第二回セクシャルライツ講座 〜札幌レインボウパレード実行委員の方を迎えて〜 「私たちはここにいる!」 同性愛者・セクシャルマイノリティのカムアウトやパレードは、自己肯定の闘いです。同時に異性愛中心社会のあり方が問われているのです。 日常生活の中で「同性愛者として」異性愛中心の社会の中で生活するということは、同性愛者・セクシャルマイノリティが差別を自らの身に引き受けて立つことを強いられることでもあります。私たちは、このようなカムアウトやパレードをする同性愛者・セクシャルマイノリティの闘いやメッセージをどう受け止めるべきなのでしょうか?あるいは同性愛者・セクシャルマイノリティの解放のために何が必要なのでしょうか?札幌ミーティングの方をお招きし、「異性愛中心社会」を共に考えてゆきたいと思います。 ゲスト 河中 優郁子さん(札幌レインボウパレード実行委員長、札幌ミーティング代表) 友田 俊多さん (札幌レインボウパレード実行委員、札幌ミーティング顧問) 日 時:2月6日 午後1時 開場 場 所:文京区民センター 3D(東京・都営三田線春日駅A2出口) 入場料:300円 |
すべのての仲間のみなさん! アジア連帯講座では、「アジアにおけるレズビアン・ゲイ解放運動と私たち(99年9月27日)」を皮切りに「セクシャルライツ講座」を開始しました。そして、2月6日には「『異性愛中心社会』を考える」を札幌レインボウパレード実行委員の方を招いて、日本国内のレズビアン・ゲイ・セクシャルマイノリティ*)の解放運動の現状と同性愛嫌悪の実体などについて引き続き、討論を深めてゆきたいと思います。多くの方が2月6日の「『異性愛中心社会』を考える」に参加されることを訴えます! *)性的少数者のこと。性的少数者は、レズビアン・ゲイ・バイセクシャル、トランスジェンダー、トランスセクシャル、インターセクシャルなどを指す。 私たちとレズビアン・ゲイ・セクシャルマイノリティ 異性愛者の皆さんは、次の問いにどう答えられるでしょうか。 もし、自分の身近に同性愛者らしき人がいたら、あなたは何を基準として同性愛者だと思うでしょうか。あるいは、私たちにとってレズビアン・ゲイ・セクシャルマイノリティとはどのような存在だったのでしょうか? おそらく、仕草が「ナヨナヨ」していたり、男のはずなのに女の言葉を使うという行為に、あるいは、同性が手をつないでいたり、寄り添っていたりという行為を見て「同性愛者だ」と思っていたのではないでしょうか。そして、私たちの大半が、同性愛者たちに対して、「ホモ」、「オカマ」、「気持ち悪い」とののしり、笑いの対象にする側にいたのではないでしょうか。 マスコミでは、同性愛者を「ホモネタ」と称してあらゆる角度から「異常性欲」の対象として、笑いや蔑みのために用いられています。九六年のニッポン放送では「見分け方ベスト三コーナー」で「野茂とホモの見分け方」として「完投して喜ぶのが野茂、浣腸して喜ぶのがホモ」という発言がなされました。あるいは、テレビで「女装した男性」を登用して、出演者に「変な女よりよっぽどましですね」などとコメントさせたり、彼らの仕草などを笑いの対象としています。 私たちは、このような「偏見」によってねつ造された「常識」なるもので、同性愛者やそれらしき人たちのイメージを一方的に作り上げ、蔑んできたのではないでしょうか。あるいは、「女らしさ」の基準を、「男の物差し」ではかり「女装した男性」より見劣りする女性を蔑む視線を植え付けてきたのではないでしょうか。そして、私たちは自身の周囲にレズビアン・ゲイ・セクシャルマイノリティがいたのにもかかわらず、その人たちは、私たちの日頃の無自覚や無知による偏見や差別的な言動を恐れ、自らがレズビアン・ゲイ・セクシュアルマイノリティであることすら表明できずに、"異性愛者」や「まともな男」「女らしい女」などといった異性愛強制社会の求める像を、ほとんどの場合演じざるを得なかったです。社会の大多数のコミュニティがそうであるように、アジア連帯講座もその例外ではありません。同性愛者やセクシャルマイノリティのカミングアウトを受けいるためにも私たちの差別的体質をも問うていかなければならないと思います。 なぜレズビアン・ゲイ・セクシャルマイノリティを蔑んできたのか? では、なぜ蔑む必要があるのでしょうか? 私たちは、ここで何気なく学習してしまった「異性愛中心社会」の「常識」を疑わなくてはならないことに気づくのです。 「同性愛」という用語を発見したのは1869年といわれていますが、これは資本主義社会の幕開けとともにあります。資本主義社会は、再生産あるいは人口政策、国家や産業の発展という「合理性」の追求によって発展してきました。そして、そのシステムのために「セクシャリティ」も監視、抑制の対象になっていったのです。子供を産める異性愛カップルは、国家や産業に役立ちます。その一方で、同性愛者が資本主義社会の「合理性」に役立たない存在として、排除される構造も強化されていったのです。(あるいは、宗教が、同性愛者を排除するという特徴も、自分たちの宗派の拡大に影響を及ぼすからとされています) 「病気」「異常」「逸脱」「倒錯」とされ、病理化されてきた「同性愛者」を語ってきたのは、自分の性に全く無自覚な異性愛者だったのです。同性愛者自らが語れず、「あえてその名を告げぬ愛(マルセル・プルースト)」として、悲しみの内に「異性愛者」として振る舞い、生涯を終えた数多くの人々。そして、それらの上に、レズビアン・ゲイ・セクシャルマイノリティの解放運動はあります。 あるいは、異性愛者は、同性愛者を排除するために、同性愛者のコミュニティにまで襲撃します。昨年アメリカで起きたマシューシェパードさんの虐殺などに見られるように、同性愛者であることを表現できる空間でさえも危険にさらされてしまいます。日本も同様です。こうした襲撃は、アメリカ特有の問題ではなく、実際に日本でも起こっています。同年8月、世田谷区の芦花公園で同性愛者の男性が暴走族に殺害される事件がありました。また、アカー(動くゲイとレズビアンの会)が行った「ゲイバッシング電話相談」でも、少年たちが複数で同性愛者を襲撃していることが明らかになっています。 私たちとレズビアン・ゲイ・セクシャルマイノリティの解放運動 1969年6月、ニューヨークのゲイバー「ストーンウォール・イン」に対する度重なる警察の嫌がらせから爆発した暴動(通称「ストーンウォール事件」)は、レズビアンや女装のゲイ男性たちが警官隊と衝突し、数百人が三夜に渡って闘いが繰り広げられました。この事件をきっかけとして、ニューヨーク、ロサンゼルスだけだった「ゲイ・プライドマーチ」は、70年になるとフィラデルフィア、デトロイト、サンフランシスコ、ワシントンDCに拡大します。 ストーンウォール事件は、50年代から60年代の「同性愛と異性愛の平等を重んじる事に力点がおかれ、両者の共通点を強調する」という戦略をとっていた同性愛者運動に大きな転換をもたらしました。「問題なのは、同性愛の欲望ではなく、同性愛に対する恐怖なのである。なぜ、その(同性愛という)言葉を単に述べることが嫌悪や憎悪の引き金になってしまうのだろう(ギー・オッカンガム『ホモセクシャルな欲望』)」という大胆な問題提起がされるようになったのです。 日本におけるゲイバッシング 日本においても、同性愛者差別の状況は「同性愛行為」を規制するソドミー法といわれる法律や刑罰が無いだけで、実質的には同じです(99年9月27日のアジア連帯講座での稲場さんの報告でも紹介されている)。80年代後半から90年代はじめのいわゆる「エイズパニック」時代になると、日本の同性愛者差別は顕在化します。政府・厚生省は、薬害エイズ問題隠しのために、アメリカでエイズ感染者である日本人同性愛者を探しだし、「エイズ第一号患者は同性愛者」であると発表しました(同性愛者を利用した薬害エイズ隠し問題について政府・厚生省は、同性愛者に未だに謝罪していない)。また、厚生省が発表したHIV感染経路の分類では、<異性間性的接触><凝固因子製剤><その他・不明>と<男性同性愛者>という項目を何の疑問もなく付けているのです。この前項の三つは「行為」による感染経路であるのに対して、<男性同性愛者>は、「存在・アイデンティティ」そのものが感染経路に結びつけられているのです(後にアカーは<男性同性愛者>を<同性間接触>に書き換えさせている)。政府は、このように同性愛者=エイズというイメージ操作をマスコミを動員して平気で垂れ流していたのです。 その結果、自分が同性愛者であることを告げることさえできないばかりか、エイズであることさえも検査せず、隠して死んでいった人たちもいたのです。 同性愛者とエイズ、そして「自業自得」論 『ある日本人ゲイの告白』という本があります。著者は、父親に自分が「ゲイ」で「エイズだということを告げるのですが、「(父親に)ほんとうは青酸カリでも飲んで自殺してもらいたいところなんだ」ということを言われたことを回想するシーンがあります。 「だから僕は親父の気持ちもようくわかった。ほんとうに、痛いほどに。僕がもし親父の立場で、ゲイの息子がいて、その息子がエイズになったりしたら、やはり親父と同じ事をいったかもしれない。だいたい、ノーマルな人間からしてみれば、ゲイという存在自体が気持ち悪いものだろうし、ましてやエイズときたら、勘当ものとなってもしかたないことだと思う。そう、しかたがないのだ。こうなってしまったことは。自業自得なのだ。」 おおよそ、自分のことを「気持ち悪い」、「勘当(されても仕方ない)」、「(ゲイでエイズな自分は、このように言われても)自業自得」と言わしめるものは何でしょうか。 それは、何も考えず発言することをはばからない、「ノーマルな人間」として振る舞う父親であり「異性愛者」なのです。 日本では、「エイズパニック」の時代を経て、同性愛者・セクシャルマイノリティは声を上げ始めました。そして、自分の存在を肯定的に受け入れるためのコミュニティやネットワークづくり、カミングアウトやパレードという戦略をもって、私たち「異性愛社会」を問うています。 パレードを含むカミングアウトは、自分が「同性愛者・セクシャルマイノリティである」ということを表明するのと同時に学園や職場などで、その差別を一手に引き受け闘うことでもあります。カミングアウトによっておこる孤立や、差別・分断を許さず共に闘い、「異性愛中心社会」を変えてゆきましょう。 社会革命と性と生の解放 連綿と続いているレズビアン・ゲイ・セクシャルマイノリティに対する抑圧に終止符を打つことは、私たちの性別、セクシャリティ、病気、障害の有無に関わらず差別されない社会を目指すことと軌を一つにするものです。(S) |