今年は福沢諭吉没後100年ということで、新聞、マスコミでも諭吉についての記事や解説が散見される。正直に言って福沢諭吉といえば、慶応義塾の創始者、「学問のすすめ」でアメリカ独立宣言を引用して「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らずと云えり」と述べた啓蒙思想家という程度しか知らなかった。

ふとしたことから「福沢諭吉のアジア認識」を入手し最初のページを読んでみて驚いた。この福沢諭吉が韓国では「近代化の過程を踏みにじり、破綻へと追いやった、我が民族全体の敵」、台湾では「最も憎むべき民族の敵」という評価があるというのだ。

                  

読み進めてゆくうち、この著者が並々ならぬ意気込みでこの本を書いたことがわかる。1999年のガイドライン法、国旗国歌法により、日本がふたたび戦争国家への道に踏み出そうとしていることを指摘し、「日本の戦後民主主義はなぜ、“戦争国家”に帰着したのか?」ということを問題にしている。 そして著者は、戦後民主主義が「昨日までの半世紀をこす侵略戦争と植民地支配に対する日本社会と日本人の戦争責任問題を放置した」ことにその回答を与えている。

本書で筆者は、福沢諭吉がいかにアジア民族を蔑視し帝国主義的侵略主義者としてアジアの植民地支配を主張したのかを、『福沢諭吉全集』からの膨大な資料をつけて暴き出している。一方で、福沢諭吉を持ち上げる戦後民主主義者丸山真男の「諭吉論」が、いかに恣意的に自分の論拠に都合のよいところだけを取り出して作り上げたものであるかを、同時に暴き出し徹底して批判している。

福沢諭吉自身への批判と同時に進められる丸山真男批判の、両方共に反論する余地を与えないまでの鋭さと緻密さと気迫は、先に述べた深刻な問題意識に対応していることは言うまでもない。

大変まじめな専門書であり、素人には少し難しい本でもあるが、その鋭い問題意識と気迫には圧倒される。世界での同権と平和とを率直に徹底して求める。学問的率直さと、今日の政治状況を心底愁いて、それを学問の場で追及する。著者は98年に大学を定年退職され平和運動や市民運動に関わりながら本書を書いた。ますます意気盛んな先輩に見習わなければならない。

[本の紹介]

「福沢諭吉のアジア認識」   安川寿之輔著 高文研