Edward Said Extra  サイード・オンラインコメント

世界的に有名な音楽家ダニエル・バレンボイムはイスラエル国籍です。90年代はじめの出会い以来サイードの親密な友人となりました。二人の交流の結実として、イスラエルとアラブ諸国から若いクラッシック演奏家を集めたウエスト・イースタン・ディヴァン・オーケストラが創設され、1999年から毎年ワークショップを開いてきました。この活動により、バレンボイムとエドワード・サイードは、2002年9月にスペイン皇太子賞を受賞しました。ウエスト・イースタン・ディヴァンという名前は、ゲーテのWest-Oestlicher Divan(西東詩篇集)という、イスラムへの強い関心から生まれた作品からきています。それぞれの言語世界が個々の特性を失わないまま有機的に結合する「世界文学」というゲーテの晩年の考え方につながったものであり、音楽を通して「生産的な共生」を実現させていこうという理念を表していると思われます。


芸術、音楽、文化
エドワード・サイードの関心の広がり

Edward Said's breadth of interest


ダニエル・バレンボイム
The Electronic Intifada 2003年9月26日

2003年9月25日シカゴにて、

エドワード・サイードについて、おそらく何よりもいちばんに記憶されるのは、彼の関心の幅がきわめて広い範囲に及んでいたということでしょう。 音楽にも、文学にも、哲学にも精通し、政治にも深い理解を示していましたが、そればかりでなく、彼は異なる専門分野のあいだに関連性や相似性を見出すことのできる珍しい人間の一人でした。それができたのは、彼が人間の精神や人間の存在について並はずれた理解力を持っていたからであり、相似と相反がけっして矛盾するものではないということを認識していたからでした。

音楽については、彼はそこに単なる音の組み合わせ以上のものを見出していました。音楽の傑作はみな、いわば、どれもこれも一つの世界のとらえ方なのだということを理解していたのです。 難しいのは、そういう世界のとらえ方は言葉で説明することができないというところにあります。言葉で説明できるようなものであったならば、そもそも音楽など必要ではなかったでしょう。 けれども、言葉で説明できないからといって、意味がないということではない。そのことを彼は理解していました。

このようなきわめて旺盛な探究心によって、彼は、人間の意識下にあるもの、作者の潜在意識をかいま見るような特別な理解ができたのです。 それに加えて、彼には誰はばかることなくものを言う気概があり、そのために賞賛の的にもなりましたが、同時にまた嫉妬や敵意も多くの人々から受けるようになりました。

イスラエル人やユダヤ人のなかには、彼の批判を許してはおけないと思う人々がたくさんいました。サイードの批判は現在のイスラエル政府のことばかりではなく、イスラエルの思想や行為のなかに認められる一定の精神構造についても及んでいたからです。それはなにかといえば、1948年にイスラエルの独立をもたらした戦争は、ユダヤ系の住民にとっては新しいアイデンティティを与えるものであったけれども、同時に非ユダヤ系のパレスチナ住民にとっては軍事的な敗北というだけでなく、心理的にも大きな破局であったという事実について、共感を込めて理解する能力を欠いていることです。従って、イスラエルの指導者たちは、どんな政治解決を進めるにせよ、その前にまずしかるべき象徴的な表現をとることが必要なのに、それが出来ずにいるということをサイードは批判していました。 一方、アラブ人の方は、彼がユダヤ人の歴史に対しても大いに気遣っているということに我慢がならず、ユダヤ人が迫害されたことについては自分たちには何の罪もないと繰り返すばかりでした。

まさにこの能力によって、彼はどのような思考や行為についても、そこに異なる側面を見ることができ、そればかりでなく、それが必然的に何をもたらすかということさえも見通すことができました。また、そのような思考や行為の背後にある人間的、心理的、場合によっては歴史的な「先史」の結合を見通すこともできたのです。 彼は、情報は理解に向けてのほんの最初の一歩にすぎないということを恒久的に意識していた、数少ない人間たちのひとりでした。 いつも、観念の「先にあるもの」をさがし求め、目では「見られない」もの、耳では「聞こえない」ものをさがし求めている人でした。

このような資質の組み合わせから、サイードはわたしと一緒にウエスト・イースタン・ディヴァン楽団を創設することになりました。そこはイスラエルとアラブの若い音楽家たちが一緒に音楽を学び、音楽から派生するさまざまな問題を学ぶことのできるフォーラムなのです。

パレスチナ人は彼らの願望をこの上なく雄弁に擁護してくれる人物の一人を失いました。 イスラエル人は、公正できわめて人間らしい対抗者を失いました。 わたしは、心の通い合った親友を失いました。


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