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暗殺者のメロディー

The Assassination of Trotsky

104 分・アメリカ・1972年
監督:ジョセフ・ロージー 
製作:ジョセフ・シャフテル
原作・脚本:ニコラス・モスレー 
出演:アラン・ドロン(Jacson)、リチャード・バートン(Trotsky)、ロミー・シュナイダー(Gita)
ヴァレンティナ・コルテーゼ(Natalya)、エンリコ・マリア・サレルノ(Salazan)


場所:キノ・キュッヘ
日時:2005年12月12日(日)16:30〜
問合せ:042ー577ー5971(キノ・キュッヘ)

佐々木 健

 2005年はアラン・ドロンの生誕70年だということで、出会ったのがこの「暗殺者のメロディー」。美男子男優として日本では絶大な人気を誇ったアラン・ドロンが「冒険者たち」「さらば友よ」「ジェフ」「シシリアン」「ボルサリーノ」など脂が乗りきっていた60年代後半から70年代前半の中で、赤狩りでアメリカを脱出した社会派ジョセフ・ロージー監督作品で主演した作品がこの「暗殺者のメロディー」だ。

物語

 時代は1940年、メキシコ・シティではメキシコ革命後政治的にも、文化的にも改革路線をとっていたカルデナス大統領の元、共産主義者たちも気勢を挙げている時代だった。カナダ人で貿易商だというフランク・ジャクソン(アラン・ドロン)とトロツキー(リチャード・バートン)を信奉するギタ(ロミー・シュナイダー)は愛人関係で、ギタはトロツキーの元で運動の支持者として働いていた。トロツキーはかつてレーニンと共にロシア革命を遂行したが、スターリンの政敵として子供を殺害され国外追放となりメキシコに亡命して妻のナターリァと共にスターリンから差し向けられる暗殺者の影を感じ取りながら、支持者に警備されて暮していた。

 実はジャクソンはその暗殺者であり、ギタを利用してトロツキーに近づこうとしていたのだ。

 一方メキシコ国内でもスターリンの一国社会主義を信奉し、トロツキーの唱える世界革命論に反対する壁画家の巨匠シケイロスに率いられた共産主義者の軍団はトロツキーの隠れる家を襲撃。なんとか無事だったトロツキーだが身に降りかかる危険を感じていた。

 ある日ギタはトロツキーにジャクソンを夫として紹介する。ジャクソンは登山用のピッケルを購入して隠し持ち、トロツキーと二人っきりになるチャンスを狙って、トロツキーに見てもらおうと原稿を執筆した。1940年8月17日、書斎で二人っきりになりトロツキーに原稿を見てもらっていたジャクソンは背後に回りトロツキーの後頭部めがけてピッケルをふりおろした。

 真相を知ったギタは留置されているジャクソンを「殺して!」と泣き叫び、刑事にお前は何者だと尋問されたジャクソンは「トロツキーの暗殺者」とかすかにつぶやくのだった。

コメント

 ロシア革命後の1929年、レーニンと共に革命を遂行したトロツキーだったがスターリンによってソ連から追放され数カ国を転々とした後、メキシコに亡命したが、トロツキーの影響力を恐れたスターリンが差し向けた暗殺者により1940年殺害された。世界史上、あまりにも有名なこの暗殺劇の再現を、「緑色の髪の少年」の反戦映画で監督デビューし、赤狩りでアメリカから追放されたジョセフ・ロージーが監督したのがこの作品。

 「緑色の髪の少年」(1948年)はある朝髪の毛の色が突然緑色に変った少年が周囲から病気じゃないかと差別されて悩むが、夢の中で出会った戦争孤児から「君の様な髪の子は世界に一人しか居ないんだから自信を持って戦争がいけないことを語ればいいんだ」と励まされ、周囲の人たちに戦争反対を訴えていくという話。またジョセフ?ロージーは1962年にジャンヌ・モロー主演で「エヴァの匂い」を撮っているが、この映画は映画の原作者として成功を収めた男が結婚を決めてからも高級娼婦のエヴァを追い求め堕ちていく様を描いている。同じくアラン・ドロン主演の1976年「パリの灯は遠く」では第二次大戦初頭のフランスでナチスが台頭する恐怖を描いている。

 今回見た「暗殺者のメロディー」では、リチャード・バートン扮するトロツキーの思想やその存在感の確固とした偉大さに対し、暗殺者であるアラン・ドロン扮するジャクソンの自分自身の存在や行為にたいする自信のなさが対照的に描かれていて、前述の映画と合わせて考えてみると、このジョセフ?ロージーという監督は男のアイデンティティを追及している映像作家なのではないかと思わせた。トロツキーが妻ナターリアへの深い愛情に対し、ジャクソンはギタを利用してはいるものの愛することが出来ないし、ギタからも結局は裏切り者呼ばわりされてしまうのだ。

まあしかし、この映画で少し変だと思ったのは、同時代を描いた映画「フリーダ」でトロツキーはフリーダ・カーロと恋に堕ちるのだが、この「暗殺者のメロディー」には、シケイロスは出てきてもフリーダ・カーロやトロツキーのメキシコへの亡命をカルデナス大統領に嘆願したという、壁画運動の第一人者でフリーダの夫ディエゴ・リベラが全く出てこないことだ。テーマを突き進める時に邪魔になったのだろうか?その秘密を解き明かすためにこの正月メキシコを訪れてみた。なんとレオン・トロツキー博物館は、映画とほとんど変らない状態で保たれていて、キッチン、お風呂やトイレまでそのままになっていた。しかし、各ドアの扉は10センチ位の鉄の扉で厳重に仕切られており、当時のトロツキーの身辺保護の様子がしのばれた。暗殺された書斎はそんなに広くはなく、ここでやられたのかという印象を持った。

 この家に住むまえの2年間、トロツキー夫妻は、フリーダ・カーロ美術館、通称「青い館」に住んでいた。その時、シケイロス率いる武装軍団に襲われ、フリーダとの恋愛は妻ナターリアを悲しませたという。しかし、トロツキーの側近はこのスキャンダルで世界中の信用を失うのを恐れてトロツキーを諌めたという。かくしてトロツキーとフリーダは距離を取り、ディエゴ・リベラとの友情も政治的意見の食い違いにより崩壊した。そしてディエゴはトロツキズムに反対の立場をとるグループに近づき、のちにスターリン派と結びつくという経過をたどった。フリーダもディエゴに同調したという。その後トロツキー夫妻は「青い館」を去り、最期を遂げる家に移った。

 そういえば、フリーダ?カーロ美術館のフリーダのアトリエの書きかけのキャンバスにはスターリンの肖像の書きかけがそのまま架っていた。