胆汁(Heve 'hehpe)
ごらん、いとしいひとよ。
うす青い顔の月が森の樹と樹の間に とまっている。
影たちが長い。
狼を愛するあなたの前に 私、本来の姿を変え、この姿になろう。
あなたと語るため あなたの言葉で語る。それだけのため。
そして、私、自分の形を変え、あなたにこの体の傷を見せる。
然し、ごらん、この眼。
私の目だけが本来の私の眼。 狼の眼。
影たちが長い。
鹿たちは今、この森にいない。彼らの鋭い蹄は今草原を踏んでる。
おしゃべりのカケスも甘い木の実の夢を見ている。
今、語る。
いや、私が語るのではない。この傷たちが、いくつもの口となって語る。
このガラスの心が あなたに語る。
やわらかい草をなでるそよ風にさえ痛みを感じるこの魂が語る。
あなたを信じる。狼を愛するあなたの心がわかる。
あなたが傷たちを見て痛むとわかる。
口になっているこの傷たちの声を聞いてあなたは悩む。
この口たちをこの体に開けたのは、あなたと同じ二本足のものどもだから。
熱い。苦く熱い。
バッファローの胆汁がギザギザの赤い砂(火打ち石の粉)と混じった苦み。
熱い。 岩の間から雷が地を這って私を襲う。
そして、カタイ匂い。 あなたたちが、鉄(くろがね)と呼ぶ。
重く鈍い匂い。 あなたたちが鉛(なまり)と呼ぶ。
私、初めて匂うもの。
肩にその匂い。 肩にバッファローの胆汁がギザギザの赤い砂と混じった痛みが走る。
私の鼻孔が拡張する。 私の口が開いてる。 舌は赤黒くなる。
心臓が打ち、錐(キリ)となった心臓がこの胸を一打ち一打ちで中から突き。
またあの雷の音。 またあの重い匂い。
自分の肉のやわらかい炸裂。
あの噴出、あのバッファローの胆汁とギザギザの赤い砂の混じった痛み。
あの二本足共の叫びが聞こえる。 横腹が痛む。
口をもっと開いて、走る。
岩場の向こうのあの草の方へ行かなければ。森に行かなければ。 水を。
雷の音。 足がおかしい。
バッファローの胆汁が夏の盛りの太陽となった。 走れない。
心臓の錐が喉の中で石になる。 息が出来ない。
紫になった舌が口の右あごから朽った葉のようにたれる。
又、雷の音。 太ももが赤い。
自分の血の匂いが雲のように自分にまとわりついている。
この臭いから逃げたい。この赤から逃げたい。
このバッファローの胆汁とギザギザの赤い砂の混じった痛みから逃げたい。
この錐となった自分の心臓が胸から突き出しそうで出ない。
この石が喉から出ない。 息をするのも痛い。
また雷の音。 もう走れない。 もう立てない。
生まれたばかりのモエヘ(エルク)の子のように崩れる。
二本足共の叫び声、笑い声が遠くにいるように聞こえる。
二本足共は私の上に、私の周りに立って笑っている。
「狼め・・・簡単に死なせるものか!」
二本足はそのカタイ足で私のあごを蹴る。下あごが顔の皮一枚でぶら下がる。
息が早い。 プロングホーン(かもしか)の走りより早い。
血の匂いから逃げたい。
バッファーローの胆汁とギザギザの赤い砂の痛みが体全体の中で粘土のようになる。
魚の眼から見ているように、私 大窮(そら)を見上げる。
私の最後の息を空と風たちに返す。
石一つ一つ、草むら一つ一つを知った私、彼女たちにこの体を返す。
いとしいあなた。 狼を愛するあなた。
影たちがうすくなった。 鹿たちが間もなくここに戻って来る。
カケスが目をさます。
私、本来の姿に戻る。 眼だけはこのままで。
ごらん。
タシナ・ワンブリ(シャイアン族)
ノルウェーで殺されてるオオカミたちのニュースで、以前「通信No.4」に載せた詩を思い出しました。
タシナさん自身も、オオカミと同じ様にインディアンというだけで迫害され、銃で撃たれたことがあります。
彼女のうたを届けます。
あつこ
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