第二章では霊感の意味を論じた。ヘブライ語写本を扱う節の最後にきたのだから、関連する問題を振り返らないといけない。選びだした237の例において、新世界訳聖書翻訳委員会は、もっとも優れた現存するギリシア語写本よりも、むしろ26のヘブライ語訳に重う権威を置いてきた。だから、いわゆる霊感の「限界」を再評価せざるを得ない。霊感は聖書としてある書物だけをその範疇に入れてきたためであり、ほかの全てを一貫して聖書から締め出してきた。
「霊感の限界」に対応する学術用語は「正典」(Cannon)である。聖書の正典は、ヘブライ語聖書とクリスチャン聖書から成る66の書物に特定される。この章では、「霊感の限界」と「正典」の両方の用語を採用しよう。しかし、「正典」(Cannon)ということばをよく知らない人たちには、どちらかと言うと「霊感の限界」は記述的であるから、普通は「霊感の限界」を使おう。
一世紀の教会は、霊感の限界を定義する必要に迫られた。教会の歴史が始まって以来、早くから霊感を受けた書物の線引きが論じられた。マルキオン(100年ころの生まれ)は、聖なる書物の明確なリストを公表した先駆者であった。彼の異端の教えに合わせるため、聖書の受容はパルロの手紙に限定された。そうして自分の教義に適合させるためにヘブライ語聖書のすべてを締め出し、福音書を変更した。
後になって、グノーシス派の福音書(1945年、エジプトのナグ・ハマディで発見されたような福音書)が信仰への権威的な導きとして流通された(1500年ほど前に西暦350年から400年のギリシア語写本から作られたコプト語訳の書物であった。たぶん初期のグノーシス派の書物は、西暦120年から150年の古いうちに知られていた)
モルモン教の創始者ジョセフ・スミスのような人たちは、比較的最近になって、神からの霊感を受けた真理の新しい啓示であると主張する書物を公にした。
だから、各自が霊感の限界をしっかりと理解することは必須である。霊感を受けた聖書がどれであるかを知らなければならない。霊感を受けた書物に何が含まれないのかも知らなければならない。ジョセフ・スミスやグノーシス派の福音書あるいはクリスチャン教会の正典とされない古い書物でさえも、どんな基準に立って権威的でないとして排除されるのか。
正典の一般的な考え方
全体として、聖書(ヘブライ語聖書とクリスチャン聖書の両方を含む)は、確固たる必要条件により、特定される。『聖書全体は神の霊感を受けたもので、有益です』の中にある聖書の正典に関する序文の戒めは、こう言っている。
聖書の66冊の書の正典性を確定するものとなった神からの指標としてどんな事柄が挙げられますか。まず第一に、その文書は地上におけるエホバの事柄を扱うものであって、人々をエホバの崇拝に向かわせ、そのみ名と地上におけるそのみ業と目的に対する深い敬意を鼓舞するものでなければなりません。それは霊感を受けた証拠を示さなければなりません。すなわち、聖霊の所産でなければなりません。(ペテロ第二1:21)それは迷信や被造物崇拝に訴えるものであってはならず、むしろ神への愛や奉仕に訴えるものでなければなりません。その個々の書き物のいずれにも、全体に見られる内面的調和と矛盾するような事柄は一切あってはならず、むしれおろそれぞれの書は他の書との一致によって、著者がただ一人、エホバ神であることを裏付けていなければなりません。また、最も詳細な点に至るまで正確さの証拠があるはずです。
しかし一般的な考え方にあっては、クリスチャン・ギリシア語聖書は、ヘブライ語聖書とは異なり、正典の資格に対するどこか違う判断基準に立っている。ヘブライ語聖書の場合、その書物はモーセから捕囚後の書記者の時代という長い期間に作られた。イスラエルへの神の計画を扱っているけれども、ヘブライ語聖書は、荒野の放浪、新天地への入境と征服、ダビデとソロモン治下の揺るぎのない王国の時代、ユダとイスラエルの国家分裂、捕囚と帰還の時代を含む無数の前後関係のある時代背景に由来している。対称的に、クリスチャン聖書は三つの異なる部分から成る時代背景を持つ。第一の部分は、ユダヤ国へのイエスの伝道(福音書)である。第二の部分は、異邦人世界への王国のたよりの伝搬の記録である(使徒行伝にある歴史上の話も、そのほかの書簡も両方含まれる)。最後の部分は、黙示録に書かれている将来の預言から構成される。黙示録の将来への展望を除けば、クリスチャン・ギリシア語聖書は短い期間に限定される。27の書物全体は、西暦41年(マタイ)から98年(ヨハネの福音書)の間、イエスの伝道の時代に生きた著者が書いた。結局、クリスチャン・ギリシア語聖書の霊感の限界は、それを書いた人物とその聖書が完成した日付の両方を視野に入れて考える。
それを書いた人物
クリスチャン・ギリシア語聖書の正典化の基礎は、書記者自身の信任状にかかわる。個々の書記者は、イエスの伝道に直接加わった者であるか、あるいは、少なくともその出来事の時代に生きた人たちであり、参加した者に直接接触した者であった。
マタイ、ヨハネ、ヤコブとユダは、直接参加した者であるが、ヤコブとユダは12使徒には、入らない。マルコの役割は、確かではないが、イエスが逮捕されたとき、園内に居たことはたびたび暗示されている。
イエスがゲッセマネで捕縛され、使徒たちが逃げて行った時、「裸の体にりっぱな亜麻布の衣を着けたある若者」がイエスのあとに付いて行きました。群集がその若者をも捕らえようとした時、「彼は亜麻布の衣をあとに残して、裸のまま逃げて」行きました。この若者とはマルコのことであると一般に信じられています。(『聖書全体は神の霊感を受けたもので、有益です』P.181
一方、ルカがイエスの公的伝道を証言していなかったことは、間違いない。彼はたぶん、アンチオケアに生まれたからだ。しかし、後に、彼はイエスにしっかりと従った人たちと直接接触を持った。『聖書全体は神の霊感を受けたもので、有益です』P.187 に書いてある。
ルカは12使徒の一人ではなく、イエスの死後にはじめて信者になったとさえ考えられますから、彼自身は、自分の福音書に記録したすべての事柄の目撃証人ではありませんでした。しかし、宣教者としての活動の分野でパウロと極めて密接に交わっていました。
もちろんパウロは、その時代の出来事を共有する者であった。しかし、彼は、教会の早い時期には好意的ではなかったことは確かだ。改宗前はパウロはもっともかたく決心した敵であった。けれども、パウロはコリント第一15:8-9で使徒の立場を書いている。「そして、最後に、月足らずで生まれた者と同様な私にも、現れてくださいました。私は、使徒たちの中では最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者です。なぜなら、私は神の教会を迫害したからです」。
霊感を受けたクリスチャン聖書が書かれた時代は、使徒が生きた時代に限定されることが分かる。『洞察』第二巻17頁でこう書かれている。
‥‥‥使徒たちは、明らかに神からの信任を受けており、ルカや、イエスの異父兄弟ヤコブなど他の著者の述べたことの正しさを認めて、ものを言いました。使徒たちは聖霊によって、「霊感のことば」が神に由来するかどうかを「識別する力」を持っていました。(コリ一12:4,10 )最後の使徒ヨハネの死と共に、神からの霊感を受けた、これら一連の信頼できる人たちはいなくなったので、聖書の正典は啓示の書、ヨハネの福音書および書簡をもって完結しました。
聖書の正典は完結した
上に引用した資料の最後の文でクリスチャン・ギリシア語聖書の正典には別な性格があることが分かる。最後の使徒が死んだときに正典は完結した。クリスチャン聖書には二世紀の献身的な人たちの書物はふくまれない。『洞察』第二巻17頁には、こう書かれている。
クリスチャン・ギリシア語聖書の正典が2世紀の終わりまでに完結したことは疑いありません‥‥‥ クリスチャン・ギリシア語聖書を構成する書物の目録を含め、正典は、すでに(西暦397 年のカルタゴ会議の前に)定着した。どこかの評議会の布告ではなく、古代の世界のすべてのクリスチャン会衆の慣習によってである(訳者注:最後の段落は1994年の日本語版には書かれていない)。
(正典の完璧な議論については、『聖書理解の助け』の290 頁から始まる文章を見なさい。特にクリスチャン・ギリシア語聖書の見出しの下にある節に注意しなさい。『洞察』第二巻13-17 頁の比較できる資料も見なさい)
だから、正典の限界を理解すると一つの結論に達する。霊感を受けたクリスチャン書記者自身が書いたもの以外には、クリスチャン・ギリシア語聖書の霊感を受けた啓示に付け加える情報はないだろう。ジョセフ・スミスの書物やグノーシス派の福音書あるいは、クリスチャン教会の正典から外れた古い書物でさえ、霊感の限界の埒外にあるとして除外する理由である。
そして他にも霊感を受けたテキストがあると訴えて聖書の正典を無意識のうちに蒸し返さないよう、用心しなければならない。神に由来するとグノーシス派の福音書の新しい啓示や、金色の板にかいてある隠された書物は受け入れられない。神は使徒である著者が死んでからは、聖書への書き足しをやめたと信じている。そして私たちは、クリスチャン聖書正典へ新しく付け加える地位を14世紀以降のヘブライ語翻訳に与えないように注意しなければならない。エホバが古代の信者に与えた霊感を受けた聖書の最も優れた表現として、クリスチャン・ギリシア語聖書のもっとも信頼できる、もっとも古い写本を認めなければならない。
正典の問題は、どんな書物が聖書に含まれるかだけにとどまらない。語句自体はもちろんのこと、それぞれのテキストの部分も対象となる。ものみの塔がマルコの最後の章のようにクリスチャン・ギリシア語聖書の疑いのあるテキストを処理するときには、新世界訳聖書の翻訳者は、ものみの塔の大事な真理の理解を反映している。新世界訳聖書は、『テキスタス・レセプタス(ジェームス王欽定訳)』のヨハネ第一5:7bにある偽りの書き足しをはっきりとさせた。そこには、「父とみことばと聖霊:これらは唯一である」とある。ウェストコットとホートには、この聖句の最後の部分が含まれていない。
同じ様に、書かれた箇所でどんな語句が含まれるかを正典は決定しなければならない。14世紀以降にへブライ語訳が完結したときに、西暦2世紀から4世紀の検証可能なギリシア語テキストよりも優れた霊感の地位を賜ったことは、霊感の限界(または正典)に疑義が生じる。
神の霊感を受けたギリシア語聖書の研究
霊感を受けたクリスチャン著者の原作のできる限りもっとも正確な再現版を持つことが今日の私たちの望みである。ギリシア語テキストのそれぞれの語句を、著者たち自身が用いた正確なことばにしたい。特にクリスチャン・ギリシア語聖書の翻訳において新世界訳聖書がエホバを用いる237箇所のそれぞれにおいて、原作者がを用いたのかを書いたのか、知りたい。しかし原文が無くなって以来切望されているのだから、この疑義を原作の写しから解決しなければならない。
数多くの著者の表わした「書簡」と福音書は、一世紀の教会の発展期に流通していた。今日受け入れているクリスチャン・ギリシア語聖書の正典である27の書よりももっと多数の書物があった。パウロ自身、正典にふくまれないラオデキアへの手紙(コロサイ4:16)を書いた。しかし、一、二世紀の数多くの書物にあって、神の書かれた啓示として二千年間了解されていたものは、新世界訳クリスチャン・ギリシア語聖書にある27の「書」だけである。
霊感の限界は、エホバによって霊感を受けたとして受容される書物と霊感の重みを伝えない書物との間に線引きをすることである。そのほかの古いクリスチャンの書物は、原作者のことばに洞察を与えるかも知れない。たとえば、「クレメンテの第一の手紙」はセプトゥアギンタ聖書の言葉遣いについての価値のある情報を与えるかもしれない。しかしこれら外典は、正典化された書物自体よりも重要なテキスト上の重要性を持っていることは決してない。そしてテトラグラマトンを用いるヘブライ語訳は、原作のギリシア語写本テキストを変更するために用いることはできない。特にヘブライ語訳が訳された元のギリシア語写本においてテトラグラマトンが用いられなかったと決定できることは事実だ。
図5はクリスチャン・ギリシア語聖書の中にテトラグラマトンを持ち込むために新世界聖書翻訳委員会が用いた過程を表わしている。テトラグラマトンを持ち込むためにだいぶ後の時代の26のヘブライ語訳を引用した。その方法を使うことで、新しいヘブライ語訳は原作が書かれて以降、たった一世紀を過ぎたときに写されたもっともよく保存されたギリシア語写本より聖なる著者の意向をより良く表わしていると訴え、、霊感を受けた聖書の現実性は、深刻にもくつがえされた。
図5 クリスチャン・ギリシア語聖書の正典とその後の証明
神の霊感を受けた著者が全部で27の福音書と書簡を書いた。これらの書類は西暦98年までに完成した |
それらの書物を保存することへの迫害に耐えるためにそれら書物を承諾し、敬意を払い、喜びを表わしているのだから、初代教会がそれらの書物の霊感を証明している。 |
霊感の限界;聖書の正典は初代教会の一般的な了解によって確定される。後に教会が肯定することはあっても、変更はされない。 |
---霊感を受けたクリスチャン書記者の死亡---
西暦一世紀が終わった後、原作の写しはすべて失われた。その結果、後世の学者の研究は、使徒であった書記者が用いた明確な語句を決定することに費やされる。新しい資料も加えられない。唯一の目的は原作を証明することである。 |
ギリシア語の原書でが用いられた表示はない。が書かれているギリシア語テキストから作成された14世紀(とそれ以降)のヘブライ語訳にだけ見つかる。霊感を受けたテキストにを書き加えることは、聖書の正典への侵犯である。 |
問題に焦点を合わせる
霊感を受けたクリスチャン著者の原文を絶対的な信頼性をもって十分に受け入れる点につき、私たちすべては神の霊感を受けた聖書に深い関心を共有する。そして焦点を見失わないよう、気を付けなければならない。原文に忠実になるのだ。原文の単なる訳文であってはならない。
J参照のヘブライ語訳は、使徒の古いテキストではない。古代ヘブライ人クリスチャン教会の書物でもない。それらはヘブライ語の新しい訳文であり、マタイ福音書は1385年くらいの新しいものであった。残りのものはエラスムルとテキストス・レセプトスのギリシア語テキストより新しく、1537年以降に出版されたものであった。
ヘブライ語訳は使徒である書記者の霊感を受けた原書に対し、正典であるかどうかの証明の源泉にはならない。既知のギリシア語テキストの新しい翻訳に過ぎない。
証拠の重み
図5は、前述したギリシア語聖書テキスト原文並びに2000年を経過した伝達及び聖なる霊感あるとする私どもの信念についての議論のまとめである。
クリスチャン・ギリシア語聖書におけるセプトゥアギンタのテキスト上の根拠と歴史上の物証に着目することがこの本のテーマである。それは人間がなせるわざである可能性があるため、徐々に神学上の立場から離れ、単にテキスト自体の評価に立ち帰らなければならない。聖書に何を言いたいのかを言わせることは、決して私たちの目的ではない。本来の、霊感を受けた書記者を通して聖なる著者が何を言おうとしていたかを認めなければならない。
新世界訳聖書がエホバと読ませたクリスチャン・ギリシア語聖書の237の箇所のそれぞれにおける本来ギリシア語に対する証拠を客観的に評価しなければならない。最終的な結論は、それを支持するテキスト上の情報と歴史的な情報の物証に基礎を置かなければならない。
J参照の26のヘブライ語訳本にはテトラグラマトンが書かれている。しかし、ヘブライ語訳翻訳者の元となるテキストの源泉を追求しなければならない。シェム・トブのマタイ福音書とその源泉から訳されたヘブライ語訳のありうる例外によって、残りのヘブライ語訳は、ギリシア語自体の翻訳であるとする新世界訳聖書翻訳委員会の記述を受け入れなければならない。
前に見たように、『エホバの証人 神の王国をふれ告げる人々』の記者は、『王国行間逐語訳』のギリシア語を霊感を受けた書士によって書かれたギリシア語の信頼すべき再現であると考える。この逐語訳からギリシア語Kyriosに対する古い証拠並びにそのヘブライ語訳を伝えている情報、その出版の最新の日付、翻訳におけるテキスト源泉の完壁な集合が見られる。
この情報から私たち各自は、クリスチャン聖書の原書にあるテトラグラマトンの箇所に関して個人的な結論にたどり着くはずだ。私どもの聖書の霊感にある強い信念に照らして、既知のギリシア語テキストからKyriosを訳すとき、特定のヘブライ語訳本がテトラグラマトンを使うからというだけで、エホバのことばを変更する主張に強く反対しなければならない。ヘブライ語訳が訳される元となった、もっともよく保存されたギリシア語写本よりも、新しいヘブライ語訳に高い権威を認めることは、クリスチャン・ギリシア語聖書の正典の理解に反する。
霊感の限界についての章を終わるにあたっても、出発点となった疑いが解けていない。エホバが霊感を与えた聖書を作成し、それを保存するにあたってエホバが介入していても、現存するギリシア語写本からテトラグラマトンがまったく失われるまで、エホバがクリスチャン・ギリシア語聖書の中のテトラグラマトンを許したと(そしてそれがもたらす重要な真理も)考えるのは理屈に合っているだろうか。1385年以降に書かれたヘブライ語訳本にだけ見られるほどに、テトラグラマトンは、それほど完璧にその存在を失ったのだろうか。
この章のまとめ
聖書が重要なのは、神の霊感を受けていると直接に断言できるからである。神に由来するから、聖書に従うのであり、文学的な質や歴史的な質のためではない。霊感が当てはめるに意味を持つためには、限界があるはずだ。正典の埒外にある書物(権威を持って、霊感を受けたとは主張されない)と対照して、霊感を受けたと認められる書物(神のことばとしての資格がある)の限界があっきりする。「霊感の限界」という名称を用いることは、それよりも学術的な用語「正典」と同義語である。
1.霊感の限界(専門的には聖書の正典として知られている)は、エホバの霊感を受けているために受け入れる書物と霊感の重みを伝えない書物の線引きである。
2.霊感の限界は直接、使徒である書記者に起因する書物だけが含まれる。後の世の黙示録やいかなる種類の写本も、締め出されなければならない。
3.聖書のクリスチャン読者のそれぞれの目標は、できるだけ原作者のことば遣いに忠実なクリスチャン・ギリシア語聖書の再現を所有することである。読者は、新世界訳聖書が神の名エホバを挿入する237箇所において著者がKyrios()を書いたのか、テトラグラマトン()を書いたのかを知る必要がある。
4.ヘブライ語訳本が翻訳された元となったもっとも良く保存されたギリシア語写本より以上に、ヘブライ語訳本に高い権威を認めることは、クリスチャン・ギリシア語聖書の正典の理解に反している。