< フランクフルト ユダヤ博物館 >
ユダヤ人の歴史を物語る展示物の数々。
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祖国ドイツのために12,000人のユダヤ人兵士が
戦死したことを訴えるビラ(第一次大戦時)。
『ドイツのユダヤ人に告ぐ』
運命に満ちたこの時に臨み、祖国ドイツは
全ての国民に従軍するよう 呼びかけている。
信仰を同じくする諸君、
我々はドイツユダヤ人の一人一人として
必要とあらば善きことに
命を捧げる義務があることを 充分心得ている。
否、義務などといわず、我々は率先して
祖国に全力を尽し仕えるため
進んで従軍するよう
諸君に呼びかけるものである。
我々は此に、男女の別を問うことなく
一人一人が祖国ドイツへの奉仕のため
物的、人的な貢献をするよう 訴えるものである。
ベルリン 1914年8月1日
ドイツユダヤ人同盟 ユダヤ教徒ドイツ国民中央連盟
大澤武男著「ユダヤ人とドイツ」
(講談社現代新書)より
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「ユダヤ人の金貸し」
ほとんどの職業から締め出されたユダヤ人の大多数は、
多かれ少なかれ金貸しの仕事に関与して生活していたのである。
また、金を借りたのは王侯貴族、司教、騎士、司祭、修道女、
市の支配階級、商人、職工、庶民、また農民に至るまで、
あらゆる人々がいた。
市や村が団体(ゲマインデ)として借金をすることも、しばしばあった。
■高利貸しユダヤ人像の成立
13世紀以来、ユダヤ人だけが金貸し業に従事することができたこと、
またそれがほとんど唯一の生きる糧を得る道であったこと、
そして圧倒的多数のユダヤ人が多かれ少なかれ
この仕事に携わっていたことは、必然的にまつわりついたユダヤ人像を
つくり上げていくことになった。(中略)
中世を代表する神学者、聖トーマス・アクィナス(1225頃-74)すら、
「ユダヤ人の財産は全て高利貸しの結果」とみなしていた。
当時を代表する知性、トーマス・アクィナスのこのユダヤ人観が
中世ドイツの一般社会に大きな影響を及ぼしたのは当然であった。
そうして世間には、ユダヤ人の家には常に金、銀、財貨があり、
それらは暴利をむさぼる搾取の結果であるという観念が固定していった。
したがってそのような不正なユダヤ人の財産は、場合によっては
奪い取ってもよい、またユダヤ人地区の略奪は必ず利益をもたらすという、
半ば略奪を正当化するような思想が形成されていったのである。
(中 略)
中世、近代を通して19世紀に至るまで、ドイツに見られるユダヤ人地区の
度重なる略奪は、右に述べたような「高利貸し像」を源としているのである。
「常に漁夫の利をむさぼるけしからん集団」、「高利貸し」としてのユダヤ人像は
ドイツ史上を通して浮きつ沈みつ常にくすぶり続け、
果てはナチ時代へと繋がってゆくのである。
選択の余地なく選ばざるを得なかった職業にしがみついて生きなければ
ならなかったユダヤ人は、まさに被害者なのである。
大澤武男著「ユダヤ人とドイツ」
(講談社現代新書)より
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こちらもユダヤ人を表した絵画。
ヨーロッパでは忌み嫌われていた「悪魔」のイメージと
重ねられているように思えてなりません・・。
このページでご紹介をした文章や画像からだけでも
くっきりと見えてくる複数の出来事がありますよね。
日本の「皇民化教育」の元に差別と犠牲にあった
戦時下の沖縄やアイヌ、そして韓国・朝鮮の人々との類似性。
普段差別を受けているがゆえに「人並みにがんばろう」という
悲しい思いと構図が働きます。また「女性差別」をはじめとして
差別の構造は全てそうだと言えると思いますが
たいていの場合が「何となく」始まるものではありません。
多くの場合、為政者によってかなり「意図的」に
長い年月をかけて追い詰められ「作られた」イメージやシステムが存在します。
(日本の中での「東北」や「蝦夷」も同様ですね)
何かのために力を奪われていたり才能を発揮出来ないことがあるとしたら、
それは「自分自身の能力のなさ」もあるかもしれないけれど
それよりももっと背景に潜むシステム的な差別や排除に
私たちは改めて気付いていくべきだと思うのです。