結果のほんの一部でしかないようだ。
『どの地域のどの部隊が参加したか、師団単位まで割り出していたはず。装備
の種類や兵員の練度などもほぼ完全に掌握していたと思う』と、日米軍事筋は指
摘する。」
(2)最近二、三年来の朝鮮半島の軍事緊張激化のなかで楚辺通信所は多忙を極
めているとは推察できるが、それについての報道は今のところ出ていない。しか
し、最近の台湾総統選挙(本年三月二三日投開票)に際して中国軍がこれに圧力
を加えるために、台湾海峡で大規模な海空軍演習、ミサイル模擬弾実射、あるい
は台湾海峡にのぞむ大陸の沿海地域で敵前上陸演習などを行ったとき、楚辺通信
所がフル「活躍」したことは、読売新聞三月二九日付の短い報道記事から、十分
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にうかがい知れることである。同紙は次のように書いた。「楚辺通信所が先日の
中国軍による台湾近海での演習で『中国軍の情報収集にあたった』(政府筋)な
ど、米軍の運用上重要な施設・・・」。
中国軍の地上部隊と艦船は衛星通信装置を十分装備するところまで現代化を達
成していないので、長距離作戦に必要な長距離通信はHF(短波)の暗号通信に
頼らざるをえない。これこそ楚辺通信所の「象のオリ」と「プルズアイ」作戦そ
して統合諜報処理センター(JSPC)にとって好餌にほかならないのである。
五、知花氏所有地が返還された場合の影響について
知花氏所有地の約二三〇平方メートルの土地が返還され、楚辺通信所の「象の
オリ」施設の一部が撤去された場合、米軍にとってどのような機能障害がおきる
であろうか、について著者の考察を述べたい。(資料10、同11)
(1)知花氏所有地の正確な位置と形が著者には分からないが、ウレン・ウェー
バー二重配列の外側のHF(短波)高域部の設備が一部、ダメージを受けると想
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像できる。すなわちHF高域部のスクリーンが幅三〇メートルぐらいを撤去、そ
して高域部の棒状アンテナを二、三本撤去を要するのではあるまいか。HF低域
部については棒状アンテナ一本の撤去を要するか、それとも要しないかのどちら
かと推定する。
もしも右のような施設の変更が行われた場合のウレン・ウェーバー・アンテナ
配列への機能影響はどのようなものか。
HF低域部はダメージは極めて軽微か、それとも全くない。
HF高域部は、ほぼ真東方向の電波測定において精密度を欠くことになる。つ
まりHF高城帯の信号がほぼ真東方向からやってくるとき、それを真先にとらえ
るアンテナが二、三本存在しないためである。しかし、すでに施設の構造の節で
指摘したようにウレン・ウェーバー配列は中心から見て約一〇〇度の扇形の円周
にあるアンテナ群の同一信号時間差受信から電波到来方向を算出する仕組みにな
っているので、ほぼ真東の二、三本のアンテナが欠けていても他の約二七、八本
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のアンテナが機能するので全く方位測定不可能になるということにはならない。
その方角での精密方位測定に支障が生じるということである。
(2)しかし、右のような一部の機能不全が電子通信システム装置としての「象
のオリ」に生じたとしても、実際上の「象のオリ」の作戦運用上には何らの影響
も生じない。なぜなら「米ソ冷戦」中は旧ソ連の艦船、潜水艦あるいは航空機が
西太平洋でしばしば行動していたため、太平洋の「象のオリ」群による「ブルズ
アイ」作戦にはそのたびに出番があった。
しかし、一九九一年のソ連邦解体後は、ロシアは西太平洋、中部太平洋での遠
距離作戦をしなくなり、また、米国が警戒・監視の対象にしている国で日本列島
―フィリピン列島の以東で軍事行動する国はない。したがって楚辺の「象のオ
リ」はもっぱら沖縄の西側と北側、あるいは南西方面の地域、すなわち朝鮮半島、
中国、台湾海峡、南シナ海、南沙群島の方向に向けて作戦運用されているのであ
る。
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知花氏所有地の返還によりウレン・ウェーバー・アンテナ配列のシステムとし
てのインテグリティ(完全状態)に一定のダメージが生じたとしてもそれは実際
的に何らの作戦運用上の支障は生じないと断言できる理由である。
(3)最後に、楚辺通信所の暗号解読作業には、知花氏への土地返還が何の影響
も与えないことを付言したい。なぜなら二、三本の受信アンテナがなくなっても、
もしも東方からの信号の暗号解読の必要が生じても、他の健全なアンテナ群によ
って傍受される信号の処理によって障害なしに暗号解読が進められるからである。
なお、本文中で引用した原資料、楚辺と三沢の「象のオリ」の全景および説明
の図面を末尾に添付する。
一九九六年三月三一日
以上
神奈川県横浜市青葉区みたけ台六―二
西 沢 優