MAKI's SPACE
 ライン
  最近の私
 ライン
<浪岡での10年をふり返って>

 私自身思いもよらないことでしたが、この3月で連れ合いが浪岡伝道所を辞任することになりました。ちょうど浪岡へ来てから、10年が経ちます。

 浪岡を去ることに関して、たくさんの不安や心配もありますが、何よりも私たちの生活がいろいろな意味で限界でしたので、やはりこれは神さまが与えてくださった「時」なのだと思わされています。

 伝道所での生活と言うのは、いわゆる教会とはまた違ったものなのだろうと思います。規模が違うと言うことは、それぞれに配慮する点や時には苦労する点が違うのでしょう。 浪岡では主に物理的な苦労(人が少ない・お金があまりないなど)は多かったですが、しかしこの10年間は今までの私の歩みの中で、他の何にも代え難い貴重な出会いや視点が与えられ、同時に自分自身の問い直しや新たな価値観の創造を迫られました。

 私自身は誤解を恐れずに言えば、それなりの努力をすれば神さまがそれ以上のチャンスや出会いを与えてくださって少しずつでも前進することが出来ました。それはいつも、とっても感謝ですし神さまの恵み以外の何ものでもありません。
 しかしこの世の中にはそういう人ばかりではないことを身を持って感じさせられた10年でもありました。
 「まぶねのなかに産声あげ」という賛美歌があります。あの歌詞に歌われている「しいたげられし人、友なきもの(人)」を実際に浪岡や八甲田で目の当たりにして、いかにそれまでの自分が限られた中での恵まれた存在であったのかを思い知らされました。

 昨年あたりから、自分でも驚くほどたくさんのお仕事や、自分が本来いちばんやりたかったキリスト教音楽や演奏に携わるお仕事の機会が与えられています。 高校生の頃にただひたすら「パイプオルガンを学びたい」というあの熱い思いのまま、少しずつ歳を重ねて今生かされていることは本当に感謝です。
 しかしそのように恵まれていくと、一方で簡単におごりの気持ちも働くかもしれません。浪岡でのゆっくりとたどたどしい歩みは、そんな気持ちにブレーキをかけたり「優しい/弱い」という気持ちを、いつも私に思い出させてくれました。浪岡に集う人々はこの世的には「弱い」と言えるかもしれないけれど、限りなく「優しい」存在でした。

 世の中に素晴らしい演奏家は多くおられますが、私は願わくばそのような小さきものへの視点・まなざしを大切にしていきたいと思っています。雪かきや草刈で感じた自分のちっぽけさ、無力感をいつまでも保ち続けていきたいと思います。
 浪岡伝道所は離れることになりますが、これからどこへ遣わされても「浪岡らしさ(浪岡でしか得られなかったこと)」を他の地で他の人々と分かち合うことが出来ますように。それが私の最大の願いです。
 
〜竹佐古真希〜

BACK