Edward Said Extra  サイード・オンラインコメント

ホワイトハウスがおおやけに発表したところでは、この戦争では一日に300発から500発の巡航ミサイル(戦争開始後の48時間で800発)がバグダッドの一般市民のうえに雨あられと降り注ぐことになっている。これによって「ショックと畏怖」、あるいはパニックを引き起こすことで、これを企画したハーラン・ウルマンとかいう御仁(博士か?)が述べたように、イラクの人々にヒロシマ流の効果を及ぼすことが期待されているのだ。こんな戦争計画は、とうてい黙ってやらせておくわけにはいかない。1991年の湾岸戦争のときには、41日間にわたってイラクを爆弾した後でさえも、このような規模の人的破壊に達したことは決してなかったことに注意してほしい。合衆国はこの計画のために、すでに6000発の「スマート」ミサイルをスタンバイさせている。いったいどのようなたぐいの神が、自分の信徒たちがこのような計画を策定し、政策として公表することを望むというのだろう。どのようなたぐいの神が、これによって、民主主義と自由がイラクのみならず中東世界全体の人々にもたらされるなどと説くというのだろう。

そんな問いには、答えてみようとも思わない。けれどもはっきり言えるのは、もしこのたぐいのものが地球上のどこかの住民に降りかかるようなことがあるとすれば、それがどのような住民であろうと犯罪行為であり、それを実行したものも計画した者も戦争犯罪人であるということだ。合衆国が策定に中心的な役割を果たしたニュールンベルグ法の規定するところである。シャロン将軍やシャウル・モファズ国防相が、戦争を歓迎しジョージ・ブッシュを褒め称えるのは、理由のないことではない。神の名において、さらにどれほど多くの悪事が犯されることになるのかは、やってみなければわからない。わたしたち一人ひとりが声を上げて、抗議の行進に加わらなければならない──いまこそ、そして何度も、何度も。ワシントンやテルアビブやバグダッドのようなところにいる従順な専門職員が策定した悪夢のような計画を食い止めるために、わたしたちには創造的な思考と大胆な行動が必要だ。


偽善の金字塔 
A monument to hypocricy
Al Ahram Weekly 2003年2月13〜19日 No.625

この国でニュースを聞いたり見たりすることは、とうとう耐え難いものになった。これまでわたしは、日刊各紙にざっと目をとおし、全国ニュースに合わせて毎晩テレビのスイッチをいれることは、ただ「この国」がなにを考え、なにを計画しているのかを知っておくためだけにでも必要なことだと、何度も自分にいい聞かせてきた。だが、我慢にもマゾヒズムにも限界というものがある。コリン・パウェルの国連スピーチは、アメリカ国民を憤慨させて、国連を無理やり戦争にかり出そうという魂胆がみえみえのもので、まったくの偽善と政治的なごまかしに新たな最低点を記したもののように、わたしには思われる。だがドナルド・ラムズフェルドが先週末にミュンヘンで行なった講義たるや、調子のよい説教やいばりくさった嘲笑などにおいて、不器用なパウェルよりもさらに一歩先に進んだものだった。当面は、ジョージ・ブッシュや彼と徒党を組んだ政治顧問、宗教助言者、政治戦略家たち──パット・ロバートソン〔テレビ伝道者〕、フランクリン・グラハム〔大衆伝道者〕、カール・ローブ〔大統領補佐官〕のような人々──のことは放って置おこう。彼らは権力の奴隷にすぎないように思われ、彼らの共通の報道官アリ・フレッシャー(彼もイスラエル市民権を持っているらしい)の一本調子の繰り返しが、それを完璧に体現している。 ブッシュは(本人の発言によれば)神とじかに接触があり、もし神でないとすれば、少なくとも神の摂理(プロビデンス)と接触がある。こんな男と心おきなく語りあえるのは、たぶんイスラエルの入植者だけだろう。だが国務長官や国防長官は、どうやら実在する女や男たちの住む世俗世界から発生したらしいので、彼らの言動についてしばらく時間を費やしてみるのは時宜に叶っていると思われる。

若干の前置きを確認しておこう。第一に、合衆国は明らかに会戦の腹をくくっている。これについては、別の解釈の余地はないと思われる。もちろん、実際に戦争が起こるかどうかは(いろいろな動きが始まっていることを考えれば──といっても例によってオロオロしながら何も出来ないアラブ諸国ではなく、フランスやロシアやドイツが起こしたものだが)また別の問題だ。それでも、クウェート、サウジアラビア、カタールに二十万の派兵を行なう(これより小規模な、ヨルダン、トルコ、イスラエルへの派兵は別にしてだ)ということが意味するところは、ひとつしかない。

第二に、この戦争を策定している人々は、ラルフ・ネーダーが辛らつに述べたように、「チキンホーク」(おく病者のタカ派)である。彼らは自分では戦場に行く意気地がない。ウォルフォウィッツ、パール、ブッシュ、チェイニーをはじめとするこの完全文民集団は、ひとりのこらずベトナム戦争の強い支持者だったが、そのくせ自分は特権を利用して徴兵延期の措置を受け、一度も戦闘に参加しなかったし、軍役についたことさえなかったのだ。それゆえ、彼らの好戦性は道義的にゆるしがたく、文字通りの意味で、反民主主義の極みである。この浮きあがった陰謀集団がイラクとの戦争に求めているのは、実際の軍事上の配慮とは何の関係もないものだ。イラクは、その嘆かわしい政治体制の忌まわしい性格はどうであれ、近隣諸国にとって信憑性のある、差し迫った脅威を突きつけるものではないし(トルコやイスラエル、さらにはヨルダンでさえ、軍事的にイラクに対処することは容易だ)、ましてや合衆国にとってそんなことはありえない。この逆を主張するような議論はすべて、非常識で軽薄きわまりない提案だ。少数の旧式スカッド・ミサイルと小量の化学兵器や生物兵器に使用できる物質(その大半はかつて合衆国が供給したものであり、ネーダーが指摘したように、米国企業がイラクに販売したときの伝票が残っていたから突き止められたものだ)を持っているに過ぎないイラクは、これまで同様、かんたんに封じ込めることができるのだ。ただし、その代償として長いあいだ苦しんできたイラクの民衆に非道な犠牲が強いられることになる。 このひどい状況については、イラクの現政権と西側の制裁執行者のあいだに共謀関係があるという主張は絶対に正しいと思う。

第三に、諸大国が体制変革《レジーム・チェンジ》を夢想し始めた以上 ──イラクのなかのリチャード・パールやウォルフォウィッツの同類が、すでに動き始めている──終結はまったく見えてこない。 このような疑わしい資質の人々が民主主義や近代化や自由化を中東にもたらすことについて、たわごとを発し続けているというのは、とんでもない話ではないだろうか。中東は間違いなくそれを必要としているし、それについてはすでに非常に多くのアラブやムスリムの知識人や一般人が何度となしに指摘している。 だが、そもそもいったい誰が、これらの人物を進歩をもたらすための世話役に任命したというのだろう。自分たちの国に、糾さねばならぬ不正と濫用が多大にはびこっているというのに、彼らがこれほど恥知らずに偉そうなことを言う権利がどこにあるというのだろう。とりわけ腹立たしいのは、民主主義と正義に関連するような主題を扱うにはこれ以上資格のない人物は考えられないようなパールが、1996年から69年にかけて極右ネタニヤフ政権の選挙顧問をつとめ、あらゆる平和の試みをことごとく反古して、西岸とガザ地区を併合し、可能な限り多くのパレスチナ人を追い出すように背徳的なイスラエル人に助言したことだ。こんな男がいま、中東に民主主義をもたらすなどとしゃべっているというのに、全国放送テレビで丁寧に(卑屈に)あれこれと彼に質問するメディア識者たちは誰ひとり、これっぽっちの異論も唱えようとしない。

第四に、コリン・パウエルの演説は、盗作や捏造による証拠、でっち上げのオーディオテープ、改ざんされた写真など、至らぬところは多々あるものの、一つのことについてだけは正しかった──サダム・フセイン政権は人権侵害と国連決意違反を何度となく繰り返してきた。それについては議論の余地はなく、弁解の余地もない。けれども合衆国政府の立場を途方もなく偽善的なものにしているのは、パウエルがバース党について非難したことは、文字通りひとつのこらず、1948年以降の歴代イスラエル政府にも当てはまり、とりわけ軍事占領のはじまった1967年以降はかつてないほど目に余るものになっているという事実だ。拷問、違法拘留、暗殺、民間人へのミサイルや攻撃ヘリやジェット戦闘機を使った攻撃、領土の併合、監禁を目的とした民間人の移送、大量殺戮(もっとも明白なものだけでも、カナ〔1996年4月18日、イスラエルがレバノンの国連難民キャンプを襲撃した事件〕、ジェニーン、サブラ、シャティーラなどがある)、民間人が自由に支障なく通行する権利、教育、医療援助の否定、侮辱、家族全体の処罰、大量の家屋破壊、耕地の破壊、水資源の独占、不法な入植、経済破壊、病院や医療スタッフや救急車への襲撃、国連職員の殺害など、とりわけ許し難い蛮行だけでも枚挙に暇がない。これらはすべて(強調つきで記さねばならないが)合衆国の無条件の全面的支持のもとに遂行されてきたのだ。合衆国はイスラエルがこのような行為をするための武器を供給し、軍事や情報面の支援を与えただけではなく、この国に1350億ドル以上もの経済援助を行なってきたが、それは自国民のための政府支出を一人あたりの額では相対的に霞ませるような規模のものである。

このような途方もない記録が、合衆国に、また特にその人間的シンボルとしてのパウェル氏に突きつけられている。合衆国の外交政策の責任者として彼が特に責任を負っているのは、この国の法律を守り、人権の尊重や自由の推進──少なくとも1976年いらい合衆国の外交政策の中心項目と宣言されている──が普遍的に、例外なく無条件に適用されるように手段を講じることである。パウエルや彼の上司と同僚たちが、世界を前にイラクに反対する説教を垂れておきながら、イスラエルと共同で人権侵害を続けていることについては完全に口をつぐんでいるようなやりかたは、信頼性というものを根底から覆す。それでもなお誰ひとり、パウエルがあの重大な国連演説を行なって以来、合衆国の立場についての正当な批評が多数出てくるようになったとはいえ、この点に注目する者はいないし、いつも高潔な態度を取ろうとするフランス人やドイツ人のあいだにさえも見当たらない。パレスチナ人の領土ではいま、集団飢饉の兆候が出始めている。破滅的な規模で健康状態の危機が起こっており、民間人の死亡数は少なくとも一週間に10人から20人ほどにのぼっている。経済は崩壊し、外出禁止令と少なくとも300カ所に上るバリケードが日常生活を阻害するため何十万という罪のない民間人が仕事を奪われ、学問も移動もままならぬ状態に置かれている。家屋は爆破されるかブルドーザーで大量に破壊されている(昨日は60軒だ)。 このすべてが合衆国の供給した機器、合衆国の政治的な支持、合衆国の財政支援によって行われているのである。 シャロン(どんな基準に照らしてみても戦争犯罪人だ)は平和を愛する男であるとブッシュは宣言したが、それはシャロンと彼の率いる犯罪的な軍隊によって失われ、破壊された罪のないパレスチナ人たちの生命につばを吐きかけるような言葉である。そしてブッシュは、自分は神の名において行動しており、自分(とその政府)は「正しく信義のあつい神」のために行動しているなどとあつかましい発言をする。その上まだ呆れたことに、彼はサダムが国連決議を軽視していると世界に説教するが、その一方で彼はイスラエルという、少なくとも64の国連決議を毎日のように嘲笑する行為を半世紀以上にわたって続けているような国を支援しているのだ。

だが、アラブの諸政権は今日あまりにも臆病で実効性のないものになってしまい、これらのことを一つでも公言するだけの気骨がない。その多くは合衆国の経済援助を必要としている。多くは自国民を恐れており、自らの政権を支えるために合衆国の援助を必要としている。また多くは、人道に対する罪のいくつかで同じように告発される可能性がある。だから彼らは何も言わない。戦争が過ぎ去り、自分たちが最終的には権力の座にとどまりつづけられるようにと、ひたすら望み、祈るだけである。しかしその一方で、重大で崇高な事実として注目されるのは、第二次世界大戦以来はじめて、戦争に反対する大衆運動が、戦争中ではなく、それが起こる前に発生していることである。このようなことは前例がなく、わたしたちの世界が合衆国とその超大国の地位によって突入させられた新しいグローバル化された時代の、もっとも重要な政治的現実になるはずである。このことが示すのは、サダムやアメリカにいる彼の敵のような独裁者や暴君たちが振り回す恐ろしい力にもかかわらず、またマスメディアが共謀して(好むとこのまざるとにかかわらず)戦争への突入をせきたてるような報道をしてきたにもかかわらず、また大多数の人々の無関心と無知にもかかわらず、人間共同体と人的資本維持の考えに基いた大衆行動や抗議は、いまも人間としての抵抗を行なうための威力のある道具だということだ。お望みなら「弱者の武器」とそれを呼んでもいいだろう。だがそれが、合衆国政府の「チキンホーク」たちや、彼らの後を推す企業家たち、宗教戦争を信じている何百万人もの過激な一神教信者たち(キリスト教徒、ユダヤ教徒、ムスリム)の立てた計画に、少なくとも干渉することができたということは、この時代に大きく輝く希望の光である。わたしがこのような不正に反対する発言をしたり、講演をしに行ったところでは、この戦争を支持するような人物にはひとりとしてお目にかからなかった。アラブとしてのわたしたちの役目は、イラクにおける合衆国の行動に対するわたしたちの反対を、イラクやパレスチナやイスラエルやクルディスタンをはじめアラブ世界のあらゆる場所での人権に対するわたしたちの擁護に結びつけることである。そして他の人々に対しても、同じような関連づけを世界のすべての人々──アラブ人、アメリカ人、アフリカ人、ヨーロッパ人、オーストラリア人、アジア人──について推し進めるよう呼びかけることである。これは世界的な問題、人類の問題であり、合衆国や他の大国の戦略的な問題だけにとどまるようなものではない。

ホワイトハウスがおおやけに発表したところでは、この戦争では一日に300発から500発の巡航ミサイル(戦争開始後の48時間で800発)がバグダッドの一般市民のうえに雨あられと降り注ぐことになっている。これによって「ショックと畏怖」、あるいはパニックを引き起こすことで、これを企画したハーラン・ウルマンとかいう大口をたたく御仁(博士か?)が述べたように、イラクの人々にヒロシマ流の効果を及ぼすことが期待されているのだ。こんな戦争計画は、とうてい黙ってやらせておくわけにはいかない。1991年の湾岸戦争のときには、41日間にわたってイラクを爆弾した後でさえも、このような規模の人的破壊に達したことは決してなかったことに注意してほしい。合衆国はこの計画のために、すでに6000発の「スマート」ミサイルをスタンバイさせている。いったいどのようなたぐいの神が、自分の信徒たちがこのような計画を策定し、政策として公表することを望むというのだろう。どのようなたぐいの神が、これによって、民主主義と自由がイラクのみならず中東世界全体の人々にもたらされるなどと説くというのだろう。

そんな問いには、答えてみようとも思わない。けれどもはっきり言えるのは、もしこのたぐいのものが地球上のどこかの住民に降りかかるようなことがあるとすれば、それがどのような住民であろうと犯罪行為であり、それを実行したものも計画した者も戦争犯罪人であるということだ。合衆国が策定に中心的な役割を果たしたニュールンベルグ法の規定するところである。シャロン将軍やシャウル・モファズ国防相が、戦争を歓迎しジョージ・ブッシュを褒め称えるのは、理由のないことではない。神の名において、さらにどれほど多くの悪事が犯されることになるのかは、やってみなければわからない。わたしたち一人ひとりが声を上げて、抗議の行進に加わらなければならない──いまこそ、そして何度も、何度も。ワシントンやテルアビブやバグダッドのようなところにいる従順な専門職員が策定した悪夢のような計画を食い止めるために、わたしたちには創造的な思考と大胆な行動が必要だ。もし彼らの念頭にあるものが、「安全の増大」と彼らが呼ぶものであるというのなら、もはや言葉というものが普通の感覚での意味をまったく失っていることになるからだ。ブッシュやシャロンがこの世界の白人以外の人々に軽蔑の念を抱いていることは明らかだ。問題は、いつまで彼らが報いを受けずにやりおおせるのかということだ。


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