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抵抗する勇気〜courage to resist〜
日米交流ツァー 第一日目に参加して


  アメリカにも戦争に反対し、基地の汚染と闘っている人たちがいる。彼等を日本に呼んで交流を持つという計画を知ったのは昨年秋、それが今実現した。
Y.A.
2009.3.28


 映画「アメリカばんざい〜crazy as usual」の監督藤本さんが取材の中で知り合ったゲストが、3月11日から22日まで日本各地で講演や交流集会を持った。
 キャンプ座間ゲート前での「バスストップから基地ストップの会」の定例抗議行動が、このツァーのスタートとなった。

 いつもは10人程度の座り込みだが、11日はゲストも含め30人ものにぎやかさとなった。これにマスコミの取材も重なったから、信号待ちの車は何事かとながめていく。土手に置かれたとりどりの横断幕もいつも以上にみんなに見てもらえた。
 

 「ストップの会」メンバーはいつもどおり三線をつまびいたり歌ったりし、ゲストたちに活動を紹介した。彼等からの話も聞く。
 今日の参加はジェフ、ジル、ディアナの三人である。
 ジェフは元海兵隊員。2メートルあまりの立派な体格だ。現在反戦兵士たちの支援組織の責任者である。彼の話を要約する。 

 いろんな国が見たいと思って軍隊に入り、沖縄に派遣された。ところが兵士達は沖縄の人々に差別的で交流もない。韓国・フィリピンにも行ったがもっとひどい状態だった。海兵隊では砲弾を扱っていた。核弾頭も。何故私はこれをしているのか、こんなままでいいのか、疑問に思ったが口には出せない。除隊を待っていた。

 ところが除隊直前にイラクがクウェートに侵攻しイラク派遣を命じられた。そのときはイラクへ行くつもりだった。しかし上官から「もし何かあったらお前が核を打ち出し、イラクの街を破壊せよ」と言われた。私には出来ない。従軍を拒否した。で、私は刑務所に送られた。

 今は従軍拒否者のサポートを行っている。
 ジルはテキサス州サンアントニオ市のサウスウェスト・ワーカーズ・ユニオンで活動している。ディアナのお姉さん格と紹介された。

 アメリカは奪い取った土地に軍の施設を作ってきた。サンアントニオもメキシコから奪い取った地で8つの基地がある。基地からの汚染は水・空気・土地に及んでいる。

 ケリー米軍基地は戦闘機の整備を行っていて周辺にはメキシコからの移住者が多く住んでいる。朝鮮戦争・ベトナム戦争でも使われた有害物質が運び込まれている。

 ここでユニオンはガンや出産異常などの被害調査に取り組んでいる。国は安全であると嘘をついてきたが、ユニオンは1件1件聞き取り調査を行い明らかにしている。

 移住者や先住民の住む環境を守り、基地をなくす活動を行っている。

 ディアナは20歳の学生。くりくりした大きな目がかわいいメキシコからの移民2世で、ユニオンで活動している。

 子どもの頃は何も知らずに汚染されたクリークで遊んでいた。パイロットになりたかったので、高校卒業後空軍に入ろうと思った。家族や学校はみなそれが夢実現の唯一の方法だと言った。同じ頃ユニオンにインターンで採用され、基地が地域をいかに汚染し軍が世界中の人たちを痛めつけているかを知った。私は軍への入隊をやめた。

 サンアントニオでは40%が貧困層で高校卒業率は50%、大学卒業率は10%である。軍やボーイングなどの軍事会社が良い就職先になっている。

 今はユニオンで環境問題を担当している。空を飛ぶ夢もあきらめてはいない。軍とは別の選択肢があることを、他の若者にも伝えたい。

 3時半までの水曜行動に最後まで参加したゲストたちは、6時から大和で厚木爆同らの主催した集会に出席し多くの聴衆の前で基地や戦争に反対する思いを訴えた。(上記の彼等の話は重複する部分が多いのでこの二つの場で話されたことをまとめたものである。)

 その後「アメリカばんざい」が上映された。上映に先立ち藤本監督は「アメリカと一緒に戦争に行こうとなったとき若者達がどんなふうになるかを考えて映画を見てほしい」と話した。戦争で傷つき、ぼろぼろになった兵士たちやその家族の姿はたまらない。そのなかで戦争に疑問を持ち、抵抗していく人の思いを、本当に身近に感じることができた。

 この交流ツァーで私たちは抵抗する人々の生の声を聞き、いっしょに闘っているという思いをより強くした。私たちより数倍困難な状況でもがんばっている人たちから抵抗する勇気をもらった。同時に彼等にも仲間が日本にもいることを知らせることが出来たと思う。

関連サイト

映画「アメリカばんざい〜crazy as usual」の公式サイト
ゲストプロフィール

写真は『ブーゲンビリアのきちきち日記』さんより転載させていただきました。