本の紹介
「岩国に吹いた風」 岩国前市長

 井原勝介著 高文研発行


すべてを明らかに

 まえがきにあるように、井原氏の市長在職中、岩国で何があったか「すべてを明らかに」したいとの思いで出された書である。「米軍再編という激しい嵐」、すなわち日本政府・防衛省による岩国市に対する理不尽な締め付けと、民意を守るためこれに対抗した井原前市長の徹底した闘い、これらが裏交渉も含めてまとめられている。

 岩国市では老朽化した市庁舎が地震で被害を受け、新庁舎の建設を決断した。その財源として、SACO合意によるKC-130空中給油機の普天間基地からの移駐に関しての防衛省交付金を充てることで、2005年2月に国と「合意」した。しかし、その後に防衛省から通告された米軍再編の受け入れに反対の意思を示すと、突然、3年目の交付金35億円は出せないといってきた。

 井原市長は市民の民意を尊重して闘いを続けたが、議会による予算案否決が続いたため、2007年末に市長を辞任し、出直し選挙に打って出た。


 すさまじい選挙
 
 T章で井原氏が再選を阻まれた2008年2月の選挙の様子が語られる。現市長陣営によるデマ、違法行為、何の根拠もない公約等「勝つためには手段を選ば」ない「すさまじい選挙」戦が繰り広げられた。それらをめぐる選挙後の顛末まで紹介されており、改めてそのひどさに憤りを感じる。


 国のアメとムチ
 
 2006年5月の米軍再編「ロードマップ」通告は、岩国を巨大な軍事基地に変化させる内容であった。その「理由」として挙げられたのが、市民の安全や爆音対策として行われてきた、基地滑走路の沖合移設工事の進捗であった。沖合移設により受け入れの余地ができたので厚木から移駐させるという。井原氏は防衛省との交渉で、一貫してこの「理由」を批判し、受け入れを拒否し続けた。

 W章は、この「ロードマップ」以降、市庁舎建設補助金を一方的に打ち切り、米軍再編容認を迫る防衛省、受け入れに傾く議会多数派、民意を背景に補助金交付を求める井原市長の動きが詳細に述べられる。防衛省が補助金をカットする根拠は、予算は単年度主義で、総額が決まっているものではないというものである。井原氏はこれに対しても反論し、防衛省の言い分が全くの言いがかりであることを明らかにする。

 井原氏が選挙で敗れ、現市長が容認の姿勢を見せると、防衛省は手のひらを返すように補助金を復活させる。2008年3月になって市長と県知事が石破防衛大臣と会い、移駐に協力することを伝えると、予算に計上していなかったはずの市庁舎建設補助金35億円が年度内に支給されることになったという。政府・防衛省により露骨に行われたアメとムチである。


 圧倒的な民意による抵抗
 
 井原氏は「民意」を強調する。彼が労働省の官僚を辞めて市長になったのも、岩国を「民主主義のモデル」の地にしたかったからだという。初めて市長になって行ったことがそのための仕組みづくりであり、その一つが、直接市民の意思を確認する手段となる「住民投票条例」であった。

 2006年3月に行われた住民投票で受け入れ反対が87%(全有権者の51%)という結果を得た。井原氏はこれが現在でも岩国の民意であると自信をもって語る。しかも、このときの住民投票は、条例に盛り込まれた市長発議によるものであった。この市長発議ということの重要さについても本書で指摘している。


 岩国は負けない

 今年1月には、沖縄・名護市の市長選挙で辺野古への米軍基地受け入れ反対を掲げた稲嶺氏が勝利した。2年前に井原氏が敗北した「すさまじい選挙」とほぼ同じ構図であったが、流れは変わりつつあると感じられる。しかし、鳩山連立政権のもとでも、米軍再編=基地強化がなくなったわけではない。

 2010年度政府予算案に岩国への艦載機移駐の費用として270億円が計上された。政府・防衛省は民意を無視し、計画の見直しをすることもなく進めようとしている。井原氏は現在、市民手作りの政治グループを作り上げる活動を行いながら、米軍再編と岩国基地の強化に反対する闘いを継続している。米軍再編との闘いは、沖縄だけでなく、全国で強化していくことが求められている。

2010.2.14 M