京都大学原子炉実験所 小出 裕章
「アンタッチャブル」。アメリカ・マフィアの親分「アル・カポネ」を描いた映画の題名であった。
インドは329万km2の国土に10億人の人口を抱える。それぞれ日本の8倍に相当する。1人当りGNPは、340ドル(1995)。農林・漁業就業者比率、61.6%(1995)。平均寿命、男60歳,女61歳(1992―1993)。日本でいえば、第2次世界戦争直後程度の生活レベルである。そして、未だ多くの国民が貧しい中でも厳しいカースト制度があり、そのカースト制度からさえ疎外された「アンタッチャブル(不可触賤民)」がいる。ガンジーは彼等のことを「ハリジャン(神の子)」と呼んだが、それでも厳しい身分制度の中で苦難の歴史を背負ってきた人々である。ところがインドには、その不可触賤民にすらなれない先住民達がいる。とくに、インド東部・ビハール州には、そうした先住民が多く住んでいた。そのビハール州の中でも南部のジャールカンドには特に多くの先住民が住み、長い独立闘争を経て昨年ようやくにしてビハール州から独立、「ジャールカンド州」として一つの州となった。そこでは人口の28%が先住民だという。このジャールカンド州はインドの中でも有数の鉱石産出地であり、豊富に産出した鉄鉱石はインド初の本格的工業都市「ジャムシェドプール(タタナガル)」を産み出した。そして、このジャールカンドにはインド唯一のウラン鉱山があり、現在稼働している14基(合計出力272万kW)の原子力発電所を支えるとともに、核兵器開発の基礎を与えてきた。
図1 インドの核開発施設の位置 |
図2 ジャールカンド州鉄道地図
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インドにおける核関連施設の位置を図1に、ジャールカンドの鉄道地図を図2に示す。ジャールカンドの人口は約1億人、州都ランチーには周辺部を含めて2600万人が住んでいると聞いた。東側にはカルカッタを州都とする西ベンガル州が、南にはブベシュワールを州都とするオリッサ州があり、ジャールカンド州には上記2つの州の中に食い込むように「East Singbhum」と呼ばれる細長く延びた地域がある。その付け根にタタナガルがあり、さらにその先にインドの一連のウラン鉱山がある。第1ウラン鉱山は「Narwapahar」、第2ウラン鉱山が「Bhatin」、そして第3ウラン鉱山が「Jadugoda」である。ジャドゥゴダ中心部の位置は東経86度20分、北緯22度40分、タタナガルの鉄道の駅から直線距離で24kmである。NarwapaharからJadugodaまではわずか10kmであり、3つのウラン鉱山はインド国営の会社UCIL(Uranium Corporation India Limited)によって運営されている。
ただし、インドは世界でも有数のトリウムの産地ではあるが、ウラン鉱石の品位は低い。通常、ウラン鉱石は0.2%以上の品位でなければ採算に合わないといわれているが、ジャドゥゴダを含めてこれらのウラン鉱山でのウランの品位は0.06%しかない。これら3つのウラン鉱山で掘られた鉱石はジャドゥゴダに集められて製錬され、生じた鉱滓はすべてジャドゥゴダの鉱滓池に捨てられる。ジャドゥゴダの製錬能力は1日当たり約1000トンであり、品位を0.06%とすれば1日に得られるウランの量は600kgとなる。結局ジャドゥゴダを含めてインドで生産されるウランはイエローケーキ(U3O8)にして年間200トンである。これでは、いくら天然ウランをそのまま使えるといっても、現状のインド国内の14基の原子力発電所を維持することすらできない。一方、生じる鉱滓と残土の量は厖大である。鉱滓だけでも年間40万トン、40万m2の鉱滓池を作っても毎年1mずつ池が埋まっていくことになる。その上、鉱山で掘り出して周辺に捨てられる残土はそのまた数十倍となり、管理することすら容易でない。
ジャールカンド全体にも当てはまることであるが、NarwapaharからJadugodaに至る地域はもともとインド先住民の土地であった。何故か、米国でもオーストラリアでも、ウランは先住民の土地で発見され、それ故に先住民は苦難の歴史を背負わされてきた。そして、インドのこの地域でもウランが発見されたために、先住民は土地を奪われ、自らの生活圏を放射能で汚染されることになった。
ジャドゥゴダ周辺において深刻な放射能被害が生じていることを伝えたのは、2000年地球環境映像祭で大賞を受賞した映画「ブッダの嘆き」であった。その映画では、ジャドゥゴダに巨大な鉱滓池が作られ、その内外で生活せざるを得ない先住民たちにさまざまな疾病が生じていることが示された。特に近年になって子どもたちに現れてきた先天的障害は深刻な様相だという。
UCILを相手に闘ってきたJOAR(Jharkhandhi Organization Anti Radiation)の調査によれば、鉱滓池から1kmの範囲内に7つの村があり、そこでは47%の女性が月経不順に悩み、18%の女性はここ5年以内に流産あるいは死産を経験したという。女性の3分の1は不妊であり、住民の間には皮膚病やガン、先天的異常などが多発しているという。
そしてJOARの闘いの結果、州保健局による健康診断がなされるようになり、診断を受けた鉱滓池近くの住民712人のうち32人が放射線による疾病の疑いをもたれた。
2000年夏に、大賞の授賞式に来日した「ブッダの嘆き」監督のシュリプラカッシュ氏と、JOAR代表であるビルリ氏の来訪を受け、現地の放射能汚染状況調査に協力を求められた。私にできることは放射能の測定だけであるが、協力できることについては協力する旨の約束をした。
図3 ウランの崩壊系列図 |
天然に存在しているウランでは、質量数238のウラン(U-238)が99.3%を占め、質量数235のウラン(U-235)が0.7%を占める。軽水炉の場合には、核分裂性であるU-235の存在比を高める操作(濃縮)が必要となるが、インドで利用されているCANDU型の原子炉では、濃縮操作は必要とせず、天然のウランがそのまま燃料とできる。したがってジャドゥゴダの汚染を考える場合には、天然ウランの汚染を考えればよいし、同位体存在比の圧倒的に多いU-238の汚染を調査することが中心的な課題になる。しかし、U-238は単独で崩壊するだけでなく、ウラン系列と呼ばれる一連の崩壊を経て最終的に安定な鉛206になる。図3にウラン系列の崩壊様式を示すように、U-238が鉛206になるまでには合計14種類の放射性核種に姿を変える。そして、これらの放射性核種が生み出されたその場所から動かないのであれば、14種の放射性核種の放射能強度はすべて等しくなることが知られていて、そうした状態を「放射平衡」と呼ぶ。たとえばウランが地底に眠っていて、その場所に激しい地下水の流れがないような場合には、「放射平衡」になっているものと思われる。しかし、ひとたびウランを地上に引き出してしまうと、放射平衡の状態は崩れてしまう。なぜなら崩壊系列の途中にあるラドンは希ガスに属し、完全な気体として挙動しようとする。そのため、ウランを含んだ鉱石や土壌の中から空気中に逃げ出してしまい、鉱石や土壌中のラドン以下の放射能濃度は低くなる。また、ラジウムはウランに比べて水溶性であるため、周辺に水が存在している場合には鉱石や土壌から溶け出し、やはりウランに比べて濃度が低くなる。
一方、鉱石を製錬してウランを取り出す場合には、当然、製品の中にはU-238やU-234が多くなり、その他の放射性核種は少なくなる(ただし、トリウム234とプロトアクチニウム234mは半減期が短いため、すぐにU-238と放射平衡になる)。逆に、廃物である鉱滓にはウランが少なくなるが、トリウム230以下の全ての放射能が存在する。
したがって、地底に眠っていたウランを地表に引き擦り出してしまえば、ウランそのものからの被曝、鉱滓となったトリウム以降の核種による被曝、そして空気中に浸みだしてくるラドンによる被曝の3種類の被曝が生じる。
図3 ウランの崩壊系列図 |
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表1 空間γ線量率の概略
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表2 土壌中のウラン濃度
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一昨年には、熱蛍光線量計(TLD)を現地に配置して空間γ線量の測定を行ったし、採取した土壌を日本に送ってもらって土壌中の放射能濃度の分析を行った。また昨年には、私自身が現地に行き、サーベイメータによる空間γ線量率の測定、空気中ラドン濃度の測定、そして土壌試料の追加採取を行った。細かい測定報告は別に譲るが、これまでにえた知見の概略を以下に記す。
まず、現地の地図を図4に示す。この地図は人工衛星写真を参考にしながら、ビルリ氏が書いてくれたものを修正して作成した。この地図には、UCILや鉱滓池、周辺の集落の位置などを示してあるし、数字で示したのは、昨年暮れに行った空間ガンマ線量の測定地点などである。
地球の地殻中には、どこにでもカリウム40やウラン、トリウムなどの天然の放射能が存在していて放射線を放出している。従って、人間はそうした天然の放射線からの被曝を避けることはできない。ただ、地殻中に含まれるカリウム、ウラン、トリウムの濃度は広範に変化していて、空間でのガンマ線の被曝量が高い場所もあるし、低い場所もある。ごく一般的な場所では年間で0.3mSv(0.04マイクロSv/h)程度であるが、ジャドゥゴダ地域はウラン鉱山もある地域のため、もともと天然のガンマ線が多い地域になっている。
ジャドゥゴダ周辺の集落で測定した測定値の概略を表1に示す。
鉱滓池のガンマ線量が高いのは当然であるし、住民の証言によれば道路や家屋の建設材料には日常的に鉱山の残土が使われてきたとのことであった。アスファルトで舗装された道路脇には往々にして残土がむき出しになっていて、その場所での線量は高い。また、集落内の家屋でも残土を使った場所では高い線量が測定される。
集落では、鉱滓池に接しているDungridihとChatikochaの線量が高い。雨期には鉱滓池があふれ、乾期には干上がった鉱滓池から鉱滓が舞い上がって周辺にまき散らされているとのことで、これら2つの集落でガンマ線量が高いこともうなずける。
また、この2つの集落を別にすれば、比較的鉱滓池に近いTilaitandにおいても、空間ガンマ線量はそれほど高くない。
空間ガンマ線量率の多い少ないは、その場所の土壌に含まれている放射能の量に関連している。そして、その多い少ないを決める要因には、天然の理由もあるし、人為的な理由もある。天然の理由はもちろん人間の力で避けることはできず、受け入れるしかない。
昨年分析した土壌中のウラン濃度の概略を表2に示す。鉱滓池では日本の土壌に比べて数十倍から数百倍ウラン濃度が高い。また、建設資材として残土が使われた道路などではやはりウラン濃度が高い。空間線量率が高かったDungridihとChatikochaの集落にはやはりウラン濃度の高い場所がある。さらに、製錬したウランを積み出すRakha Mine Station の汚染は著しい。
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表3 空気中ラドン濃度
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空気中ラドン濃度の測定については、未だに満足のいくデータを得ていないが、昨年暮れに実施した3カ所での測定値を表3に示す。
通常の屋外環境のラドン濃度は10Bq/m3程度なので、ジャドゥゴダ周辺の集落におけるラドン濃度も高めになっている。その理由は天然によるものかもしれないが、鉱滓池における値は数十倍となっていて、鉱滓池からラドンの汚染が広がっていることを示しているように見える。また、Bhatin鉱山の坑道からの排気口での値はそのまた10倍となっており、坑道内で働く労働者の被曝が心配である。特に、すでに述べたようにインドのウラン資源は貧弱で、ジャドゴダのウラン鉱石の品位は低いし、その上、当初500mから600mほどの深さであった掘削坑道は今では1000mもの地底になっているといわれる。鉱山労働者としてかり集められている先住民たちの健康問題こそが、ジャドゥゴダの最大の問題なのではないかと思うようになった。
当たり前のことであるが、汚染は存在している。ウランを地底から掘り出し、それを地表付近に野ざらしで放置するようなことをすれば、汚染が生じない道理がない。その上、始末に困った残土を積極的に建物や道路の建設資材に用いるようなことをすれば、汚染はさらに拡大する。
JOARの要請に応じて設置されたビハール州の環境委員会は2年にわたって周辺を調査した上で、1998年12月に最終報告を出しているが、その中で、「鉱滓池周辺5km以内には集落はあるべきでない」と指摘している。ただし、これまでの私自身の調査によれば、鉱滓池を中心にした汚染は未だに広範囲には広がっていないように見える。DungridihとChatikochaの2つの集落は鉱滓池に接していることもあり、土壌が汚染されているし、空間のγ線量も高い。しかし、Tilaitandを含め鉱滓池に直接接していない集落での空間γ線量は高くないし、土壌にも鉱滓からの汚染は見られない。
ただし、ビハール州環境委員会がすでに指摘しているように、鉱滓池は住民の生活の場所になっており、住民は放射能の危険性を知らされないまま日常的に鉱滓池に出入りしている。当然、被曝も生じる。
ジャドゥゴダで子ども達に先天的な異常が多発していることを受け、日本に生まれた支援組織「ブッダの嘆き基金」はジャドゥゴダから20km程度離れた場所に新たに「シェルター」を建設して子ども達を避難させる計画をたてている。計画はすでに動き出していて、土地の造成や一部の建物の建設作業も始まっている。その場所における空間γ線量の値はすでに表1に示したが、ジャドゥゴダにおける普通の集落と変わらない。したがって、ジャドゥゴダのDungridihとChatikocha以外の集落の子ども達をシェルターに収容しても、被曝を減らすことはできない。日本のように誰もが車を利用できるような社会でない世界で、ジャドゥゴダの住民から見れば、自らの生活の場所からはるかに離れた場所に子ども達を収容することは本当によいことなのであろうか?
ついでに一言述べておけば、やはり表1に示しておいたように、ジャールカンド州の州都であるランチーは、おそらく地殻中の天然起源のトリウムやカリウムの濃度が高いため、空間γ線量が高い。したがって、もしランチーにジャドゥゴダの子ども達のためのシェルターを建設し、そこに子ども達を収容すれば、子ども達の被曝はむしろ増えることになる。
ただし、シェルター建設のための先住民たちの努力は、すでに多数の集落と住民を巻き込んで進んでおり、先住民たちの連帯を築き上げるための大きな力となっている。
ジャドゥゴダはもともと先住民の土地であった。しかし、ウランが採掘されることになって、住民たちは土地を奪われた。農地であった場所あるいは集落そのものを奪われた住民たちがDungridihやChatikocahの集落に暮らしている。私がDungridihを訪ねた時に、一人の住民が寄ってきて、怒った顔で私達に何か言っていた。後で聞いたことだが、彼は「自分たちの集落が危険であることは分かっている、しかし、一体どこに住めと言うのだ」といっていたのだそうだ。
放射線を被曝することはどんなに微量であっても危険をともなう。しかし、この地球上にはもともと天然の放射能が存在しているし、宇宙線などの放射線もあって、完全に被曝から逃れることはできない。土壌中のウランやトリウムの含有率が高い地域もあり、そうした場所では他の地域に比べて10倍以上の被曝を受けてしまうような所もある。しかし、それは受け入れるほかない。ジャールカンドの州都ランチーも、そのような場所の一つである。
一方、人間の行為が被曝を生む場合もある。ジャドゥゴダで進行していることがそれである。その上、その被曝を強制されているのが、カーストからも阻害されてきた先住民たちなのである。ジャドゥゴダの先住民たちは、土地と生活の場を奪われることで生活を破壊され、巨大な国営企業の労働者になることで健康を破壊され、その上、生活の場に放射能を捨てられて被曝させられている。