法体系は無茶苦茶になっている。
戦前の軍部が末端のところで戦争を開始しそれを上層部が追認して行ったのと同じ構図。
法律専門家の立場から見た「有事法制」

二つの集会に参加して
日本弁護士連合会他主催
      緊急公開パネルディスカッション「この有事法制法案は危険だ」(6/7)

全国憲法研究会・憲法問題特別委員会主催
      緊急フォーラム「有事法制を考える」(6/1) 
 
政府・与党による有事関連3法の5月末衆議院強行採決が失敗し、廃案を求める国民の世論と野党が結合して、防衛庁ブラックリスト問題と福田長官「非核三原則」見直し発言問題追及を武器に、政府・与党に攻勢をかけているちょうどその時期に、2つの法律専門家主催による緊急ディスカッションの場がもたれました。いずれも大変中身の濃い議論であり、そのすべてを紹介することは難しいが、とくに興味深い発言について記してみたいと思います。

1.日本弁護士連合会・東京弁護士会・第一東京弁護士会・第二東京弁護士会主催
  緊急公開パネルディスカッション「この有事法制法案は危険だ」(6月7日 弁護士会館)

 日本弁護士連合会は、有事法制法案がまだ国会に上程される前の3月にすでに有事法制反対の理事会決議を出しており、4月17日の衆議院上程直後の4月20日に「『有事法制』法案に反対する理事会決議」を圧倒的多数で可決し発表しています。それ以来、全国のいろいろな県弁護士会から反対声明が出され、さらに大阪弁護士会は、6月2日に、拘禁二法に反対するデモ行進以来17年ぶりの集団示威行進をおこないました。本パネルディスカッションは、これらの全国的な運動と連携して、東京において憲法擁護の専門家の立場から、有事法制法案の危険性を訴え、世論を喚起するために企画されたものでした。参加者は400人程で、弁護士および市民で、世代的には若い人々は少なかったようです。

 冒頭に本林日弁連会長より主催者の挨拶があり、有事法制法案が憲法の基本性、憲法の魂をつぶすものであり、1万9千名の会員を持つ日弁連として、弁護士法に基づいた行動として反対していくという表明がありました。

 つぎに、村越有事法制問題対策本部長代行より基調報告として、日弁連がなぜ有事法制法案に反対するのかについて、「『有事法制』法案に反対する理事会決議」の「決議の理由」(当日配布)にしたがって説明がなされました。項目だけを列挙しておきますと、
   @「武力攻撃事態」法案の曖昧さと危険性、
   A重大な基本的人権侵害のおそれ、
   B平和原則等への抵触のおそれ、
   C統治機構の変容、権限濫用のおそれ、
   D政府の放送メディア統制と知る権利等侵害のおそれ、
   E国民主権の軽視と民主的手続の違背、
でした。そして最後に、廃案のために反対する国民世論を盛り上げていくことが訴えられました。

 つづいて、沖縄出身の新垣弁護士のコーディネートでパネルディスカッションに入りました。パネラーは、古関獨協大学教授、田岡「アエラ」スタッフライター、大野航空安全会議議長、渡辺日本YWCAメンバーでした。この部分を詳細に記述すると長大な報告になってしまうため、とくに報告者にとって興味深かった部分のみに限らせていただきます。

  古関パネラーからの発言。90年代半ばから、政府は憲法と自衛隊法、憲法と安保条約などの整合性をなんとか取ろうとするのをやめた。今までの自衛隊の主要任務(直接侵略・間接侵略に備えること)でなかったものが前に出てきて、世界の流れと違うところへ進みはじめた。法体系は無茶苦茶になっている、下にあるものが一番上にくるようになってきた、戦前の軍部が末端のところで戦争を開始しそれをつぎつぎと上層部が追認して行ったのと同じ構図である。

  田岡パネラーの、内容がないトンチンカンな法制という批判に対して、新垣コーディネータや古関パネラーから反論があった。武力攻撃事態法には基本法とプログラム法の両方が入っており、その基本法には、例えば、公共機関を動員することやマスコミ統制をすること、行政権が今までできなかった領域に拡大していること、今まで企業に働く労働者など国民を動員できなかったものをできるようにしている、など基本構造として新しい点を含んでおり、大きく歴史の流れを変えるものになっている。

  新垣コーディネータから沖縄に関連して、軍雇用者を強制的に働かせる必要があるため、独立法人に移行させて、それを指定公共機関にすることによって指令できる方向が出てきているという指摘があった。

  また国会での答弁に関連して、新垣コーディネータから、法律的に可能であることとどう政治的に説明しているかとは区別しなければならず、指定公共機関についても政令1つで政府の意のままに指定できることが問題であることが指摘された。

  古関パネラーから、政府と自治体の関係の問題で、武力攻撃事態は政府の責任、国民の安全部分は地方公共団体の責任ということになっている、国民に損害が出たら政府ではなくて自治体に責任を負わせるということである、これは地方自治の悪用であるという指摘があり、国民に責任を負えない政府がこのような法案を出してくること自体がおかしいと主張した。

  最後に、新垣コーディネータからは、法律はいったんできると一人歩きするものである、そのときの政治的な説明と違って濫用される危険がある、法律そのものを正確に把握することが大切であり、日弁連はその法律の中身を正確に伝えていくことに努力したいという表明があった。

 残念ながら時間的制約があり、会場参加者との意見交換は行われませんでしたが、日弁連の、有事法制法案を廃案に追い込んでいかなければ大変なことになる、憲法の基本的精神が踏みにじられる、そのために専門家として役割を果たして行かなければならないという強い危機感が討論全体に感じられ、意義深いパネルディスカッションであったと思います。


2.全国憲法研究会・憲法問題特別委員会主催
   緊急フォーラム「有事法制を考える」(6月1日 早稲田大学)

 報告者は、日本の憲法関連の学会の事情を知りませんので、全国憲法研究会が過去どのような活動をおこなってきたか分かりませんが、憲法学を専門とする研究者で組織された学会で、そのなかの憲法問題特別委員会は、改憲問題などを扱うための研究・活動組織であるようです。そして、この全国憲法研究会がこのようなフォーラムを開催することは異例ということで、過去2回ありその1つは周辺事態法のときだそうです。なお、参加者は300人程で、学生など若い人々が多く、そのなかに市民も混じっていたという感じです。

 冒頭に会場を準備した西原事務局長(早稲田大学教授)と芹沢憲法問題特別委員長(青山学院大学教授)から簡単な挨拶があったあと、3人の講演者から30分づつ講演があり、その後は会場参加者から質問を受けるという形での討論に移りました。講演者と演題は以下の通りです。

水島朝穂(早稲田大学)
     「『有事』関連3法案のどこが問題か?――憲法学の視点から――」

  藤井治夫(軍事問題研究者)
    「『武力攻撃事態』の意味するもの」

  古関彰一(獨協大学)
    「国家安全保障をこえて」

 この報告も、日弁連の緊急公開パネルディスカッションと同じように、内容全体ではなく、報告者にとって印象深かったものについてのみ書かせてもらいたいと思います。

     水島氏からは今回の有事法制法案の危険性についてかなり全般的な指摘があった。その一部を断片的ではあるが紹介する。今回出してきた法案は軍隊としての力を全部持たせようとしており、そのため、いままでPKOでも周辺事態法でも自衛隊法の雑則に書きこんできたけれども今度は本則に変更を加えてきたこと。冷戦時代のものに装飾を施してきたと言えなくもないが、だから無意味な法案と言う見方は甘い。すべてのシステムを作っておくということで、応用編として介入型にも使えるるようにするということ。性格は地域介入型、攻めの有事法制、国家間の紛争から集団的自衛への転換である。中谷防衛庁長官は軍法会議も将来問題になるとまで発言したが、これは地域介入型では軍の士気が保てなくなり罰則で脅して戦わせるためである。テレビの討論で、志方はドンドン国益を守って出て行くべきであると平然と主張していた、軍人・軍事的エリートたちの頭を政治家たちが持つようになってきた。いま農協が有事法制法案に関心をもっている、それはガソリンスタンドを経営していて、保管命令でどうなるか心配しているためである。また、民放の社長たちに会合で講演を依頼されているが、彼らも本気で心配し始めている、等など。(なお、水島氏は「知らないと危ない『有事法制』」(現代人文社ブックレット)を出している)

     藤井氏は、有事法制法案が米軍から要求された、米軍を支援する法律であると基本的に規定した上で、武力攻撃事態法で周辺事態法がどのように変わってくるか、などの話があった。

     また、古関氏からは、国家の安全保障についての考え方が提示された。安全保障(セキュリティ)の歴史的考察で、第2次大戦から軍隊が人間の安全を保障し得なくなり、国家の安全保障を超えるしかなくなった、この考えは日本の憲法にかなったものであること、等など。

     質疑の中では、内発か外発かと言えば、完全に外発型(対イラク戦争への参加という米の要求)とは言えないこと、イラクが予測される事態に入るかというのは防衛庁にとっても悩ましい問題となっていること、この有事法制法案では連立与党であるため整合性が取れていない部分が多々あること、したがってこのままでは実際にいろいろ不都合が生じること、だからあまり過大評価も出来ないし、もちろん過小評価もしてはならないこと、推進側も、EUのように外に国益があり、それをどうするかというような議論をするところまでまだ行っていないこと、などの指摘が講演者からあった。

 最後に、山内全国憲法研究会代表(一橋大学教授)より閉会の挨拶があり、そのなかで日本の憲法が危機に瀕していることの訴えがあり、憲法を守るために学会としても最大限のことをやっていくつもりであることの表明がありました。


 以上報告した2つのディスカッションは、憲法をなんとしても守って行こうとする専門家たちの熱意がひしひしと伝わってくるような良い集会でした。そして、私たちの運動が、もっともっとこれら専門家たちとしっかり結びついていかなければならないことを痛感しました。